異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
俺は街中で一人……中央広場のベンチに座りながら、ボーッと往来する人波を眺める。
連邦西部有数の都市国家も、「外国の片田舎の街並かな」程度の感想にしかならなかった。
もっとも街道を歩く亜人や獣人、騎乗や荷を引く為の固有種を除けば……であるが。
こうして観察していると現代地球のテクノロジーとその多様性が、いかに豊富であったのかは常々思うことだった。
そしていざ異世界文明に革命を
(決意の日からずっと練ってはいたが──)
それらはあくまで机上のものでしかなかった。
俺自身が持つ知識も──
つまりは所詮は凡庸人の浅知恵で立てていた計画で、修正箇所は
ゲイル・オーラムとの出会いで、諸々着手するまでに百年近くは短縮されたろうとは思う。
一転した生活に疲れてしまう面もあるが、ここは一つの踏ん張りどころとして頑張るしかない。
(もっと、もっとだ。人材が欲しい……)
暖かい日差しの下で、遥か天空と片割星を仰ぎ眺めながら思考を深めていく。
さしあたってゲイル・オーラムがその
彼らとの会合と交渉は面倒なことも少なくなかったが順当に終わった。交渉と言ってもこちらが美味い話を提示するだけ。
株式、為替、融資、保険業、簿記、特許など、優秀な者達の手で遅々としても確実に浸透していくだろう。
ただしあくまで実験的なもので、それらを本格運用するのはもう少し後になる。
世界文明を促進させる頃には、しっかりと利用できる環境に成熟させておく必要もあるのだった。
さらにオーラムの裏組織がシノギにしている事業の一つに、大型私営賭博を加えてさらに拡大させていく。
元世界からパクってきた各種ギャンブル、さらには独自通貨も流通させるつもりである。
俺は多様な展望を考えつつ、空続魔術で微炭酸にした果実ジュースを飲み干し……ベンチから立ち上がって、木造りの容器を返しにいった。
「っと、失礼」
対面から来た人間とぶつかりそうになるも、俺はさらりと
しかしその若い男は
(横に三つ並んだ、左泣きぼくろ──)
つい先日ジェーンとヘリオとリーティアが財袋をスられたそうだったが、
本当にただただ急いでいたのかも知れない。パッと見だが少し気になったのは、みすぼらしい格好であった。
(ああいった貧民……かどうかはわからんが、数多くの人が十全に力を発揮できる場を作る──)
経済と同時に最優先で着手すべきは食料供給、ひいては"化学肥料"である。
これも既に人脈を利用して有志を
そして俺のとっておきである"
彼ならば俺よりも遥かに早く窒素固定をマスターし、リン酸とカリウムの量産研究と並行して成し遂げてくれるに違いない。
(後はなるべく不作な地帯を
未知なる未来と文明回華の為には、世界中で進化を
その為には可能な限り迅速に、人的資源を確保していくのが重要なのだ。
それは食糧問題だけに留まらない。大規模な"公衆衛生"や、安価な薬用石鹸なども必要だろう。
魔術によらない適切な医療処置や、"抗生物質"をはじめとした医学・薬学分野も急務になる。
とにもかくにも研究の為に、様々な人員と場所を用意していくのが最低限にして最優先。
"化学"・"原子理論"、"生物学"・"物理学"、"冶金学"、"機械工学"なども
そしてそれらの大元となる"数学"。数式こそ全ての基礎となる学問であり、数学者として才能ある人間を探す必要がある。
あとは顕微鏡などが作ることができれば、異世界の常識外な地球の科学理論の証明がしやすくなる。
(俺が理系の秀才で公式とか色々覚えていれば、手間は十足飛びくらいに省けたんだろうが……)
数学こそが実践面最強の現代知識チートと言ってもいい。
(ないものねだりをしてもしょうがないな……)
ガチガチの文系で、学生時代に勉強したことの多くを忘れている俺には
こっちの世界で各分野の英才を、どこぞから引き抜いたり
教育と共に知識という種を根付かせる。そうすることで芽吹き花開くのを期待する。
テクノロジーの中には現行文明でも比較的やりやすく、手を付けたいことは色々ある。
しかしてんでリソースが足りないのだ。研究させる金も時間も人手も慢性的に不足する。
(どう
とにもかくにもデータ集積だけは徹底していかねばならないだろう。
科学とは成功と失敗を繰り返した、膨大な統計の積み重ねた先にこそある。
今現在は大した成果とならず、その内実が解明できずとも、
ともすればデータを残す媒体となる、紙も大量に必要になってくる。
紙の効率的生産や"活版印刷"技術の研究・開発も早急に推し進めていくことになる。
同時に印刷は一つのパラダイムシフトとなりうるテクノロジーである。
教育の為には必要なことだが、安易に世界へ広めてしまうのは慎重を期さねばなるまい。
簡易的な蒸気機関や電磁気その他、高次テクノロジーとなるものは時機を見計らっていかねばならない。
「おっあの子なかなか──」
ふと目を向けた先には同年代の女の子が映る。短めの濃い茶髪をツインテールで結んだ少女。
鳥人族だろうか……短めの羽根が肩甲骨の付近から生えているようだった。
感情豊かに飲食し、可憐で元気いっぱいな印象がとても眩しい。
俺もそろそろ若く、いい年齢になってきて、性欲を持て余す──ほどではないものの、肉体のほうが興味を覚えるくらいにはなってきた。
思い切ってナンパでも敢行してみようかと思うものの、今もう少しは色恋にかまけていられない。
(う~ん……娯楽・文化面もなぁ)
娯楽と成り得る分野も同様である。美食、音響学に芸術全般、楽器類の製作など。
費やすコストとリターンを考えると、当分は後回しにしなくてはならないだろう。
なにせ農耕用に使えそうな各種作物や、馴染みのない食材。多用途極まる天然樹脂類の探索。
冒険者らに財貨を投入して、順次依頼していく予定までもが詰まっている。
加えて大陸全土の地質データの収集。
勢力調査や選定作業も、文明発展において切り離せない。
土地の所有権や帰属などもなるべく精細に調べ上げ、可能であれば早めに買い上げたい。
(後々の為にも有能な立地は早めに押さえておかないとな)
強文明たる理由の半分以上は立地で決まる、と言っても過言ではないと勝手に思っている。
せめて採掘権だけでもなんとか入手し、石炭や石油にガス資源も含めた燃料はもとより。
あとは……後々に"世界遺産"となるような大自然の選定。
あるいは訪れ見た者、全ての
「んん……あれは、確か帝国の──」
新たに視界内に入ってきたそれを、俺は脳内の記憶から手繰り寄せていく。
自分とそう変わらぬくらいの青年と、付かず離れずの距離を保っている二人の男女。
あれはまだ幼少期に亜人集落で住んでいた頃……王族の
守られている王族とその周囲を固めていた護衛──彼らが一様に身に付けていた紋章。
二人の男女は軽装であっても武装している。
そしてその剣柄に刻まれているその紋章は──"帝国近衛騎士"の証。
世界最強の国家の中でも、選ばれしエリートだけが就けるという一つの到達点。
(──ってことはあいつが
黒髪をやや長めに残した正統派な、まさに異国の王子様と言った容姿。
実力主義の帝国にあって一度も玉座を奪わせない王族は、才能も教育も申し分がない。
人族でありながらも連綿と受け継がれた遺伝子と、強者かくあるべしという
頂点である帝王になれずとも、その兄弟姉妹は皆なにがしかの分野で頭角を現すとされる。
何の目的で連邦西部の、一都市の街中にいるのかはわからない。
多少露骨でもコネ目的で近付くか、少なくとも今は触らぬ王族に祟りなしとするか──
しかし小気味良くアドリブが利くとは、我ながら微塵にも思っちゃいない。
こちらから能動的に接触するのは、リスクのほうが高いような気がした。
何かトラブルでも起こってそこに
しかし特に何も起きることなく、しばらくして近衛と共に視界内から消えてしまった。
そもそもお付きの騎士がいれば、俺の出番などまず無いに違いなかった。
(【ディーツァ帝国】……軍拡主義の実力至上国家、か)
国家間の戦争も、いずれは考えていかなくちゃいけない重要項となる。
"文明回華"を進めていけば、ほぼ確実にぶち当たると言ってよい問題。
場合によっては俺の指針一つで、大勢が死んでいくという覚悟も必要だった。
現段階でも製造しやすい黒色火薬を始めとして、弾薬及び機関銃。大砲とダイナマイト。
戦車に巡洋艦、高高度爆撃機や弾道ミサイル、無線通信からネットワーク──そして核兵器に至るまで。
「"必要は発明の母"──」
俺は元世界の格言を日本語でつぶやく。戦争の為に研究・開発されたテクノロジー群。
それらが転じて文明に大きな進歩を与えるのはインターネットなど
しかしコントロール不能の無秩序な戦争は、大切な各種リソースの浪費にしかならない。
(機を窺いつつも迅速かつ繊細に、
口に出さぬまま、じんわりと展望を巡らせていく。
戦争に直接関わるテクノロジーと、それらの
長期化して泥仕合になるようなことだけは、絶対に
最終的に人類社会全体における、共通の利益となるように。
世界の全てが文明の恩恵を
(結局は地道にやってくしかないよな)
飛躍の為に必要なのは再三考える通り、人的資源であり質と量の確保。
絶対数を増やし、より良いスパイラルが自然と作られるよう整える。
循環させ──踏襲させ──発想させ──昇華させる──
文明を急速に発展させるにおいて、
俺の頭の中にある地球にあった現実が、"本物"であることを証明することが肝要となっていく。
無明の暗闇の中で全く新たなモノを想像し、創造するのはいつだって困難
しかし実績を重ねて得た信頼を重ねていくことで、俺の夢想を
異世界の常識では一笑に付されるような話も、"現実の延長線上に存在する"と考えさせることが可能となる。
そうなれば生み出す為の目標を、適時明確に定めることが可能になっていくのだ。
"それ"が確実に存在しているとわかれば、徒労となる寄り道なく効率的に
「まったく……考えることが多すぎて、ドハマりしたシミュレーションゲームのようにはいかんもんだ」
自嘲するようにわかりきっていたことを吐いてから俺は立ち上がる。
立地を厳選し、都市計画を練り、スタートダッシュを決めて、ラッシュで追い込む。
社会の歯車としてではない。まだ小さな世界でも、俺自身が動かしているという実感。
やりたいことをやって蓄積される疲労に、新鮮味というスパイスが加わり心地良さすら感じる。
文字通り生まれ変わった気分でもって、多方面から導き導かれゆくあらゆる交差を受容する。
それが新しき我が人生──この俺の充実した日常なのだ。