異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#343 ゲアッセブルク港

 

 ──領港・"アルセナーレ・ディ・ゲアッセブルク"──

 

 そこはワーム海上交易の中心地としての賑わいがあり、またサイジック領を支える水運の(かなめ)でもある。

 さらに分業と"大量生産"に重きを置いた造船所を主として、武器・兵器庫を併設し、海防における軍事拠点としても機能する。

 またその他の開発施設も備えていて、港だけでも独立した大きな街と思えるほどの活気と威容を誇るのであった。

 

 そんな利便性を追求されて建造されている港の一画には巨大なガレオン船が停泊し、せっせと荷積みが(おこな)われていた。

 そのすぐ近くには灰色の帆をたたんだ船があり、男一人と女二人──のんびりと会話する姿があった。

 

 

「──つーかさぁ、おっさんが抜けたあとって代わりいんの?」

 

 そう問うたのは、長く赤い猫っ毛を甲板上に広げて青空を(あお)ぐ"雷音"キャシー。

 

「問題ない、優秀な補佐がいる。なんなら全部を任せても良いくらいにな」

 

 答えるは研ぎ澄まされた筋骨に艶のある白髪、尻尾のみで体を支えて座る"白き流星の剣虎"バルゥ。

 

「へーーーそんな奴いたんだ」

「名を"ポーラ"、オマエも一度会っている──」

「聞き覚えねーや」

「バリスの娘の一人である猫人族だ」

 

 言われてキャシーは頭の中に浮かべた獣人族から思い当たったのを見つける。

 

「あ~~~わかった、最初にアタシらを囲んで絡んできたアイツか。バルゥのおっさんがぶちのめしたヤツ、ってか外征組じゃなくて領民側(こっち)に残ってたんか」

「彼女にも色々と思うところがあったようでな……だが結果的に助かっている。彼女は闘争(いくさ)よりも内務の才に恵まれているようだ」

 

 

 上体を起こしてふんぞり返った体勢のキャシーは、ニヤリとバルゥへと笑い掛ける。

 

「なるほどね、おっさんの(ほう)はどうなん?」

「悪くはない……が、そればかりでは肉体(からだ)はともかく感覚がどうにも(なま)ってしまうからな。今回の誘いはオレにとって渡りに船というやつだ」

 

「ハハッ、だよなー。おっさんに内勤なんて似合わねーもん」

「まったく、歯に衣着せぬ失礼なヤツだ。オレとてそこそこ楽しんでやっているのだが……」

(ガラ)にもねー。その点、"ソディア"は満喫してんだろ?」

 

 キャシーは少し離れたところで、潮風を一身に受けている海色の瞳をした少女へと声を掛ける。

 

 

「うちに話を振らなくていーし」

 

 エメラルドブルーの髪をなびかせる"嵐の踊り子"ソディア・ナトゥールは、半眼で遠慮のないキャシーを見つめた。

 

「いいじゃんか、これでも感謝してんだぜ? 二つ返事で受けてくれて、ほんとあんがとな」

「っ……別に、その──うちも誘ってくれて嬉しかったし」

 

 思わぬ返答にキャシーとバルゥは顔を見合わせると、ハモらせて言葉にする。

 

『素直だな』

「うっさいし!」

 

 ぷいっと腕を組んでソッポを向くソディアに対し、なだめるようにキャシーは口を開く。

 

「はははっでも意外だったよ、正直なところ無理やりにでも連れてこうと思ってたかんな」

「ま~たとんでもないこと言い出しやがったし、キャシー(こいつ)

「だってソディア(おまえ)なら、海から離れたくないとか言い出しそうじゃん?」

 

 

 ソディアはキャシーの一言に、これみよがしに溜息を吐く。

 

「はぁ~……どんな偏見だし。そもそも! うちが財団員になったのは未知に()かれたからで、これでも私掠船(しりゃくせん)業だけじゃなく幅広くいろいろやってるんだから」

「そうなん?」

「むしろここ最近は(おか)と海とで半々くらいだし」

「じゃっもう遠慮しないわ」

「最初からまったくしてた様子ないけど!?」

 

 思わず突っ込まずにはいられなかったソディアに、バルゥはいたって慣れた様子で(たず)ねる。

 

「ふむ、ソディアも長期的に抜けることになるが……問題ないのか?」

「うちにも有能な副長がいるから大丈夫。今も迷宮攻略(ダンジョンアタック)の為の物資積み込みを一手にやってくれてるのがそうだし」

 

 

「ほーん、じゃあオマエ()()()()なわけか」

「言葉選び!! ──でも実際のとこ事実でもある。昔っから律儀に仕えてくれてるみんなは、うちよりも優れた水兵ばかりだし」

 

 ソディア率いるナトゥール海賊団は、苛烈だった祖父母の代から続く(キズナ)によって結ばれている。

 しかして構成している海賊達も、単なる義理人情だけで従っているというわけではない。

 

 天賦(てんぷ)の才とも言えるソディアの海読みと、ワーム海に限定ながらも天候操作魔術。

 まるで老練極まる戦略視と戦術眼、その卓越した用兵術に全幅の信頼を置いているゆえ。

 海戦において無敗を誇るソディアの灰零番艦と七色の直衛艦隊は、かつて築き上げた海賊団の勇名をさらに高めるに至ったのだった。

 

 

「まっ安心しろって、迷宮攻略にはソディアの小賢しさがアタシらには必要だかんな、おまえはいる子(・・・)だよ」

「うっさい、別に不安がってもないし」

「頭脳労働担当がいないと、あるいは詰みかねん。オレも迷宮では幾度となく足止めされて、無駄な徒労を()いられたことか」

 

「……ちゃんと守護(まも)ってよね、うちは海じゃなきゃそこまでじゃないし」

「あーアタシはそういうのムリ。攻め一辺倒でそういう戦型(スタイル)じゃねえし」

「オレも守る闘争は不得手だ」

 

「ちょっとッ──!!」

 

「まぁよ、フラウの(そば)にいりゃあ大丈夫だって。それと()()()()()()の後ろでもな──」

 

 

 キャシーはパチッと小さく弾ける音と共に立ち上がり、その視線の先にはプラタとケイとカッファが仲良く歩いてきていた。

 

「もしかしてあれが残りの攻略メンバー……? 若っ!」

「いやいやソディア(おまえの)が最年少じゃね? まっとにかく、あの向かって右側のケイの近くにいても安全だ」

 

 キャシーはベイリルの(げん)に触発されて、わざわざ学園まで一度出向いてケイ・ボルドに闘争をかましたことがあった。

 ゆえにその無双二刀の()えを、骨身に染みて理解(わか)らされて、迷宮攻略に相応しいと納得するに至ったのだった。

 

「インメル領会戦の時にも見た娘か……確認する前からよく気付いたな、キャシー」

「ん? あぁ、電磁波レーダーってのでね。索敵(さくてき)ならおっさんにも負ける気しないぜ」

 

 キャシーは不敵に笑って、プラタらを誘導するように両手を大きく振る。

 

「本当ならジェーンもいりゃぁ良かったんだけど、結唱会や音楽もあるっつーんで……残念だわ」

 

 加えてベイリルもハルミアもいないものの、特段の(うれ)いはキャシーにはなかった。

 

 

「どーもー! キャシー先輩! バルゥ総督! ソディア首領! "セイラー灯台"にも登ってたんでぇ……お待たせしちゃいましたか?」

「ようプラタ、()が落ちてなきゃいつでも問題ないさ。ケイとカッファも学園ぶりだな」

 

「はい! お久しぶりですキャシー先輩、このたびは迷宮攻略にお誘いくださってありがとうございます!」

「うっす! おれも精一杯がんばります! めっちゃ楽しみ!」

 

 以前とは比べ物にならないほど強度を上げたキャシーとフラウ。そこに同等以上の強度を誇るバルゥとケイ・ボルド。

 ギミック担当のソディアと、小器用なプラタとカッファ。さらに潤沢な物資と、回復・活性用のスライムカプセル。

 何よりも黄竜由来超伝導物質(エレクタルサイト)を使った"TEK装備"もあるので、十分すぎるほどの勝算で迷宮に挑むことができる。

 

 本来の予定よりはだいぶ延び延びになってしまったものの、そのおかげで万全な準備をもって臨むことができるようになった。

 

 

「──バルゥだ、オレがどんな人間かは……おいおい語っていこう。時間はたっぷりあるからな」

「……ソディア、ソディア・ナトゥール。いちお海賊。ケイって人、わたしをよろしく守ってね」

「え? あっはい、よくわからないですけど、よろしく頼まれましたケイ・ボルドです。お見知りおきを」

「カッファっす! みなさんよりは数段劣るんで、雑用でもなんでも!」

「はーい! プラタ! わたしもなんでもやるよ~、クロアーネさん直伝の料理とかも!」

 

 一通り自己紹介を終えたところで、キャシーは船から飛び降りる。

 

「じゃっまっ顔見せくらいにしか考えてなかったけど、なんかやりたいこととかあっか?」

「無論、実力を見ること」

 

 続いて着地したバルゥが、キョトンとするケイを身長差から興味深そうに見下ろす形になっていた。

 

 

「なるほど、お手合わせですね」

「アタシも混ぜろよ」

 

 スッスッと二本の魔鋼剣を腰元から抜いたケイはくるくると刃を回し、横にいるキャシーの髪の毛が電気によって逆立っていく。

 

「それは別に構わんが、本気でやれば港がなくなる……軽くだ、あくまで軽く」

「わかってるって」

「軽くですね、了解です」

 

 バルゥ、ケイ、キャシーの勝手に盛り上がる三人を他所に、船に残ったままのソディアは海に向かって溜息を投げる。

 

「はぁ……闘争狂ってすーぐこれだし」

 

 口にした(こと)()が潮風にまぎれるよりも先に、ソディアの華奢な体は衝撃による余波によって吹き飛ばされるのであった。

 

 


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