異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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第六部 権謀うずまく帝国動乱 1章「帝国と竜」
#348 要請


 

 帝国本国から正式に技術特区という形式をもってサイジック領は本格始動し、それ(ともな)って多くの領法を制定した。

 記念式典も盛大に終えてから、フラウとキャシーらカエジウス特区ワーム迷宮(ダンジョン)へ向かう船を見送って(のち)

 

 ──伝統に基づいた新たな教義を重んじ、多様な名誉を讃えて気高い精神を根付かせ──

 ──美学を推進し芸術文化・娯楽を花開かせ、商業を振興し経済を活性化させる──

 ──合理主義に生きる魔導科学をもって、自由で秩序ある社会を敷く──

 

 そうして各分野の人材達が飛躍している頃──俺はヤナギを筆頭に後に専用部隊とするべく、子飼い24人の教育に励んでいた。

 

 ゆくゆくは、王国円卓の魔術士第二席こと"筆頭魔剣士"テオドールが率いていた門弟部隊のように……。

 かねてよりの俺への直掩(ちょくえん)、あるいは手が回らない部分の支援、ないし極秘裏の任務を遂行できる集団──その先行投資として。

 アーセンが売買していた奴隷候補達の中から有望な才を選び、自ら名付けた子らは、時にジェーンの"結唱会"と共同歩調をとって育ってきていた。

 

 そんな、矢先であった。

 

 

「……なるほどね」

 

 俺は"使いツバメ"によって届けられた、モーガニト領の封蝋がしてある手紙に応じ、自分の領地へと戻ってきていた。

 大監獄から戻ってより、コツコツと日々のことに()()()()を感じていた最中(さなか)というのに、一切(いっさい)を中断するだけの事態。

 

「して、どうする? ベイリル」

 

 領主屋敷の部屋にて、目の前に座る運営代行を頼んでいたハイエルフのスィリクスは神妙な面持ちで俺の答えを待つ。

 

「まっ従うしかないでしょう」

 

 俺の手の中には、帝国から正式に印璽(いんじ)が施された羊皮紙の書類があった。

 モーガニト領を(ほう)ぜられた伯爵位としては、応じるより他に選択肢はない──すなわち、"(きた)る戦争への参陣要請"である。

 

 

「可能性としてはまったく考えてなかったわけでもなかったものの……」

 

 シップスクラーク財団の情報網は各国の物流にまで及んでいて、"使いツバメ"と郵便事業を含め、おおよその時流は把握できるようになっている。

 しかしそうした一報がまったくなかったということは……こたびは帝国の頂点である"戦帝"が急に言い出したことなのかも知れない。

 

「そうなのか? ベイリルきみは"皇国領への侵攻"を先読んでいたというのか?」

「いやまぁ、帝国はどこの国にも喧嘩を売る可能性はあるわけで──ただその中でも、皇国が一番可能性が高いかなって程度で」

 

 スィリクスへやんわりとそう言いながら、俺は頭の中で状況を整理する。

 

(あぁそうだ、戦争を仕掛けるのはわかる……)

 

 そもそもの発端はシップスクラーク財団、というか俺が主導した"文化爆弾"作戦によって皇国全体を浮き足立たせてしまったことだろう。

 

 皇国ではルネサンスの機運が高まり、様々な思想や文化がにわかに増えてきているのだと聞いている。

 かつて宗教によって一枚岩だった国家が隙を見せているのだから、攻め込んでいくのは道理の内。

 

 

「戦争行為それ自体は悪くないんだけどなぁ……」

「ベイリル……きみは戦争を賛美するのか?」

「まぁ文明の発展には必要不可欠なんで、()()()()なければね」

 

 戦争とはより大きな生存競争であり、政治的・外交的手段の一つである。

 少なくない革新的なテクノロジーが戦争によって産まれたし、時に興亡があってこそ人類は新たな文化を生み出してきた。

 

 さらには戦争で疲弊させることで、文化的侵略は一層効果的となる。不安定な環境に置かれた者は、目先に拠り所を求めるものだ。

 文化爆弾を炸裂させた皇国に対する戦争は"文明回華"にとっては追い風となる、歓迎すべき事態のはずであった──

 

 

「しかし身を切るのは我々なのだぞ?」

「そこなんですよねぇ、なぜ皇国から遠すぎるモーガニト領に直接の参陣要請なんて……」

 

 モーガニト領は、帝国領内において王国と接する最東端のサイジック領の南西にあたる位置である。

 対王国戦線や、連邦を相手に一戦を交えるから軍団を供出しろというのならば理解できる。

 

 あるいは戦争行為に際して物資などの支援であれば、至極真っ当な要請なのではあるが……戦争参加に関していまいち()に落ちない。

 

「……サイジック領に協力は求められないのかね?」

「今はまだモーガニト領とサイジック領の関係性(ライン)をあまり大っぴらに繋げたくないんで、俺たちだけでどうにかしたいとこです」

 

 一個軍を率いるような器じゃないし、いかに現代知識で戦史における戦略・戦術を再現しようにも、魔術のある世界では前提が違いすぎて成立しにくい。

 そもそも領内防衛で手一杯であり、遠征軍として成立させるだけの軍事力がモーガニト領には存在しない。

 

 

「むうう……そうか」

「は~てさて」

 

 俺とスィリクスはお互いに頭を(ひね)る。当然ながら無い袖は振れないので、違う形で代価を支払うという帰結も範疇。

 

(だがそんなことは帝国本国側もわかっているはずだよな──)

 

 考えられるだけの"真意"をいくつか脳内で羅列してみるものの、そもそも戦帝が頂点ということを考慮に入れた時……単純な回答へとすぐに辿り着くのだった。

 

「あっ……」

「どうした? 何か思いついたのか!?」

俺か(・・)

 

 やや自意識過剰な部分も含んでいるが……そう結論づけ、疑問符を浮かべたままのスィリクスへと説明してやる。

 

「要は戦力にさえなりゃいいんです。自惚(うぬぼ)れながら、俺は貴重な航空戦力──しかも円卓殺しの"伝家の宝刀"級だ」

「つまりあれか、実質ベイリル(きみ)個人の呼び出しだと……?」

「体面上、遠回しに要請しているんでしょうね。戦帝が俺個人を呼び出したのかと思います」

「っ……なるほど」

 

 戦帝ならばありえる。

 ただその意を受け取った誰かが、モーガニト領主への形式を(のっと)ったのだろう。

 

 

「──もっとも仮に戦帝が容認していたとしても、帝国本国からの正式な要請である以上は俺一人だけで出向くわけにもいかない……よなぁ」

「それはそうだ! そんなことをすればモーガニト領主としての立場が問われるに違いない」

 

 戦果によって証明するのは前提としても、阿呆顔(アホづら)下げてノコノコ一人で出向けば、常識と品性と手腕と何もかもを地に()とす。

 ゆえにこの身一つ以外にも、モーガニト領主としての体面を(たも)つだけの最低限の手土産となるものが必要だった。

 

「その、なんだ。よければ……わたしも参戦しようか?」

「いえ正直なところ、足手まといになるので結構です」

「くうっ、歯に(きぬ)を着せぬな」

「まぁまぁお気持ちだけは受け取っておきます、ただ何事も適材適所。俺にはスィリクスのような運営はとてもできないし、そこは本当に感謝もしているよ」

 

 そうだ、とても感謝している。モーガニト領という持て余した土地を、ここまでつつがなく発展させてきたのは彼の実力に他ならない。

 

 

「あぁベイリル、わたしこそ──」

「ところで信頼できる後方支援兵として500……いや200くらいでも最低限の面子(めんつ)は立ちそうなんで、用意可能ですかね?」

「あっ、ぬぅ……200か、後方要員あれば問題なく用意できるだろうな──」

 

「じゃっそれで。数の少なさは支援物資で補う方向で、帝国本国へ段取り付けといてください。以降は俺がどうにか交渉して取りなすんで」

「前線要員はいいのか?」

「領民を死地に向かわせて浪費するのは流石(さすが)に……まっ、他にアテ(・・)も思い付いたんで問題ないでしょう」

 

 椅子から跳ねるように立ち上がった俺は、ググッと肉体(からだ)を伸ばしてから、ゴキゴキと全身を鳴らす。

 

「アテ、だと? いやそうかベイリル、きみの信頼する──」

「いえ俺の仲間はみんなそれぞれ用事があるんで、パーティを組むつもりはないです」

 

 ワーム迷宮(ダンジョン)再攻略、テクノロジー開発、後進の育成、ライブツアーなどなど。

 戦力となりうる者達は、それぞれの道を邁進(まいしん)してもらう。

 

「別に内々で済ます必要はない、なんせモーガニト領は内政面で順調なのは帝国本国も周知のこと。ならば()()()()()んです、俺についてこられるだけの戦闘員をね」

 

 


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