異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#352 傭兵雇用 IV

 

 "海魔獣"を倒す方法は現状において存在しない、と断言しても良い。

 黒竜級というだけでもどうしようもないと言うのに、その棲家(ホーム)が大海とあってはさらに縛りが掛かる。

 

「まっわたしは龍人族(しって)の通り、ベイリルほどでなくとも長生きさね。なにも今すぐにでもってわけじゃあない」

「了解しました。でも約束はしましょう、いずれ大陸・極東間の航路を海魔獣から解放すると──その時は共同歩調を取ることも」

 

 それがいつになるかはわからない。そもそも極東と貿易をするだけならば、今は飛行島(スカイ・ラグーン)もある。

 しかしながら安定した大量輸送を考えれば海運はやはり得難いものであり、サイジック領とシップスクラーク財団とフリーマギエンスが拡大していけば、いずれは必ず衝突する。

 

 

「ありがとう、その言葉だけで十分さ。わたしが協力するにはね」

「そうなるとまぁ、どのみち財団(こっち)でもやる気だったわけでして……わざわざ恩なんて売る必要もなく。別に無理して雇われなくてもいいですよ?」

「まったく、昔から頭が堅いんだからねえベイリル」

「そうですかね……一応柔軟を心がけてはいるんですが」

 

 俺は頭をポリポリと掻きながら心当たりを探そうとする前に、ファンランは続ける。

 

「クロアーネやレドと、よく話したもんだよ。本人は打算的なつもりでも、実際は善意の行動も多いってね」

「そういう時はきっと……俺自身が楽しみたかったからだと思いますよ」

「ならいいじゃないか。世の中は損得だけで動くもんじゃない、わたしの料理を何度となく品評をしてくれていた後輩に(ちから)を貸したいと思った──それは不純な動機かい?」

「いえ、ありがたいことです」

 

 そうだ──数多くの人間と関わってきて──確かに損益を考えねばならないことも多かったが、同時に掛け替えの無い絆があることも知っている。

 

 

「それに腕の立つ料理人を、このまま(のが)すってのかい? 戦争がどれくらい続くかわからないけど、味気ない料理で満足できるもんかねえ」

「くっははは、そんなことを言われてしまうと……確かに、これ以上魅力的な提案はないですね。たとえ実力で(おと)っていたとしても最高の価値がある」

「自分以外の誰かに言われるほど劣るつもりもないけどね、試し(・・)てみようかい?」

 

 スッとわずかに重心を後ろへと持っていくファンランに、俺はニィ……と笑う。

 

「じゃっ少しだけ」

 

 魔術を使う気は、俺にもファンランにもなかった──なぜならば──双方とも闘技祭でのやり取りが、どうしたって忘れられていないのが理解できたゆえ。

 あの時はジリ貧が見えた俺があえて晒した隙に対し、ファンランが(はな)った崩拳(ぽんけん)へ、カウンターの()め打ちが()まったが……。

 

 

("天眼"──)

 

 刹那を無限に切り刻み続けんばかりの時間(とき)の中で、五体が備える全感覚・全神経を極度集中させる。

 共感覚によって魔力をも明確に色として知覚し、新たな領域へと立った俺の"天眼"は未来を()る。

 

 踏み込みからの中段直突き──あの最後(ラスト)の再現──しかしその攻防は以前とは比較にならない。

 さながら"詰め将棋"。お互いに、この一瞬で……先々における可能・不可能の展開が理解できる。

 

 あの時のように飛びついて顎に膝を入れ、(ひね)りながら地面へと倒し極められる未来はない。

 どう(かわ)し、あるいはどう防ぎ、どう相手に有功な打・投・極が決められるのか──たった一撃の合間に、目まぐるしく再構成を繰り返し……。

 

 遂にはファンランの拳が俺の水月へ、俺の掌底はファンランの顎先へと、皮一枚に迫ったところでお互いに寸止め静止した。

 打ち抜かずとも既に結果はわかりきっていたがゆえに。

 

 

「磨き、かけてますねぇファンラン先輩」

「それでも相打ちってのは少しばかし不満が残るさね」

「いえいえ十分達人の域ですよ。まったくレドといいファンラン先輩といい──学園の人間は強者が多いことです」

 

 俺が一足飛びに強くなったかと思えば……上までには立たれずとも、いつの間にか隣に並ばれている。

 フラウは当然として、キャシーの伸び幅も目覚ましく、ジェーンとヘリオとリーティアも状況によっては近い戦果を挙げられるだろう。

 しかしながらレドとファンランは調理科であるにも関わらずの強度。ケイ・ボルドに至っては白兵領域においてステージが違うし、まったくもって天賦の才能とは如何(いかん)ともし難い。

 

「わたしは財団員でもフリーマギエンス員でもないけど、調理科に(かよ)っていたベイリル(あんた)に影響は受けたクチだからねえ」

「……俺は自らのライバルを育ててしまったわけですか」

「味方なんだからいいじゃないか。まっよろしく頼むよ」

「そっすね、んじゃ戦闘も料理も甘えさせてもらいましょうか」

 

 バシッと強めの握手を交わし、俺は静観していた傭兵──オズマ、イーリス、ガライアム──らへと振り返りながら尋ねる。

 

 

「ちなみに今のやり取り、()()()()()()()?」

「あっ? おれらを見くびるなよ──……"11"通り、だろ?」

「アニキぃ……恥ずかしいからもうあたしの兄を名乗らないでもらえる?」

「なにっ!? いやっ、てかおれはそもそも白兵専門じゃねえし? 近付かれる前に潰すしよ」

「見誤りからの遠吠えもほどほどにしてよねぇ。正解は"15"通り、でしょ?」

 

 オズマはにわかに顔を赤らめながらややふてくされた様子を見せ、イーリスの得意気に対してファンランが正直に告げる。

 

「正確には"14"だったんだけどねえ」

「おいこらイーリス! てめえこそ見えてねえ上に、ちょっと()ってんじゃねえか!!」

「い……"1"くらいは誤差だよ! いやむしろあたしには見えないのが見えてた!」

 

(まぁ俺が()ていたのは"17"通りまでだが──実際の動きそのものが追いつかなかったな)

 

 わいのわいのと兄妹が言い合う(かたわ)ら、俺はそんなことを思いながら黙して語らない無骨な武人へと投げ掛ける。

 

 

「ガライアム殿(どの)はどうでした?」

「何通りだろうと関係ない」

「ははっなるほど」

 

 二双の大盾ならば……なるほど、むべなるかな。たとえ千通りの(すじ)が見えよう見えまいと、全て防ぎきる気概なのだろう。

 

「けっ気取ったオヤジだぜ」

「あたしは嫌いじゃないよ」

 

「豪快な御仁だこと……ところで自己紹介がまだだったね。わたしはファンラン、よろしく頼むよ」

「"明けの双星"、兄のオズマ。あんたとは是非ともイロイロお近付きになりたいね」

「同じく"明けの双星"、妹のイーリス。アニキには気をつけてね、節操ないからさ」

「……ガライアム」

「あっストールと言いまさぁ、財団の情報部に所属してますんで今後ともお願いします」

 

(上々だな──)

 

 短期間でこれ以上は望めまい。まだ一応は猶予期間こそあれ、少数精鋭で行くのであればこのへんが丁度良い。

 

 

「それじゃ改めて、ベイリル・モーガニトだ。帝国はモーガニト伯爵として、対皇国戦線に対し参陣する──異存はないか?」

「詳しい契約書はあとで交わしてくれんだよな?」

「もちろんだ」

 

「はいはーい! いつ頃からー? それまで領都で遊んでていい?」

「そう遠くないとは思うが……()に一度、財団本部で確認してくれれば自由にしてもらっていて構わない」

 

「……こたびの(いくさ)の達成目標は?」

「どうでしょう、戦帝の意向が大きいでしょうから……ある程度の領地を削って満足したら切り上げるかと思われます」

 

 

 あまり長々と戦って戦火が拡大したなら、"折れぬ鋼の"が出張ってくるのは確実に目に見えている。

 となれば一気呵成(いっきかせい)に削り取り、さっさと統治を安定させて手を出させないようにするしかない。

 

 今の時代はそうした散発的で、短期間の局地戦がどうしたって多くなる。それほどまでに"五英傑"の番外聖騎士様は、嫌味なほど厄介な存在なのであった。

 

「わたしも一ついいかい?」

「なんでしょう、"ファンラン先輩"」

「"それ"だよ。いつまでも先輩ってのも……むず(がゆ)いってもんさね」

「そうですか……じゃっ、ファンランさんで」

「わたしは今まで通り呼び捨てるけど、それでいいかい?」

「構わないですよ、敬語も崩すつもりはありません。慣れた相手には慣れた話し方が一番、それもまた親愛の形です。公的の場に居合わせた時だけ、モーガニト伯と呼んでくれれば結構です」

 

 特段の(うれ)いはない。シップスクラーク財団の進退をも懸けた、インメル領会戦の時とは違う。

 今回は帝国という巨大な背骨(バックボーン)ありきで、モーガニト伯爵という立場で戦うだけ。

 さらにはこうして面子にも十分恵まれた。

 

(物見遊山とは言わないが、気楽にいくとしますかね)

 


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