異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#356 鋼鉄の玉座

 

 ──帝都・王城、玉座の()──

 

 そこは現世界における中心(・・)とも言えるやも知れない、そこは最も領土広き帝国の王が座る場所であるがゆえに。

 王妃の為の並んだ椅子はなく、催し物が開けるほどの広間の奥に唯一(ただひと)ツ存在している鋼鉄の玉座。

 

 そしてそこに座るのが帝国の頂点──帝国史上最も戦争を愛し、愛されたがゆえに付けられた二つ名──"戦帝"バルドゥル・レーヴェンタール。

 鋼鉄の玉座とは、今まさに戦鎧を着込んだ帝王が座っても耐えうる為に作られたモノであった。

 

 周囲にはいつか見た帝国上級大将である"シュルツ"に、他の軍人達、文官や書記官らが複数人。

 さらには帝王の血族と思しき子らが、ヴァルターを含めて三人──知った顔であるモーリッツもといモライヴと、東部総督補佐であるアレクシスの姿はなかった。

 

 

 しかし戦争を前にしたこの"決起会"において、俺の目を最も強く()いたのは──別の二人であった。

 

(帝国軍事の最高位、"三元帥"の一人……"帝国の盾"オラーフ・ノイエンドルフ)

 

 かつて若かりし頃の"黄金"ゲイル・オーラム、"悠遠の聖騎士"ファウスティナ、"深焉(ふかみ)の魔導師"ガスパール。

 さらに共和国の"大商人"エルメル・アルトマーより支援を受けて、ワーム迷宮を制覇した際のパーティのリーダーその人である。

 

 その頃より帝国軍人にして、制覇特典も仲間に(ゆず)ったという生粋の武人にして人格者だと聞いている。 

 もしも機会があれば話したい気持ちもあるが、余計なことを口走ってしまう恐れもあるので難しいところだった。

 

 

(……そして()()()()の"帝国宰相(さいしょう)"ヴァナディス)

 

 帝国建国当初から宰相を務め続けていると言われている、帝国で二番目に偉いとも言える女性。

 

 誓約はしておらず、家も名字も持たず名前のみ。およそ財産らしいものを何一つ保有していないとも噂され、帝都から出ることも滅多にないのだとか。

 一説では"国家そのものと契約した奴隷"とすら(ささや)かれていて、長命種たるエルフにはなかなか皮肉が効いている。

 

(それで何百年と宰相の座に居座り続ける、否──だからこそ王が変わり続けても、宰相で在り続けられる)

 

 無欲ゆえの絶対的地位。何よりも積まれ続けた執務能力と、長命種ゆえの広い人脈(かお)

 レーヴェンタール一族がその玉座を明け渡したことは一度として無いものの、たとえ簒奪(さんだつ)されたとしても彼女がいるからこそ帝国は問題なく存続するとも言われる。

 

 

 観察している間にも、何十人もの帝国貴族らが戦帝へと拝謁(はいえつ)し、この場にいる全員の前でこたびの戦への意気込みや貢献を示していく。

 

 戦装束こそ正装。というのが戦帝の考え方であり、いちいち着替えを用意する必要がないのは楽であった。

 ただし参集された貴族の多くが多様な装備を身につけているのに対し、俺は必要最低限の軽装で済ませてある。

 

 貴族らは少なくなく戦帝と言葉を交わし、続々と消化されていく中で……俺は各貴族の情報を、後でシールフに引き出してもらえるよう記憶しながら──ついに順番が回ってくる。

 

 

「──次、亜人特区割譲モーガニト領、ベイリル・モーガニト伯。後方要員200、支援物資が準二等、また本人の参陣となります」

 

 そして俺は……"あの時"とは違って、さほど緊張もなく帝王の前で(ひざまず)いていた。

 

「陛下──」

「"円卓殺し"か、あれからつつがなく領地を治めているか?」

「はい、(わたくし)自身というよりは……優秀な代理の手によってですが」

「有能な者を重用し、上手く扱うのも(うつわ)よ。たしか貴様の目的は、例の"炎と血の惨劇"を調べることだったか──あれからわかったことはあるか?」

 

 俺は将軍(ジェネラル)のことは伏せて、知らぬ存ぜぬを突き通す。

 

「……いえ、皆目(かいもく)。もし何かあれば東部総督を通じて中央にも報告をさせていただきます」

「そうか、何かしらの火種になればと思ったがまあ焦ることもあるまい──ところで、貴様とはまだ戦っていなかったな」

 

(はい、きた)

 

 俺は想定通りの事態にあらかじめ用意していた答えを述べようとする──前に戦帝の言葉が続く。

 

 

「だがさすがに戦争前だ、オレとてそこまで節操が無いわけではない。貴様とは、この戦争が終わったらだな」

 

「お手柔らかに願います。まずは陛下の麾下(きか)として共に戦えること、光栄です」

「……その割には供出が少ないようだが、まともな領地軍を組織してはいないのか」

 

「領内の治安・防衛の為の戦力で手一杯でして、申し訳ありません。それに(わたくし)は軍を率いる将才があるわけでもなく──」

 

「領主となって日が浅かろうが、今ここが忠誠心を試される場ということは理解できているだろう?」

「もちろんです。ですのでこうして──モーガニト領における"最大の戦力"に関しては、過不足なく提供する所存」

 

 最大戦力──すなわち()

 

 

「なかなか言うな?」

「"円卓殺し"が伊達ではないこと、貴重な航空戦力たるを披露いたします。それとは別に、傭兵二人と金級冒険者を二人ほど雇い入れておりますれば」

 

「少数精鋭か……一定の権利を与えて遊撃とするか、オレの直属として動かすのも面白そうだ。いささか悩むところだな」

「陛下の御随意(ごずいい)に──ただし希望をお聞き届けくださるのであれば、遊撃とさせていただければより多大な戦果をお約束できましょう」

 

「このオレを除く"伝家の宝刀"は、抜く機を見誤ればつまらぬ結果と成り果てる──好き勝手にやらせれば……それだけ不確定要素が増えるのを理解しているか」

 

 戦帝バルドゥルは「それはそれで面白いのだがな」と付け加えてから、数秒ほど考えた様子を見せる。

 

 

「航空戦力と言ったな?」

「……? はい」

「速度はどうだ」

「"爆発"よりは遅いですが、"音"よりは速く」

「ふっ……伝家の宝刀は何本あっても困るモノではない、しかし持て余したところで無駄でもある。そうした敵との駆け引きは戦争の妙味であると同時に、実にもどかしい部分だ」

 

 帝王が何を言いたいのか図りかねていると、すぐに本題へとシフトする。

 

「こうして他の者らもいる手前、いくら貴様が実力者であると言っても簡単に"遊撃"などという権利を与えるわけにはいかぬが──しかしだ、先んじて成果を差し出せばその限りではない」

「成果、とは──」

 

「"竜騎士"ら軍供出が遅滞している。神速を(むね)とする彼奴(きゃつ)らが、どうにも出し渋っているのが()せん」

「それは……赤竜"の意向、ということでしょうか」

「まさしくそういった背景を含めて(さぐ)ってこい。可能であれば交渉して引っ張り出してこいと言っている」

「……そのような重責を(わたくし)などが(にな)ってよろしいのですか?」

 

 俺としては安請け合いをしない為にも、大勢の重臣や貴族らがいる今この場にて確認を取る。

 

 

「既に何人か向かわせているがどうにも門前払いを喰らっているらしく、取り付くシマもないそうだ。貴様は竜騎士と相対したとして、遅れを取るか? "円卓殺し"よ」

「……いえ。赤竜相手はどうしようもありませんが、そうでなければ──」

「ならば良し。場合によっては多少(・・)の強硬策も辞さぬということを示さねばならん」

 

 仮に赤竜と竜騎士らが(こば)み続けるのであれば、帝国の矛先が向かう──ということを(あん)に言っているのだった。

 

「貴様の運用はその結果次第で決めるとする。何一つ持ち帰れなければ、戦果を得る機会すら失われることも留意しておけ。……オラーフ!」

「はッ、ここに」

 

 俺に釘を差すように言った戦帝は、(そば)に控えた帝国元帥を呼び、オラーフ・ノイエンドルフは粛々(しゅくしゅく)と玉座の横に立つ。

 

「こいつにも各種書状を持たせておけ、オレの名も使ってな。最後通牒の一歩手前くらいで……構わんよな? ヴァナディス」

「三度目の使者となりますから、よろしいかと」

 

 エルフの帝国宰相はその場から動かず、目を瞑ったままそう答えたところで戦帝は大きく(うなず)いた。

 

「長くなったな、下がっていいぞ。今後貴様に期待できるかどうか、楽しみにしている」

(つつし)んで務めさせていただきます」

 

 俺はその場から下がりつつ、入れ替わりの貴族へ会釈しながら思いを致す。

 

 

(……とんでもない役回りを押し付けられたが──まぁいい、当たって砕けろだ)

 

 失敗したところでどうもしない、気負うことなき責務というのは実に楽なものであると。

 

 


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