異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#358 血族 I

 

「──おっと、実に有意義だったが……随分と時間を取らせてしまったな」

 

 二時間ほど"帝国の盾"オラーフ・ノイエンドルフ元帥と世間話を終えた俺は、やんわりと言葉を返す。

 

「閣下、お気になさらず。こちらこそ貴重なお時間を頂き、ありがとうございました」

「ああしかし今出発すればすぐにも日が暮れる。遅滞見込み分は陛下からわたしの名で口添えておこう」

「ありがとうございます。しかし(わたくし)にとって、この程度の時間は遅れにはなりません。夜闇でも空を疾駆(かけ)(すべ)を持ち合わせていますので」

「ほう……そうか、そうか。その若き才覚を今後も伸ばしてくれたまえ」

 

(いい人だ……)

 

 動機こそ純粋に話したかったことに起因するが、同時に帝国元帥の現在の"人となり"を知っておくという目的があったことも否定はしない。

 もしいつかの未来に帝国と衝突する際、まだ彼が現役であったならば価値のある情報となりうると……。

 しかしながら歓談はごくごく普通に楽しいもので、過去の話も実に有意義なものだった。

 

 

「くれぐれも無理することなく、その身を第一にしたまえ」

「はい肝に銘じます、それでは失礼します」

 

 俺は書類一式を手に、心からの誠意をもって帝国式の敬礼をするのだった。

 

 

 

 

 王城の廊下へと出たところで、俺は次にどうするかを考える。

 

(迷ったフリして見学でもすっかね……)

 

 王城内における許可なき魔術使用は罪に問われる以上、飛行して出て行くような真似はできない。

 かと言ってただ真っ直ぐに出口へ向かうというのも──こうして恵まれた機会を無為とするのは、いささかもったいない。

 

 そんなことを思いながら俺はしばらく散策がてら堂々と歩きつつ……そして間の抜けた声を発する。

 

「……あれっ?」

 

 見覚えがないのは当然なのだが、随分と奥まった場所まで来たようで──いつの間にか自分のおおよその位置すら喪失していた。

 

(普通に迷った。普段から"反響定位(エコロケ)"に頼りすぎている弊害(へいがい)か)

 

 いつでもどこでもマップ(MAP)をひらいて位置や目標どころか、次の道筋(ガイド)まで確認できる最新ゲームに慣れきって……一切ヒントなしのレトロゲームをやればこんな気分になるだろうか。

 

 

「まぁいい、素直に迷ったと誰かに聞くか」

 

 俺は一度、自らを"天眼"の状態に置いて周辺状況を把握する──と、いくつかの声が半長耳へと届いてくる。

 

荒波(あらなみ)立てずに穏便に済みそうな人は……──んんっ?)

 

 それ(・・)は聞き知った声であった。ある時は学園生活において、ある時はインメル領会戦後の交渉の場において。

 

「"モライヴ"──」

 

 自分の記憶を確認するように、小さく(つぶや)いた俺の足が自然と向く。

 学園では戦技部兵術科に所属していたフリーマギエンス員であり、東部総督との交渉においては帝王の一族たる"モーリッツ・レーヴェンタール"として。

 

 

『──そうか、でも"テレーゼ"……くれぐれも気は抜かないように』

『はいお兄さま、わかっています。いつもありがとう』

『いいんだ、また何か良さそうなモノを見つけたら持ってくるよ』

 

 扉を挟んで部屋の中から聞こえてくる声……、途中から聞こえた範囲で俺は関係性を測る。

 

(随分と優しい声音だ……兄妹(きょうだい)、か)

 

 オズマとイーリス、"明けの双星"兄妹。あるいは異母兄妹であったカドマイアとパラス。ヘッセンとフラーナも、従兄妹(いとこ)ではあるが(きずな)が強い。

 生まれた子らが揃って健康に生き抜き、また関係性も良好であることは掛け替えのないことだ。

 兄弟だけでなく子孫(こまご)や祖父母も含め──それは時代を通して最小単位にして何よりも強固な、一族というコミュニティであろう。

 

 

(血縁──)

 

 俺は幼少期より父を知らず、母の行方は知れない。

 

 しかし血こそ繋がってはいないが、ジェーン(あね)ヘリオ(あに)リーティア(いもうと)に恵まれている。

 フラウ、ハルミア、キャシー、クロアーネという愛する女性。アッシュにヤナギと他の孤児たち、それにハルミアのお腹の子にももうすぐ会えよう。

 オーラムは理解者であり、シールフは俺の半身のようなもの、ゼノは親友であり、悪友を含め友人も少なくなく、数限りない(えにし)が……今の俺の周囲に溢れている。

 

(そうだ、これからいくらでも──)

 

 モーガニト()、まずは俺から始めよう。前世ではできなかったあらゆることを、この世界で謳歌するべく。

 

 

 

 ガチャリ──と扉が開き、そして閉められたところで、俺は静かに声を掛けた。

 

「お久し振りです、モーリッツ殿下」

「……!?」

 

 モライヴは警戒心を強く(あらわ)に、顔を歪めて発声源(おれ)を見る。

 出待ちされていたのだから当然の反応だが、すぐにその(けん)は取れていく。

 

「いや、モライヴと呼べばいいか。どちらがいい?」

 

 俺は「シッ」と人差し指を唇に当てながら、モライヴへと問う。

 

「ベイリル……? いや、そうか。今日は戦前決起集会、披露目と検分があったんだねモーガニト伯」

 

 さすがに俺がモーガニト領主であることは知られているようだった。であれば、"使いツバメ"で連絡の一つでもくれれば良かったのにと思う。

 

 

「そういうこと、さてドコから話したもんかね。えーっと……」

「とりあえず他に誰もいないからモライヴで構わないよ。まずなんで盗み聞きをしていたか、聞いてもいいかな?」

 

 モライヴはどこか観念した表情を浮かべていて、俺は正直に答える。

 

「陛下から竜騎士特区への特使を言い渡され、ノイエンドルフ元帥から書類を受け取った後に話し込んで、帰ろうとしたら迷った、ところで知った声が聞こえてきた」

「大きな声で喋ってたつもりはないけど……」

「そこはそれ、ハーフエルフの強化感覚だから。闘技祭の頃とはもう比較にならんぜ?」

「あぁ……知っているよ、"円卓殺し"のベイリル。最初に聞いた時は耳を疑ったよ、シップスクラーク商会……いや財団が関わってたのも含めてね」

 

 

「そうだモライヴ、感謝がまだだった。サイジック領の交渉の時に助け舟を出してくれたこと、感謝している」

「あぁそんなこともあったね。一応は僕もフリーマギエンス員だったし……というかまるでその場にいたかのような物言いだ」

「そりゃぁもう、あの場にいたからな」

「……なんだって? まさか総督府に忍び込んで隠れていたのか!?」

 

 正気を疑うといった様子で目を見開くモライヴに、俺はニヤリと笑みを浮かべてすぐに答え合わせをする。

 

「いやいや財団総帥のリーベ・セイラーに(ふん)していたのが俺だったんだよ。痛々しい戦傷に覆われた別人の顔は、ナイアブ先輩の渾身の特殊メイク」

「そん、な……いやだから僕が"モーリッツ・レーヴェンタール"だと知っていたわけか」

「一応財団情報部でも裏取りをさせてもらったがな。モライヴはカプランさんと直接の面識がなかったし、思わず遠まわしに問い詰めたいところだったよ」

「騙していたわけではないけれど、立場が立場……学園では身分を隠す必要があった」

 

「まぁそこは当然だろう。王国三大公爵の一つであるフォルス家のくせにあけっぴろげなリンや、"内海の民"の次期有力継承者を公言するオックスのほうがおかしい」

 

 そういった自由が広く容認されるのも、"竜越貴人"アイトエルが創設した学園ならではという部分もあるのだが──

 

 

「ところでモライヴはなんで昼間はいなかったんだ?」

「僕はこたびの戦争には参加しないから」

「そうなのか……だけどモライヴは確か元帥の次席副官だったか?」

「あぁ、そうだけど()()()()()()があって特別に戦争行動は辞退させてもらった。ベイリルは"帝位の継承"については知っているかい?」

 

 それまでの空気とは打って変わって、モライヴは神妙な面持ちで口にするのだった。

 

 

 

 


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