異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#359 血族 II

 

「ベイリルは"帝位の継承"については知っているかい?」

「"継承戦"──すなわち王位継承権を持つレーヴェンタール一族が、次代の帝王を決める戦いだよな?」

 

 帝王は種族を問わず、王位の簒奪(さんだつ)すら認められてはいるが……実際にそれを()しえた者はいない。

 では実際的に玉座につく者の選出は、定められた規則に従って進められる。

 

「だがバルドゥル陛下はまだまだ現役だろう?」

「……もちろん。しかし常に戦場に在る我が父は、崩御(ほうぎょ)と隣り合わせと言える」

 

 俺はモライヴの言葉には同意しかねる部分があった。戦帝の強さは十二分に観察させてもらった。

 あれを殺し切るのは容易なことではないし、実際の歴戦によって証明し続けている。

 

 

「長女である"エルネスタ"と長男の"ランプレヒト"はいつ継承戦が始まっても問題ないよう、着々と準備を進めている……」

 

 そう名前を口にしたモライヴの全身に(ちから)が入るのを、俺は見逃さない。

 

「つまりモライヴもこの機会に地盤を固めておきたいわけか」

「あぁ……継承戦は己の全能を賭して、政戦両略をもって事を決する。そして冠を(いただ)く者にとって邪魔であれば、身内であろうと命を落とすことも珍しくはない」

 

 一族の多くは帝王にはならずとも要職に就く、しかして例外もある。継承戦における謀殺は、一切の罪として問われることはないのだ。

 また終結後に遺恨を残すことは禁じられていて、明確な叛意が明らかとなった場合は公然の処刑が許される。

 

「なるほどな、モライヴは……帝王になりたいのか?」

「別になりたくはない。けれど、必要とあらば辞さないつもりさ」

妹の為(・・・)か?」

「なぜそれを……?」

「すまん、少しだけ聞こえてきた。随分と親身になってあげていたようだったから」

 

 モライヴは目を閉じて数秒ほど沈黙してから、ゆっくりと口を開く。

 

「……妹のテレーゼだけが、僕にとっての家族だ」

 

 確かな声から、強い意志を感じ取れる。恐らくは命を賭しても構わないとすら思っているような……そんな気高く、自棄をも含んだような精神性。

 

 

財団(こっち)としても帝王がフリーマギエンス員なら楽なことはないな、いくらでも支援させてもらうぞ」

 

 大陸最大の軍事強国を味方につけたならば、趨勢(すうせい)を大きく傾けることができる。

 

「ありがたい、だが……財団は領地復興で大変なんじゃないのか?」

「ん? あぁーーー表向きはそうなっちゃいるが、インメル領会戦以前よりも遥かに大きく飛躍しているから問題ない」

「そうだったのか。僕は学園で間接的に商会時代しか知らないからな……"文明回華"──順調なんだね」

「"人類皆進化"との二重螺旋の大樹、自由な魔導科学(フリーマギエンス)がモライヴお前に手を貸そう」

 

「ありがとう、でも今はまだ……必要ない。迷惑を掛けるわけにはいかないから」

「……迷惑?」

 

 やや不穏な雰囲気を感じ取るも、俺は聞きだすべく疑問符を浮かべる。

 

「サイジックも、そしてモーガニトも……帝国の預かりだからね──申し訳ないけどこれ以上は言えない」

「了解。学園時代は"深算詭謀(しんさんきぼう)"と呼ばれたお前なら、見通しも引き際もわきまえているだろうから余計なことは言わないでおこう」

「懐かしくも仰々しい二つ名だ」

「くっはは、まぁ助けが()ると判断したなら、いつでも連絡してくれよ」

 

「あぁ……うん、そうだね──」

 

 話し途中で、俺はバッと暗い廊下の奥を見据える。それとほぼ同時にモライヴも暗闇を睨みつけていた。

 直近まで感じられなかったその気配はゆったりと近付いてきて、闇影からその姿が小さな明かりに照らされる。

 

 

「あァ~あァ~~~? こんなとこで何してんだ、モーリッツと……名前忘れた、"円卓殺し"」

 

 闇影から出てきたのは……朝方には娼館にて、そして昼間には玉座の()にて顔を合わせた男であった。

 さらに後ろから付き従う男──頭一つ抜けて高い長身の近衛騎士──が控えている。

 

「あらためまして"ヴァルター殿下"、ベイリル・モーガニトと申します」

「別に覚える気ィはねェよ。で……てめえらはなんだ、コソコソと密談でもしてたのか?」

 

 いささか面倒な場面を見られたが、俺は(つと)めて平静さを前面に保つ。

 

(わたくし)がノイエンドルフ元帥の部屋から出てから、いささか迷っていたところで、ご親切にもモーリッツ殿下が──」

 

 

 するとモライヴは俺の言葉を(さえぎ)って、感情を隠すつもりもなく言い切った。

 

「どこで何してようがヴァルター、おまえには関係ない」

 

「おーおーいつも連れてたあの"元黒騎士あがりの近衛"もいねえってのに、いい度胸してやがる。それとも部外者がいる前なら、オレ様が何もしねェとでも思ってンのか?」

「手を出すほどバカじゃないだろう。それとは別にくだらない舌戦をしたいのならば──いいさ、応じよう。場所を変えようか」

「はァ……? あァーーーはいはい、そういうことか」

 

 視線をわずかに移したヴァルターはすぐに何かを察したのか、口角をあげてから目を細めた。

 俺は気配を薄めるように、王族同士のいざこざに遭遇して恐縮した(てい)で様子を(うかが)い続ける。

 

 

「そういえば何度も足を運んでるって聞いてたっけなァ。はっはッ、テレーゼのヤツも哀れだな……頼りない身内一人ぽっちだけが味方とは」

「この場で、それ以上の口を開くな」

「クックック……まあ仕方ねェよな、早く生まれたヤツのほうが有利なんだから。もっとも! あのクソどもに目にモノ見せる為にも、てめえにはまだ利用価値がある」

 

「ヴァルターおまえ──いや、()()()()()()だったな」

「ワケ知り顔で一緒くたにすんじゃねェ、オレ様はてめえらと違って独力で乗り越えた。なんなら感謝してるくらいだね、あの時のランプレヒトの()(づら)は何度思い出しても笑えるぜ」

 

 俺にはどうにも把握しきれない会話が展開され、こういう時にはシールフの"読心の魔導"がいかに便利なのだろうかと思う。

 

(まっ会話の端々(はしばし)から類推(るいすい)するに……)

 

 モーリッツ、ヴァルター、テレーゼ、いずれも血族内での争い──恐らくは早くに生まれた兄弟姉妹からの謀略か何か──で、不利益を(こうむ)ったということ。

 そしてモライヴはその際に、妹テレーゼを気に掛けるようになったということ。いずれきたる継承戦に備えて複雑な人間関係があるのだろうということだった。

 

 

精々(せーぜー)、足ィすくわれないようにしとけ。それと、"弱味(よわみ)"を切り捨てる覚悟も決めとくこったな」

「捨てて得られるものは……その程度の価値でしかない」

「言うじゃねェか、だが真理(いいとこ)突いてもいやがる。オレ様が帝王になった時は、てめえを有効に使ってやるよモーリッツ」

「願い下げだ」

 

 話に一段落がついたところで、ヴァルターは俺の(ほう)へと視線を向けてくる。

 

「"円卓殺し"よォ、いつまでもボーッと突っ立ってねえで、てめえはさっさと竜騎士どもを連れてこい」

「っ──はい」

「おい"ハンス"、出口まで案内してやれ」

 

 すぐ(そば)に控えていた、ハンスと呼ばれた長身の近衛騎士が口を開く。

 

「しかし(わか)お一人では──」

「オレ様を(おびや)かせるようなヤツぁ、今の帝都にいねェのはわかってんだろうが。二度言わせんな」

「承知」

 

 モライヴともまだ話したかったし、ヴァルターとの会話も気になるところ。しかしここで目を付けられても困るので、食い下がるわけにもいかない。

 俺は名残り惜しさに後ろ髪を引かれつつも、近衛騎士ハンスに(うなが)されるようにその後をついて王城から出て行くしかないのであった。

 

 


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