異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#360 竜騎士特区

 

 ──"赤竜特区"──

 

 あるいは竜騎士特区とも呼ばれるその土地は、"頂竜湖"を望む山脈とその周辺一帯の領地を指す。

 

「"赤竜山"……あの時とは(おもむき)が違うな」

 

 白竜イシュトと共に黒竜を討伐しに"大空隙"へと向かっていた時、空から眺めた世界第二位の山脈。

 しかし今は大地に足つけて、雲に隠れて頂上の見えぬその高さを見つめる。

 

(書状はあるが──)

 

 竜騎士達の領域を前にして、俺は最後まで悩んでいた方策を決断する。

 やはり帝国からの特使として立ち入るよりも、あくまでここは赤竜の知己として訪れたということにした(ほう)が良かろうと。

 

 

 軽やかなステップを踏んで、風に乗るように俺は山を登っていく。

 そうしてしばらくすると、溶けて冷えたような造形の岩壁──通称"竜門"へとさしかかった。

 

 百メートルはあろうかという門の上には火竜が翼を休めていて、その真下には二人の竜騎士が立っていた。

 

(──こりゃ手間が(はぶ)けたか)

 

 そこには知ったる顔があった。かつて竜騎士昇格試験中に、モーガニト領内で出会った青年の姿。

 

 

「……? もしや、モーガニト伯!」

 

 俺に気付いた青年が駆け寄ってくると同時に、上にいた火竜も降りてくる。

 

「久し振り、"エルンスト"殿(どの)。あと竜騎士昇格おめでとうございます」

「これはこれは、ありがとうございます。その節はご迷惑をお掛けしました」

「なんのなんの。あの時の(えにし)あってこそ俺も助かりましたから」

「……はい?」

「いやこっちの話です」

 

 疑問符を浮かべるエルンストであったが、俺はややこしく長くなりそうなので、みなまで答えない。

 赤竜と衝突した際の妥協点を見出すにあたって役に立った(えにし)は、エルンストが思っている以上に重要なものとなった。

 

 

「……それにしてもせっかく竜騎士に昇格したのに、門番とはいささか張り合いに欠けるのではないですか?」

「持ち回りですから。普段は見習いの仕事なのですが、今は(・・)正竜騎士も一人付くようになっていまして」

 

(ふむ、やはり帝国からの要請で揉めている所為(せい)っぽいか)

 

 意図は悟られぬよう、これ以上は深く突っ込まない。

 今はまだ厳戒態勢というほどでもないが、だからと言って軽々(けいけい)に無策で突っ込むのは(はばか」)られる様子。

 

 

「ところで再会は喜ばしいですが、モーガニト伯はこのたびはどのようなご用件で? まさか自分に会いに来てくださったというわけではありますまい?」

「えぇそうですね、こうして会えたら一言おめでとうを伝えたかったのも確かですが……こたびは赤竜にお会いしたくて参上しました」

「赤竜さまに……?」

「赤竜殿(どの)とは以前に少し話した仲でして」

 

「そうでしたか、さすがですね……普段であれば(さと)までお(とお)しし、確認を取るところなのですが……なにぶん今は立て込んでいまして、一切をお断りしている次第で──」

 

 エルンストが(よど)んだ様子で言葉を選んでいたその瞬間、天空より"地響きのような音"が駆け抜ける。

 

 

(……なんだぁ?)

 

「あっ──」

 

 その大気を伝った震動に、エルンストすぐに気付いて前言を(ひるがえ)す。

 

「モーガニト伯、どうやらお(とお)ししても大丈夫そうです」

「──まさか今のって……咆哮?」

「はい、赤竜さまの声です」

 

(まじか、俺が来たって察知されているのか……一体どうやって──)

 

 考えながら俺はエルンストの背後にいる火竜と目が合った。

 

(そうか、眷属竜の眼を借りているわけか)

 

 かつて頂竜が七色竜を()()とし、七色竜が加護を与え野生の竜を眷属とする、一種の契約魔術のような……秘法。

 五感をシンクロさせたり、テレパシーで通じるくらいはできても不思議ではない。

 

 

「それではこちらの通行証をお持ちください」

 

 エルンストから小さく硬質な──恐らく幼竜から抜けた──牙の飾り物を手渡され、俺はアッシュも連れてくれば良かったなと考えつつウエストバッグへとしまう。

 

「それでは火竜の背にどうぞ、門向こうまでお送りします」

「……ん? わざわざ?」

「赤竜さまのお知り合いということで、お話しますが……実はこの竜門は開かないのです」

「ふむ、滅多に使わないから固着しているとか?」

 

「いえコレ、門に見えるよう装飾しているだけなんですよ」

「えぇ……──いや、そうか。竜騎士にとっては無用の長物というわけと」

「見習いにとっては自力で登っては降りるイイ訓練場所ですよ、自分もお世話になった場所です」

 

(なるほど、確かに。必要な物資も、竜であれば十分に積載できるしな)

 

 竜を駆る精鋭の騎士にとって、外界とは完全に隔絶しているほうが都合が良いのも納得だった。

 

 

「そういえばモーガニト伯は飛空術士でしたね。竜に乗ると体調を崩す人もいるそうですが……どうしますか?」

「せっかくの機会ですから乗せてもらいます。なんなら曲芸飛行の一つでも体感させてください、(ヤワ)な鍛え方はしてないんでね」

 

 

 

 

 "竜の里"──竜と共に生きる者たちが、高地に作り上げた秘境とも言える街。

 

(──と言っても、まぁ普通だな……たまに竜が目に入る以外は)

 

 規模を見るに1000を超える人々が、分相応で文化的な生活を(いとな)んでいる様子であった。

 外の文明と関係を()っているわけではないので当然ではあるが、都会とも田舎とも言えない絶妙な空気感がある。

 

 またここまでに山道を大分進んできて……薄い大気に適応しているだけあって、誰もが頑健かつ精強そうであった。

 

(でも気温はむしろ暖かいくらいだ)

 

 それは赤竜や火竜のおかげなのか、あるいは火山性の発生熱を上手く利用しているのかは知れない。

 

 とりあえず俺は普通の客人と思われているのか、特に()(モノ)扱いされるようなこともなく。

 のんびりと観光気分を味わいながら、さらに上へ上へと登っていく。

 

 かつて地球史に存在したマチュピチュ──写真や動画あるいはVRでしか見たことがなかったが──健在だった頃の想像上の街並みを眺める心地にさせられるのだった。

 

 

 

 

 家屋も完全に途切れたところ、俺は上昇気流でも(まと)うかのようにギアを上げ、地面を踏み込んで風に乗っていく。

 火竜に乗っての送迎も提案されたが、やはり自分の(ちから)で登ってこそ堪能(たんのう)できるというものだった。

 

 眷属竜の生息・育成区画はまったく別の場所にあり、部外者の俺には秘匿されている為、俺はひたすら道なりに進んでいく。

 

 高く──高く──雲の上よりも高く──どこまでも高く──天に届かんばかりに高く──

 

 かろうじて(みち)っぽい名残に沿って──時に景色を楽しみながら──ひたすらに登頂し続ける。

 

 

 やがて微妙な熱量の違いを感じ取ると、巨大な竜がその顎門(あぎと)を開けたような穴へと突き当たった。

 

「──でも、まるで神殿のようでもあるかな」

 

 素直な感想が口をついて出る。さながら竜を(まつ)った祭壇のような荘厳な雰囲気が同時にあったのだった。

 周囲には竜騎士や火竜のみならず、生物の気配が何一つ感じない。

 

「ふゥ~……──まっ、向こうから呼び込んでくれているんだ、俺は大手を振って行くとしよう」

 

 そう言葉として吐き出しつつも、内心俺は火口にでも身を投げるような心地でもって一歩を踏み出すのであった。

 


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