異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#361 赤竜 I

 

 "赤竜"──かつて獣の王であった"頂竜"より12に分けられた、炎熱を(つかさど)りし原初の(ドラゴン)

 後に神族と呼ばれる人間達と、創世の時代より戦争を繰り広げ、最終的に秘法によって自らを"人化"させることで、この世界に残った"七色竜"の一柱。

 

 燃ゆる炎をそのまま凝縮させたような赤色(せきしょく)の竜鱗。頭から後ろ向きに伸びる二本の竜角。

 大きく、鋭く、整然と並んだ竜牙。折りたたまれた竜翼は、呼吸に合わせてわずかに開いては閉じるを繰り返す。

 巨体を支える後ろ足と、あらゆる物質を焼き()けそうな竜爪を備えた前腕。

 

 

「お久し振りです、赤竜殿(どの)

『……来たか』

 

 天を仰げば青空が見える、冷えて固まった溶岩の上。しかし足元から伝わる震動と温度から察するに、灼熱のマグマが下で流動しているのが感じられた。

 黄よりも、緑よりも、黒よりも、最も竜らしい姿の(ドラゴン)は、人でなく竜の姿のままで器用に共通語を喋る。

 

「いつかの黒竜の一件では、色々なことを飲み込んで胸にしまってくださり、本当にありがとうございました」

『結果として黒の被害もなかった。それに慈悲を与えてやれたのだろう』

 

「はい、本来であればイシュトさんには生きていてもらいたかったですが……彼女の望みでしたので」

 

 今、思い出すだけでもどこか落ち着かなくなる。短い(あいだ)であったが、俺に残してくれたモノは決して小さくなかった。

 

 

『貴様をここまで(まね)いたのは他でもない。かの顛末(てんまつ)をその口から直接詳しく聞きたかったからだ』

「それは、もちろん構いませんが……ただ緑竜殿(どの)が語ったことと、重複(ちょうふく)するかもしれませんよ」

(アイツ)(われ)に、まともに語れたと思うのか」

 

「……」

 

 俺は思わず沈黙によってそれを肯定せざるを得なかった。

 飄々(ひょうひょう)となにかとテキトーな様子であった緑竜から聞かされても、要領が得なかっただろうことは想像に難くない。

 

「了解しました、それでは僭越(せんえつ)ながら語らせていただきます」

 

 

 

 

 俺は情感を込めながら、大地の愛娘、黒の救済と白の願い、灰色と託された想いまで事細かに語った。

 赤竜は最後まで口を挟まずに静かに耳を傾け、何を考えているかは定かではないが……それでも彼なりに思うところがあったのだろう。

 

「──以上です。イシュトさんは今も灰竜(アッシュ)と……(わたし)とも一緒にいてくれているような心地です」

『確かに、貴様の中に白の残滓(ざんし)が見える。最期に"加護"を与えるとは、随分と気に入られていたようだ』

 

「……実感は無いのですけれどね。ただ"青い髪の魔王"は人の姿のまま(ちから)を振るったと聞きますし、もしも自分も使いこなせたらとは思っています」

『古い話だ』

 

「それと赤竜殿(どの)にも、かつて加護を与えた人間がいると聞きましたが……?」

『そのようなことも、あった──"燃ゆる足跡"と呼ばれた、懐かしき名よ』

 

 竜の顔色はほぼほぼ読みようがないものの、それでも声色からどことなく郷愁に(ひた)っているのがわかる。

 

 

「よろしければ白竜の加護の扱い方について、ご教授を願えないでしょうか」

『我が領域に足を運んだのは、それが理由か──だがあいにくと加護の使い方など知らぬ』

 

「加護を与える立場からはわからない、というわけですか」

『そうだ。まして人族のことなどわかるわけがない』

「であれば、加護を扱えていた人の話でも良いのですが……」

 

『少なくとも(われ)が与えた被加護者は、数日で己のモノとしていた。貴様に適性が無いか、相性が悪いのだろう』

「……それは残念です」

 

 言いながら俺はガックリと肩を落とす。だがそれだけなら諦める理由にもならない。

 才能が無ければ研鑽で補えばいい。残る寿命を懸けて、ほんの少しでも使えるようになればと。

 

 

『加護……よもや貴様──"グルシア"か?』

 

 そう唐突に思い出したかのように赤竜は教えていないはずの、俺のもう一つの名を呼んだ。

 

「その偽名をご存知ということは──ライマー……さん、ですね」

 

 大監獄で少しだけ会話を交わした、"竜教団の導き手"。

 爬人族の元竜騎士ライマーもドサクサで脱獄し、無事ここまで辿り着けたということだろう。

 

『やはりそうか、貴様だったのか。白色を(した)い、竜の加護のことを尋ね、灰竜の存在をほのめかした──碧眼の男というのは』

「紛れも無く(わたし)です」

『監獄を破壊し、囚人らを脱獄させたと──エルンストの時といい、あずかり知らぬところで借りを作らせるのが貴様の性分か』

 

「お言葉ですが、たまたまです。それに自分はライマーさんを能動的に助けようとはせず、脱獄劇に乗じて彼が彼自身の意思で勝手に助かったに過ぎません」

『それでも貴様が原因なのであろう』

「それはそうですが……(わたし)(わたし)の目的を果たしただけですので──」

 

 

 言葉途中で止めた俺は、あるいは……また律儀に恩義などを感じてくれているのならばと、それを利用する方向へとシフトする。

 

「とはいえ、断固としてお礼を(こば)むような性分でもありません。ライマー殿(どの)は今どこにいらっしゃいますか?」

 

『ヤツは長らく実戦を離れていた、よって再修業の課程にあって会うことはできぬ。あと一年か二年か、それ以上も考えられる』

「長いですね……でもなるほど確かに、あの監獄では魔術はおろか魔力すらも使えず、食事も満足にとれず衰える一方でしたから仕方がない」

 

 魔力ありきのこの世界で、生身で過ごし続けたブランクを取り戻すのは並々ならぬことだろう。

 まして精鋭の竜騎士としてまた任務に堪《た》えられるようになるのに、相当の努力を要するのは当然である。

 

『ゆえに我が裁量によって、可能な限り貴様の望みを聞こう。借りを作ったままでは気分が悪い』

「……二言はないですか?」

 

 俺は渡りに舟とばかりに恐る恐る言質(げんち)を取ろうとするが、素直には(うなず)いてはくれなかった。

 

 

『何か腹積(はらづ)もりが見えるな』

「ご推察の通りです、実はここに来たのは加護のこと以外にももう一つありまして──」

 

 とりあえず現在の空気は悪くない、だからこそさっさと本題へと入ることにした。

 

「実はこれ──を、お?」

 

 俺が懐から書状を取り出したその瞬間──グツグツと足元が赤熱して煮え立つように、大気が踊り狂うように温度が上昇していく。

 "六重(むつえ)風皮膜"を(まと)っていなければ、とてもではないが平然とはしていられないほどに。

 

『貴様……帝国の走狗と成り果てたか』

「お待ちを! お怒りの所在は存じませんが……(わたし)も仕事で特使をやっているだけです。一応はモーガニト領主として特区を預かる身であること、ご留意いただきたい」

 

 頭を下げて誠心誠意の言葉を述べると、赤竜はしばし黙った後にゆっくりと温度を下げていく。

 

「申し訳ありません。打算がなかったとは言いませんが……せめて竜騎士を供出しない事情だけでもお聞かせ願えないでしょうか」

『……』

 

「戦帝は最後通牒の一歩手前だと言っていました。あるいはこのまま無下にされると、特区(ここ)の存在自体が危ぶまれるかと」

『……』

 

「無論、"現象化の秘法"があれば赤竜殿(どの)が負けることはないと思いますが……竜騎士や火竜、何よりも里に住む人々はそうはいきません」

『……』

 

 俺は御託を並べ立てつつ、どれかが引っ掛かってくれればと祈る。

 

 

「恨み(つら)みは……長く続きやすいものです、それこそ本来の理由がなんだったのか忘れても争い続けることもある。民を犠牲にするのが本意とは思えません」

『随分と言葉が踊ることだ、モーガニト』

「恐縮です」

 

『貴様は借りを、()()()()()に使っても構わないと言うのか?』

「そもそも大した貸しだとは思っていませんので、聞き届けていただければ儲けモノという程度です」

 

 正直なところ、モーガニト領主としての立場と、与えられた特使任務の可否については大した問題ではない。

 ただ今ここで帝国と、赤竜・竜騎士一派が離反して争うとなれば……結果如何(いかん)によって、今後の展望が予測しにくくなることに尽きた。

 

 俺は目線を逸らすことなく赤竜と相対し続けると、ゆっくりと紅の顎門(あぎと)が動く。

 

 

『──帝国は、忘れているのだ』

 

 そう紡ぎ出した赤竜の言葉には、どうしようもないほどの哀愁が込められているのだった。

 

 

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