異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#371 選択

 

 

 ドクンッと心臓が跳ねる。

 

「──おっ? とと」

 

 俺は斜塔の頂上(てっぺん)で、いつの間にかうたた寝をしていたようだった。体内時計と星の位置を見るに、わずかばかりの時間。

 ただ(ちゅう)に浮いて──まるで()()()()()()()()()()()()()──長い夢を見ていたような感覚に(おちい)る。

 

「思ったより疲弊したのかね……やはり無理はしないで正解か」

 

 

 スミレを救護して神獣の体内から脱出し、大量の神獣髭(くじらヒゲ)を風で運搬しつつ拠点まで戻ってから──

 すぐにでも再出撃したものの、あまり"神獣"と皇国の空戦部隊を追い詰めて撤退させてしまうと、継続的な資源回収が不可能になると判断した。

 

(神獣を討伐して持ち帰れない以上、隠れてちまちま奪っていこう)

 

 死んでいなければ生物資源はまた再生する。今回の戦争が終わった後のことも考えれば……神獣は回遊する資源採集地となってくれることだろう。

 

(それに戦争はまだ始まったばかりだ──)

 

 見えない疲労が溜まっていくことはインメル領会戦でも実感した。

 何が起こるかわからない以上、必要以上にパフォーマンスを落とさないように立ち回ることも肝要(だいじ)である。

 

 

「すごいよね、夜空に浮かぶ片割れ星。月なんかより全然大っきくて、綺麗だけどちょっと不安にもなっちゃう」

 

 トンッと軽やかに、隣に立ったのは……昼間に助けてやったばかりのスミレであった。

 今はツインテールではなく、シャワー上がりの下ろした茶色い長髪を夜風に流している。

 

「あぁ、昔は空を見るたびに……違う世界に来たんだなと自覚させられたもんだ」

 

 お互いに転生者だからこそ成立する、共通した物の見方と想い。

 この世界の人にとっては──生まれた時から浮かんでいる──当たり前の光景であるからして、そうした感想は決して(いだ)かない。

 

 

「休息は十分か?」

「うん! もう大丈夫。ところでねぇベイリル、あなたってこっちに来る前はなにしてた人?」

「ん、あぁ~……実のところ俺は自分に関する直接的なことはさほど思い出せてないんだ、知識や人格は確かにあるんだけどな」

「そうなんだ?」

「一応、記憶に関しては超がつく専門家(スペシャリスト)の魔導師がいるから客観的に知ってはいる。ただそれが自分だったという実感があまりないもんでな」

 

 そもそも異世界からの転生という事態が、超常現象の極致である。

 記憶の継承がどういうメカニズムで(おこな)われているのかも謎であり、転生時に何かしらの不具合があってもなんら不思議はない。

 

故郷(ちきゅう)に帰りたくないの?」

「独身で家族とも疎遠だったし愛着も薄い、正直なところ地球にはさほどの未練がない。だから俺はこの世界に生きる"ベイリル"として、これから数百年と過ごしていくと決めている」

 

 それが俺が他ならぬ自分の意思で決意し、選択した道。

 義姉兄妹(きょうだい)と、同志と、友と、仲間と、愛する者と、その子供らと──人類のすべてと。

 地球を越えるテクノロジーでもって進化し、未知なる未来を追い求める。

 

 

「そっか、わたしもスミレとして生きてるけど……帰りたい気持ちはやっぱりあるなぁ。あなたから帰れるかもって聞いたら……余計に」

「ちなみにスミレは、転生前は何歳(いくつ)だったんだ?」

「んん~? 18歳!! ベイリルは?」

「若いな、俺は……」

「あっ人には聞いておいて自分は言いたくなくない? ってことはおじさんだ! それともおじいちゃん?」

 

 俺はスミレの問いに対し、今さらこんなことを自分でも気にしていたのかと肩をわずかに落とす。

 

「まぁ……おっさんだよ。ただ知りたかったのはスミレが俺より若いかってことじゃなくて、同じくらいの転生時期なのか──ズレ(・・)を知りたくてな」

「ズレ?」

「たとえば君が産業革命以前の生まれだとか、逆に"2112年"とか遠い未来生まれだったら、世界間を繋げた時に問題が出るだろう」

「あっそれ知ってる! 秘密道具! ジャパニメーション!」

「知っていたか。ってことはほぼ同じ頃と……意外とサブカル詳しいのな」

「アメコミ映画なんかも大好きー。でも昔は文学もよく読んでたよ。お父さんの蔵書がいっぱいあって読み漁ってたんだ。あとバレエと演劇なんかもやってて──」

 

 

 突っ込んで聞かずとも身の上を話してくれるスミレ。少しは打ち解けてくれたことに嬉しさを覚える。

 

「──でね、わたしとしては夢もやりたいこともいっぱいあったんだけど……」

「……(なか)ばで命を落とした、と」

「うん、ハッキリ覚えてる。その日は──」

(つら)いようなら無理に言わなくてもいいよ」

 

 スミレの表情が曇り、動悸が早くなっていくのを即座に感じて俺は割り込んだ。

 俺自身がそこらへんの記憶も曖昧で欠落していた為に、一方的に聞くのも(はばか)られるという心情もあった。

 

「ありがと、優しいんだ?」

「極々当たり前の配慮だ。……それで、今のスミレとしても18歳?」

「こっちに転生してきたからの(こよみ)でってこと?」

「あぁ、そうだ」

「なら18歳、ティータと一緒でもうすぐ19歳。合わせると……わたしもおばちゃんだぁ」

 

「俺も同じ年齢だから、転生した時期もほぼ同一か。細かい誤差はあるにしても、互いに時代を共有した形で世界を見つけられそうだな」

「なるほど、それもSFだ! わたしがあなたより100年後に死んでたとかだったら、時間がおかしくなっちゃうもんね」

 

 

「とはいえ楽観視はできんがな」

 

 例えば浦島太郎のように──こっちの世界での1日が、地球での1年だとか世界の時間軸そのものがズレている可能性は考えられる。

 あくまで俺とスミレが近い時代というだけで、それが世界と世界の(あいだ)で通じる前提とは限らないのだ。

 時間と空間は密接に関係しているとはいえ、仮に世界間移動を成さしめようとするにはやはり障害(ハードル)は多く、高く、(けわ)しいだろう。

 

「まっ、そうした難題を超越してやるのが自由な魔導科学(フリーマギエンス)ってもんだ」

「本当にイロイロやってるんだね。どこからそんな意欲が湧いてきたの? 元々そういう畑の人だったとか?」

「日本人だった頃は一般人だよ……ただまぁ、異世界(コッチ)に来てからの幼少期は苦労したもんでな。ハーフエルフの長命ってのも相まって、俺なりに未来を見たくなったんだ」

「ふーん、へぇ~……そっか、そういえばハーフエルフなんだ。はじめて見た」

 

 スミレは改めて俺の半長耳を見つめる。エルフ種もそこそこ珍しいが、ハーフはさらに珍しい部類である。

 

 

スミレ(きみ)こそ、こっちでの目的は一体なんなんだ? "この世の悪を断罪"だったか、なんでまた……皇都では世直しの旅がどうとか言ってたよな?」

「そうだよ、せっかく来たこの世界を隅々まで見て回りながら、この世にはびこる悪を倒すの」

(こころざ)した理由でもあるのか」

「大いなる(ちから)には大いなる責任が伴う、って言ってた!」

「それフィクションじゃねえか! まぁ普遍的に通じる言葉でもあるけど──」

 

 正義のヒーローに純粋に憧れる感性は、()()()()()()()俺の中では終わっていた。

 

「でもそういうあなたが作ったシップスクラーク財団だって、いろんな慈善事業をしてるんでしょ?」

「俺は自由にやった結果だ。()いて言うなら"ゲーム感覚"ってのが一番近い」

「テレビゲーム?」

「あぁ、文明を創りあげるシミュレーションゲームってなとこか。人類全体を高みへと進化させ押し上げる為に、未知に()()ちた未来を見るという欲望のままに」

 

 

 俺の言葉をスミレなりに噛み砕いているのか、しばらくしてからゆっくりと口を開く。

 

「フリーマギエンス──オルゴールと付属してたあの小さい"星典"も、あなたの知識で作ったの?」

「俺はあくまで発想を与えただけで、実際に形にしたのは(つど)ってくれた優秀な技術者たちに他ならない──ティータもその一人だ」

 

「ティーちゃんか、早く会いたいなぁ」

「そうだな、スミレは落ち着いたらすぐにでも()ってくれてもいいぞ」

「ほんと?」

「いくら借りがあろうと、戦争に参加する気はないんだろ?」

「ないよ。むしろ帝国が悪なら、皇国について戦ってもいいくらい」

 

「国家間戦争だ、単純な善悪では分けられないさ」

 

 戦争という手段を目的そのものとしている戦帝とて、勝利している方《ほう》が多い為、やはり自国にとってみれば英雄に違いない。

 

 

「まっ神獣の体内では強引に迫ったものの、今後の身の振り方は自由にしてくれていい。せっかく出会えた転生者同士──惜しいけど意思は尊重する」

「うん、とりあえずティーちゃんと話してから決めることにするよ」

「もしまた旅に出るとしても、何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいから」

「ありがと、やっぱなんだかんだイイ人なんだねベイリルって」

 

 俺は否定も肯定もせず、フッと笑って肩をすくめるのであった。

 

 


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