異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#373 万丈の聖騎士 I

 

 帝国は多種族国家である。人も獣人も亜人も魔族も、()(へだ)てこそあっても、公平を(むね)として成り立っている。

 それは産業・経済・文化・宗教のみならず、当然軍事方面でも他国とは違った特色を持つ。

 

(地球と違って、異世界(こっち)では魔術士と魔力強化された戦士、練度の差こそあれほとんどの人間が当たり前のように使う)

 

 密集して陣形を作ってより強固に戦うこともあれば、役割を切り分けて攻勢を掛けたり防衛したりもする。

 それを集団のみならず個人レベルで(おこな)うことができる。

 

 

(帝国の戦い方は、より地球の近代に似て散兵戦術が多い)

 

 広い戦域において局所的な優勢をいくつも作り出し、戦術的勝利をもぎ取り、それを戦略的に積み上げていくスタイル。

 それは種族まるごとの機動力や火力や空戦能力といった、複数の専門性をさらに特化させた諸兵科連合による総合力の高さこそが強みとなる為だ。

 

 多種族国家だからこそ()せる技であり、人族のみの部隊も少なくないので統一性された強固さを誇る(コマ)も持つ。

 

(例えば……王国のように奴隷や獣人種を壁にして使い捨てるような戦術は取らないし、皇国のように宗教的結束力による一枚岩を作ることも不可能)

 

 思想も文化も散逸している。しかし多種族が共に生きる帝国という、社会の為に意志を統一して戦うナショナリズムが根付いている。

 常に戦争して外敵を作ることで団結し、また他国では特定種族が虐げられているということも士気を上げる要因となっている。

 

 補って余りある戦果をもたらしてきたからこそ、帝国は世界最強の軍事国家として名を()せている。

 同時に帝国は異世界史上においては他に類を見ないほど、洗練された戦争行動によって領地を拡大し続けてきた。

 

 

 ()も傾いて薄暗くなりつつある遥か天空より、俺は"遠視"を使って小山の上にいる集団を捕捉する。

 "万丈"の聖騎士オピテルと、揃いの軽鎧を着込んだ彼直属の騎士団員が14人ほど。

 

(聖騎士──"伝家の宝刀"級の保有は軍事力に直結するわけで……本来であればこんなポンポン抜くもんじゃないんだよなあ)

 

 たった一人で戦術を蹂躙し、後出しで戦局をひっくり返し、軍団の士気を左右する武威の象徴。

 戦場において脅威であるのは当然として、もしも個人的に行動されれば予測不能のゲリラ戦力。

 

 窮地に対する保険としても温存しておきたいのが人情であり……だからこそ通常であれば抜かない。

 

(まぁ仮に抜いたとしても実際に殺せるケースは思いのほか少ないわけだが──)

 

 命に危機が迫ればのっぴきならない状況でない限り逃げるし、遁走(とんそう)手段も魔術によって様々だ。

 何が何でも追い討ちしなきゃいけないケースもまた少なく、窮鼠(きゅうそ)の逆撃を喰らえば目も当てられない。

 さらには回復魔術があるので、さしあたって即死せず間に合えば大概はなんとかなってしまう。

 

 またそれだけの強度があってなお、国家戦争に命を捧げるだけの忠誠心を持ち合わせるとなれば(まれ)である。

 体制側としても無理をして死なれるほうが損失となるので、敵前逃亡しようとまずもって許される立場なのだ。

 

 

(でも逃亡しないのが……聖騎士の聖騎士たる所以(ゆえん)

 

 聖騎士は全員が信心深いとは限らないが、少なくとも人格者ではあり、利己的な判断でさっさと退()くということは無いと考えた(ほう)がいい。

 彼らはいつだって弱者に寄り添い、人を救うことに喜びを見出すようなタイプの人間。

 

(不用意に殺したくもなければ、恨みなんて絶対に買いたくはないもんだ)

 

 ()るか()られるか……円卓の魔術士第二席"筆頭魔剣士"テオドールの時とは違う。

 

(できれば穏便に済ませたいが──しっかしヴァルターは一体どこから情報を仕入れたんだ……?)

 

 開戦したばかりで、こうも迅速にやって来た聖騎士の位置を正確に把握していた驚異的な情報網。

 単純に帝国軍のそれとは思えない、引っかかりのようなものが俺の中にあった。

 

 

「まぁいい、せっかくの優位性(アドバンテージ)は有効に使わせてもらおう」

 

 俺ははっきりと意志として口にした。一方的に相手を捕捉し、上空を陣取っているこの状況を利用しない手はない。

 体力・気力・魔力のいずれも充実させ、遠心加速分離(セントリヒュージ)も完璧な状態。万が一にも遅れをとる要素は微塵(みじん)もない。

 

「"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)"──」

 

 俺は丁寧に(・・・)指を14回、打ち鳴らしながら地面へと落下していく。

 着地位置を調整しながら、歪光迷彩(ステルス)で身を隠し──聖騎士オピテルの真後ろ(・・・)に音もなく立ったのだった。

 

 

「静かに聞いてください、下手な動きを見せればこちらも相応の態度で迎えます」

「──ッ誰だ」

「こちらの名前は差し控えさせてもらいますが、帝国軍は宝刀の一振りです。万丈の聖騎士オピテル殿(どの)

「帝国軍、しかも宝刀……?」

「その気になればこうして対話せず、問答無用で不意討ちもできたことをご留意いただきたい」

 

 俺の言葉にオピテルは数秒ほど沈黙し、状況を飲み込んでから口を開く。

 

「なにが目当てなのだ」

「貴方と、貴方の直属の部下たち全員の無条件撤退」

「抜いた刃を納めろと言うか」

「まだ抜いてはいないでしょう、そのまま帰って欲しいとお願いしています。俺としても聖騎士を害するなんて不名誉はあまり(こうむ)りたくないもので」

「随分と臆病風に吹かれているよう見受けられるな」

「なればこそ、その臆病者がここまで近付いてこれた意味を噛み砕いていただきたいものです」

 

 何かしら情報を引き出したいが為の挑発を見透かした上で、俺は笑う。

 

 

「ならばそちらもよく噛み締めて覚えておけ。いかな罠が張り巡らせようと、強欲な侵略者たちに屈する理由などないと」

「まったく聖騎士ってのはどいつもこいつも頭が(かた)──」

 

 言葉途中に俺は接近してくる気配へと視線を向ける。すると部隊の一人が(いぶか)しんだ様子で歩いてきてるのだった。 

 

「合図送った素振りはない……ということは自力で気付いたか。なかなかよくできたお弟子さんをお持ちで」

「こちらに退(しりぞ)く気は毛頭ないぞ」

 

「そうですか、だったら──」

 

 距離を詰めてきた部隊員が、腰に差した剣をわずかに抜いたのを強く戻すと……大きな鞘鳴りによって他の全員へと合図を出した。

 

その気(・・・)にさせるまで──"墜燕"」

 

 俺と聖騎士オピテルはお互いに180度、半回転しながら相対すると同時に拳と拳で打ち弾いて距離を取った。

 

 

「なにッ──!?」

 

 そして次の瞬間、驚愕に染まるオピテルの顔を見つめながら……俺は周囲で起こった出来事を強化感覚を通して把握する。

 警戒態勢に入っていたオピテル直下の14人の騎士たちは、突如として空から()ってきた風擲斬(ウィンド・ブレード)に強襲されていたのだった。

 

「──さしあたって直撃で重傷者が8人、反応できたものの戦闘不能が3人、軽傷で自己回復魔術が1人、そして2人が完全回避か……」

 

 俺はステルス状態から姿を現し、周囲を見ないままにオピテルへと告げると、彼の肉体と精神とが(たか)ぶっていくのを感じる。

 

「オピテルさま!」

「二人とも、すまないが手を貸してくれ」

 

 無傷で済ました騎士二人が加わり、俺の周囲を三角形に囲む。

 自分だけで闘ったり、部下に任せるようなこともせず、油断なく協力してこちらを仕留めに掛かってくる様子。

 

 

()る気ですか? 激発する前に断っておきますが、これも交渉の一環ですので」

「世迷言を……すでに刃は抜かれたのだ」

「いやいや、8人は重傷だと言ったでしょう。つまり即死は(まぬが)れたのですから、大人しく撤退して回復させれば間に合うってことです」

 

 自分の信念を曲げて退くことはなくても、大事な部下の為ならば身を引いてくれるだろうという想定だった。

 

「なんならこちらから回復用の魔薬(ポーション)を提供してもいい。すぐにでもご決断を」

 

「賊ごときが、聖騎士の直属たる我らをなめるなよ! みな軟弱な鍛え方はしていない、キサマを殺してからでも間に合わせる!」

「……許さんぞ、悪敵討つべし」

 

 お付きの騎士の一人は感情を(あらわ)に、もう一人は感情を沈めて、そしてこの者らの長である聖騎士オピテルは強い意志を瞳に宿す。

 

 

「半端な覚悟をもって出撃した者は、誰一人としていない」

 

 オピテルは瞬時に連結させて組み上げた大槍を、ギチリと手の内を締めて構える。

 

「──まったく、一応は歩み寄って提案はしましたからね。以後の人死にの責任は、俺の関知するところじゃあないので()しからず」


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