異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#376 影 I

 

 影によって形作られたドラゴンは、音無き咆哮をあげる。

 夜闇に溶け込むその色は"黒竜"のようであり、しかして姿形には()()()()()があった。

 

「"黄竜"か、本物よりはかなり小さいが……細かいところまでよく再現されてる」

「──あァ? なんで知ってやがる」

「かくいう俺もワーム迷宮(ダンジョン)制覇者なもんでね」

「……んだと、てめェもか。しかも時期的にオレ様よりも先になるってことか」

「そういうことだな。もしかしてその"影の魔導具"もカエジウスから貰ったものかな」

「コレは違ェよ……14年使い倒した魔導具だ!!」

 

 けしかけられた"影黄竜"の突進を、俺は"六重(むつえ)風皮膜"と体捌(たいさば)きによって受け流しながら全力で蹴って跳躍する。

 その感触はまさしく黄竜の竜鱗と肉とを想起させ、続けざまに怒涛(どとう)のように迫るヴァルターから伸びた無数の影刃を、俺は腰元から抜いた"無量空月"によって漏れなく切り払った。

 

 

「ッンの──野郎が!」

「──我が一太刀は気に先んじて(そら)疾駆(はし)り、無想の内にて意を引鉄(ひきがね)とす。天圏に捉えればすべからく冥府へ断ち送るべし」

 

 俺は空中で影翼を展開したヴァルターを無視し、極度集中しながら詠唱を完了させていた。

 

「空華夢想流・合戦礼法──秘奥義、"烈迅(れつじん)鎖渾(さこん)非想(ひそう)(けん)"」

 

 それは過去に黄竜を斬断した、俺にとっていくつかある切り札の術技。

 微細な風刃による鋸斬(ノコギリ)機構と、音圧超振動に加え、地礫を巻き込みながら加速させた神速の斬り上げ。

 

 研ぎ澄ませた刀身は、かつてと同じく影黄竜(ドラゴン)を真っ二つにしたのだった。

 

 

「ヴァルター、俺とあんたは共通点が多い。竜殺し(ドラゴンスレイヤー)同士、仲良くしてもいいんじゃないか?」

「余裕こいて気取りやがって……影ってことを忘れてるようだな」

 

 二つに分かれた影は粘体のようにくっつくと、またすぐ元の竜の姿へと戻る。

 攻撃力と速度と耐久力を備えながらも、死の概念なく再生する影人形(シャドウゴーレム)と言うべき魔導。

 

「なかなか厄介だ、でも拒否回答を含めて想定済み。だから"異物"を混ぜ込んでおいた」

 

 地礫に紛れて仕込んでおいた"γ(ガンマ)弾薬"。重元素である浮遊石の小欠片は、既に励起・爆縮状態にあった。

 影黄竜の内部から炸裂した"放射性崩壊の殲滅光"は、質量体の影を丸ごと原型を留めず爆散させた。

 

 

「なに……を……何をしやがったてめァ!!」

 

 俺はこれ見よがしにニヤリと笑みを浮かべて、シッと人差し指を口唇へと当てる。

 

「企業秘密。その"影絵"とやらが魔力をどれだけ消耗するかわからんが……なんなら根競べでもしようか?」

 

 影竜の消費対効果(コストパフォーマンス)次第では、先に俺の(ほう)が魔力切れを起こす可能性は高いとさえ言えた。

 しかしながら底を見せずに、余裕を見せ付けるのもまた駆け引きであり……舌戦も立派な闘争である。

 

 

 俺はこれみよがしに赤スライムカプセルを取り出すと、プシュッと潰して鼻から一気に吸い込む。

 

「一応ブーストして万全を取らせてもらうよ」

「このクズ野郎が……クスリを使うのか、オレ様の大っ嫌いなもんだ」

「んっ前世で苦い過去でもあるのかな? まぁ生物が化学反応の集合体である以上、何だって薬にも毒にもなる。大事なのは主作用・副作用のバランスだよ」

「御託を並べやがって」

 

 影を(まと)っていて生体反応はわからないが……ヴァルターが思考の沼に()まり込んでいるのは察しうる。

 

(ヴァルターは強い、(まぎ)れもなく"伝家の宝刀"級──だがやはり相性と戦闘経験の差はでかい)

 

 俺は何度となく格上の強者と戦ってきたし、常に優位を取れるよう数多くの引き出し(レパートリー)で備えてきた。

 一方でヴァルターが血統と、立場と、魔導具に頼ってきて……自分より遥かに強い相手との、本気の死線をさほど潜ってきていないのは想像に難くない。

 

 

「さて……随分とド派手に照らしてしまったからな。帝国軍がくるか、皇国軍がくるか、魔物も寄ってくるかな?」

「うるせえ。てめえはもう念入りっっっな、すり潰しコース確定だぞコラ──"影法師"」

 

 するとヴァルターは(まと)っていた"影装"とやらを解くと、自身のシルエットと瓜二つの影が横に立っていた。

 

「竜から人にスケールダウンしだたけに見えるが……」

「これで幕引きだ」

「とりあえずその台詞はやめといたほうがいい、大抵は()()()()()()じゃないからな」

 

 地を蹴ったヴァルターに、鏡像(ミラー)のように追従する影法師。

 同時に影の触腕がそれぞれ五本ずつ生えて襲い掛かってくる。

 原理は魔導である以上考えるだけ無駄だが、いかに影と言っても質量体である以上は全てを物理的に迎撃できる。

 

 直接触れることなく全てをいなしきった俺は、ヴァルターと先ほどまで立っていた位置と入れ替わるようにしてまた相対する。

 

 

「チィッ、半端に強いだけじゃなく転生者ってェのがやりにくくって敵わねえ」

「俺の強度が半端? ならその半端にいいようにされているのは──」

「黙りやがれ! ったく……星明かりしかねえってのに、こっちに影を踏ませないように動きやがって」

「そりゃまぁ"影の魔導"とくれば多方面から警戒して(しか)るべきなわけで、いわゆる"影縫い"とか"影切り"とか」

 

 転生者同士であればこそ発想も似通ってくるというもの、であれば対応する立ち回りがある。

 

「だがな、それでも夜闇はオレ様の味方をした……地面に擬態させていた影には気付かなかったようだな」

「なにっ──」

 

 ヴァルターが言ったと時既に、俺の身は囚われていた。

 意識は明確、しっかりと五感も残っていて、呼吸も喋ることも支障がないというのに……()()()()()()()()()()という奇妙な感覚だけが脳内で処理される。

 

(ヴァルターから伸びている直接的な影じゃなく、遠隔配置していたものでも支配できるのか。感覚は張り巡らせていたが、思わぬ落とし穴だな……)

 

 それでも昼間だったのであれば、違和感には気付けたかも知れない。

 すると温度を感じられぬヌメリとした俺自身の影が、足下から絡み付いてくるのがわかる。

 

 

「さーーってっと、痛みは残ってるからきついぜ? 改めてオレ様に忠誠を誓うっつーんなら、そうだな──片腕と引き換えに許してやってもいい」

「事ここに至っても機会(チャンス)をくれるのか……意外と寛容(かんよう)なんだな」

「口の減らない野郎だな。状況わかってんのか、あ?」

「動けなくても魔術は使えそうなものなんで」

「アホが、そんな素振りを見せれば即・全・殺(そくぜんごろし)だ」

 

(確かに……一切動けないと、意外と使えない魔術が多いもんだな)

 

 魔術発動の補強の為に、詠唱だったり特定の動作を起点にするのが魔術の基本であるからして。

 "酸素濃度低下"なども先ほどの攻防で大気が不安定で使えず、強者であるヴァルターを有無を言わさず一撃で仕留めるだけの魔術は難しい。

 

 

「オラ、さっさと決めろ。止血くらいはしてやる、右か? 左か?」

「その後に契約魔術を結ばされるわけか」

「当たり前だ、口先だけで信用するわけねえだろうが。てめえはもう奴隷か死かのどっちかだ、あと10秒で決めろ」

 

「10秒もいらない、一択だ」

「よし。まっそりゃあそうだろうな、とりあえず利き腕は許してやる。いいか、おかしな真似をしたら──」

 

 ヴァルターの言葉途中で、俺は被せるように断言する。

 

「心得違いってもんだ、俺は"第三の選択肢"を選ばせてもらう」

 

 


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