異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#30 自治会 I

 

「会長、ベイリルさんをお連れしました」

「入りたまえ。ご苦労だった、ありがとう副会長」

 

 屋上から階段を降りていき、ルテシア扉を開けたところで俺は自治会室へと足を踏み入れる。

 

「……」

「……」

 

 しばしの沈黙が場を包む。

 俺は自治会長の色素の薄い金髪に、黄金色に輝く双瞳を見つめる。

 

 各種族にはとりわけ身体的特徴が見られ、エルフならば長耳がそれに該当する。

 ハーフである俺は水平(フラット)な"半長耳"であり、視線を交わす()はやや上向きの"半長耳"であった。

 光を反射させるように輝く金瞳は神族の血が流れていることを意味する──つまり、ハイエルフ。

 

 

「やはりか、()()()()だなベイリル。その名前にハーフエルフとくれば、他に考えられなかったがな」

「えっと……どなたです?」

 

「なッ──が、貴様ァ!!」

 

 座っていた椅子からいきり立ったところで、俺は肩をすくめてこみ上げていた笑みをこぼす。

 

「くっはは、冗談だよ"スィリクス"。我らが故郷【アイヘル】以来だな」

 

 誰が見ても美丈夫と断じていいほどの容貌。細身でやや華奢な印象を受けるが、貧弱そうには見えない。

 "緑色"校章を着けたハイエルフは……幼少の折に、いささか因縁があった男であった。

 

 

「会長とベイリルさんが御友人同士とは知りませんでした」

別に(だんじて)友達じゃあない(ではない)

「息ぴったりですね」

 

 俺とスィリクスの言葉が重なり、ルテシアに二人して笑われてしまう。

 

「ふんっ、まったく……とりあえず掛けたまえ」

 

 (うなが)された俺は素直に空いた椅子へと座り、スィリクスも自治会長の席に座り直す。

 自治会の一室はことのほか広さがあり、自治会の権力、ひいては存在の大きさを物語っているようだった。

 

 

「"炎と血の惨劇"──」

「あぁ(ちまた)ではそう呼ばれているらしいな、俺は事情あって最近知ったが」

「よくぞ生き延びたと言える」

「まっお互いにな」

 

 不思議な……()も言われぬ感覚を覚える。

 友人とは程遠い間柄、むしろ悶着があって()り合った仲。

 しかし同じ集落で育ち、同じ災禍に()いながら、生き残った者同士のシンパシーが確かに心の内に灯っていた。

 

 

「……それで、俺を呼び付けたのは旧交を温めたいと思ったからか?」

()きにしも(あら)ず、と言ったところか。単刀直入に言おう、私に協力したまえ」

 

 俺はまだ幼い頃にスィリクスと初めて会った時のことを既視感(デジャヴュ)として想起する。

 

「自治会に入れと?」

「そういうことだ」

「何百年と掛けようが王となり世界を統治する、だったか――ガキ大将の頃の夢は今も健在ってわけかな?」

 

 不老で能力も高いハイエルフという種族だからこそ成し得る遠大な夢想は、どうやらスィリクスの中で風化してはいないようだった。

 

 

「あの時はベイリル(きさま)という石に蹴躓(けつまづ)いてしまったがな……」

「その後はこっちに絡んでくることもなく、大人しかったと記憶しているが──」

「出鼻を早々に(くじ)かれてしまったあの一件は……正直に言ってあまり思い出したくはないが、同時に学ぶことも少なくなかった」

 

「悪かったとは思っていない」

「それでよい。ただ私にとっては何度となく挫折しようが、この命尽きぬ限り諦める理由になどなりはしないということだ」

 

(ずいぶんと殊勝な心掛けだな――言っていることもまぁまぁ立派ではあるんだが……)

 

 俺のやろうとしている野望とは相容(あいい)れず、なんなら競合相手とも言える。

 

 

「なぁベイリル。魔力枯渇に対応し、長大な寿命を維持した我々エルフこそ最上位種だとは思わないかね」

「一般的には神族が一番上だと思うが?」

 

 全盛期はとっくの昔に過ぎているとはいえ、神族は例外なく優れている。

 他種族よりも潤沢な魔力容量、それを扱う才能、寿命すら彼らには存在しない。

 竜種を排斥し、地上を支配し、支配領域は狭まったとはいえ手出しはできない。

 また各神王ごとに今なお宗教としても強く信仰されている。

 

「いや神族は暴走か枯渇に常に怯えねばならない立場、これを欠陥と言わずなんとする。苦難を克服し、何後ろ暗いところなき我々こそが最も優秀と言えよう」

「俺は知っての通り半分(ハーフ)だが」

「たとえ半分であろうと、血こそが我らを繋ぎ、そして切れぬ絆を示すものだ」

 

 一つの共同体として、種族と血というものはいつだって強固なものだ。

 まずは種族によって生命は選り分けられるし、地球においても人種による派閥と対立の歴史は根深い。

 

 

「……ルテシア先輩も、スィリクスに協力を?」

「会長ほどの大望を抱いているわけではありません。が、我らエルフ種の地位向上という点において有意義だと思っています」

「なるほど」

 

「勘違いはしてくれるな。あくまで私が理想とするのは、エルフ種に限らずあらゆる種族の垣根を越えた世界である。ハイエルフの私だからこそ成し遂げられる、恒久的な世界の実現。

 一人の扇動者にして先導者によって、世代で移ろわぬ、大義によって支えられ主導される、統一された国家こそが──私が生まれ、そして惨劇をも生き延びた運命だと確信している」

 

 (みなぎ)る決意が煌々(こうこう)と、金瞳に宿っているのが感じられる。

 

「快い返事を期待しよう」

 

 弁舌に満足したのか、スィリクスは自信満々と言った様子でこちらを見据えてくる。

 

 

「理想論としては嫌いじゃあない。男でも女でも生まれたからには夢はでっかく持たなきゃな、って常々(つねづね)考えているし」

「おぉ、そうか!! では──」

「だが断る」

「……なにっ!? なぜだ!?」

「そりゃまぁ……気が乗らない?」

 

 俺には俺の"文明回華(やること)"があり、今ここでそれを開示する必要性は無いと判断する。

 

「将来的にはもちろん、学苑生活においても好待遇を約束できるのだぞ!?」

「己の道は、自分自信で切り(ひら)くもんだ」

「わかった! 必ずしも自治会に入る必要性もない、それでどうだ?」

 

 

 やれやれと肩をすくめつつ、俺は溜息を一つだけ吐いた。

 

「はぁー……そこまで食い下がられるほど、俺自身が役に立てるとは思ってないんだが?」

「知らなければ学べばいいだけだ。それに──他ならぬベイリル、きみが私にとってやり残しだからだ!」

 

(過去の汚名返上をしたいわけか)

 

 スィリクス自身にとって、ずっと胸に残っていたしこり(・・・)なのだろう。

 それを払拭することで気持ちよく前へと歩き続けることができるのだと。

 

「わかったよ」

「ぉお!? そうか、そうか!! そうこなくてはな、」

「いや、協力するつもりはないが?」

 

 ズルッと椅子から落ちそうになったスィリクスは、立ち上がって机をドンッと両手で叩く。

 

「先刻からなんなんだ! 私を(もてあそ)んでいるつもりか!? そうなんだな!?」

 

 

「こっちが話す前に早とちってるだけだよ。俺としては保留させてもらうってだけだ、勧誘したいなら常識の範囲内で好きにしてくれればいい」

「ぬっ……」

 

 スィリクスはその場に立ったまま考えを巡らし始めているようで……すると、ルテシアが助け舟を出してくれる。

 

「よろしいのではないですか、会長。時間はたっぷりとあるのですから、たとえ100年後であっても遅くはありませんよ」

 

(気が長ェ──)

 

「それに選択肢を絞って邁進(まいしん)することは大切ですが、選択肢を広げてより多様な考えを持つことも大切です。ベイリルさんはそうした逸材になるかも知れません」

「たしかにそうだな、いささか性急に過ぎたのかも知れん。いつでも心変わりをしてくれたまえ、歓迎させてもらおう」

 

「買い被りってもんですよ、ルテシア先輩」

 

 俺はそう口にしつつ、あっさりと言いくるめてしまった副会長ルテシアに感心する。

 意外と手綱を握られているのは、会長であるスィリクスのほうなのではと。

 

 

「ところでベイリル、先ほどから気になってはいたが……きみはルテシアくんには敬語なのだな?」

「まぁ敬意を払うべき相手には、相応の礼を尽くすかな」

「オイッ私は!? 私には敬意を払う必要がないと言うのか!?」

 

「正直どちらでもいい、昔の因縁があったからなんとなく昔の流れで話していただけで、必要とあらば使いますよスィリクス先輩(・・)

「そ、そうか……ならば良い。この場だけであれば、私も目くじらを立てるほどではないが……外では見栄や建前というものは、とかく必要なものだ」

「そこは同意しよう」

 

 つい最近までゲイル・オーラムと共に、様々な種類の人間と交渉してきたので──異世界での面子の大切さというのもよくよく理解している。

 

 

「そんなことよりも会長」

「……そんなこと!?」

「ベイリルさんは部の申請をしたいそうですよ」

 

「あぁそうだった、いずれも新季生ばかりだがちゃんと五人分の署名は集めてありますよ」

 

 俺は懐中(ふところ)から丸めた羊皮紙を出し、気を取り直した様子のスィリクスへと投げ渡す。

 

「う、うむ。そうか──それもまた自治会に入らない理由というわけだな、兼任でも構わないのだが……まあよかろう」

 

 キャッチしたスィリクスは、中身を開くよりも先に机に置いてあった呼び鈴をチリリンと一度だけ振った。

 すると人払いをしていた自治会室へと、一人の女性が入ってきたのだった。

 


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