異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#32 落伍者 I

 

「ハルミア先輩はハーフですよね?」

 

 専門部の落伍者の溜まり場へ案内される道中、ただ黙っているのも難であったので俺は軽く話を振る。

 ただ単にお近付きになりたい、という下心もなくはなかった。

 

「えぇはい。でもその……私は"ダークエルフ"なんです」

 

 ──ダークエルフ。魔族とエルフの混血によって生まれる。

 エルフ種は同種だと子が作りにくく、繁殖能力は非常に低い種族である。

 ゆえにハーフ種は実のところ意外に少なくなかったりする。

 

 しかし人族とのハーフエルフに比べると、魔族とのダークエルフはかなり珍しい。

 その理由とは単純に生活圏の違いと、人口比に起因している。

 エルフにとって人族は生活圏も同じであり数も圧倒的に多いが、魔領とはそもそも住んでいる場所が違う。

 

 

 自治会長スィリクスの種族である神族とのハイエルフに至っては、さらに希少と言って良い。

 

「俺は亜人集落に住んでいたんですが、初めて見ました。ダークエルフならどこか異形化した部位があるんですか?」

「え? えぇ……その、こめかみの少し後ろに両角が……」

 

 そう言ってハルミアは横髪を掻き分けると、鬼のそれとは違う山羊のような角が見えた。

 ハーフゆえか小さく髪に隠れるようだが、ふとした時に見えてしまうだろう。

 

 ただそんなことよりも控えめなその所作と、ついでで覗いたうなじのほうに見惚(みと)れてしまった。

 

 

(エッッッロ……)

 

 直近のルテシアが彫刻のような美しさであれば、ハルミアは等身大の綺麗な容姿に(つや)が乗っているのだ。

 

「あの……まじまじと見られると恥ずかしいのであまり──」

「っと、すみません。まぁ目立たなくてなによりですね」

 

 少々長く注視していたことを謝りつつ、フォローを入れて話は続く。

 

「偏見はないのですか?」

「まぁそりゃ俺もハーフエルフですし、魔族のことも本人に罪なきは自明です」

 

 

 魔族──神族にとって最初の異変である魔力の"暴走"によって異形化と変異を遂げた姿。

 

 後々に繁殖した人族より人口はかなり少ないものの、神族よりは圧倒的に多い。

 また種族全体の傾向として、好戦的で個々の戦闘力も高く、取り込んだ魔力ゆえか魔術適性も人族より高いことが多い。

 

 最初に魔領を統一した初代魔王が没してからも、長らく戦乱を続けてきた。

 魔領内で群雄割拠が繰り返され、二代目魔王以降は短期間で代替わりをし、統一することすら困難を極めた。

 

 そんな中で第九代の大魔王を数えた時、魔領は完全統一を成し得た上で人領及び神領征に打って出る。

 力を大きく減じた神族は、既に二代神王グラーフに指導者の位置を移していた。

 失伝しつつある魔法文明の中で、二代神王は有志達と共に多くの魔法具を作ってこれに対抗したと言う。

 

 しかし戦争を繰り返してきた魔族の闘争純度──その数と質は苛烈を極めた。

 弱った神族とまだ力の弱い人族で抗し得るのは難しく、世界を大いに荒らし回った。

 

 遂には二代神王を討ち果たし、大陸統一を成し遂げんところまで来ていた。

 

 

 人々は暗黒時代に震え、畏怖し、明日を惜しんだ。

 それを打開したのが、殺された二代神王の後を継いだ"三代神王ディアマ"である。

 神族でも数少なくなってきた"魔法使(まほうし)"として、減じた神領軍を再編すると即座に反撃を開始する。

 

 ()の者は神族には珍しいほどの、戦争の天才だった。

 緻密(ちみつ)な彼我分析と的確な戦力投入で、塗り潰された勢力図を次々と上書きしていく。

 

 そして"永劫魔剣"を筆頭とした魔法具でその身を固め、前線で大いに指揮を振るい、士気を奮わせた。

 時に天に大穴を穿ち、大地を斬断したと──神王教ディアマ派であった"イアモン宗道団"でイヤというほど聞かされた。

 

 

 ディアマは九代魔王のみならず、その後続くだろう魔王候補達までも軒並み鏖殺(おうさつ)して回った。

 魔族は三度(みたび)魔領へと押し込められ、戦災という爪痕が残された。

 

 そこにはしぶとく生き残った人族が、その勢力によって土地を埋めていくことになる──

 

 そんな歴史ゆえに……今なお本能のままに生きる傾向が魔族はことのほか大きい。

 現代においても、暗黒時代の際に与えた過去の恐怖は語られ、完全に(ぬぐ)い去れてはいない。

 近い歴史においても魔族は常に、人領との境界線上で戦争を繰り返してきた。

 

 現在人領で暮らす魔族も、多くはないものの存在こそする。

 しかし個人にとっては、(いわ)れなき差別や偏見はどうしても付きまとってしまうのだ。

 

 

 ハルミアは魔族の血を継ぐダークエルフという出自。

 つまりはそういった心配を、俺に投げかけているのだった。

 

「どのような血であろうと、本人次第ってもんですよ」

「皆がそうだとと嬉しいんですけどね。ただこの学苑であってもダークエルフ一人だとなかなか……」

「ハルミア先輩が良ければですが、今日明日にでも俺の兄妹を紹介しますよ。あいつらなら大丈夫です」

「ふふっありがとう、優しいんですねベイリルくん。あと私に堅苦しい先輩付けはいらないですよ」

「そうですか? じゃあ、ハルミアさんで」

 

 自然に溢れたのだろうその笑顔に、俺はなかなかグラっと来るものに心をときめかせる。

 

 種族シンパシーに加えて、優しく知的さも感じる好感触の会話。

 主張し過ぎぬ美貌と、白衣の下に隠れていても判別がつく肢体。

 動作も控えめなのに一つ一つのどこか扇情的で、下品な言い方をすれば()()()()()

 

 本能をガツンと叩かれ、俺の中の遺伝子が求めるような感覚。

 色彩豊かな青春時代を送る為にも"ガンガンいこうぜ"、などと考えてしまう。

 

 

「まぁ自治会に入ったのもそういった経緯でして、誘われただけでなく処世術とでも言いますか」

「医学科、なんですよね」

「えぇはい。回復系であっても魔術を伸ばすのなら魔術部魔術科も選択肢でしたが……。やはり肉体をよく知ることで、より深い理解ができるのではないかと考えたものですから」

 

 この世界には難度が高く使い手は少ないものの、回復魔術も存在する。

 ゆえに医療という学問それ自体も、そこまで発展しているわけではなかった。

 

 想像を魔術として発するだけで傷が治るのだから、そこに理屈を求めようとはしないのだろう。

 学業幅の広いこの学苑でも、一専門学科に過ぎないのが如実(にょじつ)に示していた。

 

(せっかくだ、彼女と医学科を足掛かりにしてもいいかも知れないな)

 

 ゲイル・オーラムの人脈をもってしても、医療分野はなかなかコレと言ったものがなかった。

 先進医療の発達は農業と食料供給と両立させるべき、非常に重要な課題の一つである。

 

 

「ところで……"フリーマギエンス"──でしたっけ」

「興味あります? ハルミアさん」

「ん、そうですねぇ。ただ……今からでも遅くないので、行くのはやめませんか?」

 

 ハルミアの態度にますます好感度が上がる。本当に純粋な気持ちで心配してくれていることに。

 

「俗に言うカボチャ……落伍者の方々ですが、本当に危険なんですよ?」

「まぁそうですね、でも言質(げんち)は取ったし試すのも悪くはない」

「過信は良くないです」

「一応逃げるのも得意なんで、それに怪我したら……治してくれるのを期待しちゃ駄目ですか?」

 

「……もうっ」

 

 冗談めかして言った半分本気の言葉。ハルミアからこぼれた微笑と共に俺も笑みを返す。

 頭も良さそうで柔軟性もあり、回復魔術と医学に通じるダークエルフ。彼女は最高だ。

 

「もしも俺が今回の一件で、設立できたら入ってもらえませんか?」

「何度も言うようですが無理ですよ。立場を抜きにしても会長や副会長が、迂闊(うかつ)に手を出せない人達なんです」

()()()()です。その万に一つを達成したなら、兼任でいいので是非フリーマギエンスに入って欲しい」

「結構押しが強いんですねぇ、ベイリルくん。でも……そうですね、私なんかで良ければ」

 

 ハルミアは「ちょっぴり楽しそうですし」と付け加えて、笑顔を向けてくる。

 カボチャ達には悪いが、今の俺はもう何がなんでも奪い取る理由ができてしまった。

 

「約束ですよ、ハルミアさん」

「はい、約束されましたベイリルくん」

 

 

 あとはぶちのめすだけで、(こと)は全て上手く回っていくだろう。

 残る懸念があるとすれば……落伍者(カボチャ)達の処遇そのものをどうするべきか。

 

「ところで、何か情報ってあります?」

「えっと現在は確認しているだけで50人超、まとめているのは"ナイアブ"という男性の方ですね」

 

 学生の域を超えないのであれば、負けることはまずないだけの自信はある。

 こっちには初見殺しの奇襲魔術があるし、ぶちのめして立ち退かせるだけならそう難しくはない。

 

(ただ可能であれば、ハルミアのように有望者は取り込んでおきたい)

 

 そうなるとただ正体不明の魔術で倒した事実よりも……真正面から叩き伏せてこそ、この手の連中には効果的なはずだ。

 

 後ろ暗いところなく(ちから)を示すと同時に、相手にもメリットとなる材料を与える。

 むしろ異世界でドロップアウトしたのならば、元世界の知識をよりよく吸収してくれるかも知れない。

 

 

「そういえばナイアブという(かた)……以前は医学科にいたって噂は聞いたことがあります」

 

 

 

「直接は知らないんですか?」

「私が医学科に入った時は既に……。確か元々は芸術科の天才と呼ばれ、その後に毒を研究していたと」

「芸術科から毒、か……」

 

 医療には毒というのも非常に重要だ。

 薬も過ぎれば毒となるし、毒も容量を誤らなければ薬へと転ずる。

 どんなものにも主作用副作用等があり、問題なのはその調整にある。

 

 そういったモノに精通し心得た者は、文明の躍進にも大きく寄与してくれるに違いない。

 

 

「私は解毒方面はまだそんなに得意ではありませんから、本当に気をつけて下さいね。気性が荒い(かた)とは聞いてませんし、学生同士でそこまで危険なことはないと思いますけど……」

「重々注意しますよ、余計な心配掛けたくないですし」

 

「あと聞いたことあるのは私と同季の、兵術科で問題を起こしたという獅人族の女性でしょうか」

「問題……?」

「詳しくはわかりません。自治会資料を精細に調べればあるいはわかるかも知れませんが……。ただ内容によっては踏み込んだことは書かれてない場合もあるので──」

 

「いえいえ、今さら戻って調べるほどのことじゃあないので大丈夫です。相手が誰であれやることは変わらないので」

 

 そうだ、相手にどんな事情があろうと変わらない。

 突き詰めれば"(こと)()"か"武の(ちから)"の二択、ないし両方で理解し合うというだけだ。

 

 

 悠長に世間話も織り交ぜながら話している内に、俺達は目的地へと辿り着いた。

 専門部エリア──居住寮もそう遠くなく眺められる、部活棟第5号。

 

「扉をくぐれば、いつ因縁をつけられてもおかしくありません」

「それじゃ……ハルミアさんはここで気長に待っててください」

「そんなわけにはいきませんよ。案内人として見届ける必要も──何より怪我したら私が治さなくっちゃ」

「好意はとてもありがたいですが、自治会であるハルミアさんが巻き込まれると色々アレなので」

 

 お人好しなハルミアに、俺は強めな語調で返答する。

 最大の理由は、一人のほうがやりやすいということなのだが……。

 そこまでバッサリ切り捨ててしまうようなことは言えなかった。

 

 

「ダメです、ここは譲りませんよ。私は一党ベイリルくん方の先輩で、医学科なんですから」

 

 その瞳は純粋でいて、これ以上ないほど頑固な光を宿している。

 かつて母が去る瞬間の双眸のそれを思い起こさせるものだった。

 

 強き女性──否、性差は関係ない。ただ一存在としての責任感と信念を秘めたものだ。

 

「わかりました、それじゃあ俺から少し離れてついてくるくらいでお願いします」

「はい。邪魔はしないよう頑張ります」

 

 ハルミアは胸の前で両拳を握って、ふんすと鳴らすようにポーズを取った。

 

 俺は扉を前に、一心地(ひとここち)つけてからゆっくりと開いた──

 


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