異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#409 鋭気

 

 ──棺から出た俺は、フラウの遺体を整えて寝かせてからエイルの肩を揺する。

 

「エイルさん、まさか死んでないですよね? エイルさん!」

「……っ、ん──終わりましたか」

 

 エイルはゆっくりと目を開けると、こちらの表情を確認して状況を把握する。

 

「はい、本当にありがとうございました。失われた時間は大きかったですが、掛け替えのない時間の一端を過ごせました」

「良き御最期(ごさいご)を迎えられたなら幸いです」

 

 立ち上がったエイルは、寝そべるフラウの顔をまるで自分の子のそれに向けるような慈しみでもって眺める。

 

「ご遺体はどうされますか?」

「……このままずっと保存しておくわけにもいかないですから──皆の日取りが合った時に改めて葬儀でも」

「そうですね、それがよろしいでしょう」

 

 俺はゆっくりと名残り惜しみながら棺を閉め、エイルが手をかざすと冷凍装置としての機能が作動し始める。

 

 

「歴史や情報資料はどうしますか?」

「それもまたいずれ……今はとりあえず酒を飲んで腹を満たしたいですかね──明日また歩き出す為に」

 

 気力を十分に蓄える。肉体を満たし、精神を充実させ、大望を果たす。

 これまで皆が歩んできた足跡を、無駄にしない為に。

 

 

 

 

 アレキサンドライト図書館から出ると──星明かりと街灯とが照らす夜中になっていた。

 そして図書館前には3人・8列、合計で24人の顔ぶれがずらりと整列していたことに、俺は数瞬ほど呆ける。

 

「ヤナギ……」

 

 俺は(はし)から一歩前へ進み出た──見知った顔の一人──その者の名を呼ぶ。

 100年の間に立派に成長した、俺が名付けた地球(アステラ)の響きを持つその名前を。

 

「もしかしてずっと待っていたのか?」

「はい! 我ら"烈風連"、現刻をもってベイリル様の麾下(きか)へと入ります。この身を如何様(いかよう)にでもお使いください!」

 

 ヤナギが敬礼してから一拍後に、残る23人からも揃って敬礼される。

 

 

「そうか、フラウの下で働いてたんだったな──とりあえず顔合わせは明日以降にしよう。いつから待機していたのかはわからんが……みんな休んでくれ」

「はッ! 解散!」

 

 "烈風連"の長なのであろうヤナギが叫ぶと、全員が一瞬でその場から姿を消す。実によく訓練された部隊のようだった。

 そしてただ一人だけ残ったヤナギの状態と感情を、強化感覚によって()(はか)った俺は、両腕を広げる。

 

「──ヤナギ、おいで」

「お父さ……あっ──」

 

 どこかまだ躊躇を見せるヤナギに対し、俺は穏やかに笑みを浮かべる。

 

「いいんだ、ヤナギ。君のほうがもう実質的に年上なんだろうけど、お父さんと呼んでくれても……いやもっとエレガントにパパでもいいぞ」

「いえ、私が勝手に呼んでいただけで……でも本当は私なんかよりもまず呼ぶべき人が──」

「──俺の子、クラウミアか……気にしなくていいヤナギ、血は繋がってなくとも君は俺の娘だ」

 

「その言葉だけで十分です、ベイリルさん」

 

 ゆったりとした歩調で近付いてきたヤナギを俺は抱きとめた瞬間、展開された魔術に気付く。

 

 

(んっ……? これは俺の"歪光迷彩"、それに"遮音風壁"まで──)

 

 俺とヤナギを中心に、光が屈折させられ、音の伝達が遮断されていた。

 

「こんな姿を他の皆に見られたら、示しがつかないので」

「そんなもんか」

「はい、そんなもの……です」

 

 ヤナギは俺の胸元に顔をうずめたままで、その頭を昔のように撫でてやる。

 

「ありがとう、看病してくれてたんだよな?」

「大したことはしていません、サルヴァ先生の指示に従っていただけで」

 

 

「お前もフラウと会いたかったんじゃないのか?」

「私は長く一緒にいましたし、ずっと前にしっかりとお別れをしています。ベイリルさんとフラウさんの時間を邪魔するなんてことはできません」

「そんなことはフラウも思わなかったろうが……まぁ、心遣いには感謝するよ。ありがとう」

 

「いえ、そんな……」

「ヤナギ、君の話もゆっくりと聞きたい。この100年の空白を埋める手伝いをしてもらえるか?」

「もちろんです。現在ある情報の収集と整理、財団の辿った道筋と歴史についても微力ながら──」

「あぁそれだけじゃなく、親と子としての時間もな」

 

 ヤナギは俺から離れるように振り返り、背を向けたまま顔を上に向けた。

 かつて奴隷契約として繋がれた魔力バイパスは劣化して喪失しているようだったが、俺の強化感覚はヤナギが感情を持て余していることを包み隠さず教えてくれる。

 

 

「……言葉もないです、お父さん。でもそれは全てが終わった後からでも遅くありません、ベイリルさん」

 

 言葉終わりに周囲に展開されていた魔術が解除され、ヤナギはピュイッと夜空に向けて指笛を吹く。

 すると闇から滲み出るように、灰色の竜が音もなくわずかな風圧のみを残して地面へと降りてきたのだった。

 

「よぉ、アッシュ。本当に大きくなったなぁ」

 

 俺が手を伸ばすとアッシュは首を伸ばして鼻先をツンツンと当て、クルルルと喉を鳴らす。

 ヤナギが軽やかに飛び乗るのを見て、俺も地面を蹴ってアッシュの背に着地する。

 

「参りましょう」

 

 静かなはばたきと共に、俺は空の星と大地の星との間で、新たな風を感じるのだった──

 

 

 

 

 空中機動(ギガフロートフォ)要塞(ートレス)"レムリア"・第七監視塔。

 浮遊する大地と、首都ゲアッセブルクの街並みと、海と空の境界線を望む素晴らしいロケーションにて、俺は"次期大魔王"と再会する。

 

「聞いたぞ、抜け駆けしたって?」

「すまないな、独り占めして」

「いいさ、別に。フラウの幸せが第一だし」

 

 フラウはヤナギから説明を受けていたのか、フラウと俺の逢瀬のことを知っているようだった。

 

「とりあえず遺体はそのまま保存しといて。いずれボクの寿命を足して(よみがえ)らすからさ」

「オイオイ、無茶苦茶言うなぁ。お前の"|存在の足し引き"はレド自身が限定だろう?」

 

 

「バーカ、自分で自分の限界を決める愚者は容易(たやす)く諦め、何事も成し得ないんだぞ」

「言ってくれるな? だが──まぁ、そうだな……レドお前が言うと、いずれ魔法の領域にも到達しそうな気がしてくるよまったく」

 

 言いながら俺は椅子に座り、眼前にある大量の料理を眺める。

 

「ところで、これ食っていいんだよな?」

「いいよ。ベイリルの為にボクが手ずから用意してやったんだから感謝してね」

「あぁ感謝するよ、ありがとう。それじゃぁ、いただきます」

 

 手を合わせ一礼し、まずは保温されていた味噌汁を一口すする。

 

 

「んっ!?」

 

 より一層湧いてくる食欲と、()きっ(ぱら)に全身が歓ぶ感覚だけでなく、俺は頭と心で気付く。

 

(俺はこの味を……知っている──)

 

「クロアーネが律儀に残していたレシピさ。正直面倒だったけど……まっ頼まれちゃったモノは仕方ない。まったくの同じ味とまではいかないだろうけど、ボクなりに再現したつもり」

 

 表情に出ていたのか、レドはすぐに種明かしをしてくる。

 

「なるほどな、それでか。ただまぁ確かに知った味なんだが……足りてないものがある」

「なにさ、腕とか言ったらぶっ飛ばす」

「愛情」

「はぁ~……アホなこと言ってら。 そりゃ愛情(そんなもん)あるわけないね。物好きなクロアーネやフラウとかと違うし」

 

「そうかい」

 

 俺は一口一口を噛み締めながら、胃の中を満たしていく。

 

 

「ベイリルはこれからどうすんのさ?」

「空白の100年に追いついてから……復讐だ」

「ふ~ん、それが終わったら?」

「残った問題、新たな障害に適時対処しながら、のんびり"未知なる未来"の展望を見守るさ。お前こそ大魔王になったらどうするつもりだ?」

「そうなったら大陸統一っしょ」

 

 あっけらかんとのたまうレドだったが、特に俺は驚きもせずに受け入れる。

 

「人類とテクノロジーを無礼(なめ)てくれるなよ」

「ふっはっは! 誰もが震えて眠る(・・・・・)日もそう遠くないさ」

 

 かつて魔領からの侵攻によって人領が支配された"暗黒時代"には、誰もが恐れたという。

 

「その心は?」

「明日への期待に打ち震える(・・・)毎日!」

 

 しかしレドがそういうタイプではないのは当然わかっている。

 

 

「随分とイイ大魔王様だな」

「そうだろうとも、そうだろうとも」

 

 俺は料理に舌鼓(したつづみ)を打ちながら、あるいはそんな未来の一つも悪くないのかもと思うのだった。


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