異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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第七部 2章「血と空」
#413 彩豊の街 I


 

 "彩豊の都"マール・カルティア──有数の都市国家の一つであり、度重なる戦乱や、共和国の崩壊時にも(たく)みに立ち回った、小さくも活気に満ちた交易の街。

 四つの大手企業がそれぞれに管区のような縄張りを持っているものの、自由に競い、時には協力し、公共の利益と発展に尽くしている。

 

 遅々としながらも100年間に及んだ"文明回華"の時流(なみ)にも乗り、実に様々な文化や科学を積極的に取り入れられた街並みが見て取れた。

 

「これもまた……見たかった未来、ってなもんだな」

 

 俺はシップスクラーク財団支部の3階応接室から──ブランデー入りの紅茶を片手に──待ち人が(きた)るまで、のんびりと人々の日常を眺める。

 

 

(思ったより疲れない……生命研究所(ラボラトリ)とやらに肉体を魔改造(・・・)されていたってのを、こんな形でも実感するとはな)

 

 一時の休息を楽しみつつも、俺は"天眼"による共感覚でもって、"血文字(ブラッドサイン)"の魔力色を探索するのを並行していた。

 100年前であったなら精々(せいぜい)が数分程度で限界きて、インターバルを挟む必要があったのだが……既に小一時間ほど経過していても特段の疲労を感じない。

 疲れないコツみたいなものが身に染み込んでるような心地。

 

「この(ちから)が……あの時にもあったなら──」

 

 詮無(せんな)いことだとはわかっていても、後悔はいつまでも(ぬぐ)えなかった。

 同時に、だからこそもう失敗したくないという気持ちも強く……強く、己の内を渦巻く。

 

 

 もうしばらくして俺はグイッとカップの中身を飲み干してから、窓際からソファーへと座り──コンコンッとノックが二回鳴らされた。

 

「どうぞ」

「失礼いたします」

 

 入ってきたのは……"少女"と言っても差し支えない、華奢な印象を感じさせた。

 月桂樹で作ったような"真っ白い冠"を頭に(かぶ)っていて、パッと見では可憐さが先行する。

 

「ごきげんよう。お初にお目に掛かります、わたくしは"イェレナ"──と申しますわ」

 

 イェレナと名乗った彼女は、しかして事細かな所作が《馴染んでいる》。

 礼節をわきまえ堂に入った様子で、若くともこの街を牛耳る四大組織の内のトップの一人なのだと。

 

 

「へぇ、イェレナさんは随分と若いな──っと悪いようには取らないでほしい、(あなど)っているわけではない。俺もどうにも年をとったものでな」

 

 言いながら俺は半長耳をちょんちょんと触って、ハーフエルフであることをアピールする。

 

「もちろんです。若さの大切さ、わたくしも身に染みてしっています」

「ははっ"ディミウム株式会社"も安泰か」

「いいえ、違いますわベイリルさま」

「違う……? とはいかに」

 

 座ったままの俺よりも少しだけ上の目線から、ニッコリとイェレナは笑みを浮かべる。

 

「本日ベイリルさまとの会談を予定していたディミウムの者には、少しばかり控えてもらいました」

「なるほど、それで……イェレナちゃん(・・・)は誰の(つか)いなのかな」

 

 

「……"血文字(ブラッドサイン)"」

 

 ドクンッと感情と共に抑え付けていた俺の心臓が跳ねる。

 しかし目の前の彼女は新緑の魔力色をしていて、少なくとも本人(・・)ではないことは明らかであった。

 

「──を、探していると小耳に挟んだもので。大変失礼なこととは思いましたが、こうして接触させていただきました」

 

 剣呑(けんのん)になると予見していたのか、イェレナはすぐにそう付け加えるように続けて対面のソファーへと座る。

 

「"冥王(プルートー)"……いえ"空前"とお呼びしたほうがよろしいですか? それとも"殺し屋(アサシン)"とか」

「俺についても詳しいようだが、まずは素性を明かしてもらえないか。今は()かされてやるような気分じゃあない」

 

 この俺が結社に操られていた時に暴れたという"冥王(プルートー)"の二つ名にはそもそも馴染みがないが、知れ渡っていてもおかしくない。

 "空前"の名も帝国ではそれなりに通っていただろうが、"殺し屋(アサシン)"の名を知る者は極僅(ごくわず)かに限られる。

 

 

「……申し訳ありません、少しばかり前置きが過ぎましたわ。わたくしはあなたを直接は知りませんが、御祖父様(おじいさま)が知り合いでした」

「ジイさん?」

「"幇助家(インキュベーター)"をご存知ですか?」

「そいつ、は──」

 

 100年も眠っていた寝起きでも、"仲介人(メディエーター)"が口にした言葉は思い出せる。

 イェレナは俺の表情から察したことを見て取ったのか、そのまま喋り続ける。

 

 

「アンブラティ結社における()()調()()()。と言っても、利益が見込める場合のいわゆる"投資"になりますが……数多くの騒乱を幇助(ほうじょ)してきたのがわたくしの家系なのです」

 

 そう言い切った瞬間、イェレナの表情が曇る。

 

「いえ、してきた──ではなく、している(・・・・)──というのが正しい表現になりますわね。"エルメル・アルトマー"とその父である初代"ルパート・アルトマー"の頃から……今もなお」

「エルメル・アルトマーか、なるほどな」

 

 懐かしい名だった。かつてゲイル・オーラムが、後の"帝国の盾"オラーフ・ノイエンドルフ元帥、"悠遠の聖騎士"ファウスティナ、"深焉(ふかみ)"の魔導師ガスパールらと共に──

 五英傑の一人カエジウスが作ったワーム迷宮を踏破し、最下層の黄竜を打ち倒した際には物質的な支援を(おこな)い、制覇特典で永久商業権を得た人物。

 

 そしてインメル領会戦において、"オーラムに借りを返す"という名目で財団に支援をしたのも他ならぬ"共和国の大商人"エルメル・アルトマーであった。

 

「ということは君は、イェレナ・アルトマー。現在のアルトマー商会の会長にして、結社の"幇助家(インキュベーター)"というわけか」

 

 俺は眼前に座る彼女(イェレナ)を値踏みするように観察する。

 アルトマー商会が父子二代で成り上がれたのには、アンブラティ結社という後ろ盾があった事実。

 インメル領会戦においても、エルメル・アルトマーが裏で転がしながらほくそ笑んでいたのかと思うと……いささか血管も浮きそうなものだった。

 

 

「いえ……たしかにわたくしは幇助家(インキュベーター)ではありますが、アルトマー商会の長の座は退(しりぞ)いております。もっとも影響力は過ぎてなお(だい)ですが」

「は? いや待て、エルメル・アルトマーを祖父と言ってたな──?」

「左様です。わたくしもそれなりに"長生き"していますので、お噂はかねがね(うかが)っております」

「そういうことだったか。だが人族、だよな……?」

 

 長命種たる身体的特徴は見当たらない。神族の隔世遺伝らしい特徴もない。

 

「この"白冠"のおかげで、わたくしは不老ですの」

「"魔導具"か、アルトマー商会なら手に入れるくらい造作も──」

「いいえこれは"魔法具"ですわ」

「……なにっ!?」

 

 微塵にも隠すつもりがないカミングアウトに、俺としてもさすがに驚愕を禁じえない。

 

 

「誰かに話すのは……はじめてになりますわね」

「──それだけ俺に、無償の信頼を置いてくれているということか」

「無償というわけではありません。なにせこの白冠を手に入れられたのはベイリルさま、あなたのおかげでもありますから」

 

 頭の中に一切ないことを言われ、俺は疑問符を浮かべる。

 

「俺のおかげ……? 記憶にはないが"冥王(プルートー)"時代に何かをやらかしたわけか」

「違いますわ。これは【帝国】に代々伝わっていた秘蔵の魔法具なのです。つまり……アレクシス殿下とヴァルター新陛下が崩御された日ですわ」

「あの、日──あの時か」

 

 俺は喉が渇くような感覚を覚える。未だ後悔の絶えぬ、人生最大の失敗をした日。

 

「申し訳ありません。話には聞いていましたのに、いささか無神経でした」

「気にするな。それでドサクサに紛れて、秘宝を盗んだというわけか」

「はい……仲介人(メディエーター)の指示で動いていたエルメル(おじいさま)は、あろうことかアルトマー家の総力をあげて隠匿しきったのです」

「随分と思い切ったことをしたもんだな」

 

 裏切れば制裁が待っていることは、この身で実際に味わっていることだった。

 

 

「それはまさに──これが着用者を不死身(・・・)にする魔法具"深き鉄の(われしぬこと)白冠(なかりけり)"だったからです」

「不老不死、だと? そいつは凄いな、確かに魔法でないと不可能な領域だ」

「お試しになられますか?」

「いや別に、ここまでの話だけでも信じていないわけじゃない」

 

「それならばありがたいです。わたくしは魔力が多いほうではありませんから、不老を維持する場合……死ねるのは精々一回くらいでして」

「試すってそっちの意味の(ほう)か、ここで死んで見せるつもりだったのか」

 

 するとイェレナはにっこりと笑う。

 

白冠(これ)をどなたかに渡してしまうと……わたくしの先天的な病気(やまい)がぶり返しますので。あるいは急激に進行する恐れもあります」

「病気、だったのか──だからエルメル・アルトマーは、自らの手で決断した」

「すべてはわたくしの為でした。おかげでこうして生き続けることができています」

「今の医療でも治せないのか?」

 

「どうでしょう、調べてもらったことがありませんから。どのみち役目(・・)を終えた時、わたくしは自らこの白冠を外すつもりですので」

 

 そう言い切ったイェレナ・アルトマーの瞳には、強い決意と覚悟が浮かんでいたのだった。

 

 

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