異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#35 落伍者 IV

「さーてと、お次はナイアブ先輩──あなたの番かな?」

 

 俺は次なる標的を見定め告げる。なんのかんの集団の長を倒さねばなるまいと。

 ナイアブはどこ吹く風といった様子で近付きながら口を開く。

 

「ん~……アナタの実力はよくわかったわ。新季生とは思えぬ手並みにすっごく感服。でもワタシはキャシーちゃんほど強くはないし、十分に満足させられないかもよ?」

「毒が得意らしいですね。なんにせよボスなら他の人らの手前、示しつけないとみっともないのでは?」

 

「そうねぇ……けれど毒を使えば()()()()になってしまう。生憎(あいにく)とワタシはまだ死にたくないの」

「彼我の戦力分析って大事ですよね」

 

 俺はニヤリと笑い、ナイアブはふっと笑い掛ける。それは自嘲をも多分に含んだもの。

 

 

「見立ては得意なほうだから。節穴(ふしあな)でもなければ耄碌(もうろく)した覚えもないわ」

 

 俺はつい闘争で昂ぶったテンションで挑発してしまったが……。

 反面ナイアブはしっかりと冷静に一線を引いてるようであった。

 肉体が子供とはいえ、我ながら大人げがなかったと少し反省してしまう。

 

「でもキャシーちゃんが痛い思いをして、ワタシだけのうのうとしているのは……美しくないわね」

 

 白兵の距離まで近付いたナイアブは、覚悟をもって相対する。

 

「いいっすね、そういうの好きですよ」

「ちなみにワタシは両刀(・・)だから、好意は素直に受け取るわよ」

 

 俺はゾクリと身を震わせ、ナイアブにウィンクされる──

 と同時に、自然かつ滑らかな動きの左手刀が俺の首元へと迫っていた。

 あまりにも淡々と急所を狙うその動きに、俺は面食らいつつもきっちり止めて見せる。

 

 

「んじゃ、キャシーが喰らったくらいのでいいですか?」

「そうね……あの子ほど頑丈じゃないから、少しだけ手心を加えてくれると──」

 

 言い終わるのを聞く前に、俺は右手で掴んで止めていたナイアブの左手首をグイと引いた。

 

 そのまま(たい)を崩しおじぎさせるような形で、俺は左腕を上方からナイアブの脇下へと入れた。

 体を預けるような密着状態のまま、俺は通した左手で自分の右手を掴む。

 最後に捻り上げるようにして、ナイアブの肘を()めた。

 

 ギシギシと"アームロック"で痛めつけるものの、ナイアブはうめき声一つ漏らさず食い縛っていた。

 

(これ以上いけない──な)

 

 我慢強いのはいいがこのまま続けていくと、関節諸々が破壊されてしまいかねなかった。

 ナイアブ本人はそれでも構わなかったとしても、俺にとって本意ではない。

 

 

 俺は一度拘束を解きながら、無防備な(ふところ)へ低く(もぐ)り込む。

 勢いをそのまま床に対して、砕き震わすほどの勢いでもって思い切り蹴り込んだ。

 同時に体を捻りながら、肩口から背中をナイアブの体の中心へと重ねるように全力でぶつける。

 

 いわゆる"鉄山靠(てつざんこう)"とも呼ばれる技。

 (はた)から見れば、超至近距離で(はな)たれるただの体当たり。

 見様見真似でしかないが、魔力で強化した肉体の瞬間速度でぶつければ十分な威力となる。

 

 ぶっ飛んだナイアブの勢いは、机やソファを巻き込み、薙ぎ倒し、転がって……ようやく止まった。

 しばらく呼吸に(あえ)いだナイアブは満足そうな笑みを浮かべ、両手を上げる。

 

「っ……げほ、はぁ……降参よ」

「こんな状態で難なんですけど、俺の作る部に入ってくれません?」

「……そうねぇ、あの子(・・・)次第かしらね」

 

「キャシーなら()れるつもりですよ、勝者の論理を振りかざしてでもね」

「いえ、そっちじゃないわ。もう一人いるのよ、ワタシたちの中で()()()()()が……ね」

 

(裏ボスがいるのか──)

 

 

 キャシーは学生にしては強かった。速度(スピード)は言わずもがな、耐久(タフ)さもあった。

 あの速度と電撃でまともに喰らっていたなら、相応のダメージは(まぬが)れなかっただろう。

 自治会としても手が出せずに持て余すのもわかろうというものだったが、さらに上がいるという。

 

 ナイアブが口にしたのとほぼ同タイミングで、ゆっくりと階段を降りてくる音が聞こえた。

 階上には落伍者(カボチャ)の野次馬らが幾人も見えるが、一階の惨状へと降りてくる者はいない。

 

 そんな中でただ1人──リズミカルなステップで、一階広間へと立った少女がゆったりと手を挙げる。

 

 

「やーやーどーも。あーしが一番強い子です」

 

 その女の子は薄く青みの混ざった銀髪を、少し長めのサイドテールに()()らめかせていた。

 マイペースに歩を進めて、遠慮なく距離を詰めてくる。

 小柄で華奢なイメージをその身に宿し、その少女は寝ぼけているような半眼のまま──

 

「──ッッ」

 

 言葉にならない言葉が、俺の口から漏れ出ていた。

 少女の真っ直ぐな瞳には……柔らかな紫色が浮かんでいた。

 それはまるで父である人間の蒼眼と、母であるヴァンパイアの紅眼が混じった色のようだと……()()()()()()()

 

 そして加工していないエメラルドの原石を、首からネックレスのように掛け──姿形は成長しても"昔と変わらぬ"無垢な笑顔を俺に向けていた。

 それは俺を──深く、尊い、かつての郷愁へと(いざな)った。

 

(俺に()()()()()()()って、こういうことかよ……スィリクスめ、知っていてあてがったな。だが今は感謝しよう)

 

 

「ひさしぶり~"ベイリル"──って、うわぁ!?」

 

 俺は考えるより先に、少女を抱きしめていた。

 その懐かしい香りに包まれながら、二度と離さないとでも言わんばかりに──

 優しく、力強く。少女も同じように手を回し、お互いの存在を確認し合うように抱擁を交わした。

 

「"フラウ"……見つけるの遅れて、ほんとごめんな」

「別にいいよー、あーしだって……お互い様だってば」

 

 あの炎と血の惨劇から、一日たりとて忘れたことはなかった。

 オーラムの情報網を利用して、母の居所と共に最優先で調べてもらっていたが何も引っ掛からなかったというのに。

 

 生きていてくれただけで……こうして再会できたことに、ほっと胸が撫で下ろされる。

 あまりにも都合の良い、奇跡のような──作為的(・・・)にも感じられるほどの偶然。

 

 なんにせよ心身を縛り付けていた、大きな鎖の一つが砕け散った心地だった。

 

 

「あら、アナタたち……ただならぬ知り合いだったの?」

「うん、"おさななじみ"ってやつ」

「その男の子が話に聞いていたあの……良かったわね、フラウちゃん」

 

 すっかり気の抜けた雰囲気に、ナイアブもそれ以上何も言う気はないようで……。

 ただ二人の様子を見て、兄であり父親でもあるような微笑みを見せるのみであった。

 

「おうコラ(なご)んでんじゃねえぞフラウ!」

 

 ともするとハルミアに肩を借りながら、一階広間へ戻ったキャシーが発破(はっぱ)を掛ける。

 気絶するくらいのダメージだったのに、もう回復するとは……キャシーがタフ過ぎるのか、ハルミアの治癒技術が凄いのか、あるいはその両方か──

 

「あっキャシー、大丈夫?」

「アタシのことはいいんだよ! 馴染みだかなんだか知らねぇが、舐められたまま終われねえだろ!」

「ほんっと元気だなぁもう、ほれほれ」

「なっやめ……」

 

 一旦離れたフラウは、痛がるキャシーの体をツンツンと指でつっついてじゃれ合う。

 肩を貸したままのハルミアはなんとも言えない表情で、その様子に巻き込まれていた。

 

 

 するとキャシーを弄るのをやめたフラウは振り返り、改めて俺の顔を真っ直ぐ見つめる。

 本当にこれは夢じゃないのだと、確かな現実であることを俺は噛みしめる。

 

「でもそだね~、今までしたことないし。一回くらいベイリルと喧嘩しても……いっかな?」

「俺としては全くもって気乗りしないな」

 

 真っ直ぐ見つめ返し、しばらくしてフラウはにっこり笑う。

 幼馴染はかつて持っていた印象と同じ部分もあるが、変化した部分も感じられる。

 本質は変わらないが、一人の女の子としても魅力的に育っていると。

 

 

「うん、じゃあやめよ!」

「ッオイ!」

「キャシーちゃんさぁ、"弱き者"に発言権はないんよ。悔しいだろうが仕方ないんだ」

「なっ!? ぬ……ぐぅ……」

 

 敗北者として痛いところを突かれたキャシーは、ぐうの()も出なくなってしまう。

 借りてきた猫のように大人しくなってしまい、それ以上けしかけようとはしなかった。

 

「溜飲下げたいなら、自ら再戦して勝てばいーのさ」

 

 フラウは「ね?」と同意を求めるように俺の左隣に並んでくる。

 ついでだからと俺は乗っかって追い打ちを掛けることにした。

 

 

「俺やフラウが強い理由は……"とある教え"があったからだ」

「とある教えってなーに?」

「んむ、よくぞ聞いてくれた我が幼馴染よ。それは()()()()()()()()の"魔導師"が到達した真理──」

 

 以心伝心。フラウはこちらの意図を察してか、話を合わせてくれていた。

 

「"彼の者"の()る分野は多岐に渡る。魔術のみならず、産業や経済、学問と製造、料理に……芸術や医学にも通じている」

 

 語りながらハルミアとナイアブへと視線を移す。

 未だ少年の域を出ない俺が、地球の現代知識を語っても説得力はない。

 

 

「その人の魔導は"未来予知"──極限られた条件下で、未来の出来事を断片的に垣間(かいま)見ることができる。だからあの人は、真理(・・)へと辿り着けた。けれど簡単に実現にまでは至らない。だからこそ多くの人材を欲している」

 

 ゆえにこそ代理を立てる。"想像上の魔導師"を──叡智と権威を備えた──信頼に足る人物像を。

 大仰に語り、必要を(つの)る。興味は知識へと、知識はいずれ現実へと昇華する。

 

「その為の部活、それが"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"だ」

「おぉ~」

 

 フラウがぱちぱちと鳴らすまばらな拍手を背に、俺は彼らの居場所に対して温情を与えるように付け加える。

 

 

「まぁこの(とう)の一角を部室として借り受けられればいいだけで、追い出す気とかはないから安心してくれ。ただ──」

 

 大きく息を吸い込み、棟全体に聞こえるよう力強く叫んだ。

 

「もし俺たちの活動を見て、興味が出たら是非入って欲しいと願ってる!」

 

 意欲さえあればいい。塵も積もればなんとやら。

 小さな力も多くすれば、人海戦術をよりよく機能させられる。

 初歩的なことだが、戦いとは──(ちから)とは、数である。それは戦争に限った話ではない。

 

 

「それじゃあーしが()えある最初の名誉部員?」

「いや既に俺を含めて五人いるな」

 

「えぇ~六番目ぇ? パッとしないなー」

「七番目……ですよ」

 

 そう割って入ったのはハルミアだった。

 ただ俺と交わした約束を果たす為……というだけのそれではない。

 自分自身の意思をもって、決意を固く秘めたその表情に俺は自然にほくそ笑んでしまう。

 

「ですね。ハルミアさんのほうが先の約束だ、だからフラウは七番目」

「う~ん……まぁ別にしょうがないかぁ」

 

「それじゃあワタシが八番目ってことね、ヨロシク」

「ありがたいです、ナイアブ先輩」

 

 

 そうして視線が一点へ集まる、憤懣(ふんまん)やるかたない面持ちが滲み出ているその雌獅子へと。

 

「……ちっ、わぁーったよ。甘んじて受け入れる──ただてめぇもフラウも後悔させてやっからな」

 

 ──これで9人。「野球チームが一つできるな」などと考えつつ、俺は万感を胸に打ち震える。

 闘争の興奮と、思わぬ再会と、確実な前進と。

 

 幸先が悪そうで最高だった今日というこの日に──祝福あらんことを。

 

 


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