異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#40 魔術科 II

 

 教師の言葉より、間髪入れず放たれた無詠唱・速攻・ほぼ不可視の風擲斬(ウィンド・ブレード)

 それはほんのわずかな風切り音のみを残して、あっさりと岩を真っ二つにする。

 

 その圧倒的な早業に誰もが……虚を突かれる()すら与えられなかった。

 ただ俺が指を鳴らした方向──土塊標的へと、自然と視線が集められていく。

 俺も顔だけを向けると根本付近でやや斜めに裂かれ、半分になった土塊がずれて落ちているのが見えた。

 

 様子を眺めながら地面との隙間が空いたその瞬間へと、俺は術名詠唱を重ねる。

 

「"エアバースト"──」

 

 左手で(すく)い上げるように振り上げる。その動作に連動するように風圧が巻き起こった。

 寸断された土塊は、空中へと一息に押し上げられ宙で一瞬静止する。

 続けざまに俺はボクシングのワンツーを繰り返すように、間断なく風擲刃を放ち続ける。

 

 的当ては得意分野である。否、得意になるよう鍛えてきた──()()()()()()為に。

 フィンガースナップが鳴る音の数だけ、バラバラになっていく土塊。

 最後に地面に落ち切ったそれは、もはや片手でも持てるくらいの大きさになっていた。

 

 その頃には唖然としていた生徒達も、教師陣も十人十色の反応で沸き立ち始める。

 

 

「お……おぉ……素晴らしい才能だ。どこで習ったのか?」

「あー師匠がいまして、その人に幼少期から教わっていました」

 

 ここで言う師匠とはセイマールではなく、"架空の魔導師"のことを指している。

 今後はそうした背景なども、そこはかとなく広めていく必要があった。

 

「なんとも! それにしたって素晴らしい才能だ。君ならばいずれ"魔導講義"を受ける資格を得られるかも知れんな」

「ちなみに魔導講師ってどのような(かた)なんですか?」

「苑内唯一の"魔導師"にして、"学苑長代理"も務めてらっしゃる方だが……あまり表には出てこないし、口止めもされている。詳しく知りたければ講義を受けるより他はない」

「なるほど、どうも──」

 

 なかなか偏屈な人物だなと思いつつ、俺は淡白に答えて(きびす)を返して歩き出す。

 今は魔術だけで十分だが、長い人生でいずれは魔導にまで到達したいものだと。

 

 

(魔法──までは高望みすぎかも知れんが、異世界の長命種として生まれたのだから行き着くところまで飛んでやるさ……宇宙の果ての先であろうとな)

 

 続くフラウと、俺はすれ違いざまにハイタッチする。

 

「参考になったか?」

「少しだけかな~」

 

 一言だけ交わして、お互い足を止めることなく歩を進める。

 フラウは俺の魔術にもさほど驚きはないようだった。

 そんな些細な様子からでも、彼女の実力かどれほどのものか……いくばくか推し量れるというものである。

 

 

 待機場所に戻るところで、誰もが俺に一歩引いた眼差しを向けていた。

 それは一目を置く意味だったり、単純に妬心(としん)が含まれているようなものだったり……。

 しかしその中で一人だけ(おく)すことなく積極性を全面に話し掛けてくる者がいた。

 

「いやーオマエすごいねぇ、お近付きになってもいいか?」

 

 その男は角刈りを少し伸ばした程度の深緑色の短髪に、浅葱(あさぎ)色の瞳を向けてきた。

 

「素直だな、でもそういう手合は大歓迎。よろしく、ベイリルだ」

「おっと先に名乗らせちまうとは失礼だったな、オレは"オックス"。見てわからんと思うが"魚人種"だ」

 

 顔は無骨な部分も残るが整ってはいるようだった。

 俺よりも少しばかり高い背丈に、ほどほどに鍛えた肉が体を包んでいる。

 

 

「へぇ……内陸にいる魚人種って珍しいな」

「ふっはははっ、ハーフエルフだって単純に珍しいじゃん」

 

 距離の詰め方が大胆なものの、オックスには嫌味がなく話しやすい印象を覚えた。

 物怖じせず、天然で育まれたコミュニケーション能力の高さとでも言おうか。

 

「あまり詳しくはないんだが……魚人種も獣人種みたいに種類があるんだよな?」

 

 リーティアであれば獣人種の犬人族の狐人型。クロアーネならば犬人族の犬人型。

 キャシーは猫人族の獅人型など、由来となる生物がいるはずである。

 

 これらの種族は遠い過去に獣と交わった──

 などといった()()()()行為によって産まれたようなものでは決してない。

 魔力の暴走と枯渇の歴史の中で、適応しようとした過程で生まれたものである。

 

 己の魔力をコントロールできず衰えゆく神族が、今のままではマズイと変えようとした結果。

 変身願望ともとれる想像は、魔力を通して肉体を変質させるに至ってしまったらしい。

 さらに暴走によって変質し続けた成れの果てが、今日(こんにち)の魔物──さらに行き過ぎれば魔獣となる。

 

(現代知識で換言するならば、想像だけではなく遺伝子(DNA)の中に眠るそれが発露した結果……)

 

 万年単位で太古の昔から進化してきた哺乳類、我々霊長類いわゆる"隔世遺伝"のようなものなのかも知れないとも勝手に思う。

 

 

「種類? もちろんあるぜ、オレは"クラゲ"族だ。知ってるか?」

「クラゲか、サラダに入れると結構美味いよな」

「ほーほー食ったことあんのか、大陸人なのに珍しいな。知ってるとすら思ってなかったわ」

 

(まぁ日本のスーパーなら探せば大概──)

 

 アクアリウムショップや水族館にも……などと詮無いことを思いつつ、俺は浮かんだ疑問を尋ねる。

 

「……そういえば、よく俺の種族がわかったな」

 

 ハーフエルフは耳がほのかに長いと言っても、意識的に見ないと気付きにくい。

 ナイアブ先輩のことを思えば、男にジロジロと見られていたことに(ほの)かに警戒心も湧くというもの。

 

「そりゃ知ってるぜ、一昨日にカボチャを実力で統一した、鳴り物入りの実力派新季生ってな」

「……まじか、そんな噂になってるのか?」

「よくよく調べて回れば断片的にわかるくらいにはな」

「噂好きなんだな」

 

 そう返した俺に対して、オックスはニィ……と思わせぶりに笑う。

 

 

「有能な人物とは、敵ではなく味方に引き込まないとな。まっ要するにお近付きになりたいんだよ」

「奇遇だな、俺も人脈は大事だと思っているよ」

 

 相手の正直な言葉にこっちも素直に答えると、両手を広げてオックスはアピールする。

 

「そりゃ都合がいい、なおさらオレと友達になっておくべきだ」

「打算だけで友人を作るつもりもないんだが……そう言い切る理由を聞いてもいいか?」

 

 俺は少し呆れた様子を見せつつ尋ねてみる。

 利害のみで結ばれた関係よりは、心の底からも信頼できる友でありたいと願う。

 

「オレは"内海の民"──いずれ"海帝"になる男だ」

「内海の民……?」

「ん? 内海の民は知らないのか?」

「いや一応は聞き及んでいるが、生活圏が違いすぎて知識としては(うと)いな」

 

 

 ──内海の民。陸には陸の国家が当然存在するが、海には海の国家がある。

 連邦の西部と東部の(あいだ)に挟まる内海に棲んでいて、安全な海上貿易には欠かせないとか。

 海帝とは一族の王であり、それになると宣言する男を、俺は自身の物差しで測る。

 

「オレらはそんな隠してるつもりはないんだが……まっ交易くらいでしか接触しないもんな」

「もしかして、海中に住んでたりするのか?」

 

 "海底都市"などを建造して住んでいるあれば、それはとてつもない浪漫をそそられる。

 同時に文明レベルが侮れない勢力ともなり、()()()()()ともなりえる。

 

「たぶん不可能ではないが……不便が多すぎて無理だなぁ。オレらもエラ呼吸できるわけじゃないし、普通の人族らよりは呼吸が続くって程度だからな。オレたち海の民は、海上に住んでるんだよ」

「ほぉ~海上都市? それはそれで……」

 

 

 ──その瞬間であった。話に夢中になりすぎて幼馴染から目を離してしまっていた。

 ただ周囲がどよめいたことで、何かが起きていると視線を向ける。

 

 遠目に捉えたフラウは、空に浮かんでいたように見えた。

 そして真下には俺が破壊したそれよりも、三倍くらいの体積の土塊が鎮座している。

 同じ大きさではなく、教師にわざわざでかく魔術で作ってもらったのだろうか。

 

 跳躍していたフラウの体が、土塊へと真っ直ぐ落ちていく。

 縮尺が狂ったような感覚に陥るほどの速度で、狙い澄ましたかのように。

 

 一体何をどうして、どんな魔術なのかはよくわからなかった。

 ただ物理的な破砕音が響き渡ると共に、土石礫がこっちのほうまで飛んできていた。

 

 

「おわっ!?」

「っ──"一枚風"!」

 

 怯んでいるオックスを横目に俺は両手を目の前へとかざして、巨大な風の盾壁を生徒らの前方に発生させた。

 飛んでくる土石礫は風の壁に触れるとたちまち勢いを失い、その場にぼろぼろと落ちていく。

 

 大怪我まではしないだろうが、危ないといえば危ないくらいの大きさの石であった。

 

「なんっだあれ!? すっげーけどあぶねえなぁ。なあ?」

 

 粉々になった土塊残骸から、フラウが汚れをはたきつつ平然と出て来る。

 皆一様に呆然としていて、俺が披露した魔術のインパクトが全て消えてしまった気がした。

 

「すまんな、俺のツレだ」

 

 こちらに手を振っているフラウに、俺も手を振り返しながら……。

 

 心中で乾いた笑いをしつつ、様々な色の青春というものを俺は全身全霊で味わっていた──

 

 


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