異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#43 調理科

 

 入学してから数週間ほど経ち──色々なモノが少しずつ形になってきた頃。

 

「この世の全ての食材と調理者に感謝を込めて……いただきます」

 

 俺は行儀よく手を合わせ示してから、目の前の料理を食べ始めた。

 サクサクの衣に包まれた肉をタレで煮込み、卵でとじた飯を勢いよくかっこむ。

 合間に唐辛子でピリ辛にした漬け野菜をポリポリと(かじ)りながら、昔を思い出し味わう。

 

「それにしたってクロアーネさんも丸くなったもんだね」

「そう……おかわりはいらなそうね」

「ごめんなさい」

 

 専門部調理科の一角。

 俺は用意されたリクエスト品に大いに舌鼓(したつづみ)を打っていた。

 厳密に元世界の料理とは良く似て少し非なるものだが、細かいことはいい。

 

 ただひたすら食欲を大いに満たす美味しさに、心身が充実してくる思いだった。

 

 

「米も最高です、"ファンラン"先輩」

「あはは、それはなにより。でも言われた通り、かなり仕入れちまったけど(ふところ)は大丈夫なのかい?」

「いいんです、いいんです。食は財源にもなるんで、元は取りますよ」

 

 透き通るような青い瞳に、翡翠色の右横髪を三つ編みにする"ファンラン"と呼ばれた在学4年生。

 【極東本土《・・》】(ふう)の見目流麗にして心胆豪傑と評すべき、面倒見も良い女性だ。

 

「──それだけの発想があるんだからさあ、君もボクらのとこ入ればいいのに」

「お誘いはありがたいけど、俺は俺のやることがあるからな。"レド"こそフリーマギエンスに来ないか?」

 

 そう勧誘し合うのは、"レド・プラマバ"という名の、同季ではないが同じ白校章の少女。

 クロアーネと共に、ファンランに面倒を焼かれている(ふし)がある在学1年生である。

 

 肩ほどまで伸びた──マジョーラカラーのような──毛先までほのかに色味の変わる濃い紫髪。

 何もかも飲み込んでしまいそうな、純粋で混じりっけのない強い黒色の双瞳。

 クロアーネよりも一回り小さい体格で、髪が短ければ一人称も相まって少年に見えるかも知れない。

 

 

「平行線だね、天才のボクは尋常者(じんじょうしゃ)とは相容(あいい)れない」

「天才は大歓迎なんだけどな。ファンラン先輩もどうです? 気が変わったりしました?」

「わたしは派閥とかそういうのは興味ないからねえ、ただ役に立てることがあれば喜んで請け負うよ」

「ん~残念です」

 

「なんでも貴方の思い通りに事が運ぶと思わないことです」

「……お耳が痛い」

 

 レドとファンランに断られた傷に、クロアーネがここぞとばかりに塩を塗り込んでくる。

 出自や能力を考えれば、彼女ら二人ともに非常に得難(えがた)い存在であった。

 

 

(料理とは……視覚に訴えかけ、嗅覚で味わい、触感を楽しみ、聴覚を刺激し、味覚を堪能(たんのう)する──言うなれば五感を存分に駆使した"総合芸術")

 

 さらに調理と栄養に、科学にして化学はつきもの。

 それだけに五ツ星料理人の卵というものは喉から手がでるほど欲しい。

 しかし料理と栄養学の分野そのものに関してまだ芽が出ておらず、見通しこそあるものの現実(リアル)が伴っていない状態では交渉材料にならない。

 

(魔術科では……めぼしい人材を見出すことができなかったしなぁ)

 

 しかし調理科という全く無関係と思えるところに、思わぬ才能は転がっていた。

 ファンランとレド──調理の腕のみならず、それ以上に各人持っているものがあるのは、ほぼ毎日(かよ)っていることでよくよく知りえた。

 

 

(まっ、なんでもかんでも一強偏重ってのも良くないのかも知れんが)

 

 そんなことも同時に思う。

 寡占(かせん)市場というのは、あまり健全な状態とは言えないだろう。

 競合相手がいるからこそ、切磋琢磨し業績を伸ばしていこうとするものだ。

 

 現在フリーマギエンスに自ら入部しに来た、"ニア・ディミウム"という先輩。

 彼女もあくまで部活を利用しているだけ、と公言して(はばか)らない。

 

 別に直接的に所属しなくとも、学んだことを活かしていずれ対抗企業として成功し、その名を轟かせたり、なにか業績を残すのであれば……。

 それもまた未来において、新たな発想を生み出す土壌となるだろう。

 

 フリーマギエンスとして取り込むこと──確かにスタートダッシュには重要なことだ。

 しかし間接的に影響されることで、伝播(でんぱ)していくというのも、文明の底上げという意味ではきっと大事なことであろうと。

 

 

 俺は話しながらもペースは崩さず食事を終え、箸を置いてもう一度手を合わせる。

 

「ごちそうさまです、美味しく大満足でした。っふわぁ~~~あ……──」

 

 ゲップは抑えたが、思わずあくびが出てしまったところで、俺はクロアーネに(たしな)められる。

 

「食べ終えたばかりで見苦しいこと……寝不足なの?」

「心配してくれてるのかな?」

「そのまま過労で死ねばいい」

「くっははは、いやぁなに終わりの見えない二人旅が長引いていてね──」

「……? あなたはいつもそうやって遠回しに言葉を濁す」

「まっ一応は最高機密に類する案件なんでね。教えられるのはオーラム殿(どの)くらいだ」

 

 少しズルいものの……自らの直接の主人の名を出されてしまえばクロアーネとしてはそれ以上言及するわけにもいかなかった。

 シールフとの記憶遡行、また伴う現代知識の発掘作業はまさしく世界を変革する宝物である。

 

 

「教えろよ、ベイリル」

「フリーマギエンスに入って偉くなったらいいよ、レド」

「じゃっいーや」

「そう言うなって、一度くらいは体験してみるべきだ。それでも合わなかったら──」

 

 俺がレドと言い合っていると、食器を下げようとするクロアーネにジトリと冷たい目線を送られる。

 

「というか……まだ居座る気ですか?」

 

 俺への態度は一向に変わらないものの、なんだかんだ構ってくれる彼女に俺はもう微塵にも揺るがない。

 

 

「あぁ、目的(しょくじ)とは別に(たず)ねておきたいことがあってね──世界各国を巡ったクロアーネさんに、お国事情ってのを直接聞いておきたい」

「……昔の話ですし今の事情には(うと)いですし、そもそも極東は行ったことありませんが?」

「その為のファンラン先輩」

 

 うながすように俺はファンランへ視線を移すと、ファンランは少し眉をひそめながら答える。

 

「ん? ご先祖こそ極東本土出身だが、わたし自身は知んないよ」

「えっまじっすか」

フリーマギエンス(おまえさんのところ)にいる【極東北土】出身のシノビだっけ? あれも多分そうだろう」

「スズのことですね。確かに彼女も一族まるごと、大陸へ来ただけと聞いたような……」

 

 

「極東へ向かう外海は、激しい荒天に加えて特殊な海流。さらに棲息しているという"海魔獣"といった要因の所為でもう何百年も、実質上の鎖国状態にあると聞きますから、無理からぬことでしょう」

 

 しれっとわかりやすく解説してくれるクロアーネに、ファンランが付け足す。

 

「そうそう。本当に運良く往来する船があるか、長距離飛行に優れた鳥人族が行き来するくらいさね」

 

 二人の話を聞きながら俺は思いを致す。

 

(ん~む……テクノロジーを発展させないと現状どうしようもない、って感じかな──)

 

 外洋航海術と、耐えるだけの造船技術が必須となってくるだろう。

 万全を期すのであれば、荒天を察知する為のレーダーや、海流を乗り越える為の内燃機関も欲しい。

 

 "海魔獣"とやらを相手にするにも、魚雷とかミサイルなどの高度な軍事兵器が必要になって来るかも知れない。

 極東から無理に文明回華を(おこ)そうと思うと、"時間切れ"になってしまうに違いない──

 

 

「じゃあかわりにボクが"魔領"のことを教えてしんぜよう」

「いや……魔領は別にいいかな、後回し(・・・)だし」

 

 レドの提案を俺はあしらいつつ余計に一言付け加える。

 魔領と神領は最初から文明を(おこ)すにあたって勘定(かんじょう)には入れていない。

 

 現在の情勢を聞いても大して参考にならないから、今焦って頭に入れる必要はなかった。

 

「なんだとー、()()()()()()を前にして」

「未来の魔王が、人領でのんきに料理なんか作ってていいのか」

 

「そりゃ"大地の愛娘"だかの所為で、今は魔領内部で喰い合いの最中。今はどうしたって雌伏の時期だもん。それに美食こそ、全ての生き物に通じる最高の娯楽でしょ。統治するだけの人生なんて真っ平御免だね」

 

 レドの考え方は、共感できる部分が少なくなかった。

 なにせ俺の目的もやり方も、範囲が広いだけで似たようなものだ。

 

 スィリクス会長といい、オックスといい、なんのかんの学苑には近い考えを持つ者がいる。

 そういう者達がいるというのは、色々と張り合いが出るものだった。

 

 

「あぁ"五英傑"の一人の|所為(せい)で、魔領の軍勢は人領への侵攻ができないんだもんな」

「一回だけ遠目に見たけど、あれは規格外だね。"魔人"すらも赤子扱いだろうなあ」

 

 それが歴史のいつ頃なのかはわからないが、時代ごとに"英傑"と呼ばれる者達が現れるようになった。

 例外なく超人をも越える力を持ち、主に人領世界において喝采・称賛されるべき功績を残した者。

 英雄をも超越した傑物が誰ともなく呼ばれるようになり、名を連ねる。

 

「俺みたいな長命種ならともかく、"大地の愛娘"が衰える頃にはお前も老いてるんじゃないのか?」

「何も問題なんてないね、ボクは死なない。ボクが死のうとしない限り──それが"魔導"ってもんでしょ」

 

 少し上から目線でいじめるような物言いだったが、レドは全く気にした風もなかった。

 テクノロジー開発が進めば、不老長寿の秘法も叶うと言って誘おうと思っていたのだが……。

 

「レドは魔導師じゃないだろ」

「最高に脂が乗った頃には魔導師さ、ボクは天才だからね」

 

 (おご)り極まる思い込み。しかしてそれは魔術、ひいては魔導にとって最も大きな力となる。

 もしかしたらこの少女は本当に、いずれそうした魔導に到達し得るのかも知れなかった。

 

 いつの日か……魔王率いる魔領軍として、自分達とぶつかる日が来るのかも──などと。

 

 

「まったくレドの増上慢(ぞうじょうまん)(はなはだ)だしいですね、まるでどこかの誰かのようです」

「えぇ……──俺としては、ほんのちょっと見習いたいと思っているくらいなんだが」

「あっははは、二人とも自信家なのは良いことさね」

「ふっ凡俗がどう言い、どう思おうと、いずれ誰もがボクに刮目せざるを得なくなる──」

 

 独特な居心地だった。ビジネスライクとも違うが、緩く……悪くない。

 お互いに最低限の敬意を持ち、依存せず、(した)うわけでもなく、忌憚(きたん)なくモノを言い合える。

 

(新鮮……なんだよな)

 

 だから食欲だけではなく、たびたび理由をつけてはココに顔を出してしまうのだった。

 

「……それで、国の話でしたね。居座られても迷惑ですし、私の知る範囲で構わないのでしたら──」

「よろしくお願いします」

 

 俺は神妙な態度を押し出すように、クロアーネに頭を下げるのだった。

 

 


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