異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#03-1 愛しき母

 

 フラウを家まで送り届けた俺は、すぐ近くの我が家──木造りの小さな家の扉を開けて入った。

 

「ベイリルおかえり~、って……もう帰ってきたのかと思ったら随分と汚れてきたね?」

「ただいま、母さん──実はちょっと喧嘩してきた」

 

 流れるような金髪に、俺と同じ碧色の瞳と俺よりも長い耳。

 純然たるエルフ種の母"ヴェリリア"は、興味深そうにしゃがんで子供の俺と視線を合わせてくる。

 

「あら珍しい。まさかとは思うけど相手はフラウちゃん……?」

「それはないよ」

「だよねぇ、私はそんな子に育てた覚えはない──ものの、随分と利発に成長しちゃったもんだ」

 

 転生前の記憶がある以上は実年齢以上に年を食い、人を喰った性格なのはもう()()()()()ものである。

 

 

「──()ったのは、ちょっと年上のハイエルフだよ」

「ハイエルフ? あぁ……そういえば最近越してきたって聞いたかしらねぇ。それで、我が愛する息子はちゃんと勝ったのかな?」

「一応。多勢に無勢だったけど」

「なら良し! ほら、おいでおいで」

 

 俺は母に身を任せるままに服を()がされ、濡らした手ぬぐいで全身の汚れを()き取られていく。

 

「怪我は……大したことなさそうね、魔薬(ポーション)を使うまでもないかな。でもこれは立派な男の子の勲章だ! それで、なんで喧嘩してどうやって勝ったか聞かせてくれる?」

「うん」

 

 俺は殊勝(しゅしょう)な態度で事の経緯と結果を母に伝え、円滑な親子のコミュニケーションをはかる。

 

 

「そっかそっかぁ。まだまだ相手も未熟だったろうけど、魔術士を相手にやるじゃんベイリル。自慢の息子だぁ」

 

【挿絵表示】

 

「あとあと問題になったりはしないかな?」

「まったく気を回せる子だね~、まぁまぁ相手の親とかが出てきたら……その時は私の出番だからまかせなさい!」

 

 ドンッと得意げに胸を張る母に、俺も自然と笑みがこぼれる。

 

「やんごとなき身分の人間は、ここに住んだりしないからねー」

 

 一応は確認をとったものの、俺自身も母の言うようにさほどの心配はしていなかった。

 亜人種ばかりの集落で、自治・独立の毛色が非常に強い。それは子供であっても同じで、多くは放任主義である。

 

 

 さらには文化の発展・成熟がまだまだ途上。

 人権思想などは身分格差によって有無がガラリと変わり、子供はあくまで親の所有物という考えも根強い。

 さすがに後遺症が残ったり人死にが出るようであれば別だが、子供同士の喧嘩でいちいち親が出張るなど、むしろ(はじ)とされかねない。

 

()()()()()()()、ってね)

 

 そもそも魔物が跋扈(ばっこ)し、災害や未踏の地も数多く存在する異世界である。

 平和ボケした国と比べて、命の価値が根本的に希薄なのは(いな)めない。死生観が根源からして違っているのだ。

 

 さすがに常に死と隣り合わせというほどではないものの、いつ何時(なんどき)命を喪失するかはわからない。

 ゆえに心構えも思想も応じたものが、当たり前のものとして広まっているのだった。

 

 

「それでさ、母さん……俺も魔術を覚えたいかな~なんて」

「魔術のことを私に聞いちゃう?」

 

「……母さんは脳筋(・・)だもんね」

「その造語、ピッタリすぎてお母さん否定できないな~」

 

 魔力の操作に関して、特に優秀とされているとされているエルフ種族。

 しかし母は魔術を使わない、というか使えない生粋(きっすい)の戦士であった。

 

「でも母さんから教わっていた体捌(たいさば)きと"魔力強化"があったから勝てたよ」

 

 魔力とは魔術にのみその用途が限られるのではない。

 多くは血液を(つう)じて全身に巡り、肉体や感覚能力の向上効果をもたらす謎のエネルギー源。

 

 一流の戦士たるもの魔力操法に(すぐ)れ――その眼は微細な動きの変化を見逃さず。

 その腕は岩塊を持ち上げ、その足は百里を駆ける。その一撃は鉄を砕き、竜をも()()つものだ。

 

 

()い。(いと)しいぞ息子ぉ~」

 

 がばっと母に抱擁されて少しばかり照れ臭くはあるが、同時に心地よく感じ入る。

 

 母ヴェリリアは若く美しい見た目よりずっと長生きなエルフでも、特に学術方面も明るくはなかった。

 ただ実践的な知識や、世界を巡った経験は豊富なので、実に多種多様な話を聞て……中には興味深いエピソードも少なくない。

 

 母の昔話を聞くことそれ自体が、一冊だけ所有する本とはまた別に、とても良質な学びであり物語の読み聞かせのようになっていた。

 

 

「とりあえず魔術を本格的に習いたいなら、私じゃなくフラウちゃんのお母さんかな~」

「"フルオラ"さんかぁ──それじゃリーネさん()に、しばらく厄介になるかぁ」

「むむむ、お母さん寂しいな~……ってことで私も一緒に()っちゃえばいいか」

「まぁ三人ご家族の邪魔にならなければ、共同生活はアリなんじゃない?」

 

 幼馴染の姓名(フルネーム)は、フラウ・リーネ。つまり苗字(みょうじ)付き。

 異世界でも、一廉(ひとかど)の限られた人物は名の後に(せい)を持っている。

 

 本人か祖先が多大な功績を挙げたか、あるいは相応の要職に()いていた由緒ある家系に連なるものである。

 没落した元貴族などの立場であっても、直接没収されない限り名乗り続けることができるが――さしあたって俺の家系は名だけだった。

 

 

「ベイリル……お父さんがいないの、やっぱり気になる?」

「別に、母さんだけで不満はないよ。話したくなったら話して」

「よしよし、ほんっとイイ子に育ったな~~~ベイリルぅ。もうちょっとあなたが大人になったら、きちんと話すつもりだから」

 

 俺はハーフなので少なくとも父親が人族であることはわかっているが……顔も名前も、今どうしているのかも知らない。

 だが別にそれでも一向に構わなかった。ただでさえ転生したこの身の上である。

 

(正直なところ生きてようが死んでようが、育てられた覚えすらもない父への関心は薄いな……)

 

 美しく愛情深い母との二人暮らし。可愛らしい幼馴染とその親しみやすい家族も近くに住んでいて申し分ない。

 下手したら転生前の自分と同世代の父親と暮らすなんて、如何(いかん)ともし(がた)い気分にさせられそうだった。

 

 

「気長に待つよ、ハーフの俺も長生きだからね」

 




2022/6/26時点で、新たに書き直したもので更新しています。
それに伴い話数表記を少し変えています。

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