異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#47 医術科

 

「わっ!? ベイリルくん、こんなにいっぱい……」

 

 放課後──俺は専門部医術科棟の一室にて、ハルミアと2人っきりになっていた。

 

「おっと、気をつけて触ってください。繊細ですから」

「こ……こうですか? すごく大きいですね、こんなの見たのはじめてです」

 

 ハルミアは言われるがままに、"それ"を撫でるような手付きで俺を手伝う。

 

 

「薄くて、軽くて、とても綺麗──」

「まっ一応はシップスクラーク商会の目玉商品ですが、少しだけ融通して回してもらいました」

 

 多くの化学反応に不活性で密閉も利く"硝子(ガラス)"の器を、俺はハルミア(かのじょ)と一緒に並べていく。

 

「ありがとうベイリルくん、こんな届けてもらっちゃって……」

「なんのなんのハルミアさんと医療の発展の為とあらばお安い御用です。実はこれでも透明度はまだまだなんですが、そこらへんは今後の試行錯誤ということで」

「これでもまだまだなんですか?」

「そーなんです」

 

 ガラス容器を入れていた木箱を下に置くと、ハルミアは手に取った透明な小皿を通して俺を見つめてくる。

 

 

「……ベイリルくんは回復魔術の難しさをご存知ですか?」

「他人を対象とした場合に、難易度が跳ね上がる──ですよね」

「はい、治癒魔術士がとても少ない理由です」

 

 自己治癒魔術はそこまで難しい魔術ではなく、軍人や冒険者など戦闘を生業(なりわい)とする魔術士であれば大なり小なり身に付けているものだ。

 肉体の魔力強化だけでも代謝が上がり、自己の備える治癒力も自然と上昇するので、明確な区分けというのも曖昧である。

 

 しかし回復を他人に適用しようとすると、途端に難しくなるのは魔術界隈にとって常識の一つだった。

 これは例えば相手の脳血管に空気血栓を直接作って殺すだとか、内蔵を直火焼きできないのと同様と考えられている。

 

 

(魔術と魔力は相関であり干渉し合う。ゆえに相手を害すのであれば、物理現象を発生させた上でぶつけなくちゃいけない)

 

 俺は魔術科で習ったことを思い出しながら、回復魔術にも当てはめて考える。

 一種の魔術抵抗力とも言うべきか。魔術が使えずとも魔力は誰しもが持っている以上、どうしたって自由にはできない。

 

 対象が瀕死だったり衰弱していたり……あるいは治癒を受け入れる意識があるからこそ、回復魔術は少ないながらも成り立っているのだろう。

 

「でももし……回復魔術がなくても、魔術の資質にも()らなくても治療できるなら、もっと多くの人を助けられるはずです」

「ハルミアさんが医術を(こころざ)す理由を聞いても?」

「ふふっ、それはおいおい──もっと仲良くなってからですかねぇ」

 

 ドンッと心臓をハンマーでぶっ叩かれたような、最高に俺の本能へと直撃する笑顔。

 放課後に部屋で2人っきりというシチュエーションに、まさに俺は青春真っ只中にいるのだと自覚させられる。

 

(それはそれとして──やはりハルミアさんは、なかなか近代的な価値観を持っているな)

 

 既存()きそん」の理論や固定観念に凝り固まった、(かたく)なな人間と違って……まだまだ若く、知識もほどほどで、感性が新鮮な状態にある。

 

 

「私としては傷もそうですが、(やまい)も魔術でどうにかできないかと思っているのですけど……」

 

(魔術で傷を治すことはできる──が、魔術で"病気を直接的に治すことはできない"ってやつか)

 

 "文明開華"という野望にあたって、農耕と医療・衛生は最優先事項であったがゆえに、既にある程度の知識は入れていた。

 調べた限りで人が()む理由とは、超自然的存在の不興を買うことだったり、あるいは瘴気(しょうき)や呪いの(たぐい)といった説もわりと信じられているということだった。

 つまるところ根本的に治癒魔術の範疇ではなく、祈ることや奉納、(やく)(はら)ったり、呪いを解くことであるという考えも異世界(こっち)ではポピュラーなのだ。

 

(もちろん治癒魔術によって肉体が活性され、副次的に体力や免疫が戻ることで病気を自然治癒させている実績もあるだろうし)

 

 何にしても病気の根本原因は解明されておらず、様々な説が飛び交ってより混乱を招いているのが医療事情であった。

 

 

「ハルミアさんは、どうして病気になると思います?」

「えっ? 私個人だと、体液の均衡が崩れた際に発症するというのがそれっぽいかなって思ってます」

 

(……地球史で似たようなのだと、確か"四体液病理説"だったっけか)

 

 ギリシャ時代くらいにナントカって医学者が提唱したようなのを何かで読んだ覚えがある。

 詳しく思い出したい場合は、シールフの読心の魔導なら精彩に掘り起こしてもらえるはずだ。

 

「ん、残念ですけどそれは間違いです」

「ベイリルくんはまるで正解を知っているような言い方ですね?」

「真理を知っていますし、証明することもできます」

 

「もしそんなことができたのなら、医療界にとっての革命ですよ」

「革命、いい響きです。では一つご教授しましょう」

 

 

 俺はわかりやすく段階的に説明する為に、まず人差し指を立ててぐるぐると腕を回すように大気を攪拌(かくはん)させる。

 

「さてさてハルミアさん、ここには何がありますか?」

「なにって……何もないですけど──」

「いえいえ、空気と光があります」

「そういうことですか、なんだかイジワルな問題ですね」

 

 ムッと唇を尖らせるハルミアに俺は艶やかさを感じつつ続ける。

 

 

「それが実は大事なことなんです、はァ~……」

 

 言いながら俺はゆっくりを息を吐いていき、部屋の中の酸素濃度を少しだけ下げる。

 

「ん……」

「もしかして、息苦しいですか?」

「そう、ですね──はぁーふぅー、深呼吸してもなんだか……」

「感覚が鋭いようで良かったです。俺もそうですけど、半分エルフの血を引いているおかげですね」

 

 俺は"酸素濃度低下"の魔術を解いて、両の手の平を上へ向ける。

 

「あれっ……普通に戻りまし、た? ベイリルくんが何かしていたってことなんですか?」

「そうです、動物の呼吸に必要な酸素(O2)を少なくしてました。空気とは一種類ではなく、いくつもの違う空気が混ざり合って今の空気になっているからです」

 

 ハルミアは「ははぁ~」と疑問符が完全に解消されないまま、さしあたっては納得の様子を見せた。

 実際には理解に及んでいないと思われるが、俺の話の続きを聞く為にひとまずは前提として飲みこめるだけの頭の良さがよくわかる。

 

 

「そして空気には重さがあります。この空気によって光の通り道も曲がってしまいます──歪曲(わいきょく)せよ、投影せよ、世界は偽りに満ちている。空六柱改法──"虚幻空映(きょげんくうえい)"」

 

 俺はハルミアと挟んだ前方空間に、光学迷彩を発生させる。

 

「ハルミアさん、握手しましょう」

「唐突にどうしました? それも何かの一環──えぇ!?」

 

 互いに手首から先が消失しつつも、しっかりと手を握り合う感触を俺は彼女へと伝える。

 

「水の中だと実像が歪むように、光は曲がったり集まったり散ったりします。たとえばこのガラスなんかも形を変えることで、集光や散光ができます」

 

 いわゆる凸レンズや凹レンズであり、メガネにも利用されているもの。

 ただそのメカニズムを知った上で、組み合わせることで──望遠鏡や光学顕微鏡ができあがる。

 

 

「つまり光を上手く使うと、見えないモノをはっきりと()えるようになるわけです」

 

 俺は部屋の(すみ)っこにあって何かを栽培している陶製プランターにある土を、魔術による風を使ってひとつまみほど机の上に運んだ。

 そして右手と左手でOKサインを作り、それぞれの輪っかを土と一直線になるように縦に重ねつつ、動かしながら空気密度を調節していく。

 

「ちょっと待ってください──あぁ、よしよし。さっハルミアさん、ご覧になってどうぞ」

「えっと、はい……それじゃ失礼しますね」

 

 ハルミアは俺の隣に立って、指で作った輪の中を覗き込む。

 

「微生物や原生動物、普通の目には見えなかった生物相が見えるでしょう」

「これって……"ムシ理論"?」

「あーーーそういえばそんな学説もありましたっけ。ただしこれは光の調節で見える範囲であって、実際はこれよりさらに小さい虫が数え切れないほど存在しています」

 

 細菌やバクテリア、ウイルスなど……未発見であるがゆえに、まだ異世界(こちら)には存在しない用語。

 

「一口に説明できるわけではないですが、とっても単純に言ってしまうと……体内に入り込んだ小さいムシに対する、体の防衛反応だったり色々で病気が引き起こされるわけです」

 

 電子顕微鏡でも用意しないと見えない超ミクロの世界があるなどとは、にわかには信じ難いだろう。

 

「その為に必要なのが清潔、身奇麗にすること。汚い状態は医療にとって最も忌避すべきことです、手洗いうがいは大切に」

 

 

「ベイリルくんは、専門でもないのにどうしてこんな知識を……?」

「俺の保有する知識は、いずれも師匠(・・)からの受け売りです」

「それって以前に少しだけ話してた……」

「はい、魔導師"リーベ・セイラー"。エルフである母の(ふる)くからの友人で、"未来予知"ができます」

 

 今後活動していくにあたっての影武者──存在しない架空の存在、それこそが魔導師リーベの正体である。

 現代知識という総体にして源泉そのもの。同時に権威と説得力を示す為の道具(ツール)にもなりうる。

 

「未来──? そう、それで……これが病気の正体なのですか」

「まぁそこらへんも、おいおいじっくりと説明します。ハルミアさんが現状でもまずやるべきは、清潔を保つ為に石鹸を使うことです」

「石鹸ですか……?」

「"公衆衛生"──殺()や消毒、感染症はまず予防からです。俺の所属するシップスクラーク商会でも、安価な量産体制を整えるべく動いています」

 

 他にもエタノールその他、化学の為の高度な蒸留技術もガラス産業と並行して早々と着手していきたい。

 

 

「後すぐにでもできることは……そうですね、耳で聴くことかな」

「……???」

 

 首をかしげるハルミアに、俺は自らの心臓へと手を当てる。

 

「正常な状態を把握した上で、異常を聞き分けるということです。ダークエルフのハルミアさんなら、俺みたく鍛えた分だけ聴力も研ぎ澄まされますよ」

「なるほど……音ですかぁ」

 

 本来であれば聴診器などがあれば良いのだろうが、さしあたっては筒状のモノを当てるだけでもよく聞こえるはずである。

 

 他にも脳や心臓や肺といった内臓各部位の機能、細胞や神経という概念やホルモン分泌、血液の役割など。

 地球の現代人が当たり前に持ってる医療とも言えない基本知識、栄養学ですらも有用で、分野を大きく飛躍をさせる情報となる。

 

 

「あのっ! ベイリルくん、その……まだお時間はありますか?」

「いくらでもお付き合いします」

 

 好奇心・知識欲・探究魂が奮い立ったハルミアに対し、俺は私心を交えつつ承諾するのだった。

 

 


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