異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
──人生の転機というものは突然やってくる。
昔からそつのない子供だった。【共和国】の交易団で生まれ、学び育った。
一つの
国内のみならず、越境することもたびたびあった。
子供の頃から付き合い長い馴染みの女性と、生涯を共にしようと誓い合った。
祝福されながら交易団を抜けて、
夫婦仲は円満で、愛娘が生まれてすくすくと育ち、仕事も順調で幸福な人生だった。
しかしいつもの日常は、唐突に終わりを告げる──
その日も仕事を終えて家へと帰った。そこには乾いた血がぶち撒けられていた。
目に映って数分か、数十分か、数時間か……。
愛すべき妻と娘の遺体だと気付きながらも、ずっと、ずっと、見つめ続けていた。
世界は悲劇に溢れている。それは世界を巡ったから知っている。
魔物であったり、戦争であったり、事故に病気に災害でも──
自分にとってもそれは例外ではなかっただけだ。
ただ改めて気付かされたのだ。思い知らされたのだ。
しかしそれを受け入れても……否、受け入れたからこそやるべきことがあった。
今までが幸福だったことに感謝すべきか。
幸福だったがゆえに、その喪失感はより大きな痛みを伴うことを嘆くべきか。
どう
しかしそれ以上に
自身の精神が耐えられなくなると、心が壊れてしまうとわかっていた。
だから社会から姿を消した──
犯人が自分を
場当たり的なそれなのか、あるいは計画的なモノだったか。
もはやどうでもいい。ただ妻と娘を殺した人物を探し出す。
そしてこの手で葬ってやろう、その一念のみで第2の人生を歩み出した。
人心掌握を筆頭に、必要となったあらゆる技術を修得した。情報を拾得する為に、ありとあらゆることに手を染めた。
およそ8年……もう重ねることのない娘の年齢と同じくらい、費やし続けた。己の才覚を使い尽くした。
犯人は他愛もない──ただ悪徳と権力があるだけの、特に珍しくもない人間だった。
無様に命乞いをさせ、淡々と殺し、処理した。付随する全てを潰し、断絶させた。
それで、おしまい──
自身の存在は世間に露見することもなく、覚えた技術で残りの日々を生きる。
持たざる者には何もしない。ただ持てる者を
盗み、偽り、侵し、騙し、壊し、脅し、横流し、捕まれば
別に義賊めいた行為をすることもなく。徹頭徹尾、自分で、使う。
そして──
運悪くということは何度かあったが、しかし明確に追跡され見つかることは……あるいは初めての経験だった。
「わたしに何か御用向きですか?」
「ンン~、そうっちゃそうかもネ」
突如眼の前に現れたのは、七三分けの金髪を整える年上の精悍な男だった。
さらに親子なのだろうか……薄い金色の髪で瞳を隠した少女。
離れ過ぎず後ろの
(──娘と同じ年の頃くらい、か)
そんな詮無いことを思いながら、相対する七三髪の男はポケットに手を突っ込んだまま話を続ける。
「"素入りの銅貨"って言うんだってェ?」
「……? わたしのことを言ってるのでしたら人違いでは──」
警団に属するような、法の下に生きる人間ではないのは明らかであった。
さらに付け加えれば
「そういう駆け引きはいらないなァ、キミをこうして追い詰めた時点でわかってるんだろぉ?」
逃げ足にはそれなりに自信はあるものの、この男からは逃げられそうもないと本能の部分が告げていた。
些少ばかりの武術の心得も、全くもって通じる気がしない。
「損害の補填ですか? それでしたら二倍……いえ三倍にしてお返ししましょう」
「損害? ン~……まァあるっちゃあるか。確か──なんだっけ」
すると少女が男の服を後ろから引っ張り、男が屈んだところで耳打ちをする。
「おーおー"プラタ"ちゃんはスゴいネ。んー利子つけて、連邦金貨を十枚ってとこにしよっか」
「……記憶力は良いと自負しています。どの件について言っているのでしょう?」
「街中で子供三人からスリ盗ったやーつ」
「──あぁ、あの子たちですか」
我ながら物覚えはすこぶる良い。都会へ出て来たばかりの、おのぼりさんのような3人組のことはすぐに思い出せた。
裕福そうな装いで、確かにそれぞれが連邦金貨1枚分くらいは持っていた。
しかしあいにくと3人分の3倍に利子分まで、すぐには持ち合わせがない。
基本的にその日暮らしだし、掠め取ったものはすぐに換金して貯蓄もしない。
「……少しだけ時間を頂いても? もちろん監視付きで構いません」
「ふう~ん、言い訳としては見え透いているが……まっ自分の立場は表情を見るに理解しているようだ。キミをこうして見つけたということは、逃げてもまた探し出せるってぇことだからねェ」
金で解決できるなら安いものである。
裕福な人間から盗んでもいいし、模造品を本物として売り飛ばしたっていい。
「でもねぇ、本当に
「つまり連邦金貨を百、ですか? それはいくらなんでも法外では」
「キミを探し出す為に使った金額と、投入した人材が生み出すはずだった利益を計上するなら……もっとかも知れないねェ。そこも補填してもらわないことには、ワタシとしては承服しかねる」
(なるほど、つまり結局のところどうあっても自由にさせる気はない、ということか……)
裏の世界に生きる人間。吹っ掛けるのも当然、報復するのも当然。
あの3人組が裏側の人間の身内だったとは珍しく見誤った。
なんにせよこれは……久々に
「目的を聞きましょうか」
似たようなことは、今までにもある。
その時はあくまで自分から潜り込んでのことだったが、やることはさして変わらない。
信頼を積み上げて頃合いを見て去る、その時に少し失敬するだけだ。
「んんっん。理解が早くて助かる、キミの才能が使えるか知りたい」
装わずあからさまに怪訝な顔を浮かべつつ、男の次の言葉を待つ。
最初から雇うつもりならば是非もない、
「
「一体何をさせられるのでしょう」
男はこちらの質問には答えるつもりはないのか、勝手気ままに話を進めていく。
「なかなか興味深い犯罪歴だ。数え切れないほどだが、判明しているのは軽いものばかり」
七三分けの男は、一拍置いてからゆっくりと目線を向けてくる。
それは引き絞るかのように、ねっとりと心臓をワシ掴みにするような……。
「一見
「特に隠れ蓑にしてるつもりはないですが」
そこに嘘はない。ただやることがなくなったから、今は好きに生きている。
いや好きで生きているわけではない──ただ
「はっは、でもキミは
「はぁ……わたしが、ですか」
感情の揺れは一切見せることなく答えてみせる。
男はこちらの反応を窺いながらも、楽しそうに地面を足先でトントンと叩いていた。
「明確な殺意を持って殺人を犯した人間の匂いまで、嗅ぎ誤るほど
「それは……大層な嗅覚をお持ちのようで」
一筋縄ではいかない、海千山千とも言える相手であることを再認識する。
だが労力を掛けてこの男を騙す必要はない。その周囲を騙してしまえばそれで済む。
「いろ~んな人間と関わって、機微には
「仮に殺人者であるなら、そんなわたしを雇うと?」
「べっつにィ~そこに大した興味はない。ただ理由なき殺人をするような人間じゃなければいい」
「貴方のところで百金貨分を労働で稼ぎ出すまで解放しない、ということでよろしいですか」
「いいよォ~どうせその頃には、キミは
「随分な自信ですね」
「キミが有能であれば自然とそうなる」
こちらを見透かすような男と──こちらをじっと見つめる少女。
大きく嘆息を吐いてから観念したように、僕は両手を挙げて降参のポーズを取る。
いいさ、どのみちやることのない身である。この男の話に素直に乗ってやるのに不都合は何もない。
「さてキミはなんと呼べばいいのかな?」
「"カプラン"です。──貴方の名をまだ伺ってないのですが」
「おぉっとすっかり忘れてた、ワタシはゲイル・オーラム」
「わたし……"プラタ"」
人生の転機というものは突然やってくる。
僕にとってそれは2度目の大きな転機であり、3度目の人生の幕開けであった。