異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#52 銅と金

 

 ──人生の転機というものは突然やってくる。

 

 昔からそつのない子供だった。【共和国】の交易団で生まれ、学び育った。

 一つの共同体(コミュニティ)の中では、みんなが親であり教師であり兄弟姉妹。

 国内のみならず、越境することもたびたびあった。

 

 子供の頃から付き合い長い馴染みの女性と、生涯を共にしようと誓い合った。

 祝福されながら交易団を抜けて、一所(ひとところ)(きょ)を構えた。

 夫婦仲は円満で、愛娘が生まれてすくすくと育ち、仕事も順調で幸福な人生だった。

 

 

 しかしいつもの日常は、唐突に終わりを告げる──

 

 その日も仕事を終えて家へと帰った。そこには乾いた血がぶち撒けられていた。

 目に映って数分か、数十分か、数時間か……。

 愛すべき妻と娘の遺体だと気付きながらも、ずっと、ずっと、見つめ続けていた。

 

 世界は悲劇に溢れている。それは世界を巡ったから知っている。

 魔物であったり、戦争であったり、事故に病気に災害でも──

 

 自分にとってもそれは例外ではなかっただけだ。

 

 ただ改めて気付かされたのだ。思い知らされたのだ。

 しかしそれを受け入れても……否、受け入れたからこそやるべきことがあった。

 

 今までが幸福だったことに感謝すべきか。

 幸福だったがゆえに、その喪失感はより大きな痛みを伴うことを嘆くべきか。

 

 

 どう足掻(あが)こうとも、家族を失った悲しみは……永劫()えることはないだろう。

 しかしそれ以上に()が殺したと、(いわ)れなき弾劾(だんがい)(そし)りを受けるとなれば……。

 自身の精神が耐えられなくなると、心が壊れてしまうとわかっていた。

 

 だから社会から姿を消した──

 

 犯人が自分を(おとしい)れようとしているのかもわからない。

 場当たり的なそれなのか、あるいは計画的なモノだったか。

 もはやどうでもいい。ただ妻と娘を殺した人物を探し出す。

 そしてこの手で葬ってやろう、その一念のみで第2の人生を歩み出した。

 

 人心掌握を筆頭に、必要となったあらゆる技術を修得した。情報を拾得する為に、ありとあらゆることに手を染めた。

 

 

 およそ8年……もう重ねることのない娘の年齢と同じくらい、費やし続けた。己の才覚を使い尽くした。

 

 犯人は他愛もない──ただ悪徳と権力があるだけの、特に珍しくもない人間だった。

 無様に命乞いをさせ、淡々と殺し、処理した。付随する全てを潰し、断絶させた。

 

 それで、おしまい──

 

 自身の存在は世間に露見することもなく、覚えた技術で残りの日々を生きる。

 持たざる者には何もしない。ただ持てる者を(たばか)る。

 盗み、偽り、侵し、騙し、壊し、脅し、横流し、捕まれば()ける。

 

 別に義賊めいた行為をすることもなく。徹頭徹尾、自分で、使う。

 

 

 そして──()()()()()()は珍しい。何故なら基本的にヘマはしない。

 運悪くということは何度かあったが、しかし明確に追跡され見つかることは……あるいは初めての経験だった。

  

「わたしに何か御用向きですか?」

「ンン~、そうっちゃそうかもネ」

 

 突如眼の前に現れたのは、七三分けの金髪を整える年上の精悍な男だった。

 さらに親子なのだろうか……薄い金色の髪で瞳を隠した少女。

 離れ過ぎず後ろの(ほう)に隠れるように佇んでいて、上等そうな服を着ていた。

 

(──娘と同じ年の頃くらい、か)

 

 そんな詮無いことを思いながら、相対する七三髪の男はポケットに手を突っ込んだまま話を続ける。

 

「"素入りの銅貨"って言うんだってェ?」

「……? わたしのことを言ってるのでしたら人違いでは──」

 

 警団に属するような、法の下に生きる人間ではないのは明らかであった。

 さらに付け加えれば堅気(かたぎ)ではなく、その道の人間だと雰囲気から察せられる。

 

「そういう駆け引きはいらないなァ、キミをこうして追い詰めた時点でわかってるんだろぉ?」

 

 

 逃げ足にはそれなりに自信はあるものの、この男からは逃げられそうもないと本能の部分が告げていた。

 些少ばかりの武術の心得も、全くもって通じる気がしない。

 

「損害の補填ですか? それでしたら二倍……いえ三倍にしてお返ししましょう」

「損害? ン~……まァあるっちゃあるか。確か──なんだっけ」

 

 すると少女が男の服を後ろから引っ張り、男が屈んだところで耳打ちをする。

 

「おーおー"プラタ"ちゃんはスゴいネ。んー利子つけて、連邦金貨を十枚ってとこにしよっか」

「……記憶力は良いと自負しています。どの件について言っているのでしょう?」

「街中で子供三人からスリ盗ったやーつ」

「──あぁ、あの子たちですか」

 

 我ながら物覚えはすこぶる良い。都会へ出て来たばかりの、おのぼりさんのような3人組のことはすぐに思い出せた。

 裕福そうな装いで、確かにそれぞれが連邦金貨1枚分くらいは持っていた。

 

 しかしあいにくと3人分の3倍に利子分まで、すぐには持ち合わせがない。

 基本的にその日暮らしだし、掠め取ったものはすぐに換金して貯蓄もしない。

 

 

「……少しだけ時間を頂いても? もちろん監視付きで構いません」

「ふう~ん、言い訳としては見え透いているが……まっ自分の立場は表情を見るに理解しているようだ。キミをこうして見つけたということは、逃げてもまた探し出せるってぇことだからねェ」

 

 金で解決できるなら安いものである。

 裕福な人間から盗んでもいいし、模造品を本物として売り飛ばしたっていい。

 

「でもねぇ、本当に(まかな)うつもりなら、桁が一つ違う」

「つまり連邦金貨を百、ですか? それはいくらなんでも法外では」

「キミを探し出す為に使った金額と、投入した人材が生み出すはずだった利益を計上するなら……もっとかも知れないねェ。そこも補填してもらわないことには、ワタシとしては承服しかねる」

 

(なるほど、つまり結局のところどうあっても自由にさせる気はない、ということか……)

 

 裏の世界に生きる人間。吹っ掛けるのも当然、報復するのも当然。

 あの3人組が裏側の人間の身内だったとは珍しく見誤った。

 なんにせよこれは……久々に()()()()()()()な事態である。

 

 

「目的を聞きましょうか」

 

 似たようなことは、今までにもある。

 その時はあくまで自分から潜り込んでのことだったが、やることはさして変わらない。

 信頼を積み上げて頃合いを見て去る、その時に少し失敬するだけだ。

 

「んんっん。理解が早くて助かる、キミの才能が使えるか知りたい」

 

 装わずあからさまに怪訝な顔を浮かべつつ、男の次の言葉を待つ。

 最初から雇うつもりならば是非もない、(てい)よく利用させてもらおうと。

 

我々(・・)は事業の為に有能な人材を求めていてねぇ、折角だから雇おうかなーって」

「一体何をさせられるのでしょう」

 

 男はこちらの質問には答えるつもりはないのか、勝手気ままに話を進めていく。

 

「なかなか興味深い犯罪歴だ。数え切れないほどだが、判明しているのは軽いものばかり」

 

 七三分けの男は、一拍置いてからゆっくりと目線を向けてくる。

 それは引き絞るかのように、ねっとりと心臓をワシ掴みにするような……。

 

「一見自棄(ヤケ)にも見えるが……まるで知られたくないナニカを隠すかのようだネ」

「特に隠れ蓑にしてるつもりはないですが」

 

 そこに嘘はない。ただやることがなくなったから、今は好きに生きている。

 いや好きで生きているわけではない──ただ()()()()()()というだけだ。

 

 

「はっは、でもキミは()()()()()()()だろう」

「はぁ……わたしが、ですか」

 

 感情の揺れは一切見せることなく答えてみせる。

 男はこちらの反応を窺いながらも、楽しそうに地面を足先でトントンと叩いていた。

 

「明確な殺意を持って殺人を犯した人間の匂いまで、嗅ぎ誤るほど耄碌(もうろく)しちゃあナイナイ」

「それは……大層な嗅覚をお持ちのようで」

 

 一筋縄ではいかない、海千山千とも言える相手であることを再認識する。

 だが労力を掛けてこの男を騙す必要はない。その周囲を騙してしまえばそれで済む。

 

「いろ~んな人間と関わって、機微には(さと)いつもりなんだけど……読みきれないねえ。それだけでもキミには見るべきところがある。だからこうして、自ら出向くのがやめられない」

「仮に殺人者であるなら、そんなわたしを雇うと?」

 

「べっつにィ~そこに大した興味はない。ただ理由なき殺人をするような人間じゃなければいい」

「貴方のところで百金貨分を労働で稼ぎ出すまで解放しない、ということでよろしいですか」

「いいよォ~どうせその頃には、キミはココ(・・)から出ようとしなくなる」

 

「随分な自信ですね」

「キミが有能であれば自然とそうなる」

 

 こちらを見透かすような男と──こちらをじっと見つめる少女。

 大きく嘆息を吐いてから観念したように、僕は両手を挙げて降参のポーズを取る。

 いいさ、どのみちやることのない身である。この男の話に素直に乗ってやるのに不都合は何もない。

 

 

「さてキミはなんと呼べばいいのかな?」

「"カプラン"です。──貴方の名をまだ伺ってないのですが」

 

「おぉっとすっかり忘れてた、ワタシはゲイル・オーラム」

「わたし……"プラタ"」

 

 人生の転機というものは突然やってくる。

 

 僕にとってそれは2度目の大きな転機であり、3度目の人生の幕開けであった。

 


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