異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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第二部 2章「モンスター討伐遠征」
#54 兵術科


 

 兵術科棟の会議室は帝都軍部のそれを再現したものらしく、非常に重厚な印象を持っていた。

 30人くらいは入る程度の広さだが、現在立つのは8人の生徒と教師が1人。

 

 前軍(ぜんぐん)後軍(こうぐん)──それぞれ選ばれた代表となる"軍団長"が二人。

 軍団長の意向で指名される、"副長"・"作戦参謀"・"前衛隊長"が各2人ずつ。

 

 そして引率となる教師ガルマーンの計9名が、やや小さめのテーブルを囲む。

 そこに戦場となる周辺地図を広げ、(コマ)を置いて軍議を(おこな)っていた。

 

 

「今季の"遠征戦"においての戦略構想についてですが──」

 

 学苑に入学してから、既に一年近くが経過した。

 今年の成績優秀者として、前軍"軍団長"に選出された"ジェーン"を中心に机を囲む。

 

「前軍を主攻とし、後軍は予備隊として残します」

「基本通りだな」

 

 やや高圧的にも聞こえるような態度で口にしたのは、後軍軍団長である"スィリクス"。

 

 彼は魔術部であり、本来であれば戦技部兵術科主体の遠征戦では任意参戦となる。

 しかし前回の遠征戦の参加者であり、実力者かつ自治会長であることから選出されていた。

 

 

「はい、奇をてらう必要性はありません。先輩(がた)は後方より、適時戦線への投入・援護をお願いします」

 

 前軍は在学2年までの生徒達を中心として構成された軍。

 後軍は2年を越えた生徒達で編成された軍となる。

 

「現在の情報だと、この丘陵地帯に集まっているらしく、主戦場もこの辺りになると思われ──」

 

 ジェーンは地図を指し示しながら、順繰りに語っていく。

 

 "遠征戦"──学苑における、()()()()()()()()

 ゴブリンなどといった一般的に下等種に類する、魔物の集団を撃滅する小規模戦争行動。

 

 

 ゴブリンは社会性を営む程度の知能があるとはいえ、魔術は使えないし、扱う道具の水準も低い。

 肉体労働者であれば一般的な成人男性の魔力の身体強化でも、武装と罠で何とかなる程度である。

 何事も油断は禁物だが──適切に戦闘術を修得した学生であれば──まずもって問題なく対処可能な魔物である。

 

 ゴブリンも自らが弱い程度のことは自覚しているので、遭遇戦ならともかく率先して人族を襲ってくるようなことは珍しい。

 しかし数が飽和してくるとのっぴきならなくなり、生存を懸けて周辺の小さな村落などへ、物量に(たの)んだ侵攻をしてくるのだった。

 それが成功し調子に乗ったゴブリンは次へ、また次へと被害を広げていくというのが"小鬼(ゴブリン)災害"である。

 

「ゴブリン集団を壊滅せしめた後は、残党対策に軍を分けてこちらの村に派遣します」

 

 通常は冒険者などが早めに請け負って定期的に数を減らしたりするのだが、"専属"がいなかったり地方だとなかなかそうもいかない。

 

 この遠征戦の最大の意義とは──周辺住民の生活と安全を守り、社会へ寄与する、一種の(もよお)し物である。

 

 草の根を掻き分けて殲滅するより、徒党を組まれてから軍を挙げてまとめて叩く。

 秩序と規律を保った一個軍として。また節度ある学苑生として振る舞うのである。

 

 

後詰(ごづ)めの要請については必要・不要を問わず、この時点で一度連絡をします。補給と休息を挟んだ後に、次はこちらの"オーク"集団を叩きにこの(ルート)を使用し──」

 

 またゴブリンの規模が大きくなってくると、コレ幸いとばかりにオークが便乗するように混じることがある。

 オークは今少し上等な知能を持っており、ゴブリンからはほとんど傷もつけられないので、(てい)の良い協力関係が築かれる。

 平時であれば狩る対象である大量のゴブリンを利用し、オークは人族の味を楽しむ。ゴブリンも自分達よりも圧倒的な戦力として組み込むのである。

 

「情報通りであればオークの規模は数十程度ですので、索敵して確認した後に誘導を──」

 

 命の危険こそ0(ゼロ)ではないものの、これはお祭りの一つには違いなかった。

 

 それゆえに兵術科所属は強制参加であり、日々修練の成果を発揮する良い機会となる。

 教師陣は必要最低限のみ随伴し、生徒の自立と対応力と精神とを鍛える。

 

 また任意参加者に対しては報奨金や特別単位、他にも種々の優遇特典が与えられるのだった。

 

 

「──以上が戦略構想です。異議・質問があればどうぞ」

 

 そう言ってジェーンは、その場の一人一人に視線を合わせていく。

 スィリクスも異論はなく(もく)していて、後軍副長に指名されている"ルテシア"が一言添えた。

 

「その時々の若手主導の行事ですから、後軍(われわれ)のことは気にしなくて結構ですよ」

 

 後軍の作戦参謀と前衛隊長に指名された二人の在校生も、語ることは無いようであった。

 

「それでは戦術面のほうに移らせていただきます」

 

 若手が主体であっても、本当に危ないと見れば異議は申し立てられる。

 ただ単純にジェーンの構想が理に適うものだからこそ、軍議はスムーズに進んでいった。

 

 

「鳥人族の方々は索敵(さくてき)の為に独立させ、斥候拠点を都度設けていきます。兵術科は戦い慣れた連係の効く者同士で()り分けつつ、隊長格をそれぞれに。

 それをさらに大きな集団として統一指揮し、半包囲しつつの継続的な打撃を基本とします。散軍でも問題はないと思いますが、相手が単純であればこそ確実な方法をとります」

 

 兵術科だけ見ても、職業軍人のような画一化された調練を長年積んでいるわけではない。

 あくまで基本を学んでいるだけであって、戦闘方法には各人かなりの個性が見られる。

 

 一個軍をもって戦うことは兵術科として基本であり、それも授業・演習の内。

 しかし備えとして、小集団による遊撃・撤退も可能なようにある程度の分担はしておく。

 

 

「兵術科所属でない方々は一定の自由裁量を与え、命令は最低限のものに限ります」

 

 冒険科や魔術部の者達、専門部からも単位や賃金、単に暴れたいだけの目的で参加する者もいる。

 それらの生徒達に細かい命令は通じにくく、輪をかけて個性が目立つ為、集団運用となると混乱と自滅を招きかねない。

 

 ただ戦力としては貴重なものであり、無下に排斥するわけにはいかない。

 散軍として強力に機能する者達は、前線戦力としてだけでなく、後方支援の部隊において必要不可欠の存在。

 工兵や護衛隊はもとより、特に輜重(しちょう)隊・衛生部隊がいなければ軍はたちまち機能不全に陥るゆえに重要な役回りである。

 

「隊長格および連絡員の相互連携だけは、しっかりと確立・徹底を(むね)としてください」

 

 あとは特定した敵陣に対して不意討ちを喰らわせ、一気呵成(いっきかせい)に片を付ける。

 基本的には攻め手有利の奇襲作戦、魔物が集まった所に、動き出しの前を狙って叩き潰す。

 

 

「私は後方で全体指揮。中衛を──"リン"副長にお願いします」

「はいはい。ジェーン軍団長、了解であります」

 

 そう言って軽く敬礼を見せたのは、明るめの橙色の髪色をしたショートボブの少女。

 ワンポイントの髪飾りを着け、やや切れ長の目元だが表情には柔らかさを感じさせた。

 

 王国公爵家の放蕩三女、"リン・フォルス"。

 ジェーンと同じ年齢だが、校章は2年目を示している。

 適度に真面目で、明るく能動的なその性格は、ジェーンと非常にウマが合ったのだった。

 

「中衛の冒険科と他生徒らをまとめ、有機的な適所運用に当たります」

「えぇ、私との密な連携をくれぐれも忘れずにお願いします」

 

 正式な軍議という場ゆえのかしこまったやり取りに、ジェーンは少し気恥ずかしさを覚える。

 フリーマギエンスにも所属する彼女は、ジェーンとは既にかけがえのない友の1人であった。

 

 

「では次に前衛隊長"キャシー"は──」

「押されてる戦線を見極めながら援護しつつ自由に、だろ」

「そうですね……()()()()()()()形で、くれぐれも無茶はしないように」

「任せとけって」

 

 一度は落伍しカボチャとなったキャシーも、兵術科へ戻ってからは順当にやれていた。

 フリーマギエンスという輪と、ベイリルやフラウらに目にものを見せてやるという思い。

 

 肩肘張らずにいられる同年代の仲間達、カボチャの溜まり場とはまた違う充実感を得ていた。

 

 

「最後に"モライヴ"、作戦参謀として意見を」

「あーそうだね、僕としては戦術面で言うことはないかなあ。ただ異形とはいえ人型(ひとがた)を殺す。その行為自体初めての生徒が少なくないから、そこらへんの心理状況は注意しないと……くらいかな」

 

 そう気怠そうな様子をさほど隠していないのは、モライヴという名の帝国人の男。

 天然パーマな黒髪を少し長めに。上背はそれなりにあるが、猫背気味に構えている。

 

 やや小太りな体型は、兵術科の鍛錬をちゃんと受けているのかと思わせた。

 

 

「確かに無視できない事柄ですね。初陣も多いから、疲労や怪我の度合いも把握しにくい。そういった面も多角的に配慮しながら、常に無理を強いることがないよう注意を払ってください」

 

 軍議はさらに細かく、後軍も含めて細かいすり合わせが続いていく──

 

 

 

 

「っはぁ~、疲れた。もう息苦しすぎ」

 

 軍議も無事終わり兵術科棟を出て、肩の力も抜けたところでジェーンは一息吐く。

 

「キャシーですら微妙に(わきま)えてたもんね、わたし思わず吹き出しちゃいそうになったもん」

 

 リンはもはや気兼ねする必要がないと、思う存分笑顔を浮かべながらそう言う。

 

「うっせーなリン。自治会長もいるし、また問題起こすわけにもいかねえから仕方ねえだろ」

 

 カボチャ時代に何かと衝突した自治会長や副会長は、正直気に食わなかった。

 それでも教師がいる前で、これから遠征戦を控えてぶつかるほど向こう見ずではない。

 

 

「というかキャシーだけじゃなく、リンもモライヴもほぼ普段のままだし、私だけかしこまってて恥ずかしかったよ」

「そりゃ僕らと違って、軍団長は責任が違いますから」

 

 唇を尖らせながら不満げに漏らすジェーンに、モライヴが淡々と返す。

 するとリンが(うれ)いたような表情で、手を胸元に当てながら神妙そうに口を開く。

 

「わたしたちはジェーン軍団長の命令で死んでくんだね……」

「殺されても死ぬ気なんてないくせに」

 

「さっすがよっくわかってるぅ」

 

 一転して肩を組んでくるリンに、ジェーンは「はいはい」と返した。

 

 

「命令系統は大事ですが……我々は学生の時分ですから、危なくなったら僕は逃げます」

「アタシもいざとなったら命令なんぞ聞かんな」

 

 モライヴとキャシーの手前勝手な言葉も、ジェーンはいつも通りと流す。

 

「まったくもう、指名したのを少しだけ後悔しそうになるよ」

 

 慣れた日常の1コマの中で、ジェーンはいつかベイリルが言っていたことを思い出していた。

 

 

("遠からず戦争は変わる"かも、と──)

 

 既存の戦略・戦術の概念は崩され、兵站や政治面においてもどんどん変容していく。

 それは兵器の開発や普及はもとより、糧秣(りょうまつ)の供給量や輸送効率の変化も多大であると。

 

 さらに情報交信の多様化。情報の共有や秘匿性の変質。情報そのものの価値基準。

 

 そもそも人口爆発が起こり、戦争の規模も変わってくるかも知れないとか。

 科学兵器がより広範的な軍事投入を可能にし、行き着く果ては──

 

 

(ベイリルにとっての遠からず(・・・・)というのは、どれくらいかわからないけど)

 

 ベイリルの語るオトギ(ばなし)、いつかの未来は……昔から聞かされてきた。

 シップスクラーク商会とフリーマギエンスも、その前身となるべき組織であり思想なのだ。

 

 ただ実際に文明の発展速度というのは、ベイリル本人にも全く予測がついていない。

 さらに言えばベイリルの寿命からすれば、50年でも遠からずと言えてしまう。

 

(いずれにしても……私には今できることをやるしかない)

 

 そこに帰結する。リーティアと違って私が(ちから)になれることは少ない。

 

 それでも兄弟姉妹みんなで──新たな仲間達とみんなで、この世界を過ごしていきたいと。


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