異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
臨時天幕にはジェーン、リン、モライヴと、兵術科の各隊長と関係者達が集まっていた。
「後軍に連絡が行き、追いつくまで時間がまだ掛かります。よってそれまで敵軍を食い止める必要があります」
ジェーンは神妙な面持ちでそう告げる。
地図を囲みながら事態の深刻さに皆、一様に顔色が優れない。
「モライヴ作戦参謀、戦地の設定はありますか?」
「そうですねぇ、とりあえずここで大丈夫かと。下手に移動するより、防衛の構築・設営をすぐに始めたほうがいい」
「もう一度確認しますけっどぉ、ゴブリンとオークの混成軍が少なくとも1000体近く。さらに"飛行型キマイラ"が現在確認されている──でいいんですね? ハルミア先輩」
リンの問い掛けに対し、ルビディアの治療を担当し情報を直接聞いたハルミアが答える。
「ルビディアさんが確認した限りではその通りです。何故かまとまった軍として統制が取れている。一番近い村にも向かっているような様子があり、彼女自身は飛行型キマイラとの交戦で怪我を……」
ジェーンは歯噛みする、完全に想定外の
直接的な采配ではなく、あくまで基本通りの索敵であるが……それでも仲間が傷ついた事実。
今から命令によってみんなに命を懸けさせる現実と、己の
「僕としては全員で
モライヴの提案には聞くべきところがあった。リンはさらに突っ込んでいく。
「でもさモライヴ、後ろから追撃される可能性は?」
「当然あります、敵軍の足は早い。今いる位置は、
「それは想像したくないなぁ」
「また後軍と合流する前に迫られて、狂乱すれば壊滅すら有り得る。確実な回避の為には足止めが
「足止め、ということは……?」
半ば察しているジェーンの疑問符に、モライヴは粛々と事実を告げる。
「"決死"の
ジェーンは目を瞑って、心を冷やすように考える。
自分がこうも打たれ弱い人間だったとは……改めて認識させられる。
「ニア補給統括官、糧秣類は問題ないですか?」
「こっちは特に問題ない。ただし素早く撤退するのであれば、余剰分を捨てる計算が必要になるでしょう」
片隅で軍議を聞いていた補給管理を担っているニア・ディミウムは、客観的にそう告げる。
「ハルミア衛生長、衛生部隊全体から見てのご意見は?」
「そうですね……個人的に言わせていただけるのであれば、抗戦は
「リン副長──」
「わたしは……全員で徹底守勢がいいと思う。キャシーとさっき戦ったけど、あくまでゴブリンとオークなら……後詰めまでは持ち
「他に意見のある者はいますか?」
一般隊長らにも呼び掛けるものの、それ以上案が出てくることはなかった。
残るは軍団長たるジェーンが、策を統合して決めるというところで場が沈黙する。
「こっちから攻めりゃいいだろ。っはぁ……ふぅ……」
「キャシー!」
そう天幕の入り口に現れた者の名をリンが呼んだ。
息せき切って疲れは見えるものの、さしたる怪我はないようであった。
そんな状態を目視で見るやいなや、モライヴがキャシーへ尋ねる。
「キャシー、無事で何よりです。斥候拠点の皆は?」
「全員大丈夫でござる、ルビディア
質問に対して隣に涼しげにいるニンジャが、キャシーより先に答える。
「くっそスズ……なんでてめェは息切れてないんだよ、っぜェ……」
「そりゃもう鍛え方が違うでござる。瞬発力や加速力はともかく、地力が違うのでござるよ地力が。
「斥候部隊のみなさんの怪我は?」
心配そうに聞くハルミアに、スズはニッと笑って返す。
「ルビディア
「あーそれ、と……追加情報っだ。トロルだ、しかも四体まで確認」
新たに情報としてもたらされた敵性戦力に対し、天幕内の緊張は一層高まる。
「トロル!? それは……」
「キャシー
「なんなんだよあの生物は……雷が通りやがらねえし、
キャシーは悪態をつき、スズは地図に現在判明している範囲での情報を書き込んでいく。
まとまった敵軍の進行方向と、トロルの大まかな位置。
トロル──ゴブリンやオークとは、まるで比肩しない強度の魔物。
成人男性の二倍以上の毛一つない青白い巨躯。顔には巨大な
異様に膨張し盛り上がった筋肉団子の様相を呈し、単一生殖で増える個体である。
特筆すべきはその耐久力と再生力にあり、温度変化や圧力にも強く、四肢を切断してもすぐに元通りだと言う。
弱点のように見える巨大な瞳も外膜によって保護されていて、傷をつけてもたちまち再生してしまう。
岩石すら飲み込む雑食性で、その胃酸は驚異的な消化能力を有し、吐き出して攻撃をしてくる。
とてもではないが一生徒が戦えるような相手ではなく、ガルマーン講師でも持て余しかねない。
「──そんでぇ、グダグダなんの算段してんだか。やるこた一つっきゃないだろ」
「……攻めの一手でいけと? キャシー」
ジェーンは問い質すように、
それはキャシーの気性を考えれば当然の答えであった。
しかして勢いのままに、軍議の場に混乱を与えられることは困ると。
「当たり前だ、オマエらは
キャシーはかつて治療された時のことを思い出しながら、ハルミアを
最初は乗り気じゃなかったフリーマギエンスも、今や心地の良い新たな居場所であった──
「目に見えた悪手じゃねえんなら、前のめりにいこうや。兵術科なら大なり小なり
キャシーの同意を求める声に、はっきりと答える者はいなかった。
しかしてその意気はジワジワと昂ぶり、高鳴り、肯定するようであった。
短い時間の中でもジェーンは熟考する。それぞれの策の利点と欠点を比較・検討。
包括的な戦略・戦術、彼我の戦力差、兵站線と士気、救援と救護態勢──
「──軍を、四つに分けます」
「兵力の分散ですか? それは危険では……」
モライヴの
より多い物量差でもって、可能ならば包囲し、壊滅に追い込んでいくのが常道。
だが前提が違えば話も変わる。ジェーンはよくよく知っているのだ。
今現在、自軍にいる"特記戦力"とも言うべき者達──
大軍・強軍に奇策はいらない。
まして学生が初陣で捻り出す方策、慣れない土地で可能なことなど、たかが知れている。
持ち味とは殺すのではなく活かすもの、存分に
それが軍団長であるジェーンが──この状況で最大限すべきことであると。
「前提として我々の第一義──周辺地域への救援を果たします。退却すれば見捨てることになりますから、撤退は各地の避難が終わるのが前提条件です」
退却それ自体に全くリスクがないのであれば、生徒の身柄を第一にする選択もあっただろう。
ただ現況を鑑みるに、どの策も危険性を孕んでいて結果論として出た時にしか語れない。
「まだ我々は前哨戦しかしておらず、士気も保たれています。速やかに敵に打撃を与え、後軍と合流。軍を再編しつつ村への救援を派遣。戦闘の継続か、秩序ある撤退かは……その時の状況次第とします」
ジェーンの力強い言葉に、異議が出ることはなかった。
誰にも正解はわからないし、責任を負いたくないという面も否定はできない。
いずれにせよ軍団長たる人間が、勝算を宿した瞳で
得てしてそういうものは昂揚感と、不思議な信頼感が芽生えてくるというものだった。
それがたとえ錯覚や狂奔であったとしても……楽観的な勘違い大いに結構。
わずかにでも戦意が高まり、勝率を上げられるのであれば是非もなし。
「中央と左翼と右翼に軍を三つをほぼ独立させた指揮系統とし、さらに後方陣地で一つ──」
「トロルとまともに
キャシーが嬉々としているが、ジェーンは感情を出さずに答える。
「そうですね……まぁ倒せるでしょう。無理なら食い下がればいいだけですから。後方陣地はリン副長とモライヴ作戦参謀、二人の判断で適時お願いします」
「ジェーン軍団長が自ら前線へ出るつもりだと?」
「私も
モライヴは頭を
そもそも彼の役割は、次善策や反対意見を挙げ、軍団長であるジェーンの思考を深めることにある。
既に決断の域に達しているのであれば、それ以上異論を唱える必要はないと理解していた。
「ちょっと待って、なんでわたしが後方なのさ」
「備えは必要でしょ? 今回は割食ったと思って我慢して」
友人に対する話し方で、ジェーンはリンへ頼んだ。
それにリンの専用魔術は長期戦に向いていないし、実力者を置いておく必要もある。
「しょうがないなぁもう、命令じゃなく頼まれちゃあね」
「アタシは戦場に出るぞ」
『それはみんな知って
ジェーンとリンとモライヴの示し合わせたようなツッコミに、キャシーは閉口する。
腕を組みながら「はんっ」と一度だけ笑うと、それ以上言うことはないようだった。
「では陣容の振り分けを──」
既に頭の中で構築されていたそれを、ジェーンは
同時に自分の胸の