異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#57 遠征戦 III

 

 臨時天幕にはジェーン、リン、モライヴと、兵術科の各隊長と関係者達が集まっていた。

 

「後軍に連絡が行き、追いつくまで時間がまだ掛かります。よってそれまで敵軍を食い止める必要があります」

 

 ジェーンは神妙な面持ちでそう告げる。

 地図を囲みながら事態の深刻さに皆、一様に顔色が優れない。

 

「モライヴ作戦参謀、戦地の設定はありますか?」

「そうですねぇ、とりあえずここで大丈夫かと。下手に移動するより、防衛の構築・設営をすぐに始めたほうがいい」

 

「もう一度確認しますけっどぉ、ゴブリンとオークの混成軍が少なくとも1000体近く。さらに"飛行型キマイラ"が現在確認されている──でいいんですね? ハルミア先輩」

 

 

 リンの問い掛けに対し、ルビディアの治療を担当し情報を直接聞いたハルミアが答える。

 

「ルビディアさんが確認した限りではその通りです。何故かまとまった軍として統制が取れている。一番近い村にも向かっているような様子があり、彼女自身は飛行型キマイラとの交戦で怪我を……」

 

 ジェーンは歯噛みする、完全に想定外の不確定要素(イレギュラー)である。

 

 直接的な采配ではなく、あくまで基本通りの索敵であるが……それでも仲間が傷ついた事実。

 今から命令によってみんなに命を懸けさせる現実と、己の不甲斐(ふがい)なさ──

 

「僕としては全員で遁走(とんそう)を決め込むという選択も、一考の余地があるかとも思います。良くも悪くも我々は軍としての規模は小さい。今なら混乱も少なく、秩序ある撤退も可能かと」

 

 

 モライヴの提案には聞くべきところがあった。リンはさらに突っ込んでいく。

 

「でもさモライヴ、後ろから追撃される可能性は?」

 

「当然あります、敵軍の足は早い。今いる位置は、()()()()()()()()()()()()()()()()()ような速度です。後軍と合流することができても、今度は指揮系統の乱れの中で大混戦になるということも考えられます」

「それは想像したくないなぁ」

「また後軍と合流する前に迫られて、狂乱すれば壊滅すら有り得る。確実な回避の為には足止めが()りましょう」

 

「足止め、ということは……?」

 

 半ば察しているジェーンの疑問符に、モライヴは粛々と事実を告げる。

 

「"決死"の殿(しんがり)軍ですかね。……必要とあれば僕が(ひき)いますが」

 

 

 ジェーンは目を瞑って、心を冷やすように考える。

 自分がこうも打たれ弱い人間だったとは……改めて認識させられる。

 

「ニア補給統括官、糧秣類は問題ないですか?」

「こっちは特に問題ない。ただし素早く撤退するのであれば、余剰分を捨てる計算が必要になるでしょう」

 

 片隅で軍議を聞いていた補給管理を担っているニア・ディミウムは、客観的にそう告げる。

 

 

「ハルミア衛生長、衛生部隊全体から見てのご意見は?」

 

「そうですね……個人的に言わせていただけるのであれば、抗戦は()けて欲しいところです。どれほど怪我人が出るのかわかりませんし、死者を治すことはできません……手が足りるか未知数です」

 

「リン副長──」

「わたしは……全員で徹底守勢がいいと思う。キャシーとさっき戦ったけど、あくまでゴブリンとオークなら……後詰めまでは持ち(こた)えられるはず──キマイラも単体ならなんとかなるっしょ」

 

「他に意見のある者はいますか?」

 

 一般隊長らにも呼び掛けるものの、それ以上案が出てくることはなかった。

 残るは軍団長たるジェーンが、策を統合して決めるというところで場が沈黙する。

 

 

「こっちから攻めりゃいいだろ。っはぁ……ふぅ……」

「キャシー!」

 

 そう天幕の入り口に現れた者の名をリンが呼んだ。

 息せき切って疲れは見えるものの、さしたる怪我はないようであった。

 

 そんな状態を目視で見るやいなや、モライヴがキャシーへ尋ねる。

 

「キャシー、無事で何よりです。斥候拠点の皆は?」

「全員大丈夫でござる、ルビディア殿(どの)以外は──」

 

 質問に対して隣に涼しげにいるニンジャが、キャシーより先に答える。

 

「くっそスズ……なんでてめェは息切れてないんだよ、っぜェ……」

「そりゃもう鍛え方が違うでござる。瞬発力や加速力はともかく、地力が違うのでござるよ地力が。持久力(すたみな)を競うのであれば負ける要素なし。キャシー殿(どの)はとにかく動きの無駄が多すぎでござる」

 

 

「斥候部隊のみなさんの怪我は?」

 

 心配そうに聞くハルミアに、スズはニッと笑って返す。

 

「ルビディア殿(どの)以外は、概ね索敵の疲労が溜まっているくらいだけでござるから安心してくだされ。もっともルビディア殿(どの)も大概頑丈(たふ)でござるから、ハルミア殿(どの)の治療なれば拙者も安堵でござる」

 

「あーそれ、と……追加情報っだ。トロルだ、しかも四体まで確認」

 

 新たに情報としてもたらされた敵性戦力に対し、天幕内の緊張は一層高まる。

 

「トロル!? それは……」

「キャシー殿(どの)がこれ試しにと、喧嘩売りにいって大変でござった」

「なんなんだよあの生物は……雷が通りやがらねえし、(かって)ェしすぐ再生しやがって」

 

 キャシーは悪態をつき、スズは地図に現在判明している範囲での情報を書き込んでいく。

 まとまった敵軍の進行方向と、トロルの大まかな位置。

 

 

 トロル──ゴブリンやオークとは、まるで比肩しない強度の魔物。

 成人男性の二倍以上の毛一つない青白い巨躯。顔には巨大な(ひと)()と裂けた口。

 異様に膨張し盛り上がった筋肉団子の様相を呈し、単一生殖で増える個体である。

 

 生半(なまなか)な魔術では硬質化した外皮を破るのも至難であり、その下も高密度筋肉の鎧で(はば)まれる。

 特筆すべきはその耐久力と再生力にあり、温度変化や圧力にも強く、四肢を切断してもすぐに元通りだと言う。

 弱点のように見える巨大な瞳も外膜によって保護されていて、傷をつけてもたちまち再生してしまう。

 

 岩石すら飲み込む雑食性で、その胃酸は驚異的な消化能力を有し、吐き出して攻撃をしてくる。

 吐出(としゅつ)圧力によってその範囲や速度を調節するので、脅威度は極めて高い。

 

 とてもではないが一生徒が戦えるような相手ではなく、ガルマーン講師でも持て余しかねない。

 

 

「──そんでぇ、グダグダなんの算段してんだか。やるこた一つっきゃないだろ」

「……攻めの一手でいけと? キャシー」

 

 ジェーンは問い質すように、毅然(きぜん)とした態度で口にする。

 

 それはキャシーの気性を考えれば当然の答えであった。

 しかして勢いのままに、軍議の場に混乱を与えられることは困ると。

 

「当たり前だ、オマエらは自分自身たち(フリーマギエンス)を過小評価し過ぎなんだよ。アタシらは強いし、補給も潤沢。主力軍は全員五体満足で、有能な回復役もいんだから」

 

 キャシーはかつて治療された時のことを思い出しながら、ハルミアを一瞥(いちべつ)する。

 最初は乗り気じゃなかったフリーマギエンスも、今や心地の良い新たな居場所であった──

 

 

「目に見えた悪手じゃねえんなら、前のめりにいこうや。兵術科なら大なり小なり(いくさ)が好きだろうが、なあ?」

 

 キャシーの同意を求める声に、はっきりと答える者はいなかった。

 しかしてその意気はジワジワと昂ぶり、高鳴り、肯定するようであった。

 

 短い時間の中でもジェーンは熟考する。それぞれの策の利点と欠点を比較・検討。

 包括的な戦略・戦術、彼我の戦力差、兵站線と士気、救援と救護態勢──

 

 

「──軍を、四つに分けます」

「兵力の分散ですか? それは危険では……」

 

 モライヴの(げん)はもっともである。寡兵(かへい)が大軍より不利なのは当たり前のことだ。

 より多い物量差でもって、可能ならば包囲し、壊滅に追い込んでいくのが常道。

 

 だが前提が違えば話も変わる。ジェーンはよくよく知っているのだ。

 今現在、自軍にいる"特記戦力"とも言うべき者達──(かなめ)となるその総戦力を。

 

 大軍・強軍に奇策はいらない。

 まして学生が初陣で捻り出す方策、慣れない土地で可能なことなど、たかが知れている。

 

 持ち味とは殺すのではなく活かすもの、存分に(ちから)を発揮する場を用意すること。

 それが軍団長であるジェーンが──この状況で最大限すべきことであると。

 

 

「前提として我々の第一義──周辺地域への救援を果たします。退却すれば見捨てることになりますから、撤退は各地の避難が終わるのが前提条件です」

 

 退却それ自体に全くリスクがないのであれば、生徒の身柄を第一にする選択もあっただろう。

 ただ現況を鑑みるに、どの策も危険性を孕んでいて結果論として出た時にしか語れない。

 

「まだ我々は前哨戦しかしておらず、士気も保たれています。速やかに敵に打撃を与え、後軍と合流。軍を再編しつつ村への救援を派遣。戦闘の継続か、秩序ある撤退かは……その時の状況次第とします」

 

 ジェーンの力強い言葉に、異議が出ることはなかった。

 誰にも正解はわからないし、責任を負いたくないという面も否定はできない。

 

 いずれにせよ軍団長たる人間が、勝算を宿した瞳で(くだ)した決断。

 得てしてそういうものは昂揚感と、不思議な信頼感が芽生えてくるというものだった。

 

 それがたとえ錯覚や狂奔であったとしても……楽観的な勘違い大いに結構。

 わずかにでも戦意が高まり、勝率を上げられるのであれば是非もなし。

 

 

「中央と左翼と右翼に軍を三つをほぼ独立させた指揮系統とし、さらに後方陣地で一つ──」

「トロルとまともに()り合うか?」

 

 キャシーが嬉々としているが、ジェーンは感情を出さずに答える。

 

「そうですね……まぁ倒せるでしょう。無理なら食い下がればいいだけですから。後方陣地はリン副長とモライヴ作戦参謀、二人の判断で適時お願いします」

「ジェーン軍団長が自ら前線へ出るつもりだと?」

「私も最高戦力(・・・・)の一人ですから」

 

 モライヴは頭を()きながらしばし考えた後に、得心(とくしん)したように黙り込んだ。

 

 そもそも彼の役割は、次善策や反対意見を挙げ、軍団長であるジェーンの思考を深めることにある。

 既に決断の域に達しているのであれば、それ以上異論を唱える必要はないと理解していた。

 

 

「ちょっと待って、なんでわたしが後方なのさ」

「備えは必要でしょ? 今回は割食ったと思って我慢して」

 

 友人に対する話し方で、ジェーンはリンへ頼んだ。

 それにリンの専用魔術は長期戦に向いていないし、実力者を置いておく必要もある。

 

「しょうがないなぁもう、命令じゃなく頼まれちゃあね」

「アタシは戦場に出るぞ」

 

『それはみんな知ってるよ(います)

 

 ジェーンとリンとモライヴの示し合わせたようなツッコミに、キャシーは閉口する。

 腕を組みながら「はんっ」と一度だけ笑うと、それ以上言うことはないようだった。

 

「では陣容の振り分けを──」

 

 既に頭の中で構築されていたそれを、ジェーンは(よど)みなく言葉にしていく。

 同時に自分の胸の(うち)(くすぶ)っていたモノが、ゆっくりと燃えていくのを感じていた。

 

 

 


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