異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#60 左翼戦 III

 

 なんにせよ、いつまでも悠長に検証している暇はなさそうであった。

 

「おかわりきたー」

 

 その場で屈伸運動をしながら、リーティアが敵軍の第二波へ臨戦態勢へと入る。

 アマルゲルもリーティアに追従するように、合金溜まりの上で屈伸や伸脚を真似ていた。

 

「おいあれ! トロルいんじゃねーか! さすがにおれは逃げていいよな?」

「ウチは戦うから、ティータ守ったげてー」

「うーっす、一緒に離れてるっすよゼノ」

 

 

散弾銃(ショットガン)でもあればなー……)

 

 などと思いつつ、俺は寄生虫を宿したゾンビを確実に倒せる魔術を詠唱する。

 

万物合切(ばんぶつがっさい)()てつき(たま)へ。空六柱改法──"浸凍(しんとう)(さい)"!」

 

 手の平をゾンビの頭部目掛けてかざし、周囲へと膜のように液体窒素を生成する。

 

 空気割合の大部分を占める窒素操作は、科学肥料の為の窒素固定や"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"など散々修練し続けてきた。

 "酸素濃度低下"も厳密には窒素の割合を増やすことであり、"風擲斬(ウィンド・ブレード)"も窒素を固体のように扱い(はな)っているようなものである。

 

 空気に関わる運動・温度や圧力といったあらゆる変化は、俺にとって現代知識を魔術に応用する基本であり応用。

 

 

 両手の掌握と同時に凝縮凍結し、肩口あたりからゾンビを自壊させていく。

 高度な動きはしてこないが、隊伍を組んで突っ込ませる程度はできる軍団。

 

 となればやはり頭に寄生しているだろうと、寄生虫ごと凍らせ砕くやり方。

 実際に粉々となった首なし屍体は、以降全く動き出す様子はないようだった。

 

 

 こちらがちまちま削ってる横で、フラウは遠間のゾンビを豪快に圧殺していく。

 

 "重力協奏"──見た俺が名付けた魔術、その内の一つ。

 オーケストラの指揮者(コンダクター)のように腕を振り、任意の場所に"重力場"を落とす。

 

 魔力の消費対効果(コスパ)は決して良いわけではないのだが、フラウだからこそ使える魔術だった。

 かつて小さい頃に俺が話した、引力や斥力といった重力の話──それらを自分の中で練り上げ、形と成してしまったもの。

 

 それは唯一無二と言っていいほどの領域まで、修羅場の中で昇華されていたもの。

 

 

串刺し(ニードル)! 回転(スピン)! (サイコロ)!」

 

 リーティアの指示と同時にアマルゲルはゾンビの頭を貫き、コマのように回転し弾く。

 さらには立方体(キューブ)状になって押し潰したりと、多彩にぶっ殺していく。

 

 水銀をベースに、その他の金属と魔力とを混ぜ合わせた魔術合金。

 リーティアの魔力に紐付けされていて、リーティアの意思に従って動く人形(ゴーレム)

 

 液体金属が流動し組み替わることで、(こと)なる魔術紋様をも組み換えて、別の魔術効果を発揮。

 ──するという予定の、リーティアだけのオリジナル魔術具である。

 

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の教師だったセイマールの遺物である、魔術具製作ノウハウを学んだ。

 魔術と科学を理解し、ゼノやティータと切磋琢磨し高め合った。まさに魔導科学の申し子たる、自慢の妹の傑作の一つであろう。

 

 

 俺は第二波ゾンビ群の最後の一体の、胸元あたりから"風擲刃"で切断する。

 さらに追加で下顎を蹴りで吹き飛ばして、噛まれる心配も念入りに()ちつつ、は半端に死んでないゾンビ頭を持ち帰る準備を完了させた。

 それで何かしらわかることがあれば──というところ。

 

「もっとも検体(サンプル)を持っていくのは、"アレ"の後になるか」

 

 粗方(あらかた)片付けたところで、いよいよ本命を前にする。

 

 災害級の極限環境生物トロルを正面に据え、俺は魔力の律動をより強く感じていた。

 

 

 3メートルを超える青白い巨躯に、筋肉で覆われた団子のような横幅。

 何重にも層になったような外皮に、単眼をギョロつかせている。

 トロルは顔の半分ほどまで裂けた口をあんぐりと開けていた。

 

 俺はパチンッと挨拶がわりに、全力の"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)"を放つ。

 

「陸竜の鱗もあっさり斬断したものだが……まじで硬いな」

 

 研ぎ澄ませた風擲刃もトロルの皮一枚を切るに留まり、それすらも一瞬で再生していってしまう。

 

 

 続いてフラウが重力場で潰そうとする。

 しかしトロルは動きにくそうにするだけで、地面だけがめり込んでいく。

 

「うわっ……あの巨体で潰れないんだ。ねぇベイリル、あいつも近付いちゃダメなん?」

「一応念には念をだな、間接攻撃で仕留めたほうがいい」

 

 フラウも俺の"風皮膜"のような防護手段は持っていが、それでも無闇に接近しないに越したことはない。

 寄生虫の侵入経路がわからない以上、隙間を通じて入り込んでくる可能性もないとは言えない。

 

「そっかー、近付けばやりようもあるんだけど……あーしの魔術だと今はまだこれが限界かなぁ」

 

 

 トロルは超重力下でもゆっくりと顔を上げ、胃酸を圧縮して吐き出した。

 しかし超重力圏内では高圧胃酸もこちらまで届くことなく、地面だけを溶かす。

 

「リーティアはいけるか?」

「内部からなら多分。でもアマルゲルくんを強力な胃酸に晒したくないから、ベイリル兄ぃに任せる!」

 

 流動液体魔術金属も、金属には違いなく……酸には極力触れさせたくないようだった。

 せっかく行軍中まで延々調整していたのを、早々に使い物にならなくさせるのは忍びない。

 

 

「んじゃ俺が()ろう──」

 

 そう話している中で、トロルは鈍重にも見えるような動きながら移動していた。

 こちらへではなく周囲の潰れた肉塊の(ほう)へと──

 

「うえぇ……屍体食べてるぅ」

 

 リーティアのげんなりした言葉とは対照的に、トロルは裂けた大口のまま地を這う。

 粉砕されたゴブリンやオークのゾンビ体を、丸呑みにして(むさぼ)っていく。

 

 高重力場環境でも適応するように、機敏に動くそのおぞましき姿。

 無造作に捕食していくそのサマは、ある意味清々(すがすが)しさすら覚えるような食いっぷり。

 

 目につく範囲の屍体全てを、あっという間に平らげてしまう──と、トロルは一度だけ身震いしたかと思うと何かを吐き出した。

 

 

 言葉にならなかった。

 それはトロルの頭ほど大きさの──もう一体のトロル。

 今まさに産んだ(・・・)のだ。被圧殺屍体群とは、また違ったグロテスクさ。

 

 この場において栄養を摂取し単為生殖をするサマなど、言葉にし難い異様。

 今回の戦場にいるトロルも、元々は一匹だったのかも知れないとも考える。

 

「アレも大昔の吸血種(ヴァンパイア)みたく、血肉から魔力を取り込んでたんかもね」

 

 そんなことをフラウは言いつつも、その様子を人並に気持ち悪がった表情を浮かべている。

 

 

「まぁ殺すことに違いはない。フラウ、リーティア、一応下がっていてくれ」

「おっけ~、行こっかリーちゃん」

「うん、フラウ義姉ぇ」

 

 二人は微塵の心配もなく俺に託し、ゼノとティータに合流する。

 

 トロルの大きな単眼がこちらを向くと、その瞳孔あたりから寄生虫がニョロリと顔を出していた。

 瞳を防護する膜の裏側で、蠢く寄生虫もまた一層気色悪い。

 

 

 重力場が消失したことで、超高圧の胃酸カッターがこちらまで届くものの、風一枚で(かわ)す。

 

(過言だろうと少し思っていたが……──)

 

 噂や風説というものは、得てして尾ひれが付いて肥大化していくものだ。

 しかしゼノが語っていた情報(たが)わぬ化物やも知れないと実感し始める。

 

 溶岩や深海のような環境でも大丈夫ならば、"酸素濃度低下"は効くまい。

 半端に生成するだけの"液体窒素"も、分厚い外皮には通るまい。

 落下の衝撃にも強く、重力もモノともしない。そしてあの再生力。

 

 "重合窒素爆轟(ポリニトロボム)"なら一撃で粉砕できるだろう。

 しかしあれは燃費も悪いし、集中も必要で胃酸を回避しにくくなる。

 今少し消費も少なく、飛散させることもない術技──

 

 

「必ぃ殺──」

 

 俺は右腕を天へと掲げ、人差し指の先に小さな旋風(つむじかぜ)が渦巻く。

 旋風は一点に凝縮したまま回転数を上げ続け、局所的な竜巻を作り出す。

 

「テンペストォ!」

 

 右腕を振り下ろし、指先をトロルへ向けると同時に解放された嵐の奔流。

 それはトロルの巨体へ正面から衝突し、その重量を一息で上空高く打ち上げた。

 

「ドォリィルゥウ!」

 

 間断なく伸ばした右貫手へと竜巻が収斂(しゅうれん)しながら、螺旋の回転を帯びていく。

 形成されるエアドリルの上昇流に乗って、俺はトロルまで導かれるように突貫した。

 

「ブゥレェイクゥゥウウウ!!」

 

 躰ごと天空へと撃ち出され、トロルと嵐の道によって繋がる竜巻誘導路の風を段階的に束ねていく。

 終域たる一極まで肥大化し続けたドリルは、加速と共にその鋭き先端からトロルの皮膚を穿ち抜いた。

 

 螺旋回転に巻き込みながら、内部からミキサーのように削り下ろし続ける。

 その強靭な肉体を掘削し、再生力を超える速度で微塵にしていく。

 

 みるみる内に跡形もなくなったトロルは、収縮させた風の中で血袋と化していた。

 

 

(……早く飛行できるようになりたいもんだ)

 

 俺は風と共に地面へと着地しつつ、そんなことをついつい思ってしまう。

 風に身を任せるくらいはできるが……それが限界。

 

 空属魔術を選んだ理由は数あれど、最大の動機は"自由に空を飛ぶこと"。

 鳥人族のような翼なしでは、飛行への障害(ハードル)はことのほか多い。

 

「さて、こっちはどうするかね」 

 

 余波で打ち上げられたが"導嵐・(テンペスト)螺旋(・ドリル)破槍(ブレイク)"に巻き込まれず、その場に落ちた"仔トロル"を見る。

 小さく、しかし頑健であろ、それこそ"乾眠"のような状態で全く動かなかった。

 

(持って帰れば……いずれ使える、かも?)

 

 それはいつの話になるかはわからないが……。

 遺伝子解析ができるようになれば、有用な何かが得られる時代も来ることを願って。

 

 

 幼体トロルと行動不能にさせたゴブリンゾンビを、それぞれ拾い上げて俺は4人へと告げる。

 

「一旦本陣に戻る、あと頼めるか?」

 

「いいよ、ここは任せてベイリル」

「トロルいなきゃ余裕っすよ~」

「おれも戻りたいんだが」

「ゼノも付き合うんだよー」

 

 フラウ、ティータ、ゼノ、リーティアへ頷きで返し、俺は"荷物"を両手に走り出した。

 

 


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