異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#63 後軍議

 

「私は早急に村へと向かう!!」

 

 スズからの火急の報告を受けたスィリクス後軍軍団長は、馬上からいきり立ってそう叫んだ。

 

「ですが会長、前軍は援軍を必要としています。ジェーン軍団長も、再編した後に救援を向かわせるかと」

 

 嗜めるように副長のルテシアが言うが、スィリクスは聞く耳を持つ様子はあまりなさそうだった。

 

「副会長、我々の本分はなんだ? この遠征軍の目的は、周辺の治安維持の為の討伐である。

 そこを忘れては存在意義がないではないか! ほんの僅かの差で命が喪われるのかも知れぬのだ!」

 

 エルフ至上主義を是とするスィリクスには珍しい光景と言えた。

 これには扱いに慣れていたルテシアも、思わず怪訝な表情を浮かべてしまった。

 

 

 助け舟というほどではないが、提言を求めるような教え子の視線にガルマーン教師は答える。

 

「スィリクス、お前の言うことももっともだが、頭が二つあっては指揮系統に乱れが生じる。

 ここは既に戦端を開き、最も状況を把握しているジェーンを筆頭に据えて指示を仰ぐべきだ」

 

 そう言うものの、スィリクスは強い意志を宿した瞳で退く様子は見せなかった。

 

「これは生徒主導の戦争です。異常事態ではありますが、そこはガルマーン教師も仰る通り――

 指揮権は生徒にあって(・・・・・・・)教師にはない(・・・・・・)のです。私はジェーン軍団長と同等の指揮権を持ち得ます。

 その私が判断しているのです。それに頭も二つには成り得ません、我々は別働隊として動くのですから」

 

 

 

 今この瞬間――ガルマーンは無力感のような何かをにわかに感じていた。

 少しぬるま湯に浸かりすぎていたことは、明らかとさえ言えた。

 

 かつて最も親しき友と(たもと)を分かち、放浪の後に学園長に誘われた。

 人柄と経歴を買われ、どうせやることがないならとこの学園へと――

 

 前任者から受け継いでもう10年近くはなろうか、かつての磨き上げたモノはもはやない。

 鍛錬を怠ったことはないが、しかし研ぎ澄ますことは忘れて久しい。

 

 もちろん学べたことは数えきれないほどあったが、同時に失ったものも否定はできない。

 

 血反吐を流す鍛錬と、途切れることなき実戦の繰り返しだった日々。

 あのギラギラした日常から得ていた感覚は、思い出そうとして戻るものではない。

 

 

 情報が足りないのを鑑みても、現況における最適解を見出すことができない。

 強固な態度の生徒を説き伏せるだけの、弁舌を持っていない。

 

 軍において指揮系統とは絶対のものであり、上官が死ねと言えば死ぬものである。

 そこに疑問を差し挟む余地はなく、より多く情報を持つ上官がそう判断したのだから。

 

 仲間を守る為に、より多くを活かす為に、非情な決断と命令を差し迫られる。

 自分も上に立った時は懊悩(おうのう)し、死ぬかも知れない命令を下したこともあった。

 

 そうした命令があり犠牲になった者のおかげで、自分が生きている。

 そうした命令によって、自分の命で仲間を生かすことができる。

 

 あくまで引率であり、緊急時の指揮権の移譲などは想定されていない。

 それゆえに、正しく適した判断というものをつけられずにいる――

 

 

「別にいいと思うでござるよ?」

 

 そう事もなげに軽々と口にしたのは、情報を持ってきたスズであった。

 

「それはどういう意味でしょうか、スズ連絡員」

 

 ルテシアは行軍を続けながら、地上でついてくるスズへと問い詰めるような声音で聞く。

 

「軍を分割してもいいと言ったでござる。ジェーン殿(どの)はその程度は想定しているでござる」

「最初から後軍をアテにしてないということか? 緊急の援軍要請ではないのか!?」

 

 スズの言い分は、図らずもスィリクスの判断を肯定する言であった。

 しかしスィリクス本人も腑に落ちないのか、言葉を荒げる。

 

 

「ジェーン殿(どの)らが欲しているのは、前線で戦う人材じゃなくて退却の為の人員でござるゆえ。

 忌憚(きたん)なく言えば戦力は既に足りている(・・・・・・・)のでござる。半分もいれば副長と作戦参謀が調整するでござい」

 

「トロルもいるのなら、足りるわけがないだろう」

 

 ガルマーンはそう断定口調で言った。トロルとは一種の災害とも言える生物である。

 

 かつて帝国で何度か出現した際も、"黒騎士"団員が十数名で戦術を展開し、確実に葬るもの。

 黒騎士でも精鋭であれば単独でも倒せないことはないが、危険を考えればそうして(しか)るべき存在だ。

 

 学園の生徒達は優秀だ、しかしだからと言って討伐など見通しが甘すぎる。

 

 

「拙者も仕事柄、目が肥えているゆえ――単一で抗し得る者は、とりあえず五人ほどいるでござる。

 あっガルマーン教諭も含めれば六人でござるかね。ジェーン殿(どの)もそれをよくよく承知している。

 なればこそ今の戦術があるのでござる。数で劣れども強軍に小細工は()らないのでござるよ」

 

「馬鹿な……――」

 

 5人? トロルを知らぬ者の戯言(たわごと)――と切り捨てるには難しかった。

 入学時の冒険科振り分け試験の時に、グナーシャ、ルビディア、ヘリオ、パラス、カドマイア。

 彼らは次の英雄コースの人材として目をつけていて、たまに様子を調べたりしていた。

 

 スズは一流の諜報員であることは、自他ともに認められている。

 極東北土における忍者の系譜であり、この1年近くでその優秀さはたびたび耳にしていた。

 

「それが"フリーマギエンス"でござるよ」

 

 付け加えるように言ったそのセリフに、スィリクスの顔が歪んだ。

 努めて平静を保とうとしていても、どうしても苦い顔をせざるを得ないようだった。

 

 

自由な魔導科学(フリーマギエンス)――)

 

 最初の頃に顧問として、ガルマーンは打診されたことがあったが、さる事情により断った。

 それはフリーマギエンスに限った話ではなく、あらゆる部活動の顧問を……である。

 

 英雄コースのみで関われるからこそ、人はその恩恵を受ける為に志す。

 誰でも入れるような部活で教える立場になれば、英雄コースの優位性が失われる。

 

 しかしフリーマギエンスの名はあれから随分と、そこかしこで名を聞くようになった。

 既に学内活動における最大派閥なのではないかと思うほどに。

 

 あまり積極的に人と絡まない、あのシールフ講師ですら引き入れてしまった……。

 生徒の自主活動に参加するなど、恐らく初めてのことなんじゃないだろうかと。

 

 ひとたび事件が起これば、その裏にフリーマギエンスが関わってるとさえ噂される。

 

 

 3人の中で唯一ルテシアは、速やかに事情を飲み込み判断を下す。

 

「想定内と言うのであれば是非もありません。急を要することは事実ですし、会長は精鋭三十人を選んでください」

 

「っぬぅ……なに?」

「数が多ければ足をとられます。避難誘導と一定抗戦の為の精鋭(・・)です。私は残りの軍で後詰めに回ります」

 

「副会長は残るのか」

「もちろんです、軍団長なき後軍を率いるは副長以外にいないでしょう」

 

「……そうだな、副会長。君の言うことは正しい、そうすることにしよう」

 

 スィリクスは言葉に詰まった後に、言いたいことは飲み込んでから承服する。

 いつまでも話を長引かせては、それこそ救援に遅れてしまう。

 

 

「村へのトロルはどうするでござる?」

「ガルマーン先生、お願いできますか?」

 

「なに、俺がか?」

「他に人手がいないかと。戦場のトロルは逃げればいいですが、村へのそれは迎撃するしかありません」

 

 確かにトロルに対抗できるのは、ガルマーンしかいない。

 指揮系統はジェーンとスィリクスにあるし、その(げん)はもっともな部分がある。

 

 ガルマーン一人で生徒全員をカバーするのは不可能であり、事態は既に動き出している。

 

 そもそも学園は校風として自由を謳い、それゆえに生徒であっても責任を負い伴わせる。

 たとえ命を懸けるような状況であっても、世界とはそういうものであることを身をもって教える。

 

 生徒ら自身が決断し、なによりも強い意思をもって行動している。

 それらをこちらの曖昧な判断で混乱させるわけにもいかなかった。

 

「わかった、俺も村へと向かおう」

 

 いつの間にか場の主導権を握っていたルテシアに乗るように承諾する。

 こうなれば自身の力量を、最も発揮できる形で使うしかないと。

 

 

「そいじゃ後は本陣でよろしくお願いするでござる~」

 

 ガルマーンは遠ざかるスズの背を眺めつつ、背負う大剣の柄の握りを確かめる。

 

 

 生身のまま、戦場を駆け回っているのだろう――フリーマギエンス所属の生徒達。

 

 次期英雄コースの候補として、一目置いたヘリオ、グナーシャ、ルビディア、カドマイア。

 初日に落伍者(カボチャ)を制したベイリル。落伍者の一員だったキャシー前衛長。

 

 前軍軍団長のジェーン。リン副長、モライヴ作戦参謀。

 ハルミア衛生長とニア補給統括官も、確かフリーマギエンスの一員の筈だ。

 

 要職の多くにいつの間にか(・・・・・・)フリーマギエンスがいる。

 そうでなくても人員の中には特定多数の、フリーマギエンス員が存在している。

 

 それだけの底力と潜在性を秘めた、いまいち不明瞭な学内集団。

 

 

 学内史において、教師を必要としなかった遠征戦は他に例を見ない。

 

 慣例から見れば、特に兵站部分は教師陣が助力し、軍団としての機能を確立させる。

 隊長格や斥候・連絡に関しても、人手不足になりがちな部分を穴埋めする。

 

 つまり遠征戦には、教師が必ず十数人ほどは付くものなのである。

 

 しかし今回はそれがない、全ての人員が必要十分に賄われている。

 それどころか下手な教師よりも、優秀な人間によって固められている。

 

 突き詰めれば、ガルマーン自身さえ本来であればいらなかった。

 しかし教師が1人もいないというのは、流石に問題であった為に随行したのだ。

 

 

 既にフリーマギエンスを中心に、戦場は展開されている。

 

 彼らの実力が垣間見られる……否、彼らがその本領を発揮する舞台となっているような――

 

 ガルマーンはそんな感覚に囚われるようですらあった。

 

 

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