異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
その戦場は赤く染まり――さらには歪んでいた。
焼け焦げゆく無数の死体の発せられる熱――
右翼戦場には最低限の秩序しかなかった。
分を弁えて実行可能な範囲でもって、己の人事を尽くす。
それが冒険者本来の気質と言わんばかりに。
しかしてその意気によって、互いを邪魔することは殆どない。
動きに統一性は全く見られない、にも拘わらず意思に関しては皆が同一であった。
ただ各々がその最低限を胸に留め置くだけで、ある種の規律が保たれている。
「呆気ないですわね、それにしても本当に燃やせば大丈夫ですの?」
「実際に今のところ大丈夫だろ。"ゾンビ"は頭吹き飛ばすか、燃やしちまうに限る」
第一波の戦闘を終えて一休みしながら、ヘリオはパラスの問いに答えた。
カドマイアは燃え尽きた死体を観察しながら、質問を投げかける。
「結局このゾンビというのはなんなんです?」
「ベイリルが昔したオトギ噺に出てきた魔物だ。生ける屍。強弱ピンキリ。
「確かに我が以前戦ったゴブリンは、徒党を組んで囲ったりしてきたものだが……」
グナーシャは不動のままそう口にし、第二波を眺めている。
「はぇ~ベイリルさんって何者なんですの?」
「……さぁな」
ヘリオはそうはぐらかしながら、軽く流した。
幼少の頃から一緒に育ってきたが、全てを知っているわけではない。
こことは違う地球という異世界を夢で見て覗くことができる、それゆえに色々知っている。
年下のくせにまるで父親のようでもある弟。まだ秘密を持っているのはわかる。
とはいえ隠し事を無理やり聞き出したいとは思わない。
ただいつかベイリルと本当の意味で肩を並べ、本人の口から言わせてやりたかった。
「お嬢もフリーマギエンスに入ればいいんですよ、いつまでも意固地になってないで」
やれやれと肩を竦めながら、カドマイアは主人であるパラスを煽る。
「っな!? 意固地などではありませんわ。ただわたくしは、何か一つのものに迎合し傾倒することを――」
「……その割には我らを経由して、もう殆ど染まっているようにも見受けられるが」
「それはそれです! 一線を引くことに意味があるんですの!」
ヘリオ、グナーシャ、ルビディア、パラス、カドマイア、スズの6人パーティ。
冒険科で学ぶようになってより長く続いているが、未だにパラスだけは加入していない。
平然と活動に混ざってきたりする割には、完全に感化することを良しとしないのだった。
「そろそろくっちゃべってるのも終わりだ、
意志薄弱なゴブリンとオークの第二波の群れの奥、一匹そびえる青白い巨体。
トロルを見据えながらヘリオは、ボキボキと拳を鳴らした。
冒険科の面々がそれぞれ臨戦態勢に入る中で、ヘリオは我先に駆け出した。
「ンドゥオッッゴルルァラアァァ!!」
――"
追従する7つの炎を、順次足裏で爆燃させて速度を高めていく。
推進剤にした炎は足元からヘリオの体を包み、最後の鬼火をもって全身に纏う。
次の鬼火が自動充填されるより先に、ヘリオは敵陣をへと――その身をぶっ込んでいく。
進行上のゴブリンやオークは炎に巻かれながら轢殺され、一直線にトロルまで突き抜けた。
右逆手に持った"長巻"を右腕に添えるように、最前方で両腕を
最高速を維持したまま、ヘリオの炎身はトロルの肉体へと衝突した。
地を削りながら10メートル近く後退させ、熱エネルギーと運動エネルギー喰らわせる。
トロルの肉体は再生しながらヘリオを標的と見定め、高圧胃酸カッターを放った。
「ッアあ!」
ヘリオは身をよじって躱すが、僅かに飛び散った胃酸によって軽鎧は溶解し鼻につく。
巨大な一ツ瞳はさらにヘリオを追って、二発目の胃酸が広範囲に放たれた。
既に新たな鬼火を5つ収束させていた刃を、ヘリオはすくい上げるように地面へと突き刺す。
「
刀身から地中に伝わった炎は、鋭い牙のように噴き出てトロルを貫く。
ヘリオ自身は後退しながら、残る2つの鬼火で"炎壁"を展開し胃酸を蒸発させた。
大きく間合を取って
それはヘリオの今の心情を、如実に表しているようであった。
「っべぇ……ここまで硬ェ上に治るとか、反則だろ」
トロルは立ち止まったまま、焼けた細胞も難なく再生させていく。
相性が悪いのを差し引いても、彼我の戦力分析が足りなかったかも知れない。
「ほう……珍しく苦戦しているようだな」
「うるせぇよ、今考えてる」
道中のゴブリンの首を飛ばしながら、一足先に追いついてきたグナーシャもトロルを睨む。
パラスとカドマイアは、まだ後方でもたついているようであった。
「単純火力だけなら最強のお前がきついのであれば……我では無理か」
「だろうな、まっ倒さずとも足止めすりゃ十分らしいが」
ジェーンが最高戦力の一人だとオレをここに
「呼ばれず飛び出て、スズちゃん参上ぅ!」
スタリと着地しながら、神出鬼没の極東忍者が現れ出でる。
「よう使いっ走り」
トロルを倒しきれぬ苛立ちと焦燥を、ほんの僅かに込めて皮肉る。
「うはは、言うでござるねぇ。ベイリル
スズは一笑に付すと、再生を終えて進み出すトロルを一瞥し、視線を戻して話し始める。
「ゴブリンやオークらは"
「知ってる」
誰あろうベイリル本人に、子供の頃に語って聞かされた話の一つである。
克服するまでえらく時間が掛かってしまったものだ。だからこそすぐにわかった。
「なぬっ左様でござるか。原因は"キセイチュウ"らしいでござる、間接攻撃が吉だそうな」
「寄生虫だあ? 虫、か……まあ直接攻撃だろうと気ィつけりゃいいってことだな」
ヘリオは幼い頃に、ベイリルに語って聞かされたことを思い出しつつ照らし合わせる。
「それとトロルは
「簡単に言ってくれるぜ」
恐らくやれないことはない。ただし残る魔力をすべて使い切ってしまうだろう。
無論その時点で仕事は果たしたわけで、残るは任せて撤退してもいいのだが……。
「おうスズ、ベイリルはもうトロル倒したのか?」
「ベイリル
心の中でヘリオは舌打った、ベイリルが余力を残してトロルを倒していることに。
ベイリルは常識の枠に当てはまらないとはいえ、それでも風属を基本としている。
魔術の通念として、火属こそが単純火力においては最強とされている。
炎がもたらす印象は非常に強く――それが魔術にも大きく影響されるのだ。
アイツが言ったことだ、本人はきっと
ベイリルより出遅れている……しかも討伐をやってのければ余力などなくなる。
「それと操っている大元がいるらしいでござい」
「大元……?」
改めて考えれば当然だった。ゴブリンにオークが混じっていて、トロルまでいる。
軍団を形成しているのだから、その中心に
「最後に――『無理はしなくていい』だそうでござるよ?」
「ぁア"?」
ヘリオはそのまま伝えているだけに過ぎないスズを、恫喝するように凄む。
とはいえスズもその手のことは既に慣れっこなので、いまさら何も思わないようであった。
「あークソッたく……よう」
毒づきながらも――口元には笑みが浮かんでいた。
わかりやすい挑発。
オレがやれるということを信じて、ミエミエにオレの炎を煽ってやがる。
それにまんまと乗せられてしまうオレも、結局単純でお見通しなのだ。
一歩一歩、着実に踏みしめるように足を前へと運ぶ。
ベイリルはまだ先を行っている。
しかし比肩してやろうじゃないか、超えてやろうじゃないか。
(オレだけの道を――自ら作り歩んで、なァ)