異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
「隊列! 構ぇえ!」
戦列を組んだ兵術科の生徒達が、統一された動きによって迎撃の態勢を取る。
最前列に盾を構えて、次に槍を突き出し、少し離れた3列目には魔術部隊。
さらに離れた最後列の弓隊へ、ジェーンは命令を響かせる。
「弓つがえ、引け! そのまま……――」
数十人の弦が引き絞られる。
確実に近づいて来るゴブリンとオークの混成軍。
生徒の多くが初めての実戦なれど、しっかりと形に成っていた。
(ふぅー……――)
心の中で深呼吸をしながら、ジェーンは昂ぶった気を鎮める。
魔術を使わないゴブリンら魔物の相手であれば、こうした原始的な戦術で事足りる。
まだまだ練度の足りぬ生徒で戦争する場合、最も安定する形になるのである。
本来なら地属魔術士らの手によって、防壁・塹壕・地形罠なり……。
迎撃に適した、防衛用陣地の構築をしたいところだった。
しかしそれほどの実力があるのは、魔術科ないし後軍の上級生ばかりである。
前軍のみにおいては、後方の補給・衛生拠点への防備に当てるだけで精一杯。
唯一苦もなくやってのけるリーティアも、自身の魔術具調整で忙しそうにしている。
それに左翼に少数精鋭で割り振った以上は、妹に余計な魔力を消耗させるわけにもいかない。
なんにせよ与えられた手札で勝負するしかない。
幸いにも自身を含めてジョーカーは潤沢、エースも備えている。
不穏ではあるが、さらなる不測がない限り負ける要素など……ない。
「放て!!」
充分に引き込んだところで矢の雨が戦場へと降り注ぐ。
そこでようやく異変に皆が気付き始める。
――矢が刺さったまま、魔物は一匹も倒れることなく進み続けていた。
無数の矢に曝されて、ハリネズミのようになったゴブリンも歩を止めることがない。
矢を抜くようなこともしないまま、ただただ真っ直ぐ向かってくる。
それはげに恐ろしき想像を、いくつも掻き立てた。
(何が起こってるの……?)
大きな動揺が軍全体に走る。ともすれば群集心理が、悪い方向へ働きかねない。
悪いことは重なるというのか、この後に及んで特大の不確定要素が出てくるなんて……。
「……魔術部隊詠唱! 順次放出!! 弓つがえ引け!」
今はまだ、継続的に命令を出し続けねば――
ひとたび恐慌状態に陥れば……軍は崩壊してしまうだろうと。
放物線を描くように4属の魔術が飛んだ。
これには流石に行動不能となるゴブリンもいくつか見える。
倒せない相手ではないということは確かである、それは軍の士気にも影響する。
「二射、放て!!」
魔術が
全く怯む気配のない敵軍は、いよいよもって眼前へと迫りつつあった。
「接敵! 槍上げえ! 弓隊白兵用意!」
ぶわっと槍が空へと向かうように振り上げられる。
間断なく声を張り続け、士気を一定のまま保たせる。
「盾逸らし!! 槍叩け!!」
振り上げられた長槍が、前衛と盾の隙間に通しつつ……敵陣へと勢いよく振り下ろされる。
鈍い音と共にゴブリンらの肉体はいくらかがひしゃげ、動きが止まる。
「盾受け! 槍迎え!! 魔術詠唱開始!!」
盾は再び前方へと向けられ、敵軍を押し止める。
しかし
「前進
前衛の戦列が一歩だけ進むと、盾と衝突する音が聞こえる。
敵中衛が魔術で迎え撃たれ、原型が破壊されつつも攻撃し続けるゴブリン達。
「ひっ……」
敵を視界に捉えている槍兵の一部から声が上がる。
行動不能になったゴブリンを踏み潰し、押しのけるように進むオーク。
その振るわれる棍棒は、盾部隊であっても何度も受け止めきれるものでもない。
殺しても……死なない。あるいは死にながら、生きている。
動かないのも散見されるが、それ以上に多すぎる。
恐怖が伝染する――戦列の一部が崩壊すれば、恐慌によって瞬く間に瓦解するだろう。
まだ入学して1年か2年そこら生徒ら、しかも初陣。あまりにも荷が重かった。
こうなればもはや打つ手は一つしかないと、判断を下す。
左翼と同じ――
その瞬間であった。空気を引き裂くような音響が鳴り渡る。
赤い影がオークの首を飛ばし、最前衛へ踊り出でていた。
それはジェーンの決断と同時であり、ジェーンの命令よりも先に動いていた。
「てめェら、ちったぁ気合入れろぉ!!」
キャシーが空気を震わすような
「槍隊、後退
命令を発しながらジェーンは、馬の背でしゃがむような姿勢を取る。
なんとか整然さは保ったまま後退する兵術科の生徒を眺めながら、自身も詠唱を開始する。
「氷晶よ、我が意に倣い形を成せ――」
ピキピキと凝結した氷が槍となり、円形放射状に十本ほど頭上に展開する。
続いてジェーンの左手にも氷槍が握られ、右手には丸盾が形作られた。
さらに鎧・籠手・具足と肉体の主要箇所を氷が覆っていき、"武装氷晶"は完成する。
「元カボチャどもォ!! やれンなあ!?」
「やれます!」
「っっ――うっす! 姐さん!」
「しゃっあああ!!」
キャシーの叫びに、兵術科の中の生徒が何人か呼応する。
その熱気にあてられるように、周囲の生徒の恐慌も薄まっていく。
逆に敵には恐怖が全くない。本来あるはずの感情が全く感じられない。
こういう既存の戦術よりも、手っ取り早く撃滅するが適確なのはもはや明らかであった。
馬から軽やかに跳躍したジェーンは前衛の盾隊を飛び越え、着地地点のゴブリンを蹴散らす。
ジェーンは一息をついてから、ゆったりと……それでいて力強く
それは"歌唱"という形をとった、明確な魔術の詠唱。
戦場に響き渡る調べに合わせるように、放射状に展開していた氷槍が個々に舞い踊る。
それは戦場らしからぬ、一つの舞台劇を見せているようであった。
味方を巻き込まぬよう繊細に、しかして鋭く敵を屠っていく。
斬り、貫き、砕き、縫いつける。続けることで見えてくる。
魔物の動きの差――どこを破壊すれば、完全に動かなくなるのかということが。
その歌と、その強さと、その美しさに……味方の戦意も戻り、士気も上がっていく。
鼓舞であり、激励であり、応援であり――戦うことへの煽動。
かつてベイリルが言っていたことがある――"戦争なんかくだらない、歌を聴け"、と。
歌が……文化こそが、種族を超越した橋渡しをすることもあるのだと。
音とは何も戦場における指示だけに使うものではないのだと。
足裏を氷で常時コーティングしながら、滑走するように戦場を舞うジェーン。
女性特有の柔軟性と可動域の幅を活かした動きは、全身をバネのように連動させる。
円を描くような緩急無尽の攻勢は、止まることなく敵を崩し破壊せしめる。
さらにキャシーが目についた討ち漏らしを、見る端から仕留めていく。
死ににくいが意思がなく、動きの鈍い敵混成軍の第一波は、ほどなくして殲滅された。
◇
「各小隊長は集合! 他はその場で休息!」
ジェーンはそう命令を発し、魔物の死体を眺めながら戦闘の感触を思い返す。
("
幼少期よりベイリルに語って聞かされた、多様なオトギ噺の数々。
ヘリオは冒険活劇が好きだった。リーティアはSFが好きだった。
そしてジェーンは……ホラーやサスペンスに妙に心がそそられたものだった。
ゆえに戦っていて気付いた。その挙動はまさに、ゾンビそのものなのではないかと。
考えを整理しつつ、集まった小隊長達へジェーンは次の指示を出す。
「第二波の攻防において、私はトロル討伐へ向かいます。よって各小隊長へ指揮権を移譲します。
各員が分隊規模で適時抗戦し、魔物を討伐してください。皆さんの判断で撤退して構いません」
第一波を退けた時点で、完全撤退のリスクも大幅に減った。
しかし軍には今勢いがある。後軍の合流を待たず、敵を減らせれることができれば――
それだけ村への救援部隊を増やすことも可能となる。
「幸いにも魔物の動きは緩慢で御し易いです。ただし頭を潰すことだけ徹底してください。
それと噛まれたり、口腔や傷口から返り血を浴びることだけはないよう、心してください」
「それはどういうことでしょうか?」
不可解な命令に質問が飛ぶが、理解させられるほど説明するほどの暇はない。
「詳しくは長くなるので割愛します。後軍が合流したら、後軍指揮官の判断に従ってください」
いまいち不明瞭なことが多かろうと、それ以上の疑問の差し挟みはなかった。
それもひとえに、ジェーンの人柄と実績によるものに他ならない。
穏和で分け隔てなく、誰とでも接してきた。
誰彼構わず世話を焼いて、皆を引っ張ってきた。
種族差が顕著に出る成長期に、ただの人族でありながらも努力によって補ってきた。
誰もが知っている。誰もが認めている。彼女こそが指揮官に相応しいことを――
皆が皆たった今……陣頭に立って歌い、舞い、槍を振るう姿に魅せられた。
だから信じられる。命令があれば死ねる、とまでは言わない。
しかし彼女の判断によって、多少身を斬られることになっても構わないし厭わない。
誰あろうジェーンが最も――全身全霊を犠牲にしようとしているのだから。