異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
森の中にポツンと、木々が禿げた広場のようなものが存在した。
元あった木々は、根本近くから叩き折られている。
それらは端の一角へ乱雑に、山のように積まれていた。
「あなたが首謀者ですね」
氷で武装したジェーンは、歩いて近付きながら広場中央――
大木数本によって作られた丸太
「ん~? 誰だっけ、キミ?」
それはパッと見では……人間の女性のようであった。
少なくとも言葉を交わすことができるだけの相手。
「初対面ですが――」
「はは~……そうか。ここまで辿り着くなんて、こんなにも早く来るなんてビックリだ」
青白い肌にボロい麻のローブを着ていて、ボサッとした黒髪が腰元を超えて伸び切っている。
広めの目元に鳶色の三白眼は、心底興味深そうにこちらを見つめていた。
「一応お尋ねしますが、魔物の支配を解いてくれませんか?」
「……興味深いなあ、実に興味深い」
ジェーンは自身にとって、対応しやすい位置に立ちつつ次の言葉を待つ。
「よくわかったものだあねえ、勘にしては些か良すぎる……どこで知った?」
チリチリと殺気立った女の
「ゴブリンとオーク、トロルまで組織だって動いていれば、自然と想像がつくと思いますが」
「まだ学生の割に優秀だなあ、それとも誰か入れ知恵してる奴でもいるのかなあ?」
目を細めつつジェーンは女の言葉を反芻した。
こちらが学園生であるということを知られている……。
支配している魔物から情報を得られたりできるのか。
学園生の遠征戦そのものが織り込み済みで、こんな事態を引き起こしたのか。
「ま……なんでもいいかあ。丁度いいからゴブリンがどう動いてたか教えてくれるう?」
積まれた大木の上から飛び降りた女は、首を傾けつつこちら覗き込む。
「ワタシが命じたのは、"死んでも戦え"だったんだけどお……ちゃんとしてたあ?」
「っ……」
ジェーンは思わず言葉に詰まってしまった。
「あんな下等魔物でも最低限の知恵はあるわけで、生物は本能的に死を恐れるわけだしい。
一体どこまで操れるのか、どこまでその意思を無視できるのか知るのは最優先じゃんねえ?」
何故こんなにも平然と――目の前の女の思考が理解できない。
未知であることが恐ろしいと感じてしまう。
「殺されるほどの痛みをもってして、戦い続けられるのか見てみたかったんだよねえ、あと耐久性」
今まで出会ったことのない、人格それ自体に畏怖を抱かせる人種。
「当然、試す数が多いほうが信頼性も増すわけだけどお……ねえ聞いてるう?」
「――最後通告です、魔物の支配を解いてください」
少し逡巡した後にジェーンはそう告げる。
すると女はにまーっと不気味に笑顔を浮かべた。
「そうだよお、そうだよねえ。キミから見ればワタシは敵だもんねえ、しょうがない」
女は少しガッカリした様子を見せてから、パンと一度だけ手を打ち合わせる。
「うん、なかなか意思もそうだし。せっかくだから操って聞き出してみるのもいいなあ」
左利きであるジェーンは右半身を前に、重心を低く中段に氷の槍先を真っ直ぐ向ける。
「人族相手には
敵は人災。この女を殺して、魔物の支配が解けるかはわからない。
だがそれ以上の追加の命令がないのならば、少なくともさらなる混乱は防げる。
ジェーンは"氷面滑走"ではなく全身の筋肉を爆発させて、大地を蹴り抜く。
一直線に、最短で、敵前まで――そこから枝分かれする無数の槍の軌道。
殺すことを全く厭わない、あらゆる急所を穿たんとする神速の槍撃――
敵を眼前まで捉え、迫っていた――
はずだったが……気付けば遠く、女との距離が大きく離れていた。
敵が高速で移動したわけではない……。
自分が遠くぶっ飛ばされたのだと、一拍遅れてから気付く。
体に鈍い痛みが走り、氷槍と氷鎧は砕け散っていた。
木を背に座り込む形で、目が僅かに明滅し霞む。
映るシルエットはさきほどまでと違い、女の左腕は異様なまでに"肥大化"していた。
("あれ"で……殴られた?)
それはトロルのそれとひどく似ていた。不釣り合いなほどの筋肉の"巨腕"。
さらにズルズルといくつもの節が連結された、虫のような尾が背中側から生えている。
「慣れてないからつい
ジェーンは氷槍をもう一度作り、杖がわりにして必死に立ち上がる。
しかしカウンターの形で、まともに喰らった衝撃は全く抜ける気配はない。
「いいねえ、肉体も頑健ならやれる幅も増えるというものだあ」
氷の結合が不十分で今にも槍は折れそうだったが、敵は容赦なく距離を詰めてくる。
それでもジェーンは意志まで折ることは決してなかった。
「人型のキマイラ……ッ」
「そのとおり~その驚いてくれる表情、ワタシが一番好きなやつ」
どうにかして目前の害意から逃げる道を見つけようと頭を巡らす。
しかし思考がどうにも上手く回ろうとはしてくれなかった。
「っ……ぐぅ……」
視界に
殴り飛ばされたが、それでも僅かに槍刃によって削ることができていた。
なけなしの集中力を絞り出しながら、ジェーンは魔術を放つ。
「汝が一部、自身を仇なす刃たれ――"凍血氷柱"」
キマイラ女のトロル左巨腕とは逆の、人間のままの右肩部の滲んだ血が凝固していく。
それは血液で形成された小さな槍となって、再生しつつある傷口から内部へ侵入した。
――魔力とは個人に貯留した時点で、基本的にその人にだけしか使えないものとなる。
シールフ・アルグロス曰く"色のようなものが付く"らしい。
よって通常は魔力が流れる肉体、その内部に対して直接的な干渉などは
触れる端から熱を奪ったりすることはできても、心臓を直接潰すなどは不可能だ。
しかし一度外部へと、漏出してしまったものであれば……その限りではない。
吹き出続ける血を、順次凍結させながら抉っていき、その肩から内臓深くまでを貫いた。
傷口と流血あらば、連鎖的に刺し貫いていく水属魔術――
ジェーンの気質からすれば……大いに使用を憚られる魔術。
だが相手が相手である為に、もはやそれを使うことに躊躇いはなかった。
「おっ? おおっ??」
現状を把握してないような声をあげながら、キマイラ女は肩口を見やる。
大きすぎる左腕では上手く届かないとみるや、蟲の尾をつかって引き抜くとそれを頬張った。
「味を見ておこう……うん、まっ美味くはないなあ」
バリボリと失った血を補充するかのように、己の血氷を噛み砕きながら呑み込む。
普通の人間であれば致死足り得る攻撃も、全く意に介した様子がなかった。
「昔の
キマイラ女は歩みを再開しつつ、急速再生させた右手をぐるぐると回す。
傷口はおろか内臓にも、もはや傷らしい傷は残ってないのかも知れない。
見た目はまだ人型を残していようと、実体は完全な化物であった。
「一矢報いても無駄、逃げるのも無理、さあてどうするう?」
ジリジリと下がりながら、魔術を詠唱しようとするが……もはやイメージが確立できない。
心臓の鼓動と共によくわからない魔力のうねりは感じるが、それだけだ。
痛みとダメージは深く刻まれ、ジェーンを縛り付けていた。
「いやいやどうしようもないっかあ」
ゆっくりと目を瞑って、ジェーンは覚悟を決める。
これは教訓である。見通しが甘かったことへの戒めとして。
たとえこのまま捕まったとしても、きっとみんなが助けに来てくれると信じる。
支配されようとも抗ってやる。尋問だろうと拷問だろうと耐えて見せる。
なにがなんでも生き延びてやるのだと――
「助けなんてこないんだから諦めなあ?」
その
「いるさっ、ここに