異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#69 人成獣 II

「助けなんてこないんだから諦めなあ?」

 

 巨腕を引きずり、連節蟲尾を振るキマイラ女。

 覚悟を決めて目を瞑っていたジェーンの耳に、風と共に届いた声。

 

 

「いるさっ、ここに一人(ひとり)な!!」

 

 よく知った声の(ぬし)たる"弟"はジェーンの前に立ち、その頼もしい背中を見せる。

 

「待たせたな」

 

 ジェーンの緊張していた体が弛緩し、涙腺が緩んでくる。

 

「誰だあ、オマエは?」

 

「貴様に名乗る名はない!」

 

 

 そう()は勢いでのたまうも、すぐに言葉を返す。

 

「――と言いたいところだがベイリルだ。あんたは?」

「んあー……名乗らせといて難だけどお、ワタシの名前は言えないかなあ」

 

「そうか……じゃあ"女王屍(じょおうばね)"とでも呼ぶとするか」

「じょおうばね……ふむふむう、なかなか気に入った。暫定的にその名で呼ぶといい」

 

 女王屍はそう答えてから、しばし考えてより続ける。

 

「しかし女王(・・)かあ――なるほど、キミどうやって知った?」

 

 

 とりあえず俺は相手から注意は逸らさないまま、無視をしてジェーンの状態を見る。

 

「大丈夫か? ジェーン。これ飲めるか? 自力が無理そうなら――」

「うん、大丈夫。ありがとうベイリル」

 

 ジェーンは渡された"ポーション"をゆっくりと飲み干していく。

 

 自己回復力を高める液状薬で、ハルミアから手渡されていたものだった。

 市場でも存外高価で貴重なものであるのだが、今が使うべき時なのは疑いない。

 

 

「さすがジェーン姉さん(・・・)だ、少し休んでていいぞ」

「っもう……本当に、こんな時にもお姉ちゃん呼ばわりして――」

 

 そう微笑みながらジェーンはしばしその場に座り込む。

 

(珍しく無茶したもんだな、"あいつ"の気性が伝染でもしたか?)

 

 ここに到着するまでの道すがらに遭遇した、"キャシー"を思いつつ……。

 俺はゆっくりと振り返って、女王屍の問いに答えてやる。

 

 

「ご丁寧に待っていてもらって、どうも。さてそれで――俺が知っているかだって?

 まぁ正確に言えば知っているわけじゃないが、理解(わか)ってはいると言えばいいのかね」

 

「ワカってるう? ますます知りたいなあ」

 

 俺はビッと女王屍を指を差すと、キメ顔で推理を披露してやる。

 

「お前が"支配種"。寄生虫を媒介にして、女王蜂のような一種の社会性を持たせた集団作ることができる。

 脳髄を侵された被寄生体は、死にながらも動く屍体となって簡易な命令行動に従う。

 その歪な左腕はトロルで、ムカデのような連体節の尾が大元の女王蟲のキマイラってとこか」

 

「ええっなんで? なんでそこまでワカる!?」

 

 

 女王屍はどこか嬉しそうな表情を浮かべ、こちらに食いついてくる。

 御し易いと言えば御し易い相手だった。こういった手合は"話したがり"なのだろうと。

 

 だからこそ引き出せるだけ引き出しておく。

 ぶっ殺す(・・・・)のはその後だ――

 

「次は俺の質問だ。そうだな……アンタの目的はなんだ?」

「ワタシは徹頭徹尾、実験しているだけだよお。あと検体収集もかな。それでなんでワカったのお?」

 

「未来予知の魔導師から色々教えてもらっていてな……似たような話から類推しただけだ」

「予知、ほう予知……それはつまらなそうだなあ、(おもむき)に欠ける」

 

「お前は何故ここを選んだ? 俺たち学園生を標的にしているのか?」

 

「理由はいくつかあるなあ。まず逃げ出したキマイラが、ここらへんで討伐されたって聞いた」

 

 

(冒険科で振り分ける為の適性試験で、ヘリオらが倒したって奴か)

 

 今の状況も巡り廻った因果ということか。

 何にせよキマイラを造り出す技術を持っている(やから)である。

 このまま放置したり、逃がしたりするわけにはいかない。

 

「研究も煮詰まってきたし、丁度時期が良かった」

「おあつらえ向きだった、と――」

 

「そうだあねえ、ワタシ自身も試したかった。自身を被検体にしたのは初めてだったし。

 大変なんだよ? キマイラとして混ぜた際に、理性を維持できるのって一種までだからさあ。

 だからまず再生に優れたトロルを混ぜて、その後に人間を混ぜて、その上でさらに寄生蟲を混ぜた」

 

 

 突っ込んで聞いてもいないおぞましいことも、女王屍はベラベラと話し続ける。

 それはまるで、褒めてもらいたい子供のようにも見えるようだった。

 

「ワカるならさあ、ワカるでしょ? これがどれほどのことかさあ!」

 

 好奇心や探究心とは、すなわち童心を忘れないことにあるのだろうかと。

 

「あぁそうだな、よくわかるよ……」

 

 童心――転じて新鮮味、それらが人生を彩る最高の刺激となる。

 諦観した人生より転生して、もう一度の幼少時代を体験して……認識させられた。

 

 いつまでも子供でいること。

 それが長く生きていく上で、最も大事なものなんじゃないかと。

 良い意味でバカになること、なれることが心身を大いに充実させる。

 

 

(少し惜しいが――)

 

 寄生虫にキマイラの研究、異世界基準でもぶっ飛んでいる才能。

 正直に言えば"文明回華"の野望の為に、引き入れたいという気持ちもなくはない。

 

 仮に現代知識の一端を授けたら――どういう発想に至るのだろうか。

 遺伝子分野などで、多大な功績を挙げてくれるのではないのかと。

 

 しかしてその行動は、人道に(もと)る悪鬼羅刹に他ならず……。

 外道にして邪道をゆく、人非ざる――ただの化物であることは明瞭であった。

 

 幸運だったのは今この場で――まだ研究初期の段階で、こうして接触できたこと。

 もっと深く研究が進んでいれば、ゴブリンゾンビなど下等魔物ではなく……。

 

(それこそゾンビ映画の世界――)

 

 人族すらも高度自在に操り、戯れで屍者の軍団を増やし続けていたかも知れない。

 

 

「うんうん気に入ったよ少年、それじゃあワタシの番だ。そうさなあ、う~ん……――」

 

 人格は破綻していると言っていい。それははたして生来のものなのか。

 あるいはキマイラとなって、一層拍車が掛かってしまったのか。

 

「別に聞きたいことはないなあ。ただワタシの研究に付き合わないかい? キミは特別待遇だ。

 それにせっかくだしい、その魔導師ってのとも会ってみたいねえ……どうかな? さてどうかな?」

 

 

(――こいつの手綱は……握れない)

 

 俺は手を顔に当てながら、酷く冷ややかな瞳でそう心中で呟いた。

 

 御し得るには些か狂い過ぎている。あまりに危険(リスク)が過ぎる。

 生じ得た場合の災厄規模は、国家や世界を滅ぼしかねない。

 

 その能力、欲すべきところだが……文明を押し進める方法は他にいくらでもある。

 

 ゲイルという出資者(パトロン)にして同志に恵まれ、"読心の魔導"たるシールフにも出会えた。

 魔導と科学の両方が合わさることで、当初考えていたよりも早く事も進んでいる。

 

 それにジェーンを傷つけ殺しかけた。その一点だけでも死に値していい。

 

 

「拒否しよう、俺には俺の成すべきことが山積みなんでな」

 

「あらら~残念、でもせっかくだ。聞きたいことはなんでも答えようかあ」

 

 へらへらと笑って女王屍は気にした様子もなく、問答を続けようとする。

 よほど気に入られてしまったのだろうか。それともこの手の会話に飢えていたのか。

 

 もっとも情報を得る為にも、ジェーンの回復を待つ為にも、好都合であった。

 

 

「お前は個人か? それとも組織か?」

()は個人だあね。最初こそ利用していたけど、煩わしくなったから潰しちゃった」

 

 可能であれば……シールフに読心してもらいたいところである。

 しかし彼女はいないし、捕獲するような余裕もないだろう。

 

 シールフの魔導は凄まじいが、脳の許容量(キャパシティ)にも限界がある。

 ただでさえいっぱいいっぱいの彼女に、さらに詰め込んでくれと頼むのは気の毒だった。

 

 

「村を襲うのは何の為だ?」

「検体収集」

 

 なにも俺とて聖人君子や、英雄・勇者の類を気取るわけではない。

 とはいえ私的研究の為だけに、無辜の人命を蔑ろにするような奴とは……。

 少なくとも現時点において、相容れることはありえないだろう。

 

「研究拠点はどこだ?」

「それはついてくるなら教えよっかあ」

 

 せめて研究成果を、リーティアやゼノに預けたいところだった。

 すぐには無理だろうがいずれそれらを解析し、役立てられる筈であると。

 騙してついていくというのは、流石に相手の拠点(ホーム)ともなると命の保証はない。

 

 

「研究の目的は? 最終目標はなんだ?」

 

「ふ……む――それは考えたことなかったなあ、いや昔はなんか目指した覚えあるんだけど。

 いつの間にか生活そのもの、日常になっちゃったし。完成も、終わりも、ないんじゃあないか」

 

「寄生虫の効果は?」

「研究内容については教えなあい、協力者になるなら別だけど」

 

 

(真に迫ったことは答えない、か――)

 

 女王屍は興に乗って、なんでも答えるとは言ったが……。

 それはあくまでこちらが、奴の側につくことが条件なのだろう。

 

「ふゥー……埒をあけるか」

 

 俺は一層深く息吹を重ねながら、女王屍の前へと立った――

 

 


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