異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#70 人成獣 III

「ふゥー……(らち)をあけるか」

 

「ん? ん? どういうことかなあ?」

 

 俺は一足飛びで距離を詰め、人語を解す異形を眼前へと捉える。

 

「少しだけ付き合ってもらおう、俺の我儘(ワガママ)に」

 

 喋りだそう口を開きかけた顎へと、俺は最速の動きで左フックを見舞ってやった。

 試さずにはいられなくなる。培った術技を気兼ねなし(・・・・・)に振るえる機会は少ない。

 

「……は? えっ」

「無抵抗でも、俺は一向に構わんよ」

 

 ――ジェーンの分を、まず返す。しかしそれ以上に……。

 

 

 準備(そな)え続けた実力、積み上げ続けた努力を存分に発揮できる幸せ。

 思う様に解き放つ喜びは――筆舌に尽くし難い。

 

「そおぅらららラララララララ――ッ」

 

 ――颶風百烈拳(ハリケーンラッシュ)

 風流によって回転を上げた拳を、一瞬にして打ち続け終える。

 それは一つの巨大な拳のような衝撃でもって、女王屍の全身を殴りつけた。

 

 女王屍の肉体は地面を削り下がりながら、左のトロル巨腕を思い切り振るう。

 こちらの攻撃をものともしない、硬質化したような"部分乾眠"状態での一撃。

 

 

「しゃあっ」

 

 しかしこちらもタダでは喰らわない。"風皮膜"で滑らせながら受け流す。

 さらに自ら回転した勢いを、全て集約させた"あびせ蹴り"を叩き込んだ。

 

 頭部を無防備に蹴り抜かれた女王屍は、体勢を崩すことなく立ち続けている。

 

「脳震盪もおこさんか」

 

 思っていたよりもずっと強い。見た目は人型でも諸々の構造は違うのだろうか。

 敵性戦力の底の見えなさに、僅かばかりの冷や汗が滲む感覚を覚える。

 

 

 しかしそれすらも緊張感(スリル)として、心地良く感じてしまう。

 我ながら……心の底から、御しにくい性格になってきたものだった。

 異世界の文化と死生観に、ついぞ慣れてきてしまっている。

 

 数多くの夢想の現実化と、それを実行する充実感――それ自体は大いに結構。

 しかし成長に伴って育まれた精神性。戦闘狂が如き性質(タチ)はご多分の例に漏れない。

 

 前世ではそれらしい体験などない。ついぞ味わうことのなかった娯楽と愉悦。

 本来邁進(まいしん)すべき目的すら(ないがし)ろにさせてしまう、麻薬のような陶酔感と中毒性。

 

 "(ちから)"に溺れるということが、いかに心地良く危険であるということか――

 

 

(知能を持ったトロルの寄生蟲付きと……)

 

 どれだけ闘争に熱狂しても、根っこの理性は冷静に状態を判断していた。

 手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に――その精神を思い出しながら……。

 

 部分的な乾眠硬質を使いこなし、柔軟な動きと(にぶ)く強靭な肉体と反応速度を持つ。

 "風皮膜"の下に重ねていた筈の"圏嵐層甲(けんらんそうこう)"も吹き飛んでいた。

 

 いわゆる爆発反応装甲から着想を得たもので、気圏に入った衝撃に自動反応して発動する魔術。

 圧縮個体化した空気の装甲を挟み込むことで、衝撃を受け止めると同時に局所爆嵐を発生させる。

 その際に発生した衝撃の全てを、風皮膜の流れに乗せてしまうもの。

 

 結構自信のある防衛魔術だったのだが、ただの一振りで剥がされてしまった。

 余った風が収束し新たに形成するものの、次に喰らえば幾許(いくばく)かのダメージは免れえまい。

 

 最悪ジェーンを抱えて逃げるということも、視野に入れつつも――

 

 

「ああーもう、いきなりなんなんだい?」

 

 女王屍は何事もないように、まるでこちらの術技が児戯であるかのような反応を見せる。

 それは酷くこちらの神経を――逆撫でされるような行為とすら感じられた。

 

「その、なんだ。言いたいことは……いくつか、あるんだが」

 

 男の子には譲れない部分がある。"安い尊厳(プライド)"にだってしがみつく。

 どんな人間でも"安い尊厳(プライド)"があれば何とだって、化物とだって戦えるものだ――

 

 俺の中には――もうどうしようもないほど、俺だけの自負が芽生えている。

 転生してより研ぎ澄ませてきた、絶対の矜持(きょうじ)というものが。

 

「まっ、一言で言うならあれだ――」

 

 人間……熱を忘れたらおしまいだ。それは前世でも思い知ったことだ。

 

 戦場の空気や、闘争のテンションにあてられただけでも。

 例えそれが命を賭け(ベットす)る行為でも、未来のことを考えぬ一時(いっとき)の感情でも。

 

本気(ホンキ)にさせたな」

 

 

 ズンッと左足を震脚で一歩踏みしめ、半身に構える。

 まだイケる。本当にヤバくなったら逃げるが、ここは踏みとどまれる時だ。

 

 無礼(なめ)てかかられた以上、一矢報いなければなるまい。

 ジェーンの分は、後で本人が直接(・・・・・・・)返せばいい。

 

 今は俺による俺だけの闘争。

 意志だけでなく肉体が……細胞全てが、戦えと叫ぶのだ。

 

 

空華(くうげ)夢想流・合戦礼法、奥伝――」

 

 魔力を加速させるイメージで全身に行き渡らせる。

 フラウのそれには遠く及ばないが、それでも練り上げてきた。

 

 後ろに引いた右拳を、左手でパンッと叩いて全身を躍動させ、(ねじ)るように連動させる。

 叩いた(がわ)の左手を返しつつ相手へと振り抜き、"風の拳"を当てて視界を一瞬だけ潰した。

 

 ――"音空波"。

 続けざまに増幅させた音圧波動による衝撃を、右拳と共に女王屍の顔面へ叩き込む。

 振幅する音の波は、余すことなく浸透するように……内部を直接的に震わせ砕いた。

 

 

「ごぅぶっはあ……」 

 

 女王屍も流石に呻き声をあげ、目・耳・鼻・口から血液が流れ出る。

 いくら再生できようとも、脳組織へダメージがいけばタダでは済むまい。

 

 反動による右腕の犠牲も小さくはなかったが、有効打となりえただけの感触はあった。

 

 一度ジェーンの近くまで距離を取って、俺は深く沈み込ませるように言葉を口に出す。

 

「俺の右腕よ、痛み(・・)を……を伝えるな」

 

「うぶっぐう……なんかの、おまじないかあ?」

 

 ゴボゴボと少し血が詰まったような声で、惹かれた興味を女王屍はつい尋ねてしまう。 

 

「魔力操法のちょっとした応用だ。思いついたことは……なんでも試してみるもんさ」

 

 

 ――痛覚の遮断。生物である以上、死ねばそれで終わりだ。

 異世界でも多分幽霊はいないと思うし、死ぬことそれ自体はまだいい。

 

 しかし生かされたまま、苦痛を味わわされ続けるのだけは御免こうむる事態。

 万が一捕まったりして、拷問など受けたらと想像するだけで……。

 

 そんな一心から、肉体感覚の制御・支配についても修練し続けた。

 ハーフとはいえエルフ種の肉体というものは、その手のことに優れている。

 

 実際にはアドレナリンやエンドルフィンなど、脳内物質も分泌されているだろう。

 なんにせよ取り返しがつかない怪我でなければ、ハルミアさんが治してくれる。

 

 

「試す、いいねえ。ワタシも絶賛お試し中だからさあ――」

 

 血を流したまま薄ら寒い笑みを浮かべて、今度はこちらの番だとでも言うように……。

 女王屍はトロル左腕を振りかぶり、蟲尾を鋭くこちらへと向けた。

 

 俺は頃合と感じる(・・・・・・)や否や、空気を弛緩させるように語りかける。

 

 

「少しいいか、女王屍」

「……なんだあ?」

 

 話し掛けたところで、女王屍は攻撃の手を止めてしまう。

 本当にムラッ気の強いことだった。

 

 俺はちょいちょいと女王屍の後方を指差してやる。

 

「後ろ後ろ」

 

 

 首を傾げつつ女王屍は振り向くが、何もなかった――

 

「ごあっ……――」

 

 しかしすぐさま落下する影によって、背面上空から斬り裂かれていた。

 

「よーおベイリル、コイツぶった斬って構わなかったよな? 見るからにやべえし」

 

 女王屍の右肩口から腰まで開かれた断面には、炎が踊っている。

 落下斬撃を放った当の本人は、収束させた刀身の炎を振って消していた。

 

「ぁはあ!」

「ヘリオ()けろっ!」

 

 

 俺の叫びに瞬時に反応したヘリオは、反射的にこちらまで距離を取る。

 一瞬前まで立っていた場所に青白い巨腕が薙ぎ、地面が豆腐のように削り取られた。

 

 火と熱を帯びた断面も、関係ないといった(ふう)に、ズグズグと癒着し再生し始めている。

 

「クッソ、あれで仕留め切れねンかよ」

「トロルも混じったキマイラだからな」

 

「まったく誰だよお、オマエいきなりやってくれてえ。でもちょーどいいか……この(にく)を試すのには――」

 

 

 そう言いつつも女王屍は、攻め気をまだ見せてはこない。

 蟲尾を振って牽制しながら、自身の再生を待っているようであった。

 

 ヘリオを落とした後に、近くまで降りてきたルビディアは気持ち悪そうに言う。

 

「うわっ……あれが親玉?」

「ルビディア先輩、無事だったんですね」

 

「もっちのろん」

 

 怪我の様子を尋ねてみたが、特に問題はなさそうな様子であった。

 そもヘリオを抱えて飛んできたのだろうから、心配するようなことではなかろうと。

 

 

「差し支えなければ、後方の森の中にキャシーいるんで助けといてくれますか?」

「へっ? キャシーになんかあったの?」

 

大事(だいじ)はないです、ただ連戦に次ぐ戦闘と消耗で休んでるようなので」

「オッケー了解! 彼女には落ちたところ助けられたから、もう借りを返せる」

 

 

 ルビディアは意気揚々と、低空飛行で森へと突っ込んで行った。

 既に女王屍も再生が終わって、万全の状態になったところで口を開く。

 

「えっとキミ名前なんだっけ……いいや。敵対、でいいんだよねえ?」

 

「まぁそうだが……ただもう少しだけ待ってくれるか」

「何を?」

 

役者が揃う(・・・・・)のを、だよ」

 

 

 そう言ったところで、タイミングを見計らったかのように森の奥から人影が飛び出す。

 急ブレーキをかけながら、狐耳をぴょこぴょこと動かした少女は隣へと並ぶ。

 

「ウチ間に合った! ……のかな?」

「あぁリーティアのおかげで、俺が先に間に合ったから問題ない」

 

 ポフッと、妹リーティアの頭を撫でながら俺は言う。

 

「えっ……? あぁ、"アレ"の原理わかっちゃった?」

「聞こえたからな。犬笛みたいなもんだろう? 渡された"お守り"が壊れた時に、鳴るようになっていたと」

 

 その言葉を聞いていたジェーンはふと体を探る。

 開戦前にベイリルが届け、懐に入れていたお守りが……確かに砕け散っていた。

 女王屍に一撃をもらった時に、知らず助けを呼ぶ形になっていたのだ。

 

 

「オレには聞こえなかったんだが」

「だってヘリオは鬼人族じゃーん」

 

 耳の良い獣人種であれば、恐らくは概ね聞こえたことだろう。

 ハーフエルフでも戦闘中の魔力強化のおかげか、僅かにでも聞こえたのは僥倖だった。

 

「まぁ空から見つけたんだから結果オーライだ」

 

 飛行型キマイラを早めに駆逐しておいて正解だった。

 キャシーも助けられたし、ルビディアが飛行してヘリオが届けられた。

 

 

「それでえ……役者とやらは、揃ったかなあ? ガッカリさせないでよねえ」

 

「もうすぐにでも整うよ、なぁジェーン姉さん(・・・)?」

「大丈夫? ジェーン姉ぇ」

 

 ポーションと問答の時間稼ぎのおかげで、ジェーンは十分回復はしていた。

 でもせっかくだから……少しだけ欲を見せてもバチは当たるまい。

 

「あーあ、ヘリオも昔みたいに呼んでくれたらなー。(ちから)が出るのになー?」

「はあッ!?」

 

 俺とリーティアの視線が突き刺さったヘリオは、逡巡した後にボソリと呟く。

 

「ッ――ジェーン……姉ちゃん」

 

 ニコリと笑ったジェーンは飛び上がるように立って叫ぶ。

 

「お姉ちゃん復活ッ!」

 

 俺とリーティアの(あいだ)に入り、一列に並んだ4人は女王屍と相対す――

 

 

 

「ったく、てめェらは……。にしても肩並べて戦うなんて、一年振りくらいかァ?」

 

「そうかも、もう負ける気がしない」

 

「ウチも本気出しちゃおーっと」

 

「さって、女王屍。存分に御覧(ごろう)じろ、その身をもってな――」

 

 


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