異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#72 四重奏 II

 それは実際に温度が上がっているのか、単なるイメージによるものなのか。

 ベイリルの酸素濃度操作によって、刃の上で揺蕩(たゆた)う蒼く幻想的な鬼火。

 

 ヘリオは刀剣に収束させた蒼炎を、リーティアが作り出した岩盤へと勢いよく刺し込む。

 ガキの時分ではトラウマにもなっていたその蒼炎は、岩を飴のように溶かしきる。

 

 刺し込まれる瞬間に跳んでいたリーティアは、空間を()ねるように両手を動かしていく。

 実際に掴まれてるかのように溶岩が蠢き立ち、周囲の大地を巻き込み溶解した。

 

 ヘリオが防壁として作った溶岩まで範囲を拡げつつ、それは意思ある津波と化す。

 

 赤黒く熱と質量を多分に含んだそれは、怒涛の勢いで女王屍へと向かっていった。

 

 

「そぉーれ!」

 

 溶岩津波はリーティアの意思と手の動きに沿って半包囲し、そのまま瀑布のように押し潰す。

 超音速氷礫弾を喰らった衝撃で動けぬ女王屍は為す術なく、その身を無防備に焼かれた。

 

 溶岩を圧縮しながら山のようにし突き上げ、そこにベイリルが風属魔術で迎え撃つ。

 

「刈り払え、"雲身払車(うんしんほっしゃ)(ソー)"」

 

 微細な風の刃を円形状に高速回転させて、チェーンソーのように削り刻む。

 真上へ向かう溶岩と、真下へ向かう"風鋸"とに挟まれ、強靭な女王屍も確実に切断されていく。

 

 「せぁあ!!」

 「ッオラァ!!」

 

 ジェーンとヘリオの声が重なった。

 左右斜めの中間距離から、それぞれ武器を投げ放つ。

 

 純氷槍は尾の先端部に突き刺さり、その部分から蟲尾を凍結させていく。

 再充填した赤い炎を収束付与し赤熱した刀身は、トロルの硬腕を貫通し内部から燃やす。

 

 

 恐るべきは……それでもまだ、原型を保っていたということである。

 尾と左腕を潰され、肉体も半分以上削られ分断されそうになっていようとも。

 

 トロルと寄生蟲を取り込んだ、純粋なトロル成体すら超越した再生力。

 途切れることなく肉片をぐじゅぐじゅと泡立たせて、肉体を治そうとしていた。

 

 しかし先んじて"音空波"によって脳ミソにぶち込んでいた(くさび)

 さらには強引なキマイラ変態の所為か……機敏さが失われているように思える。

 

「学園生程度なら、(てい)のいい試金石だと高を括ったんだろうが――」

 

 フリーマギエンスが存在したことが、運の尽きと断言し得よう。

 

 

 ベイリルは冷えた岩石の上――女王屍の前へと立った。

 直視するのはなかなかきついものがあったが、こちらへとひん剥かれた眼を見つめる。

 

まさか(・・・)ってな、思っているだろう。まさかこの"ワタシ"がって」

 

 尾と腕の再生が済んで使い物になるまでは、もう一度白兵戦もやれるだろう。

 しかし流石にもう、それだけの余裕を見せることはない。

 

(ミョー)なタイミングが重なって、重なれば、こんなものだって、あぁやっちゃったなあ……」

 

 眼は見開かれてるが、声は絞り出したくでも出せないようだった。

 耳が機能しているのか、脳が正常かすらもわからないがそれでも宣告する。

  

「――って思いながら、死ね」

 

 

 ベイリルは岩の上から後ろに跳びつつ、開いた腕を交差させ竜巻を発生させる。

 あんな状態でも、時間が経てば再生しきってしまうだろう。

 

 だから――細胞一つ残さず、余さず、完全に、消し飛ばす。

 

「みんなあれ(・・)をやるぞ!」

 

「あれ?」

「アレェ?」

「あーれー?」

 

 ジェーン、ヘリオ、リーティアの……あえて(・・・)の声が重なる。

 

「決まってるだろ――」

 

 ベイリルは今一度、不敵に笑って叫ぶ。これこそが本懐であるといった(ふう)に。

 

 

「合体技だ!!」

 

 ベイリルの竜巻を起点にした、4人連係併せ技は一つ。

 

 ジェーンは純氷盾を上空高く放り投げた。

 さらに分解し粉々に砕きながら、氷粒をさらに追加で形成していく。

 

「燃えろ! 燃えろ燃えろ燃えろ燃えろぉォオ!!」

 

 冷えた岩石を砕きながら巻き込んでいく"竜巻"に、ヘリオが鬼火を次々と突っ込んでいく。

 ヘリオの魔力が空っぽになるまで、炎の嵐は巨大化していった。

 

 

「んんーんーん~……うん!」

 

 リーティアは地面へと両手を当て、遠隔で金属質の地殻礫を混ぜ込んでいく。

 上昇気流凄まじい炎熱竜巻の内部に、女王屍を留め置きながら……細かい礫片で刻んでいった。

 

「我が声に乗り舞い踊れ白雹(はくひょう)。されば我が敵を喰らう天威たれ――」

 

 指向性炎熱竜巻の上空に発生させていた雲の中で、氷の粒が高速で暴れ回っていた。

 摩擦によって帯電し、確実に蓄積されていく――

  

「"雹衝雷導(ひょうしょうらいどう)"!」

 

 

 ジェーンの言葉と共に、一筋の雷光が誘導されて竜巻の中心部へと落ちる。

 雷は地殻礫によって大地へと逃げるには至らず、女王屍を肉体を通り続ける。

 

 鋭く収束しながら撹拌させる竜巻。

 際限なく燃焼し続ける炎熱。

 氷粒摩擦で発生した雷撃の暴威。

 電撃を誘導し骨肉刻む地殻礫。

 

 まともに喰らい続けて耐えられる生物など――異世界でもいない、と思いたい。

 

 

 ベイリルは傷んだ右手を顔近くまで挙げ、立てた人差し指と中指を振り下ろす。

 

「さよならだ」

 

 四つの魔術が織りなした特大の災害は、一気に収斂(しゅうれん)し――

 

 支配種たるキマイラ――女王屍は、塵一つなく昇華したのだった。

 

 

 

 

「いやぁーたまには全力全開ぶっぱも気持ちいいね!」

 

「あーーー……オレぁもう、完全燃焼で動く気起きねえ」

 

「欲張らず今はこれで上等か、まぁいい」

 

 リーティアは地面にあぐらをかいて座り込み、ヘリオは大の字に寝転がる。

 ベイリルは右腕に障らぬようその場に立って、しゃがんでいたジェーンは顔を上げる。

 

「ありがとう――ベイリル、ヘリオ、リーティア。それとごめんね」

 

 事が終わってからジェーンは改めて家族へとお礼を述べ、そして謝る。

 

 

「どういたしましてー、ウチもお守り作っといた甲斐があったよ~」

「はっ! オレらの誰が危機(ピンチ)でも、同じことなんだからいちいち気に病むな」

「親しき仲にもなんとやらだが――まぁ迷惑くらいなら、いつでも掛けろ」

 

「でも私が突っ走っちゃった所為もあるから……」

 

 ジェーンも結局のところ、自分の力量を試したい気持ちがあったことは否定しない。

 規模の大きい実戦指揮は、初陣のようなものだったとはいえ……。

 

 自分の新たな側面を垣間見たと同時に、迷惑はまだしも心配は掛けないようにとも。

 

 

「結果論だが……これで良かったよ。これ以上感染拡大することもないしな。

 実験データだけまんまと集められて、トンズラされたら目も当てられなかった」

 

 本来であれば陣営に取り込むか、もしくは研究所とデータを掠め取りたかった。

 しかし話していた限りでは、あの破綻者にまともな期待はできないし困難である。

 

 同時にあんなヤバい奴を放置すれば、後々に"文明回華"の大きな障害と成り得た。

 

 マッドサイエンティスト本人も、キマイラとしての融合と進化と変態するほどの異様。

 寄生蟲の利用とその完成度、世界を滅ぼしかねないほどの特大厄災に成り得た。

 

 ゆえに殺すのが、情報を得られないあの場での最適解。

 その判断は間違っていないと確信している。

 

 何もかもを思い通りに得られるわけではない。

 むしろ今までがトントン拍子すぎたのだ。

 

 

「運も実力の内ってやつだねー」

「気ィ張り過ぎだ」

 

「ん……」

 

 ジェーンはほっと胸を撫で下ろすように、微笑みを浮かべてから頭を切り替える。

 

「他の戦局はどうなってるかわかる?」

 

「左翼はフラウ義姉ぇに任せてきたからだいじょーぶ」

「右翼もまあ、残党程度なら問題ねェだろうよ」

「中央もパッと見では大丈夫だろう、ルテシア先輩ら後軍も合流していたし」

 

 既にこれ以上の統制が取れない上に、鈍感・緩慢なゾンビ軍。

 トロルも行動不能だし、精々がオークに注意すればいいくらいである。

 

 

「うん、それでも不測続きだったからどうしてもね――」

 

オレたち(フリーマギエンス)を信じろよジェーン」

「ヘリオいいこと言う~」

 

「そうだろそうだろ」

 

「まぁ村方面は俺たちの誰もいないんだけどな。スィリクス会長が先行したらしいが……」

「たまにいいこと言ったと思ったら、的外れだ!」

 

「リーティアてめっ!」

 

 サッと俺の後ろへと、リーティアは隠れて様子を窺う。

 立ち上がろうとしたヘリオは、ジェーンにそっと手を添えられ止められた。

 

 

「戦力は十分なの?」

「ガルマーン教諭も共に向かったそうだから、トロルも大丈夫だろう多分」

 

 ベイリルは希望的観測も交えつつ、スズから聞いていたことを伝える。

 

 ガルマーンの正確な力量は定かではないものの、仮にも英雄コースを指導する立場。

 トロルだろうと倒すくらいではないと、正直なところ名折れだろう。

 

 余力はそんなに残ってないし、ここは素直に任せておくしかない。

 

 

「スィリクス会長も先の遠征線の経験者だし、なんのかんの優秀な人だ」

 

「ベイリル兄ぃって、結構あの人評価してるよねー?」

「あの野郎、いちいちオレらの活動に茶々入れてきてウッゼぇんだよな」

「い……一応は私と指揮権を二分(にぶん)する、後軍軍団長だからね」 

 

 ジェーンが少し困ったような顔をしているが、ベイリルもそこは否定しなかった。

 

 

「まぁ面倒な人だな」

 

 と言いつつも、どこか小物臭く悪人になりきれないスィリクスはどうにも憎みきれない。

 生徒会権限を振りかざすものの、本当に悪辣なことはしてこない。

 

 彼には彼なりの一貫した矜持がある、であればそこは美徳と言えよう。

 

 

「なに村民の退避を徹底しつつ、部隊も退却を優先するだけ。そう難しいこともあるまいさ」

 

 


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