異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
「徹底抗戦だ! 死守するぞ!!」
スィリクスの命令が飛ぶ。村への援軍は間に合った。
拙速ではあるが、可及的速やかに行動したおかげで猶予もあった。
30人ほどの内10人は専属冒険者と共に避難誘導。
残る20人はスィリクスと共に、防衛線にて魔物と戦う。
人命のみを優先するのであれば、即時退避が至上である。
しかし
人の心とは……その土地に根ざしたものなのだ。
そこを離れるということは、身を切られる苦痛となんら変わりない。
そういった機微をスィリクスは理解していた。
だからこそギリギリまでは粘って戦おうという判断を下した。
(恩を仇のようにして返すなど、私にはできん)
前回の遠征戦において、若きスィリクスは不覚を取った。
その時にこの村の人々が良くしてくれたことは、決して忘れていない。
あの経験があったからこそ、今の自分を形成しているのだと理解している。
エルフ至上を
しかし防衛戦はスィリクスの危惧とは裏腹に、呆気なく終結してしまった。
抵抗が少なく、崩れるようにあっさりと倒せていってしまったのだ。
自身の成長とは別にして、かつての遠征戦の折に感じた脅威は全く感じなかった。
不可解な点は数多く残るが、それでも村と民が無事であることに安堵した。
村への防備に生徒らを残しつつスィリクスは、ガルマーンとトロルの戦域へと馬を走らせる。
しかし到着するよりも前に、戻ってくるガルマーンの姿があった。
「ガルマーン教師! トロルは
「あぁ
「こちらは無事終結を見ました、村の人々は全員無事。我々の戦果です」
「そうか、村はお前たちに任せていいか?」
「では私も本陣地へ――」
「いやまだ何が起こるかわからない、オマエはここで指揮を
スィリクスはしばし
「確かに村の安全を最優先するのであれば……」
意思を確認したガルマーンは頷いて、主戦場の方角へと全力で走り出す。
走りながらガルマーンは実感する。
トロルとの闘争は久々に昔の自分を思い出せた。
死闘ではあったが、それだけに得られ――取り戻せたものも大きい。
自分の命を、死との境界線上に置く感覚。久しく、そして懐かしい。
もしもまだトロルが残っているのであれば、生徒を
消耗しているこの身だろうと、いくらでも
それが教師としての――大人としての責任。
この戦場において自身が為せる最大限の義務であるのだと。
◇
言い訳になってしまうが、万全であれば勝てたと思っている。
ジェーンに格好つけて"アタシに任せて先に行け"などと言った手前……。
我ながら醜態とも言えた。今にして考えれば、敗北要因は色々あった。
飛行型キマイラは厄介だった、空から一方的に攻撃してくる。
対空攻撃手段に乏しいが、取り付けばなんとかなるだろうと楽観視していた。
戦場を駆けずり回りっ放しで、疲労と消耗によるペース配分をしくじった。
それでも出した言葉を引っ込めるわけにはいかず、食い下がり続けた。
そうしてキマイラは一瞬だけ空中でよろけたかと思うと、どっかに行ってしまった。
その後に変な走り方で、急に目の前で止まったのはベイリルだった。
(っんの野郎……)
聞けばアタシが苦戦したキマイラを、あっさりとぶっ殺したらしく……
ついでとして、まんまと助けられてしまった形になる。
しかも左翼のトロルまで駆逐した上で、ジェーンを探しに来ていた。
方向を教えるとベイリルは、回復用ポーションが必要か聞いてきた。
怪我自体はそこまで深刻でもないし、丁重に断ってやった。
ベイリルは心配と激励の言葉だけ残して、すぐにいなくなってしまう。
左翼できちんと戦果を挙げながらも、さらにベイリルは中央を援護しに来た。
無尽蔵の体力・魔力というわけではなかろうが、それでもやはり実力差を痛感した。
(わかっていたことさ……)
ジェーンにベイリル、そしてフラウも。
まだアイツらには勝てない、なんてことは織り込み済みである。
これもいい勉強だ。生きてりゃあ、まだまだ鍛錬できるんだから御の字だ。
死にかけてから、何かを得ることは人生の内に何度かあった。
遠目にも見えた――あのわけわからん"災害のような魔術"だって超えて見せる。
「なにをニヤけてるの? キャシー」
「別に……ニヤけてねえよ」
ルビディアに肩を貸してもらいながらも、森の中をせっせこ歩き続ける。
「照れ隠しは別にいいけどサ、やっぱり飛んでかない?」
「みっともない姿は晒したくねぇ、イヤなら先に帰っていいよ」
帰還するにしても自らの足で――それが己の最後の意地である。
「イヤじゃないよ? それにこれは借りを返してるんだからさ」
「そうさ、アタシがいなきゃ大地に激突してたんだ。こんくらいのワガママ付き合え」
「へいへ~い、ヘリオはみっともなく抱えられたのに強情だねぇ」
荒っぽい気性は多少なりと似た部分はあるものの、キャシーははっきりと告げる。
「一緒にすんな」
◇
「以上で報告を終えます」
「でござる」
クロアーネとスズの報告を聞いて、モライヴはひどく解放された心地になる。
「ありがとうございました、お二方。斥候・連絡部隊みなさんの情報があってこその戦果です」
「それでは、私は本来の業務へと戻らせていただきます」
「えぇ以後の糧食のもよろしくお願いします」
「拙者は誰かさんをからかってくるでござる」
「……ほどほどに」
中央テントに一人残ったモライヴは、大きく一息吐いた。
まだまだやることは山のようにあるだろうが、それでも急場は凌ぎ切った。
(今回は……とても良い経験になった――)
地図を眺めながら、戦況の推移を頭の中で再現しながら独りごちる。
否、それだけではない。今の
フリーマギエンスという組織と、その展望までも見据えて……。
己の半生と、今後歩むべき未来への方策も兼ねて、超長期戦略的に――
深く、ゆっくりと……思考の海へ
「
そう遠く――遥か遠くを見つめるように、モライヴは決意を静かに口にした。
◇
「ははは、やったぜ。やってやったさぁ」
リンは後方陣地の衛生テントでそうのたまい、ハルミアは律儀に尋ねる。
「なにがです?」
「誰にも文句を言わせないほど、完璧な
ルテシアは合流してきたガルマーンと話している。
ニアは村への臨時配給も含めた、糧秣の再計算で手が離せない。
結果として同じ部員同士、ハルミアがリンの雑談に付き合わされる結果となった。
「いやーわたしって上に立つ側だと思ってたんだけどさぁ……」
「そうですね、王国の公爵家ですもんね」
ハルミアとしても実際、悪い気はしなかった。
怪我人が多くいれば別だが、想定よりも遥かに少なく済んだ。
ダークエルフという素性のおかげで、昔は身の振り方を慎重に選んでいた。
しかし今はフリーマギエンスという枠が、多様な人と繋がりをくれていた。
「そうなんですよぉ、でも案外副官のほうが
「ふふっ、そういう感覚は大事だと思いますよ」
「それってもしかしてハルミア先輩の経験談です?」
「さぁどうでしょう」
フリーマギエンスで活動をしている内に、より確かとなっていった実感。
それは己の人生の指針を、より強くしてくれる支えにもなる。
「でも、うん。そうだなぁ……今回は考えさせられたあ」
「私としても課題が多くなってきました――」
実際的な戦場における医療の重要性。
今回は重傷者が少なかったものの、自分の力不足と限界は測ることができた。
今しばらくは学生の身分として、やれることをやっていく程度で良い。
しかしいずれはまた別のやり方で学んでいく必要も……出てくるやも知れない。
世界をこの目で見て、赴く先々で人を救う――
長い人生の内、そんな生き方をする時期があるのも悪くはない。