異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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第一部 2章「不屈の一念、天をも通す」
#05-1 奴隷


 

「──()ッ、……?? ここは……」

 

 目覚めてから最初に味わったのは──(きし)むような全身の痛み、次に感じたのは鉄の味であった。

 (かす)む瞳の焦点が合ってくると、(あわ)いロウソクの光と鉄格子(てつごうし)が見えた。

 

 悪臭もあるかも知れない、が……すでに鼻がバカになっているのか、何も思うところはない。

 耳を()ませずとも聞こえてくるのは、(うめ)き声や叫び。あるいは怨嗟(えんさ)懇願(こんがん)の言葉ばかりであった。

 

 

「あぁ……クソっ」

 

 そう毒づくことしか今の俺にはできなかった。如何(いかん)ともし(がた)いほどの無力さが全身を打つ。

 薄暗いそこには小さい箱型の(オリ)がいくつも並べ立てられていて、その内の一つに俺はいるのだった。

 

(あのまま炎に焼かれずには済んだのか……)

 

 地獄から生き延びたことに喜びを見出すべきか、それとも置かれた状況を(なげ)くべきか。

 俗に言う"人買い"や"奴隷商"と言った連中に、その身柄を拾われていたのは明らかだった。

 

 身寄りのないハーフエルフが、奴隷などに身をやつしたのであれば選択肢など無いも同然。

 

(知らぬ誰かに買われるか、買い手がつかず口減らしされるか、あるいは労働者送りにでもされるか……)

 

 奴隷文化と言ってもそのシステムや待遇といったものは、時代や国家によって様相はガラリと変わる。

 しかし少なくとも……現状の管理具合を見るに、まともなものは期待できそうもなかった。

 

 

 粗末な飯に、最低限の排泄。

 同じ風景ばかりを眺め、昼夜もわからず、同じような人間の声をBGMに寝起きする日々。

 

 せめて幼馴染のフラウとラディーアがどうなったか、もしかして同じような目に()ってないかと食事係に(たず)ねてもみた……。

 しかしながら、奴隷を売買するような連中は取り付く(しま)もない。

 

 ただ反応を見る限りでは……恐らくは奴隷としては拾われてはいないように思えた。

 

 であれば、あの炎と血に(まみ)れた【故郷(アイヘル)】で生きている可能性は……。

 仮に運よく死を(まぬが)れていたとしても、それから生きていける確率は──

 

 もはや俺は、それ以上の思考を止めるしかなかった。

 

 

 ときおり大人が現れては、観察するように見て回っていった。

 ウィンドウの中の商品を、吟味(ぎんみ)して買うようなそれ。

 さながら()()()()()()()()()()のような感覚に(おちい)った。

 

 人を人として見ていない、そんな瞳に(さら)される心地など滅多に味わえまい。

 屈辱ではあったが……それ以上に生き抜くことに必死にならざるを得なかった。

 なるべく人の良さそうな人間を見ては──時に()びへつらう態度を見せた。

 

 俺の持つ知識をどうにか利用できないかとアピールをしようとするものの、どれもが空振りに終わってしまう。

 こんな小さな子供がのたまったところで、ただの狂言にしかならないのは自明。

 

 

 さらにハーフエルフの男というのは、実のところ需要が相当薄いようだった。

 純エルフ種の見目麗(みめうるわ)しさには到底及ばないし、亜人の労働力としても期待できない。

 

 なにせ(ちから)仕事であれば鬼人やドワーフなどがいるし、一度主従関係を理解させれば従順な獣人種の使い勝手もない。

 半人(ハーフ)には特化した部分がなく使いにくいのだ。それでいて長命ゆえの扱いにくさまで残る。

 

(精々が男娼(だんしょう)として使えるくらいだろうか……)

 

 だが奴隷を買いに来る連中を観察するに、そういった客層にはあまり(えん)がないようだった。

 好事家(こうずか)が飼う魔物(ペット)の遊び相手や、餌にされるとかロクでもない想像ばかりが(ふく)らんでいく。

 

 そうして日を負うごとに汚れは酷くなっていき、買い手も真っ先に敬遠していくようになるのは──ある意味、(さいわ)いなのかどうか。

 

 

 時間が経過するほどに精神は疲弊しきり、心まで摩耗する。

 

(最終的には鉱山労働かなんかにでも安く買い叩かれて、労災死亡コース一直線かな──)

 

 無力にして無気力。もはや「何もかもどうでもいい」という心地に(おちい)っていた。

 長命種だからってナメていたと言えば……はたしてそうなのかも知れない。

 

 不老であっても不死ではない──そんな一つの命題のようであった。

 いくら寿命が長かろうと、死ぬ時は死ぬ。

 あの炎と血の地獄も生き抜いただけではなく、たまたま死ななかったというだけ。

 

 

 前後不覚な状態の中で、幽体離脱でもしているような感覚を覚える。

 

(このまま死ぬのも……悪くはない、か)

 

 幸いにも肉体も精神も麻痺してきているのか苦痛はない。どうせ俺は転生した身だ。

 前世ではきっと一度死んでいたのだろうから、ほんのちょっと夢を見られただけでも──

 

 そうして脳裏に浮かんできたのは……母ヴェリリアの愛情深い眼差しと、幼馴染フラウの無垢な笑顔、ラディーアの変化のわかりにくい態度。

 大切な人の行方。襲われた真相。あの"仮面の男"と背後関係への復讐。異世界への興味。強さへの憧憬(どうけい)と渇望。

 

 

 執着と諦念(ていねん)の狭間で揺られながら、俺は人の気配を感じてふと顔を上げる。

 目の前には顔に布をぐるぐるに巻いて(おお)い隠した、一切素性知れぬ怪しげな人物がなにやら()()()()()()()()こちらへ向けていた。

 

「ふむ……言葉は理解(わか)るか?」

「……あぁ、誰だ──」

 

 俺は反射的に返事をする。くぐもった声だったが、恐らくは男だろう。

 

「よし。オイ!! ちょっと!!」

「へぇ、まいどどうも」

「コレをもらおう」

「あいはい。一応確認しときますが、後になっても文句は受け付けませんぜ」

「二言はない。ただし少しイロを付けておくから、身ギレイにして、水と食事もしっかり取らせておいてくれ」

 

(……?? 俺を……買おうと、して──るのか)

 

 うすぼんやりとした意識で、買い手らしき男を見ても何もわからなかった。

 思考が回らないまま……ただただ茫然自失(ぼうぜんじしつ)といった目を向ける。

 

 

「旦那、こんなんでいいのなら他にもオススメが──」

「いやこの子供だけでいい。昼にもう一度来るからそれまでに頼むぞ」

 

 巻き布の男はわずかに威圧の込められた言葉を残し、その場を立って去ってしまった。

 それが救いとなるのか、それとも新たな苦難となるのか──俺の頭はもう限界を迎えていたのだった。




2022/6/26時点で、新たに書き直したもので更新しています。
それに伴い話数表記を少し変えています。

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