異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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幕間劇となります。


#75 白金の見る夢

 あの頃の記憶はすっごくおぼろげだ。

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"に連れてこられてから、ずっと……実験台にされてた。

 

 そして使い物にならなくなったわたしに、運命の夜がやってくる。

 死ぬことで解放されるはずだったけど、生きて解放されることになった。

 

 怖がるわたしが寝るまで、4人が一緒にいてくれた。

 

 優しく包み込んでくれたお姉ちゃん。

 ぶっきらぼうだけど構ってくれたお兄ちゃん。

 色々と悩みながら受け入れてくれたお兄ちゃん。

 人懐っこく元気づけてくれたお姉ちゃん。

 

 わたしはあの人たちのおかげでこうして生きてられる。

 

 

「ん、今日も一日がんばるぞっと……」

 

 助けられてから、もうかれこれ2年ちょっとほど経った。

 元々クロアーネさんにならって、着ていただけのメイド服。

 それもすっかり板について馴染んでしまい、今日も一日の業務に励む。

 

 家事は一通りなんでもこなすが、その中でも得意なのは裁縫だった。

 お人形を作ったり、わたし自身の体に合わせてメイド服だって(あつら)える。

 

 

 最初はゲイルさんに連れ回されるように、世の中を()っていった。

 武力・権力・財力など、(ちから)という(ちから)の作用と、もたらされる現実をその目で見る。

 

 偉い人たちと会って、その周囲の人たちとも会って、様々なことを学んだ。

 世の中の仕組み、新たな社会の機構、それを実際的に動かす人々。

 

 連邦内を巡りに廻った。よくわからない実験や、魔物と相対することもあった。

 ゲイルさんはとってもすごく強い。どんな危機的状況もあっさりなんとかしてしまう。

 

 なんでもかんでも飄々と達成してしまう。これが"大人"ってやつなんだ。

 

 少しばかり歪んだ常識を植え付けられてしまったが、それも自覚の(うち)

 成長期にしっかりと体を鍛え、ゲイルさんの闘争術を習い、頑張って修行中である。

 

 

 次にシールフお師さまに師事して、様々な知識を吸収していった。

 

 お師さまは本当に色々なこと知っていて、体験もしてきた。

 そういった教訓やら、おばあちゃんの知恵袋を教えてもらう毎日だった。

 

 多忙な仕事の合間でも、嫌な顔一つせずお師さまは時間を割いてくれる。

 シールフ元講師の手腕と指導の(もと)、魔力の扱い方も修得することができた。

 

 最近では未来の知識についても、お手伝いするようになった。

 わけのわからないことばかりだけど、それもまた楽しい。

 

 いつかはわたしも学園に通いたい。シールフお師さまが100年以上も通った学園。

 ジェーンさん、ヘリオさん、ベイリルさん、リーティアさんも在籍する学園。

 

 わたしが入学する頃には、皆さん卒業してるだろうけど……。

 フリーマギエンスとその意思を引き継いでいきたいなって──

 

 

 最後にカプラン先生からは、実践的なことをいっぱい仕込んでもらった。

 元々教えるつもりはなかったそうだけど、わたしからお願いした。

 

 少しでも組織の力になりたい。その為にできることはなんでもしたかった。

 

 カプラン先生の持っている技術は、実に広範で多岐に渡る。

 その中でも役に立つのはやはり──人心掌握術だった。

 

 ゲイルさんのそれとはまた違う、人の表情と心理を読みきる具体的な方法論(メソッド)

 理論化された技術に、経験を上乗せしていくことで完成する精神支配(メンタリズム)

 

 巧みに相手を誘導し、悪い言い方をすれば陥れてしまう。

 こちらの術中に嵌め込んで、自覚させないまま操るのである。

 それは読心の魔導"である、シールフお師さまにもできることじゃない。

 

 さらには事務・実務についても、手を貸すこともしばしば増える。

 勝手がわかってくると、これまたやり甲斐が出てくるというものだった。

 

 

 三人に教えを請う中で、時に筆舌に尽くし難い荒行も珍しくなかった。

 それでも無事生きているし、お三方が凄いから、わたしも凄くなっていけるのだ。

 

 

 準備を万端整えて、飲み物と菓子をワゴンを押して小会議室へと向かう。

 今日はいつもとは少し変わった、大事なお仕事の日。

 

 わたしにやれることは殆どないけれど、満足してもらえるように──

 

 

 

 

 テーブルに置いた器へと、熱めの緑茶を注いだ。

 さらにお茶菓子をその隣へと並べて、わたしは作法に則り一礼して下がる。

 

「ありがとう"プラタ"」

「はいっ、ほかに欲しいものはありますか? ベイリルさん」

 

 ベイリルさんは一口だけ緑茶をすすってから、穏やかな声音で答える。

 

「いや今のところは大丈夫。にしてもプラタは会うたびにサマになってきてるな」

「ベイリルさんたちに助けられてから、お役に立てるよう頑張ってますので」

 

 わたしはふんすっと鼻を鳴らして、自信たっぷりに言う。

 それがいつの日になるかはわからないが、いずれどんな形でも貢献したい。

 

 

「頼もしいことだ、()()()()が師匠なんだもんな」

「随分と鍛えられました……」

 

「っはは、出会った頃の怯えた小動物のような面影は完全に消えてるよ」

「みなさんだってお変わりになってます!」

 

「そうかもなぁ、まっ今は学園の(ほう)が"生徒会選挙"で忙しいし……また改めてみんなで来るよ」

「はい! なんならわたしから会いに行きます」

 

 

 ともするとノックの後に扉が開き、1人目が粛々とした動作で入室してくる。

 くすんだ茶色の短髪を整え、中肉中背に身綺麗にした服で装った男は一礼する。

 

「お久しぶり……ですかね。ベイリルさん」

「確かにご無沙汰かも知れません、カプランさん」

 

 あらゆる事柄の調整役。采配を司る"素銅"カプラン。

 

 わたしはベイリルさんの左方に座る、カプラン先生の前にカップを置いた。

 先生は注がれた珈琲(コーヒー)を口に含んでから、苦笑しつつ口を開く。

 

 

「ふぅ……今回のことで、また苦労が増えそうです」

「それでも今後の発展の為には必要ですんで。その手腕、大いに頼りにしてますよ」

 

「信頼されるのは喜ばしいですが、僕なんかをそこまで信用していいのですか」

「一度シールフに読心してもらっているんでしょう。最初(ハナ)からマズい人間であれば、そこで弾かれます」

「僕は……数えきれないほどの隠し事をして生きてきた人間ですよ?」

「ははっでも"目的"に嘘はないでしょう。それに──」

 

 ベイリルさんは数々の思いも飲み込むように、お茶を喉へと通す。

 

「その時は俺たちに見る目がなかったということです」

「契約魔術である程度は、強制することもできるでしょうに」

 

「そんなものがなくても、()けないし裏切らない。そんな組織でありたいんで。

 同意であっても魔術で縛り付けることを前提としてしまうのは、なんか歪んじゃう気がして──」

 

 

 ベイリルさんは何か、遠くを憂い見つめるような顔を浮かべた。

 昔に何かあったのだろうかと思わせる、そんな瞳だった。

 

「その結果、不測があっても良しとすると?」

()()()()()よ。オーラム殿(どの)もシールフもそんなに甘くない」

 

「確かに……まったくとんでもない組織に入ってしまったものです」

 

 カプラン先生は愉快そうな笑みを浮かべる。 

 それは人心掌握や、よそ行きの時に貼り付けたような表情ではない。

 

 本当に純粋な……心の底からのそれのような気がした。

 

 

「僕としては金を返したら、とっととおさらばかと思っていたのですがね」

「"目的"の為に、必要な範囲でガンガン使ってどうぞ」

 

「組織を大きくすれば、それだけ真相(・・)に近付きやすくなる……ということですか」

「必要とあらば俺も協力します」

 

「その気持ちだけで十分と言いたいところですが──必要に迫られれば、えぇ遠慮なく」

 

 ベイリルさんとカプラン先生は、お互い静かに頷き合った。

 なんだか不思議な力関係と距離感だった。わたしはほんの少し羨ましく見つめる。

 

 

「おっまったせ~」

 

 軽やかな足取りで次に入室してきたのは、やや華奢にも見える女性であった。

 僅かに黒ずんだ銀髪を結い、ラフな装いでベイリルさんの右方へと座る。

 

「やあベイリル」

「おうシールフ、いくらか若返ったか?」

 

 各種事業の加速役。叡智を秘めた"燻銀"シールフ・アルグロス。

 

「わかるう? 諸々落ち着いてきて、ようやく肉体も精神も充実してきたとこ」

 

 気分上々のシールフお師さまのもとへ、わたしは紅茶を運ぶ。

 

「ありがとープラタ。蒸留果実酒(ブランデー)は少しじゃなくたっぷりね」

「一応は大事な話なんだから、あまり酔ってくれるなよ」

 

 香りを楽しんでからゆっくりと味わって、シールフお師さまはニヤリと笑う

 

「私は酔えば酔うほど冴え渡る──」

「俺の記憶に毒されすぎだ……」

 

 半眼になったベイリルさんは、呆れたような声で呟く。

 

「大いに影響され、時にかぶれちゃうのは……我が魔導の弱点でもある」

 

 

 そんな言葉のすぐ後に、大きめの足音が部屋の中まで響いてくる。

 最後に無遠慮に扉を開け放つは、金髪を七三に分けた精悍な男。

 

「おっとぉ? 少し早めに来たつもりだったんだがねェ」

「残念ですが、オーラム殿(どの)待ちでした」

 

 わたしが手渡した炭酸飲料を、ゲイルさんは喉を鳴らしながら飲み干す。

 すぐに注がれた2杯目を持ったまま、ベイリルさんの正面側へと座った。

 

「待つ時間もそれはそれで楽しいが、人を待たせるというのも良い気分だネ」

 

 

 それぞれに好みの飲み物が行き届いたところで、わたしは一礼して退出する。

 ここからは組織の偉い人たちだけで(おこな)われる、とても大事な会議。

 

 今はまだまだだけど……いつかわたしも、皆さんと共に歩みたい。

 

 それがわたしの、とってもでっかい夢なのだ。

 

 


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