異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#76 小さな一歩

 この世界には奴隷制度がある、といっても珍しくもなんともない。

 実際に俺も奴隷とされる可能性は十分にあったと言えよう。

 

 地球史上でも多数の国家や土地で存在していたし、強者がいれば相対的に弱者がいる。

 そも現代とて資本主義の奴隷であり、支配者層と労働層には厳然たる差があった。

 

(結局のところ、制度として存在するかしないかというだけ……)

 

 一口に奴隷と言っても、国家の数だけ存在し、時代の流れで変遷していった。

 それこそ単なる主人と使用人の関係性のような場合もあったろう。

 奴隷という名称ではないだけで、本質が同一なものもある。

 

 なんにせよ"一つの文化"であること、文明を支える柱の一つであったということ。

 そこはどうしたって否定しようがない。

 

 

 異世界の奴隷制度も国家や風俗によって特色が見て取れる。

 

 連邦では――都市国家ごとに法があり、程度の差もまちまちだ。

 帝国においては――奴隷は明確に区別され、一つの職業のような節があるらしい。

 王国などは――獣人を中心として、非常に手酷い扱いを受けている現実がある。

 共和国は――制度としては表向き存在はしていないが、あくまで契約であるとして存在する。

 皇国に至っては――犯罪者や一部異教徒に対して、法によって奴隷とすることを定めている。

 

 契約魔術や類する道具によって、任意あるいは強制的に隷属させられる。

 それは元世界と違って、決して小さくない強制力が働いてしまう。

 

 

(魔術ありきで精神や行動を縛るのと。魔術なしで単純に追い込み、思考力を奪うのと――)

 

 どちらが悪辣なのだろうかなどと……ふと考えてしまう。

 

 現代的社会の通念上、奴隷制度とはいわゆる悪法に類するものだ。

 実際に歴史上では戦争や解放運動などもあり、人権を考えるのであれば当然だろう。

 

 しかし奴隷制度とは、人々の社会と生活に深く根付いているのである。

 だからこその"文化"――安易に崩壊させれば、どういう反動が発生するかは未知数。

 

 よって立つに……ここは解放運動などを先導するよりも、利用(・・)したほうが都合が良い。

 

 解放を成功させるのも手間であるし、戦争などが起こればコントロールしにくい。

 制度廃止の援助の暁として、人心を得るという方法こそある――

 しかし奴隷は奴隷として扱う利益のほうが大きく、より安定的だった。

 

 

(安易に奴隷を解放するのでなく、いっそ全て買い取ってしまえばいい――)

 

 順調に財団が拡充していけば、世界中にその手を伸ばすことが可能となる。

 

 買った者達に教えを授ければどうなるだろう。

 結果的に自分の(ちから)で、自身を買い取っていくことになる。

 自ら解放された意識高き元奴隷達は、そのまま財団とフリーマギエンスの財産になってくれる。

 

 奴隷にせよ孤児にせよ、教育なき者を先導することの大切さ。

 あらゆる文化を有効に使って、大事を成す為の(いしずえ)とすることこそ肝要なのだ。

 

 

「原石たちを普遍的に教育し、才能を見出し磨き上げ、特段の希望がなければ財団で働いてもらう。

 否――財団にとっては、全てが仕事となりえる。それらを推進・援助する形をとれば、何も問題はない」

 

 左脳は、言語・計算・分析・論理的思考能力。

 右脳は、瞬間記憶・直感・芸術性・空間認識を司るとされている。

 

 特に右脳は0歳に近ければ近いほど、その能力があると言われる。

 さらには6歳を過ぎると、どんどん失われていくとすら聞いたことがあった。

 

(まぁ脳ってのは現代地球でも未知の領域が多すぎる分野だけども――)

 

 いずれにせよ、何かで大成したいのならば――

 時代を切り拓く、抜けば玉散る美しき刃になるのなら……。

 スタートダッシュが全てだ。可能であれば物心つくより前から、教育漬けこそが望ましい。

 

 少なくともそれは多くの実例が証明しているし、逆に偏っていない者は在野から見つけ出せばいい。

 なにより俺自身もカルト教から――亡きセイマールから学んだことでもある。

 

 

「例えば教師が、医者が、警団員が、政治家が、小料理屋が、芸術家が、酒場の主人が――」

 

 指折り列挙していく俺の言葉に、バトンタッチされたかのようにシールフが続けた。

 

「高名な学者が、王侯貴族の婚姻相手が、強力な魔導師が、偉大な英雄が――」

 

 改めて万感込めた口調で、俺はシールフから引き継ぐ。

 

「財団の人間であったなら……フリーマギエンスの一員であったなら――」

 

 それ以上の言葉は蛇足となるので紡がない。

 もしもそんな日が(きた)れば、世界はもうこの手の中にあると言って良い。

 

 

 世界中に散らばった者達が、文化と宗教と魔導科学を広めていく。

 大魔技師の7人の高弟にも(なら)うやり方だ。

 革新的な技術をもって、多くに受け入れさせる。

 

「いわゆる先行投資ってやつですね」

 

 そうして人類と文明社会が、高みへ高みへと昇っていくのだ。

 

 

 俺が一息つけて茶菓子を頬張りお茶を飲むと、3人もそれぞれ胃へと流し込む。

 既に話していたことの確認作業であるし、頭の良い"三巨頭"には今更な話である。

 

 質問・異議は殆どなく、そもそも基本的方針にはお三方共に興味が薄い。

 

 ゲイル・オーラムは、未知なる未来のテクノロジーへの好奇心。

 シールフ・アルグロスは、自身の探究心と彼女だけの目標。

 カプランは、単純に仕事であることと復讐の為の利用。

 

 俺のように文明を興す過程には、3人とも楽しみをあまり見出さない。

 積み上げていく状況を楽しむ気質は、さほど持ち合わせてはいないのだ。

 

 

(まぁそれはそれで都合が良いのかも知れないな――)

 

 能力ある者が実権を持ったら、俺自身が排斥される憂き目にあってしまう。

 

 もっとも俺の最たる目的は、長命に対しての"暇つぶし"である。

 よって文明が発展するのであれば、追放され流浪の身になろうが問題はないのだが……。

 

 

「組織の構成は従来通り、架空の魔導師を置きます」

 

「シップスクラーク財団の"総帥"にして、フリーマギエンスの"偉大なる師(グランドマスター)"リーベ・セイラー」

 

 カプランの確認の言葉に俺は頷きつつ、一度着席して話を続ける。

 

「財団では(おおやけ)にその名を内外に示すものの、フリーマギエンスではその名を隠す。

 存在そのものが疑われるくらいで丁度いい――組織における、影の黒幕であり生贄です」

 

「代理はまったく立てないのですか?」

「今すぐにではないですが、実在人間でないモノの目途(めど)は一応既についています」

 

 

「ほほぅ……もしかして"ロボット"かね?」

 

 カプランの質問に答えた俺に、期待が僅かに滲んだゲイルが冗談をぶつける。

 

「いやいや流石にそんなにテクノロジーはすっ飛ばせないです、魔術人形(ゴーレム)ですよ」

 

 俺は笑って否定する。ただいずれは自律AIアンドロイドなどが、立つ日が来るかも知れない。

 

 今のところは"アマルゲル"のような、形だけのゴーレムで十分通用する。

 声を記録した魔術具を埋め込み、本当に必要な時にだけ出張らせる程度で十分だ。

 

 

「お飾り頂点の下に、お三方が存在します。大きな意思決定は、さらにその下に10人ほど用意します」

「あ~……キミ一人じゃダメなのか、ベイリルゥ?」

 

「正直規模が大きくなれば俺一人だと限界もありますし、広く意見を募ったほうがやりやすい。

 もちろんオーラム殿(どの)もシールフもカプランさんも、意向や異議があれば最大限重視しますよ」

 

「その10人の選定は既にお済みなのですか?」

 

「諸事情で断った人もいて現在は9人ですね。まぁ10人が収まりいいですが、絶対拘ることもないので。

 いずれもお三方に負けず劣らず――とまでは言わないが、優秀で信頼に足る人物たちです」

 

 学園で出会った多くの仲間。そこから厳選された必然とも言える優秀な者達。

 

「ふむぅ……それ私もまだ知らないんだが?」

「最近はシールフに記憶渡ししてないから、そりゃね。でも候補はわかるでしょ」

 

 俺の記憶を知っているのだから、概ねの当たりはつけられるだろう。

 

 とはいえモノのついでだからと、俺は仮のメンバーの紹介を始めるのだった。


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