異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#83 前哨戦 II

「うっしゃあ!!」

 

 そう叫んで、オックスに選ばれるよりも前に会場へ直に乗り込んだ少年。

 

『元気がいいなあ!! さきほどのケイちゃんの同伴かあ!?』

 

「そうだ!!」

「名乗りをあげたまえ」

 

 スィリクスは手に持った拡声具を渡そうとするが、その手は浮いたままとなる。

 

「おれはカッファだ!! 拍手をくれーーー!!」

 

 カッファは歓声を浴び、スィリクスはなんとか表情筋を保ちながら感情を飲み込む。

 

 

「っ……んん、ゴホンッ。君も本気の戦いが所望かね?」

「おうともさ!」

「君も二刀流か?」

「うんにゃ、おれは由緒正しい一刀流。ケイと違って正統派だから安心してくれ!」

 

 安心かどうかは知らぬが、それでも先程のケイと同門であるのなら油断はならない。

 いや――もとよりスィリクスは本気だったのだが、気を引き締める必要はあった。

 二度連続で敗北を喫するのは……卒業した後ど言えど、自らの沽券(こけん)に関わる。

 

 

「では剣を」

「おう、ありがとう!!」

 

 ケイから渡された2本ある内の1本を渡して、互いに間合いを取って構える。

 

『前哨戦、第二試合開始だァ――!!』

 

 別に実況の声に引っ張られる必要はないのだが、カッファは同時に飛び出していた。

 結界がまだ完全に張られていないことも、まったくのお構いなしであった。

 

 

 カッファは最小限のステップで最大限まで加速し、スィリクスの眼前で消える。

 それでもスィリクスは反射的に、()()()()()()を受け流していた。

 

 観客席から見えたのは、突貫しながら跳躍しつつ、体躯を捻転させながらの薙ぎ払い。

 スィリクスが無傷で済んだのは、半分ほどは運だった。

 

 カッファはさらに着地から、強引に脚力だけで反転する。

 今度は顔面が地面を(こす)らんばかりに、(かが)みながら間合いを詰めていた。

 

 

 繰り出される斬撃は、下からではなく――上。

 自然と相手を注視し、下方へと向けられる意識の逆を突く技。

 柄頭ギリギリで掴み、柔らかい肩関節と腕を伸ばした斬撃が円を描いて襲い来る。

 

「ぬっ――うぉぉォォォオオオオオ」

 

 体を捻りながらスィリクスは身を躱し、鼻先一枚のところで刃は空を切る。

 カッファは地面の下まで切り沈めた剣を支えに、勢いを利用してまた跳んでいた。

 距離が大きく()いてから、実況が遅れて響き渡る。

 

『惜しいが決まらない~~~ッッ! これは完全に見切られているのかあ!?』

『非常に(やわ)らかい良質な筋肉と関節ですね』

 

 

 スィリクスは改めて自覚するしかなかった。

 最高精度の魔力抱擁で強化された、ハイエルフ種でなければ確実に終わっていた。

 

 もちろん種族も己の(ちから)の一つであり、切っても切り離せないものだ。

 だからそれ自体は何の負い目も感じることはない。

 

 ただ種族だけではなく、学園卒業までの5年間で自分自身を鍛え上げてきた。

 そうした自負が、まだ少年少女と言える年頃の子に及んでいないという現実に打ちのめされる。

 

 

「いやーすごいな!! 一応どっちも"皆伝技"なんだけど、初見で避けるなんてな!!」

「っハァ……ふぅ、正統派(・・・)ではなかったのか?」

 

「えっ? うちの田舎流派じゃこれが正統だけど……もしかして都会って違うの!?」

 

 飛んで、回って、伏せて、跳ねて……対応しにくいことこの上ない。

 単に測れぬほどの実力差だったというだけで、先程のケイの(ほう)が正統派に思える。

 

 

「いや……勝てばすなわちそれ正統だ、カッファくん」

「お、おぉ……その言葉もらっていい?」

 

 緊張感のない少年に対し、スィリクスは切っ先を向け止める。

 奇をてらう必要はない。ハイエルフとは地上最高の種族。

 ただひたすらに研ぎ澄ませた基本こそが、奥義となる選ばれし血。

 

「んっじゃあ、おれ本気出しちゃうぜぇ~」

 

 

 カッファは初撃と同じように、一挙に間合いを詰めてきた。

 しかし瞬時に違和感に()()()()()()

 それはステップのタイミングが、先刻と変わっているということだった。

 

 それは全力疾走には違いない……が、はたして全力疾走ではないのだ。

 歩幅を変え、速度を調整し、体を風に吹かれる柳のように揺らす。

 その間合いを測れない――その間合いを悟らせない。

 

 最初の一撃は……たとえ回避されたとしても、こちらに印象付ける為のものだったのだ。

 一度目を見せたからこそ、二度目で確実に翻弄させてしまうその疾駆(はしり)

 

 スィリクスはハイエルフが持つ反射を、理性で抑えつける。

 先走って手を出してしまえば、無惨な結果が待つのみであると強く悟った。

 しかし一瞬でも遅れれば、それもまた同じザマに成り果てる。

 

 つまり……絶対に逃せぬ機を、しかと捉えるしか勝ちの目はない。

 

 

 カッファのそれは、ある種の――物質的なそれではなく、剣技としての"魔剣"である。

 田舎剣法とのたまいながら、対人を想定して練磨され続けた一つの完成型。

 

 スィリクスは己と自身に流れる血を信じ切った。

 僅かに上方へ振った手首からその刃を、カッファへと振り下ろす。

 

 それはまさに完璧なタイミングであり、勝機を掴んだと確信を得るものだった。

 

 

 ――しかし、斬るべき体は、そこになく……少年の姿は消え、中空に刃が光っていた。

 

 それこそが"秘奥"にして"魔剣"たる真髄。

 布石を置き、相手を幻惑し、見破られてなお、意志によりて限界を踏み超える(・・・・・・・・)

 だから絶対にタイミングを合わせることができない。

 

 さながら駆け引きと信じ込ませてからの、後出しジャンケンのようなもの。

 

 

 (くう)を切ったスィリクスの剣先が地面へとむなしく当たった――その時である。

 ハイエルフ種としての抑制し続けた反射が、期せずして解放されていた。

 

 はたしてそれは結果的に、極致とも言える即応を生む結果となる。

 跳ね上がる刃に逆らわずに手首を返し、スィリクスは肉体本能のままに振り上げた。

 

 スィリクスの刀身が先に、空中前転するカッファの水月(みぞおち)を斜めから打つ。

 刃の潰れたカッファの剣もスィリクスの背を斬るが、服を裂くだけに留まった。

 

 

『切り……返したぁあ!! これは決まったぁあああ!!?』

 

 地面を転がるカッファ――すぐに起き上がるものの、むせこんでしまう。

 

「ゲホッ……ガホッ……うっくぅうう~~~っっ、真剣だったら死んでたなこれぇ」

「むっうぅ、勝ったのか?」

 

 スィリクスは未だ判然としない実感についていけないでいた。

 勝った気はしないが、少年は負けを認めるように両手を挙げていた。

 

「んーーー参った! やっぱケイみたいにはいかねえや。でも楽しかった!」

「――……っ、そうか。観客も楽しんでいるようでなによりか」

 

 終わってみればこれもまた僅かな攻防であったが、観客は十二分に湧いてくれていた。

 

「さっきの技、なんてーの?」

「名など――ない」

 

 本当に咄嗟に出ただけのもので、というか何をしたのかいまいち覚えていなかった。

 

 

「かっけえ……突き詰めた技に名前なんていらねえってことか、なるほどお!!」

「はっ? いや……」

 

 説明しようとすると、カッファは右手を差し出してくる。

 スィリクスとしては、それに応じないわけにはいかなかった。

 しかしいざ手が交わされる瞬間、握手ではなく剣が渡される。

 

「んえっ――」

 

 スィリクスの困惑など関係なく、カッファは無垢な笑顔を見せる。

 

「あんがとよ、えーっと元会長? 技の師匠はいるから、あんたは心の師匠にしとくぜ!」

「う……うむ、精進するといいカッファくん」

 

 打たれたダメージもなかったかのように、軽やかな足取りでカッファは観客席まで戻っていく。

 するとすぐに実況であるオックスの声が、スィリクスに対して向けられた。

 

 

『そろそろ時間も良さそうです!! それではスィリクス前会長、ありがとうございました!!』

『一つだけよろしいかね』

 

 前哨戦も終わろうかというその時、スィリクスは拡声具越しにオックスへと伺い立てた。

 

『おっとぉ、スィリクス前会長。なんならもう一戦くらいやりますかあ?』

 

 冗談めかして言うオックスの言葉に、スィリクスは力強い言葉を会場へと届けた。

 

『そうさせてもらおう。私は……ベイリル選手を希望する!!』


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