戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

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どこかのグリフィン支部には、経歴不明で片足を失った謎の指揮官が最近着任したらしい。


本編
01 -ノーホワイト・ノーワーク-


 俺は激怒した。必ずかの傍若無人なるファッキンクソヒゲ野郎に天誅を下さねばならぬと決意した。俺には会社という組織は分からない。俺は元軍人だ。銃を撃ち、部隊を率いて暮らしてきた。けれども労働環境に対しては、人一倍に敏感であった。

 いや本当に何してやがるんだあのヒゲは。もし環境と状況が許すのであれば、すぐにでもアイツを呼び出して正座させた上で左手でヒゲを掴み右手で思いっきりぶん殴ってやりたい。すまんカリーナ、お前は俺が救ってやる。だから今しばらく耐えてくれ。なんだかんだこれは業務上必要なことなんだ。

 

 

 

 あの日、俺の人生は変わった。

 割と自由気ままにそれなりの軍人人生を謳歌していた俺は、やんごとなき事情により今は左足を失い、車椅子に乗って新たな仕事に精を出している。

 その仕事というのは、民間軍事会社グリフィン&クルーガー社での指揮官である。第三次大戦頃から実用化され始めた自律人形。その中でも火器統制コアを埋め込まれ、その手に銃器を持たされ特定の役割、即ち戦争に特化した存在、戦術人形を率いて戦場を闊歩するクレイジーな職務だ。実際のところ自分自身が戦場に降り立つ機会は、先だって起きた事件で失われてしまったんだが。

 

 紆余曲折あってG&K社の数ある支部の一つに配属となった俺であったが、正直仕事自体は軍属時代に行っていたこととそこまで変わりは無かった。部下の面倒を見たり、教育したり、指示された通りに作戦を遂行したり、作戦報告書を纏めたり、消費した物資や配給の管理、仕入れ等々。時には作戦概要から練ることもあった。自身の手で直接教育を行えなくなったのは痛手だが、座学ならまだまだイケる。大きく変わったのは俺自身が戦場に降り立たなくなったことと、部下のほとんどが人間じゃなくなったくらいのことで、まぁそれなりに順応して行ったわけだ。就任してからというものの、非常に優秀な部下たちの活躍もあって、俺の評判評価がうなぎ登りに上がっていくのにそう時間はかからなかった。

 ちなみに、現在のG&Kの主な仕事は世界各地に散らばっている、暴走した鉄血人形の捜索、殲滅だ。あの事件が起きた日から、何故かは分からんが全世界に現存している鉄血製の人形全てのAIに致命的なエラーが発生、人類にその矛を向けるようになった。I.O.P社と並んで戦術人形のトップシェアを長きに渡って二分してきた、押しも押されもせぬ大企業である。製造されていたすべての人形となると、その総数は途方途轍もない。

 とんでもない爆弾を放置したまま闇に沈んでしまった鉄血工造には文句の一つも言いたくなるが、無くなってしまったものはもう仕方が無い。そうして粛々と任務を遂行していた時に、それは起こった。

 

 優秀な部署には、その力に見合った仕事が回される。それは何時の時代でも同じだ。それなりに仕事をこなしていただけなのに、何故か「優秀」の烙印を押された俺が所属している支部には、それはもう大量の作戦指令が降りてきた。ていうか、それらを難なく消化してしまう方にも問題はあるんだろうな。あいつら普段はポンコツなのに、いざ作戦開始となったら俺でも肝が冷えるレベルで瞬殺してくるから怖い。何がお前たちをそこまで駆り立てるんだ、俺にはさっぱり理解できん。

 で、多量の作戦をこなしていくと、当然それに見合った量の作戦報告書を提出しなければならない。これは軍人の時も同じだったな、実際にどんな人員で、どれくらいの期間と費用をかけ、どのような経緯があったのかは資料として纏めなきゃならない。だから、別にそれ自体に文句を言うつもりはない。やって当たり前のことだからだ。問題は、その手法にあった。

 

「し、指揮官さまあ……先週までの作戦報告書、仕上がりましたぁ……ぅぇっ……」

 

 短い電子音が鳴り響き、司令室の正面ゲートが開かれる。いい加減見慣れた光景に目を細めれば、そこにはいかにも疲労困憊といった姿の後方幕僚、カリーナが多量の報告書を脇に抱え、おぼつかない足取りでこちらに向けて歩いてきているところが見えた。おい、頼むからここで吐いてくれるなよ、ちゃんとトイレに行け。

 

 ご苦労さん、と一言労って、受け取った報告書に目を通す。カリーナの実務能力自体は大したものだ。彼女は後方幕僚という肩書きどおり、直接戦闘に関与しないほぼ全ての部分でその責務を背負っている。作戦報告書の作成も、本来は指揮官である俺の仕事のはずなんだが、しっかりと俺に見劣りしないレベルで書き上げてきている。

 

 そう、()()()()()()()()()()()

 なんとこの作戦報告書、驚くことなかれ。カリーナの手書きである。いやいやお前、今のご時世手書きて。最初は俺もおったまげたが、何とこの支部、司令室以外の環境がろくに整っていない。戦場を見渡すドローンコンソールやスクリーンでさえもメチャクチャ旧式だから、建物だけを取り急ぎ整えただけって感じがぷんぷんする。実働部隊である戦術人形たちが寝泊りする宿舎も、お世辞にもいい環境とは言えない。はっきり言えば野宿よりはマシレベルである。

 ただ、そこに関しては不満もあるだろうが、直ちに問題となるレベルでもない。良くも悪くも彼女たちは戦術人形であり、人間ではない。言ってしまえば商品の一つである。感情として納得しにくい部分もあるにはあるが、兵器をシルクのベッドに寝かせるか、と問われれば回答が難しい。AR小隊と訓練していた時の宿舎はもう少しマシだったが、それは人間の俺、しかも裏から無理やりそれなりの立場の人間を引っ張ってきた関係もあったんだろう。本来の扱いで言えばこの程度が妥当、と言われても強くは言えない背景がある。

 

 だが、カリーナは違う。彼女はこのG&Kに雇われている人間である。ただ納品して終わりの商品ではなく、労働者と使用者という対等な契約関係が成立している。それがこの仕打ちである。許されるわけが無かった。

 この作戦報告書、量にもよるが、一から書き上げるのに大体10時間くらいかかる。うちの支部は仕事が多いから余計だ。その間カリーナは休むことなくペンを走らせ、栄養剤片手に夜を通して頑張ってくれている。そうやって苦労して書き上げた作戦報告書を提出すれど、また翌日になれば未処理の作戦終了報告がわんさか上がっている。そんな負のループの繰り返しであった。こいつよく辞めないな、何かクルーガーに弱みでも握られてるんじゃなかろうかと最初は疑ったくらいだ。

 

 

 と、言うようなブラック企業も真っ青な内情のグリフィン支部だが、そろそろ仕掛け時か。俺は勝手に書き上げたカリーナの休暇申請書に指揮官印を押し、彼女に押し付けた。

 

「……は? え? えっ指揮官さま……? これは……?」

 

 突然書類を渡されたカリーナの顔は困惑そのものだ。お前もしかして働けなくなるみたいな考えしてるんじゃないだろうな。社畜一直線じゃねーか。少なくとも俺が面倒を見る立場になった以上、こんな地獄を見て見ぬ振りなんぞ出来るわけがなかろうが。とりあえず、というところで3日程度しか工面出来なかったが、ゆっくり休んどけ。後は俺が何とかする。後方支援もバックヤード業務も現役時代に腐るほどやってきたんだ、書類見れば大体分かる。

 

「……いいんですか? いいんですね? ……うわあああぁぁぁぁ……指揮官ざばあああ……!」

 

 うわびっくりした。いきなり泣き出すんじゃない。しかしまあ、彼女もそれくらい鬱憤が溜まっていたということだろう。さぁて、覚悟しとけよファッキンクソヒゲ野郎。俺の部下を泣かせた罪は重いぞ。

 

 嗚咽を漏らしながら涙を拭いているカリーナを下がらせ、正面ゲートがしっかりと閉まったのを確認した後。俺は通信用デッキを立ち上げ、コールする。程なくして出てきたのはあのヒゲ野郎ではなく、銀髪が眩しい、目付きの鋭い女性だった。

 

 

「こちらヘリアントス。珍しいな、そちらからの通信とは。何か問題でも起きたか?」

 

 チッ、ヘリアンか。というかすまし顔でよく言ったもんだな、こちとら問題しかないんですが。いや、いきなり喧嘩腰はよくないな、自分から交渉のテーブルを不利に傾ける必要は無い。とりあえずといった感じで挨拶を済ませ、クルーガーの所在をそれとなく聞き出すことを試みる。

 

「クルーガーさんは今日一日、所用で出掛けている。火急の用件なら私が聞くが」

 

 うーむ、不在か。出来れば直で交渉したかったんだが、致し方なし。俺が指揮官になる経緯まで知っているクルーガーなら話も早かったんだが、ヘリアントスは俺の正しい経歴を知らない。つまり、あくまで新任の元傭兵指揮官として接せねばならず、ちょいとやりづらい。

 ま、とは言ってもクルーガーとヘリアントスで別に大きな違いはない。裏技的なカードが切れなくなるくらいで、こっちはきっちり弾数用意してるんだ。まぁ先ずは正攻法で攻めてみるか。ということで、こちらの初手は素直な意見具申だ。カリーナの労働環境を至急整えて頂きたい旨を告げる。当然悲惨な現状も含めてだ。

 

「ふむ……事情は分かるが、すぐにというのは難しいな。グリフィンの支部は貴官が所属しているここだけではない。他との兼ね合いや予算の都合もあるだろう」

 

 当然、こうなる。ここでハイ分かりましたと折れてくれるくらいなら、ここまで酷くはなっていない。というか、事情が分かるとのたまうくらいならその重要性も分かっているはずだ。ここでカリーナに抜けられるリスクを計算出来ないほどこの女も馬鹿じゃない。恐らく、他の支部からも嘆願は上がってきているのだろう。だが、それらを一斉に処理するには少しばかりキャッシュが足りないと見た。しかも、今工面出来る予算で先んじて何処かの環境が整ってしまえば、それに乗っかって更なる不満が噴出する可能性が高い。いやーその苦労、分かるぞ。そういう意味ではヘリアンとはいい酒が飲めそうだとすら思う。

 しかしだ、今は俺の首じゃない、部下の生活がかかってるんだ。俺も引き下がれないんだなこれが。ということで、第一のカード、「カリーナの退職申請が挙がっている」を切る。当たり前だがブラフだ。

 

「む……今彼女に抜けられるのは非常に痛いな……。……貴官がどうにか説得出来ないだろうか。そう遠くないうちに必ず環境は改善してみせよう、私も今の状況が芳しくないことくらいは理解している」

 

 うーむ、まだ弱いな。期限を区切らない口約束なんざ1ミリも信用が置けない。まぁ、自分から言っておいてなんだが、ここまでのトークはいわばお膳立てだ。いきなり本命をぶつけたのでは違和感極まりない。勿論この段階で向こうが折れてくれれば万々歳だったのだが、やはりそう上手くは行かないらしい。というか、別に対外向けでもないんだし、わざわざ順序通りカードを並べていくのも面倒くさくなってきたな。もういいや、俺の評判がどうなろうが関係無いわけだし。

 

 あぁーそっすかーじゃあ仕方ないっすねー、かと言って身体的にも精神的にも限界の彼女をこれ以上馬車馬の如く働かせるのも上司としてどうかと思いますんで、環境が改善されるまでウチの部隊は今後如何なる作戦指示にも従いませーん。劣悪な環境で働き続けろって俺から言うのもおかしい話ですしー、俺は別に無理難題を言ってるわけでもないと思いますのでー。それじゃ、他の支部に仕事回してあげてくださいねー。

 

「んなっ!? ま、待て! そんなことが軽々に許されるとでも思っているのか!?」

 

 必殺カード「ストライキ宣言」。相手は困る。

 

 勿論、許されるなんて毛ほども思っちゃ居ない。普通なら何言ってんだこいつ、で終わる話だ。この世界、そんなに就職先が溢れてるわけでもないしな、折角衣食住の揃った職場を誰もが失いたくないわけだから、基本使用者側が強い。

 だが、現状グリフィンにおいて、俺と俺の部隊は紛うことなき「エース」なのである。これがただのペーペー新任指揮官が言っていたのでは歯牙にも掛けられないだろうが、この辺一帯をカバーしている支部の辣腕指揮官が機能停止するのは上層部なら絶対に避けたいところだろう。

 更に、ヘリアントスは知らないだろうが、俺にはこの必殺カードに付随する最強の駒「AR小隊」が存在している。新しい職場に移ってからそれなりに調べたがあの4人、この支部どころかグリフィン全体が保有する戦力の中でもブッチギリの錬度と戦果を持っている。俺の機能が停止するということは、即ちAR小隊が停止するのと同義だ。俺の過去と関係を知っているクルーガーならより一層ブッ刺さるカードだから、出来ればあのヒゲと直接交渉したかったというのはここだ。

 ただ、ヘリアンの耳にも、今までどんな指揮官にも一切靡かなかったAR小隊がやたらめったら懐いている、という情報くらいはあがっているはずだ。俺がストライキを起こすとどうなるか、それが予測出来ない女じゃない。こんなことのダシにAR小隊を使いたくは無かったが、出せるカードを出し惜しみして交渉で負けるなど愚の骨頂である。そも大前提として、俺の下で働く戦術人形だけでなく、俺とともに働くカリーナも立派な仲間であり、部下である。この戦い、負けるわけにはいかないんですよ。

 

「…………貴君の言い分は良く分かった。クルーガーさんが戻り次第、至急協議しよう」

 

 まあ、こんなところだろう。ヘリアントスにそこまでの権限があるとは思えないから、クルーガーに上げてから検討するってのは妥当な回答だ。ただ、このまま逃げ切られたんじゃこっちの丸損だからな、明日の午前中までに連絡がない場合は宣言どおりストライキを敢行することを改めて伝えておく。交渉ごとに於いて如何に優位に進めようとも、エンドを決めずに終えるのはただの馬鹿がやることだ。爆発しない時限爆弾なんて怖くも何ともない。きっちり処理してくれたまえよ、ヘリアントス上級代行官殿。ハイ、通信終わり。

 

 

 いやー、多分これで俺の評判は一気に落ちることになるだろうな。少なくともヘリアンからの印象は最悪だと思う。ただ、繰り返しになるが俺は自分の評価なんてどうでもいい。既に一度死んだ身である、今後の老い先も長いとは言えない。今更そんなものに固執するほど残りの人生に過分な欲も希望も持ち合わせちゃいないんだ。相手が悪かったな、ヘリアン。

 俺の残りの人生は、俺とともに働いてくれる数少ない人間と戦術人形。そして俺の人生を救ってしまった(狂わせた)AR小隊のためにある。保身を考えない馬鹿は怖いだろう、そんな爆弾を抱えてしまった恐怖を身をもって味わうがいい。

 

 それにしても、いいことをした日はやはり気分がいい。今日は重要度の高い作戦もないし、このままひとっ風呂浴びてのんびりするとしようか。あ、一応AR小隊の連中には簡単な経緯は伝えておいた方がいいかな。まぁあいつらなら反対はしないだろう。

 

 

 

 翌日、期限通りに通信が入り、俺の意見具申は無事可決された。ヘリアントスが退席した後、クルーガーには小言を言われまくったが。

 その翌々日、グリフィン支部に荷物が届いた。喜び勇んで包みを開けてみれば、そこには旧式のタイプライターが小さくその存在を主張していた。

 

 

 いや嬉しいんだけどさあ。そうじゃないんだよなあ……。




皆様こんばんは、お久しぶりです。実に長い休養期間でした。

いやぁ、思いついたのでやってしまいました。後悔はしていない。
多分この指揮官おじさん、ヘリアンと話してる時ヒラコー顔になってたと思う。


今作は今まで以上に軽いノリで思い付いたことを一話完結方式でぶん投げていく感覚でやっていこうと思いますので、完全にノープランです。続きは思いついたら更新します。今のところ何も考えてません。

活動報告あたりにネタをぶち込んでくれれば参考にさせて頂きます。

もっと2000字くらいで短く纏めたいんですけど、逆に難しいですね。今後も出来る限りサクっとやりたいところです。

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