どうしてこうなった。俺のスケジューリングに何かミスがあったのだろうか。それともこの状況を想定出来なかった俺の落ち度なのだろうか。いや、起きてしまったことに対する後悔はやめておこう。そんなことをしたって一向に事態は上向かない。ここに救いの女神は居ない、俺の独力でこのカオスを乗り切るしかない。ええい、腹を括るんだ俺。今まで数多くの修羅場を潜ってきたお前の脳みそはお飾りか。
必死に己を奮い立たせるも、起死回生の一手は一向にご降臨なされず。もうどうにでもなーれ、と匙を投げかける自分と懸命に戦いながら、俺は今、運命に抗おうとしている。
S02地区奪還作戦が成功したその日。まずは帰還した部隊を出迎え、デブリーフィングと反省会を行った。ダミーへの被害はあったもののオリジナルの損害はゼロ。戦利品こそ満足とは行かなかったものの、戦果としては十二分だ。ほぼ100点の出来と言っていい。俺の指示にしっかりと従った故でもあるが、大前提として各々が奮起した結果でもある。褒めるところは十分に褒め称え、ドラグノフの行動その他、締めるところも抜かりなく締める。大きな充足感と程よい緊張感。非常に良いと言える塩梅でデブリーフィングを終え、これで周囲の鉄血はひとまず掃除完了ということで、今日くらいは無礼講で行こうと作戦に参加した戦術人形全員を交えて食事会を催すこととなった。なお、救出されたm45とIDWはAIのエラーが酷く、動揺が治まらなかったため詳しい事情聴取は後日行うこととした。今はとりあえず空いている宿舎に案内し、十分な休息と修復を与えている最中だ。
支部の食堂スペースを使った食事会は、慎ましいながらも賑やかで、いい雰囲気であったと思う。皆思い思いに口を開き、表情を変え、手を振り、大いに楽しんでいた、と俺は感じていた。彼女たちの顔を見れば、それが間違いであるはずがない、と確信を持てる程度には。
「ひょっとぉ!? ひひはん聞いてましゅ!?」
そう。第三部隊のアタッカー、HK416がアルコールを取り出すまではよかったんだ。
皆それぞれ好みの量の食事を体内に取り込み、満腹中枢が程よく刺激された頃合、416が取り出したのはS02地区から掻っ攫ってきた真新しいアルコールであった。ただ、ラベル自体はガサガサに擦り切れており銘柄までは読み取れなかったが、色合いや瓶の形状から恐らくウイスキー辺りだろうことは予測がついた。
酒が出る、ということは、ここからはオトナの時間である。既に日も暮れて随分経った後だ、スリープモードに移行したい人形も居るだろうし、そもそも酒を好まない人形だって居るだろう。いわゆる二次会のようなノリで始まったささやかな酒宴は、先の食事会からそのメンバー数を随分と減らした上での開催となった。
指揮官である俺。
戦利品の獲得者、HK416。
酒好き、M16A1。
騒ぎたがり、スコーピオン。
何故か残った、AR-15。
以上5名が食堂に残り、地獄の蝦蟇口を開けた。
最初は良かったんだ、最初は。416がM16A1に対して何かとケチをつけるような口振りこそあったが、彼女も先日の一件から、表には出さないまでもM16A1の実力自体は認めている。M16だって、そんな空気を読めない程愚鈍じゃない。若干の危うさを残しながらも、仲良くとは行かずとも同じ戦場を走る仲間として最低限の尊厳をお互いに持ちつつ場は進んでいた。
だが、各々のグラスが空き、2杯目に突入した頃から雲行きが怪しくなった。
「よっしゃー! 一番、スコーピオン!! 一発芸やりまーす!!」
「あっはっはっは!! いいぞぉ!! ぶはははは!!」
「ヒィー! ヒ、ヒィー……!! 顔、顔……! ふっふはっ……ッ! し、死ぬぅ……!」
ただでさえ騒がしいスコーピオンが、アルコールというハイブーストを手に入れ真っ先に壊れ始めた。多分あいつは酒を飲むこと自体が初めてだったんだろう。色々と加減が分からぬままその毒素を体内に溜め込んでしまい、身体中を蝕む異常事態にAIの処理が追いつかず、バグった。
次にぶっ壊れたのが意外や意外、M16A1だった。ただこいつはスコーピオンと違って、分かっていて自分から壊れにいった節がある。ケタケタと大笑いしまくっているが、しっかり記憶は残しているだろう。周りを持て囃すように叫びまくっているが、あいつ自身が粗相を犯しているわけじゃない。一番得する酔い方してるなぁという印象だ。ただとにかく煩い。
そして、M16A1とほぼ同じタイミングでぶっ壊れたのが何故かこの場に残ったAR-15だ。普段が冷静な分、ギャップが酷い。笑いの沸点が有り得ないくらい低くなっている。多分今のこいつならテーブルの箸が転がっただけで30分は笑い続けるだろう。お前なんでこの場に残ったんだ。
まさかこの程度の酒量でここまで大狂いするとは思わなかった。3人の痴態を遠巻きに眺めながら、最後に残った416についつい困ったものだな、と声を掛けたのだが、これがいけなかった。最後の最後、希望と言う名の奇跡に縋り蓋を開けたパンドラの箱は、絶望と恐怖と混沌を盛大にぶちまけた。
「まぁったくれす!! ひきはんがいらっひゃるのに、ぎゃーぎゃーと!!」
人知れず、416が壊れていた。
ヤバい。完全に目が据わってるぞこいつ。あの真面目一辺倒な416がまさかの絡み酒とは一体誰が予想出来ただろうか。出来るわけねーだろ。どうしようこれ。俺から声をかけてしまった以上、無視も出来ない。開幕の一手から既に詰んでいる。
「ひょっとぉ!? ひひはん聞いてましゅ!?」
あ、うん聞いてる聞いてる。適当に相槌を打ちながら周りをそれとなく見渡してみるが、そこには完全にぶっ壊れたスコーピオン、完全にぶっ壊れたM16A1、完全にぶっ壊れたAR-15が居るだけだった。あ、ダメだこれ。M16は多分まだ理性を残しているが、今のあいつなら416を止めるよりも416が齎す更なるカオスを笑い倒す方に天秤が傾くだろう。
増援は期待出来ない。俺一人で凌ぐしかない。
「いいれすか!?」
あ、はい。
「わらひはよんまるよんひょうたい! えりーとなんれす!」
そうだな。
「あなたはひきはんです!!」
そうだな。
「つまりぃ……わらひはかんぺきなんれす!!」
うん。うん?
アカンこれ完全にダメなやつだ。まともに話が通じる状態じゃない。多分416自身も自分が何を言ってるのか分かってない。とりあえず思い付いた単語を並べて叫んでるだけだ。こう、もうちょっとムーディな雰囲気で優雅に酒を楽しみたかったんだが、最早叶わぬ夢である。と、とりあえず416、一旦水でも飲んで落ち着こう。な?
「なんの! まだまだいけまう!」
いやそれ以上いかなくていいから。戻って来れなくなるぞ。
「ひきはんがつきあえっていったんれふよ!?」
畜生、そういうところだけはちゃっかりAIの記録装置が働いてやがる。
「なんだぁ416? 指揮官を独り占めしようってかぁ?」
だぁー! ここでお前が来るんかい! 加勢は望んでいたことだがそういう感じで加わるんじゃない! スコーピオンから標的を416に変更したのか、ぬらりという擬音が一番当て嵌まりそうな動きで瞬時にその距離を詰めてくるM16A1。お前こんな時にまで無駄に高い義体性能発揮しなくていいから。酔拳の使い手かよ。
「あによぉ!」
「あっはっは! 残念だがお前に指揮官はやらんぞー?」
とんでもないことを言いながら車椅子の膝元にしな垂れかかってくるM16A1。俺の右大腿にその上半身を預けながら、アルコールのせいか火照った顔で416にしたり顔を見せ付けている。俺は416のものになるつもりもないし、そもそもお前のものでもないんだが。あーあー、地べたに座るな、服が汚れちゃうだろ。
「なぁ、指揮官。私は、私たちはあんたのモノだ。誰が何を言おうとな」
急に真面目な顔で訳の分からんことを言うんじゃない。お前らは確かに俺の指揮下にあるが、その所有権はグリフィンにある。いくらアルコールが入っているとてそれは変わらない。
「私を含めて皆、指揮官について行く。M4も、SOPMODⅡも、AR-15も」
「わらひも! ついていきまひゅ!」
あ、こらお前勝手に話を進めるんじゃない。人の話を聞け。416はちょっと黙ってて。
「じゃあ416もだな! ははっ、指揮官はきっと、皆を平等に見てくれるだろう」
そりゃまあ、俺は贔屓はしない主義だしな。何かもう止めるのも面倒くさくなってきたし無駄っぽいし、とりあえず話に乗っかっておくことにする。恐らく本題があるのだろう、言いたいことを言わせておけば少しはすっきりするだろ。
「ただ……その中で少しだけ、そう、ほんの少しだけでいいんだ。私だけを、見て欲しい」
そりゃ無理な相談だ。バッサリと断りを入れれば、そこにはどこか分かっていたような、だが悲しそうな、そんな匂いを含んだM16A1の顔。
別にM16のことが嫌いなわけじゃない。頼りにしているし、信頼もしている。どちらかと言えばその容姿や性格も含めて好いていると言ってもいい。だが、それは出来ない。M16A1の希望は叶えられない。俺はただの指揮官で、M16A1はただの戦術人形なのだ。そしてその所有権はグリフィンにある。それ以上でもそれ以下でもない。そもそも、俺という存在が彼女たちを縛ってしまっているのがおかしい話なのだ。不純、とは言わないが、"それ"は俺なんかに向けていいシロモノじゃあない。もっと他にいくらでも選択肢やより良い未来があるはずである。そのことを何とかして分かってもらいたいものなんだが、道のりは厳しいようだ。
ただまぁ。今日は既に業務時間外で、今は無礼講だ。ちょっとした、ほんの気まぐれくらい、誰も咎めやしないだろう。もたれかかっているM16A1の頭を乱暴に撫でてやる。うーん、追跡戦訓練の時を思い出すな。
こいつらに救われてしまった俺の命は、こいつらのためにある。それは変わらない。だが、俺はこいつらを縛るために生き残っているわけじゃないんだ。あくまで俺は手伝いの立場。こんな老人に片足突っ込んだおじさんが主役になっちゃいけない。
「……そういうところだぞ、教かぁだだだだだァ!!?」
こそばゆそうに目を細め首を傾けながら、M16A1が禁忌を犯そうとしたのですぐさま撫でていた右手を武器に切り替え必殺のアイアンクロー。悪いがこの足になってからも筋トレは欠かしていないもんでな、上半身のパワーは現役時代にそこそこ近付いてるんだ。ちなみに、隣で騒いでいたはずの416はいつの間にかノックダウンされており食堂の床に大の字で寝そべっていた。うわぁ、こいつ騒ぐだけ騒いでバッテリーが切れたらプツンと行くタイプか。めちゃくちゃタチ悪いな。相変わらずスコーピオンとAR-15が馬鹿騒ぎしていること、M16A1の声がすこぶる小声だったこともあって、どうやら他には漏れていないようで何よりだな。
「ちょ指揮官やめぁだだだだっだあッぃいいいい!?」
おっと、つい全力で行ってしまった。すまんすまん、と力を緩めてその髪を再び乱暴に乱してやると、涙目でめちゃくちゃ睨まれた。いや俺悪いことしてないから。お前が悪い。
「しきかぁー……うっわ……」
ふとこの場に居ないはずの人形の声が響き、視線を泳がせるとそこには様子を見に来たのか、UMP45が食堂の入り口で閉口していた。うん、そりゃ引くよね。俺もどうしてこうなったのかサッパリ分からない。
「あー……とりあえず416は回収していくわね。引き続きごゆっくりどうぞ~」
俺の右膝に引っ付いているM16を一瞥し、努めて業務的な声色を発しながらUMP45は416をファイヤーマンズキャリーの姿勢で持ち上げて迅速に運んでいく。うーむ、やはり腐っても戦術人形だ。素晴らしいパワーである。
さて、ごゆっくりと言われはしたものの、こっちはこっちでいい加減お開きにしておかないと明日に響く。とりあえずM16、スコーピオンとAR-15を正気に戻してやってくれ。あいつらあのままじゃ明け方まで騒ぎっぱなしだぞ多分。
「……はぁ、分かったよ。了解っと」
その数瞬の空白は何なのか。俺にはサッパリ分からない。
M16はゆっくりと立ち上がると、未だ変顔芸を続けているスコーピオンと引き笑いを続けながら酸欠状態に陥っているAR-15に近付き、立て続けに無言でチョップを見舞い、強引に終わらせていた。あれ、何かちょっと機嫌悪い? おじさんにはサッパリ分からない。
「じゃあ私はこいつら引っ張っていくから。指揮官も早めに休めよ」
そう言い残し、スコーピオンとAR-15の首根っこを捕まえてM16A1はこの場を去って行く。
先程までの馬鹿騒ぎは何処に行ったのか、深夜の食堂は瞬く間に静寂に包まれていた。うーん、やっとのんびり酒を飲めそうだ。俺もあまり夜更かしはしたくないので、最後に少しばかり楽しんで今日はお開きとしよう。申し訳ないが、後片付けは業務用の自律人形にお任せする方向で。いやぁ、こういう時って本当に人形便利だよな。人間が堕落してしまうのも分かる気がする。
「あれ? ……ふふ、指揮官さま、もしかしてお一人ですか?」
もー、やっとこさ独り酒と洒落込もうと思ったところにこれだよ。おじさんは疲れたの。独りでのんびりアルコールを楽しみたいんですー。
なんて言ったところでどうせ無駄なんだろうなあ。せめて彼女が最後の乱入者になることを祈るしかない。ああ、グラスはそこらにあるやつを適当に使ってくれ。つってももうあまり酒自体残ってないけどな。
この支部の人間と戦術人形を巻き込んだ酒宴はまだ、終わりそうにない。グリフィンの指揮官って有給使えたりする? えっ? まだ付与されてない? そんなぁ。
ちなみにおじさんはまだ、あのアイテムの存在を知りません。
まぁ、知ったからといってその行動や理念が変わるとも限りませんが。
そろそろ本格的にネタがなくなってきたので、1話みたいなノリで単発完結のお話でも思い付いたら投げていこうかなと思います。