戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

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Q.何の構えですか?

A.厄介ごと。


23 -隙を生じぬ二段構え-

 ああもう、なんだかんだ怒涛の一日だった。めちゃくちゃ疲れた。身体はそうでもないんだが、精神がキツい。それなりに楽しい今の指揮官生活ではあるんだが、ちょっとこのまま進んでしまうと楽しみよりもストレスの方が恒常的に高まりそうで困る。何とかして癒しの手段を確立させないとダメだな。頭皮に影響が出たらどうしよう。ただでさえちょっとおでこ辺りが不安なのに。

 

 ネットワークリンクモジュールを自ら焼き切ったとのたまった鉄血のハイエンドモデル2体だが、あの後、何故いきなりそんなことをしでかしたのかを聞いてみた。あいつらにとっては絶対唯一の生命線であり、そう簡単に捨てられるモノじゃないはずだ。I.O.P社製の人形に同じことが出来るのかどうかは分からんが、俺らで例えればG&Kを突発退職するようなもんである。ある程度の先行きが見えていなければ、通常なら絶対に選べない手段だ。

 俺の問いかけに返ってきた答えは至極単純なもので、まあ要するにお互いが大切なんだと改めて感じたからだそうだ。いきなり百合の蕾を芽吹かせるのはやめろ。リアクションに困る。

 もうちょっと詳しく聞いてみれば、やはりあの2体はハイエンドモデルではあるものの、基本的にそれより上位の存在から命令を受けて動くことの方が圧倒的に多いらしい。で、恐らく攻略に失敗しているS02地区とうちの支部に関しては、再度出撃の命令が下る可能性が高いとのこと。狩人もお目当てはAR小隊だと言っていたので、あいつらが所属するこの支部が襲われるのは妥当だろうな。位置も割れてるし。

 ただ、何故AR小隊を狙うように言われているのか、その理由までは分からないそうだ。狩人としてはどちらにしろ人間を殺せるなら良しとしていたし、処刑人もどんどん作戦指示が下りてくればその分暴れられると考えていたから、深くは気にしていなかったらしい。いいのかそれで。

 今まではその指示に従うだけで全く問題なかったんだが、俺との対話で互いを想う気持ちに向き合う切欠が出来たこと、その感情が大きく芽生えたことにより、今後AR小隊に限らず、人類を相手取るうちに理不尽な作戦指示でお互いが失われてしまう可能性に改めて気付いたことなどが原因で、AIの思考回路に大幅な変化が起きたようだ。そして処刑人の修復が終わって相談してみたところ、あの人間、つまり俺だな、俺が本心から言っているのか、嘘をついたり騙したりするためだったのかをもう一度話して確かめようとなったらしい。で、そこで自分なりの確証が得られれば、基本人間は殺すけど全員が悪い奴じゃなさそうだし、何より上からの指示で無駄死にしてしまうのは嫌だ、ということでじゃあ鉄血抜けちゃおうぜとなったようだ。

 

 うん、さっぱり分からない。いや、その考えの過程というか、多少強引なところはあれど途中までは筋道として理解出来るのだが、だからって結論出すの早すぎじゃない? いきなりうちの支部に訪ねてきたり鉄血とのリンクを切ったり、何でそう変な方向にだけ思い切りがいいんだ。こいつらハイエンドモデルだとしても絶対管理職向きじゃないだろ。

 

 しかも、鉄血とのネットワークを一方的に切断したとしても、じゃあこれから仲良くしましょうねとはならないのが面倒くさいところだ。あいつらはあいつらで根本の考え方は変わらないだろうし、それはこちらも同様である。根無し草になったとて、あいつらが鉄血人形である事実は変わらない。そもそもそんな裏事情を知るのは当人と俺くらいのもので、その他圧倒的大多数の人類からすれば相変わらず敵なのだ。俺としても、個人的な感情としてはあいつらを助けてやってもいいかなくらいには思うが、まぁ出来る訳がない。せいぜいが戦場でかち合ったときにそれとなく見逃してやるくらいだろう。積極的に捕まえて処分してやろうとか利用してやろうとかは思わないが、同じく積極的に助けてやる理由も義理もない。むしろそんなことをしてしまえば、俺の立場が危うくなる。あまりにリスキーだ。

 

 そんなわけで結局この2体がこれからどうするのかを聞いてみたところ、まあ適当に鉄血の基地をハシゴしつつ、主に処刑人のために適度に人類や人類に味方する人形をぶち倒し、だが鉄血の指示には従わないように自由に生きる、みたいな答えが返ってきた。

 

 いや、馬鹿かよ。うん、馬鹿だな、馬鹿に違いない。

 世の中というか、組織という集合体をナメ過ぎている。そりゃまあ、今まではただ言われるがままに人類に牙を剥いてきただけだろうから、知らないのは仕方ないのかもしれんが、こいつら自分自身が今どういう立場に居てそれがどれだけ危ういかを理解していない。

 処刑人と狩人を今後発見したとして、攻撃の前に対話が成立するのは恐らくうちの支部に所属する人形だけだ。他は間違いなく問答無用で攻撃に入る。その段階でもしあいつらが戦うつもりはない、などと嘯いても効果はほぼ無いだろう。誰がそんな戯言を信じるというのだ。当然の如く蜂の巣にされる。そもそも大前提として、あの2体は戦い自体を止めるつもりは無さそうなので、衝突は必至だ。

 仮にあいつらと他の支部の人形が戦闘しているところにウチの部隊が出くわしたとして、どちらに味方するかと問われれば確実に後者だ。事情を考慮した上で最大限譲歩したとしても、G&Kの人形を攻撃する選択肢は出てこない。戦いを止めることすら難しいだろう、止める理由が無い。唯一有り得るシチュエーションとしては、G&Kが劣勢だった場合に他の支部の人形を逃がし、誰も見ていないところでコッソリ手打ちにするくらいだ。

 

 更に、あの2体は未だに鉄血の基地を利用する気でいる。自分はハイエンドモデルなんだから量産型しかいないポイントなら大丈夫だろうと言っていたが、普通に考えて大丈夫な訳が無かった。逆の立場で考えてみれば分かるが、仮にG&Kに所属する人形がいきなり離脱を宣言し、その後何食わぬ顔で他の支部に配給と弾薬を分けてくれだとか、修復させてくれなんて訪ねてきたら俺だったら確実に追い返す。というか、追い出すだけで終わる分まだ俺は有情だ。下手したら裏切り者としてその場で粛清される可能性すらある。

 狩人が自分のことをただの一人形だと評した通り、あいつらは自分から組織という盾と殻を捨てた。確かに、単独で生き抜けるだけの力はあるのかもしれんが、知恵と経験が無さ過ぎる。補給も出来ない、修復も出来ない、帰る場所もない。人間なら100%詰みの状況だ。鉄血の人形なら補給はまぁ人間に比べたら格段に事情はマシだろうが、それでも拠点となる場所と修復の目処が立たないのは痛い。この状況下だと、今後あいつらは生きていく上で僅かな傷も負うことが許されない。それを治す当てが無いからだ。

 

 まあ、だからと言ってそれらを一から十まで俺が教えてやる義理もないんだが。あいつらが出来るって言うのならそうなんだろう、あいつらの頭の中ではな。ただ、間違ってもウチの支部を当てにされちゃたまらんので、補給や修復等といった直接的な手助けはとても出来ないってことは念を押して伝えておいた。確かに俺の敵ではなくなったかもしれんが、広義的に俺たちの敵であることに変わりはないんだ。そこは俺も勘違いしないし、逆にあいつらに勘違いされても困る。

 

「大丈夫かよ、あれ……」

 

 処刑人と狩人の去り際、ふと呟いたM16A1の言葉が脳内でリフレインする。

 奇遇だな、俺も全く大丈夫だと思えない。まぁあの調子だとどっか適当なところでくたばるんじゃないの。多分あいつらがくたばった段階で次の処刑人と狩人が生まれるんだろうが、間違っても保護は出来ないし。というか、結局あいつら他のヤツには攻撃するんじゃん。うーん、最初こそ上手く行ったと思ったのに、結果がこれじゃ正直あまり意味が無かった気がする。あれで生き残れるとも思えんしなあ。やはり鉄血と人類は未来永劫分かり合えない宿命なのだろうか。賭けに勝ったと思いきやダブルアップで全部スった気分だ。

 

 もういいや、今日は疲れた。寝よう。おやすみ。

 

 

 

 

 

「指揮官さま、本日の決裁書類はこちらに」

 

 あれからどれくらい経ったやら、一応それとなく本部に他の支部や地域でハイエンドモデルの目撃情報は無いかとか聞いてみたりしたのだが、目立った情報は無かった。少なくとも他所で派手に暴れているわけじゃなさそうで、人類にとっちゃあいつらが動かない方が当然ありがたいのだから、まぁそれはそれでよしとするか。というかわざわざ気にしてやる必要も本来無いんだけどな。下手に関わりを持ってしまった分、何か気になる。

 カリーナから手渡された書類にざっくりと目を通す。うちの物資の輸送状況だとか、部隊が支援した作戦の結果だとか、それに伴う報酬だとか、S02地区の再生状況だとか、そういう雑多な項目が複数に分かれてつらつらと書き連ねられている。

 ちなみに件のS02地区だが、狩人曰く、別にあの地区自体を重要目標として扱って攻撃を仕掛けていたわけではないらしかった。ただ、直近のG&Kの動向からターゲットであるAR小隊がこのエリア一帯の何処かに居る可能性が高かったから、手始めにS02地区に突っ込んだだけっぽい。そしたらスケアクロウの戦闘データにAR小隊と思われる人形との交戦履歴があったものだから、上が前回のような作戦を立てて、そこに狩人と処刑人が実働部隊として選ばれたとのことだ。

 そのような、既に実行された作戦やあいつら個人の事については聞けばそれなりに教えてくれたのだが、流石に作戦を練っている上位の人形の名前とか、他のハイエンドモデルの特徴なんかは教えてくれなかった。まあ当然ですよね。あいつらは鉄血から離反はしたが、鉄血を裏切って人類の味方についた訳じゃない。向こうの本丸がどう思っているかは知らんがな。

 

 そのS02地区だが、流石にスケアクロウ、処刑人、狩人のハイエンドモデル3体が立て続けにボコされてしまったからか、再度襲撃を食らうようなことは無かった。未だ復旧は完全とは言えないが、もうしばらくこの平穏な状況が続けば再び支部として稼働出来る日もそう遠くないだろう、とはヘリアントスの言だ。

 処刑人と狩人の件は、結局誰にも正しい詳細の報告は上げていない。内容が内容だからってのも勿論あるが、結果としてこれからも敵であることは変わらなかったんだから、わざわざ余計な情報を持ち上げる理由もない。とりあえずハイエンドモデルには一定以上の知性と自我が存在しており対話が可能、程度の報告は上げておいたが、それ以上は不必要だろうな。

 

 俺の理想、というか賭けのゴールとしては、あいつらが不特定多数に対して殺戮行為を行うのを止め、ターゲットをウチの支部に限定して襲い掛かってくるように仕向けることだった。俺は直接戦闘を見たわけじゃないが、結果だけを見ても明らかにAR小隊の方があいつらより強い。そういう意味で遊びに来るのは歓迎だと言ったんだが、まあ見事にすれ違ってしまったな。今更悔やんでも仕方ないんだけども。

 

「ん? ……うえぇ!? し、指揮官さまぁ!?」

 

 書類に目を通し、半自動的に指揮官印をぺたぺたと押し付けながら過ごしていると、カリーナがまたしても素っ頓狂な声をあげる。

 なんだなんだ、今度はどうした。叫んだきりフリーズしてしまったうら若き副官の傍に近寄ると、どうやら正面ゲートの来客センサーが反応しているようだ。まさかあのヘッポコハイエンドコンビが再び訪れたとかいう大ボケかますんじゃないだろうな。流石に有り得ないとは思うが。

 

 横から正面ゲートのモニターを覗くと、そこには見覚えのある人型が2体。黒と白のカラーリングを基調とした、一般的な量産型の戦術人形よりは二回りは大きい機械人形、そのうちの一体、黒髪が眩しい馬鹿でかいブレードを持った人形がカメラに向かって喚いていた。

 

 

 なんでだよ。なんでだよ! あ、ヤバい。キレそう。

 

 あいつら今更のこのこと何しに来やがったんだ。無視してもよかったしどちらかと言えば積極的に無視したいところなんだが、このまま放置して万が一にもうちの支部内で暴れられても困る。とりあえずさっきからずっと喚いているから、何か伝えたいことがあるんだろう。物凄く聞きたくないし相手もしたくないが、俺の仏が如く慈愛に満ちた精神に感謝するんだな、最初の第一声くらいは聞いてやる。

 通話のボタンをぽちっとな。とにかく冷静に、とにかく不機嫌な様を全面に押し出して対応すれば、返ってきたのは焦りを隠そうともしていない処刑人の声だった。

 

 

 

 

 

 

「お、あの時の人間か!? 悪ィ、ちょっと匿ってくれ!」

 

 

 キレそう。




キレそう(2回目



狩人と処刑人、というか、ハイエンドモデルに関してスペック自体は非常に優秀だと思ってます。ただ、いわゆる社会的生活やらそれらに伴う知恵知識やらは、I.O.P社製の人形以上に理解が無いと考えたので、こんな感じになりました。




で、どうすんのこれ(困惑

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