戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

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筆者はブラック企業を許さない、絶対にだ。
でもブラック企業で働くおじさんは応援しちゃうんだ。


03 -FOUND for NOT-

「そういえば指揮官さま。指揮官さまは副官に誰かを置かないのですか?」

 

 とある日の昼下がり。朝一の朝礼を終え一日の予定を確認、特に鉄血人形の接敵情報もなかったため、AR小隊からなる第一部隊およびスコーピオンを隊長としたヒヨっ子第二部隊をそれぞれ周辺の偵察に出し、幾つかの書類仕事を早々に片付け、少し早めの昼食を取った後。ドローンには主に第二部隊の行軍を追わせ、スクリーンに映る平和な一時を、泥水と言って差し支えない珈琲をすすりながらのんびり過ごしている時分。今日もせっせと物資管理やら仕入れ状況やらを確認しているカリーナが、ふとそんなことを呟いた。

 旧式のタイプライターが送られてきたあの日から、彼女の労働環境は僅かばかり向上したと言える。その証拠に、あれ以来彼女の今にも死にそうな顔を拝むことなく、どうにかこうにか仕事をこなしている。とは言っても常に辛そうではあるのだが。俺に副官つけるよりこいつにもう一人部下を付けた方がいいと思う。

 

 副官。読んで字の通り、指揮官である俺を補佐する役職である。割と暇だったこともあってカリーナの言に耳を傾けてみれば、他支部の指揮官なんかは大体戦術人形の副官を一人は置いているそうな。その役目は様々で、そのまま指揮官の仕事を手伝う者、戦場に出なくていいからとサボりの口実に立候補する者、指揮官と二人きりという空間を欲する者等等、それはもう多種多様らしい。俺の周りには作戦が無い時は大体AR小隊の誰かが引っ付いているんだが、副官というのは考えてもいなかった。まぁあいつら俺の仕事手伝うために来てるわけじゃなさそうだしノーカンでいいや。ていうかカリーナじゃダメなの? お前がこの支部内で一番仕事できると思うんだが。俺の次にだけど。

 

「わ、わわ私ですか!? あっ! いえその、嫌というわけではないのですが……」

 

 何の気なしに呟いてみれば、予想外のリアクション。何をそんなに慌ててるんだお前は。ただまぁ言ってはみたものの流石に冗談である。カリーナが悪いわけでは全くない、本当に良くやってくれている。むしろ、そんな彼女にこれ以上の負担を強いるのは俺が望むところではない。

 

 というか、そもそも必要無いんだよな副官。別にここ大所帯ってわけじゃないし。部隊規模に似合わず仕事量は多いが、実務に於いては非常に優秀な部下たちが一瞬で片付けてくれる。それに、曲がりなりにもそれなり以上の規模の集団を率いていた身だ、会社の管理職とはまた趣が違うだろうが、そういう仕事にも慣れている。ただでさえ一番重たい作戦報告書の作成をカリーナが担当してくれている分、どちらかと言えば手持ち無沙汰なシーンの方が多いくらいだ。こんな状態で更に副官を付け、そいつに仕事を分担して貰っていては俺がただのカカシになってしまう。

 車椅子だから、というのも副官を付ける理由にはならない。腐っても元軍人だ、移動くらい一人で出来る。つーかそれくらいしか運動機会がない。ただでさえ落ちまくっている筋肉量を更に落とすことになる事態はなるべく避けたい。地味に筋トレもしているが、下半身の筋肉だけはどうしようもないからな、全身もやしは御免だ。

 

「そ、そうですかぁ……。でも、珍しいですね。私が今まで見てきた指揮官さまは、大体誰を副官にするかを真っ先に悩んでいましたし」

 

 何てことをつらつら言い述べていたら、またとんでもない情報が飛び出してきた。いやほんとさぁ、グリフィンの指揮官ってのは女漁りにでも来てるのかと問いたい。小一時間問い質したい。お前ら一応戦場に身を置く立場じゃないのかと。戦術人形に鼻の下を伸ばして貰った金で食うメシはさぞ旨かろうなぁ。グリフィンの指揮官ってのは大層なご身分なようだ。お前らの懐に入るその金でこっちの環境を整えたい。

 

 ただまぁ、その真意はひとまず置いとくとして。どうも戦術人形の指揮官という立場で副官を付けない、ってのは相当なイレギュラーなようである。うーむ、どうしようか。しかし考えてみると、今後支部を越えて交流を持つこともあるだろうし、本部にお呼ばれする機会なんかもあるかもしれない。支部内ならともかく、遠出となれば俺一人じゃ物理的に動きにくい場面も出てくるだろう。仕事を任せるかどうかは別として、そういう意味での副官というのは設定しておいても良いのかもしれない。ただそうなってくると、それ副官っていうよりただの介護人なんだよなあ。いくら俺でも、そんなモンのために戦術人形の誰かを付けてしまうのはちょっと遠慮したい。主に俺の羞恥心と尊厳がガリガリと削られていく気がする。あいつらなら断りそうにないところがまた怖い。俺は確かにおじさんだが、まだおじいさんって歳じゃありません。

 

「あ、あははは……確かに指揮官さまなら、今の仕事量ならお一人でこなしてしまいますので……。部隊数も増えれば、また違ってはくるのでしょうけれども」

 

 カリーナ、ナイス。それだわ。

 苦笑混じりに放り投げられた言葉が、俺のいいところを刺激した。

 

 

 

 クルーガーが運営するこの民間軍事会社、G&Kは、I.O.P社と業務提携の契約を結んでいる。グリフィンに所属する指揮官は、所定の手続きを踏めばI.O.P社へ戦術人形や装備品などの発注を行うことが出来る。その代わり、不要となったり役目を終えた戦術人形は、I.O.P社へ返却しなければならない。

 うちの支部には現状7体の戦術人形が所属しているが、正直頭数としては心許ない。AR小隊もいつまでも4人では作戦行動の範囲に限界があるし、第二部隊なんて3人である。ある程度ダミーで水増し出来るとは言え、単純な駒ばかりが増えても真っ当な拡大とは言えない。スコーピオンをはじめまだまだ最適化工程が進んでいない人形も居るが、如何せん数が少なすぎる。AR小隊の活躍もあって今でこそ大きな問題にはなっていないが、現存する戦力で対処出来ない事態が起きてから行動していたのでは遅すぎるのだ。

 ていうかめちゃくちゃ今更な問題なんだが、この支部に所属している指揮官が俺だけっておかしくないか。施設のオンボロさといい、ボロさにそぐわない建物の真新しさといい、もしかしてここ新造も新造の支部じゃないの。いくらワケありとは言えども、新任の指揮官を先輩が誰も居ない新設された支部に独りぶち込むなんてどうかしている。

 前から予感はしていたが、間違いない。ここドブラックだわ。あのヒゲほんと何考えてやがる。需要に応えて拡大路線を突っ走った結果、内部整理が追い付かず崩壊していった過去の企業を思い出す。このご時世、マトモな企業なんて残っていないと分かってはいたが、いざその渦中に突っ込むとなるとスゴイな。俺の第二の人生ギリギリの綱渡りじゃねーか。なんだかんだ不満もあったが、正規軍という立場と待遇が如何に素晴らしかったか、今更身を以て体感することになるとは思わなんだ。

 つーか今思えば、指揮官1人、戦術人形7体の零細新設支部にあんな量の作戦指令を下ろしまくっていたのかこのクソ企業。他の指揮官が見当たらないのも俺と同じように忙殺されてるからとばかり思ってたわ。いくらなんでもおかしくないか、と気付いた時には既に膨大な数の任務をこなした後で、付近一帯は無事制圧完了、今は束の間とも言えるのんびりとした日々を送れているが、あんなのは二度と御免だ。これでAR小隊が居なかったらと思うとゾッとする。最近クルーガーと会う機会はないが、どんどんあいつのヒゲを毟る理由が増えて行くぞ。次会ったら頭髪も毟ってやろうと思う。

 

 いかん、思考が逸れたな。まあ、突っ込んでしまったものはもう仕方がない。どうせこの身体と経歴じゃ他にロクな勤め先がないことくらいは馬鹿でも分かる。与えられた環境でやっていくしかない。とにかく今のうちに、支部の財政が許す限りではあるが、少しずつでも確実に戦力を増強していかなければならない。俺の部隊が落ちるということはイコールこの支部が落ちるということだ。ちょっとシャレになっていないが、愚痴を吐くことで現状が上向くのなら誰も苦労しない。

 俺がそれなりに上手く回しているのとカリーナの尽力も相俟って、今のところこの支部の物資情勢は安定している。戦術人形の新規発注にはそれなりのコストが掛かるのだが、まぁ大丈夫な範囲だろう。

 

 と、いうことでポチっとな。人形の発注自体は司令室にあるコンソールから割と簡単に出来る。所定の手続きとは言っても、その内情は随分と簡略化されたものだ。幾つかの項目を埋めて電子申請を行うだけである。人形の指定は出来ないが、コンソールで選択した項目にある程度沿った人形が送られてくる。こちらとしてはどんなタイプが来てくれてもありがたいが、強いて言えば積極的に前に出られる人形が少ないため、サブマシンガンタイプだと一層助かるってところだ。

 

 

「指揮官さま! 新しい戦術人形が到着致しましたわ!」

 

 発注をかけてから翌々日。ようやっと新しい戦力候補のお出ましである。I.O.P社からは昨日には到着するとメールが着ていたんだが、まぁこんなご時世だ、一日くらいの遅れでとやかくは言うまい。無事に到着したのなら先ずは迎え入れてやらないとな。

 一応、新人を迎えるということで、うちに所属している戦術人形には全員司令室に集まってもらっている。どうせ少ない人員だ、顔合わせは一度で済ませておく方が効率がいいからな。まあ、これから増えていくとこうも行かないんだろうが、それは割と遠くの未来になりそうなので今考える問題でもないだろう。この支部、建物だけは新しいから結構広いしな。

 

 カリーナの声とともに司令室の正面ゲートが開く。そこには確かに彼女が言う通り、見たことのない戦術人形が()()、笑顔でこちらに歩いてきていた。

 

 

 反射的に、俺は愛銃UMP9を構えていた。

 一瞬ではあるが俺に遅れて構えを取る4体。訳が分からず困惑する3体と1人。

 

「UMP9、ただいま就任! 皆、これからは……って、何コレ!? どゆこと!?」

 

 登場した瞬間、一斉に銃口を向けられたそいつは大いに慌てふためいていた。だが、それすらもブラフの可能性がある。間違っても銃を下ろすどころか、油断出来る状況ですらなかった。

 

 I.O.P社に発注して送られてくる人形は、全て新品だ。これはコンソールにも表示されている情報だし、カリーナにも同様のことを教えられた。そして、新品ということは当然最適化も進んでいない。そこに限っては昔、俺が訓練を受け持った人形とて同じだ。例外は存在しない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今連れているダミーは1体のようだが、それが限界なのか、たまたま1体しか居ないのかは分からない。だがどちらにせよ、少なくともこいつは実戦か訓練かのどちらか、あるいは両方を既に経験している。そうでなければ最適化工程が進まないからだ。つまり、こいつは本来I.O.P社から送られてくるはずであった新品の戦術人形ではない。

 

 先程までの弛緩した空気から一変、張り詰めた様相に瞬時に切り替わる司令室。

 

「何故、お前がここに居るのか。説明してもらおうか、ナイン」

 

 静まり返った空間に、M16A1の冷え切った声だけが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え? 何なのお前ら知り合い? もー! やめてよそういう面倒ごとはさぁ!




きちゃった





これ割と小さい風呂敷なのですぐ畳みますね(パタンヌ

ところで日間ランキング45位、短編日間ランキング4位ってどゆこと?(どゆこと?
ありがとうございます、痛み入ります。ぼちぼち頑張って参ります。

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