戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

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どうした? お前ら喜べよ、おじさんの風呂場回だぞ


28 -バスルームウォーズ-

 ふう、久々に一人湯船に浸かるというのも中々オツなものである。今後も時間に余裕が出来たら積極的に温まっていきたいところだ。

 俺は今、支部に備え付けてある簡素なユニットバスに湯を張り、そこに身を沈めているところだ。シャワーの時と違いじわじわと芯から温まっていく感覚は湯船独特だな。遠い島国では銭湯という名の大浴場もあったみたいだが、なるほどこの感覚を日常的に味わえるならそこに通ってしまうのも頷ける話である。人一人が入れば既に手狭なバスルームではあるが、大の字で湯船に浸かるなどという贅沢はこのご時世中々叶うものではない。清浄な水というのは貴重、とまでは言わないが、その価値は第三次世界大戦前とは大いに異なっている。蛇口を捻れば勝手に出てきた水も、その水を人肌以上にまで温めるためのガスや電気も、今までは多少の金さえ払えばいくらでも湧いて出たものだが、地球全体でその文明文化を維持し続けるには、星の支配者はあまりに大地を汚しすぎた。

 しかし、こうやって贅沢とは言わずとも、人並み以上の生活を営むことが出来、不自由しない程度の生活レベルが維持できるだけの金銭を得られる前線指揮官という仕事は、そういう意味では確かに恵まれているのかもしれない。労働環境はお世辞にも良いとは言えないが、その分得られる権利はしっかりと行使しないとな。

 

 UMP45の突然の戯言から程なく。結果として俺はこの通り、何とか平穏を手にすることが出来ている。狩人と処刑人はあいつの言葉を真に受けてしまっていたが、あの場に居たのがUMP45だけでなくて助かった。そう遠くない場所で話を聞いていた416がとんでもない勢いで突っ込んできて俺でも引くレベルで弁明をし始めたのには焦ったが、そのおかげであいつらの誤解も解くことが出来、いや出来たのか? 分からん。まぁいいや。見目麗しい人形たちの一糸纏わぬ姿を目にすることなく男の矜持を保てているわけだ。

 正直、見てみたい気持ちはある。健全な男の子としての偽らざる気持ちだ。だが、一度それを許してしまうと色々と終わってしまう気がする。それはもう色々とだ。多分、狩人と処刑人にそんな感情は存在していないだろう。だからこそ手伝うなどと言ってきたと思うのだが、あいつらの無知に付け込んで自己の欲求を満たすなど、絶対にあってはならない。一人の成人男性としての価値がどん底にまで落ち込んでしまう。そして、一度そんな場面を許してしまえば、ちょっと自制し切る自信がない。俺だってオトコノコなのだ。それなりの欲求はある。そんなこともあったもんで、とりあえず最悪の事態を回避してくれた416には一応感謝している。UMP45は訓練終わった後に手加減はしたがチョップ食らわせといた。

 

 いやーしかし、こうやって改めて自分の身体を見ることもあんまりなかったんだが、やっぱり痩せたなあ。特に下半身、ハムストリングスの筋肉の落ちっぷりが酷い。年齢もあるし今更全盛期にまで盛り返そうとまでは思わないが、これじゃあ義足があったとしてもそりゃ身体がついてこないわ。特に俺自身が参加しているような遭遇戦訓練では咄嗟の瞬発力が何より大事だ。そこがネックとなっていては勝てるものも勝てない。別に俺が勝ちまくる必要はどこにもないんだが、ヒヨっ子どもにあまり情けない姿を見せるわけにもいかんしなあ。こういうところも男の子の性なのか、どうにも意地や見栄を張ろうとしてしまうのはよくない。よくないと頭では分かっているのだが、何かモヤモヤする。

 

 そういえば訓練のメニューも今のうちに考えておきたかったんだった。いい加減遭遇戦訓練だけでは第二や第四はともかく、第三部隊の錬度ではそろそろ物足りなくなってきた頃合だしな。この支部周辺はクリアになって久しいわけだし、AR小隊にやらせたような追跡戦訓練でもやってみるか。足のことや筋肉、スタミナの問題もあって俺が長時間逃げ切るのはかなり厳しいから、いっそ狩人や処刑人を追いかけさせるってのもアリかもしれん。あいつら単純なスペックだけで言えば人間の俺なんかより数段上だから滅茶苦茶難易度は跳ね上がるが、その分あいつらなら遣り甲斐に感じてくれるだろう。俺が全体の監督をすれば、追いかけ方もそうだが逃げる方に逃げ方も教えることが出来る。

 鉄血の連中を見ていて思うが、あいつら基本的に逃げだとか後退だとかいう概念を持ち合わせていない。自分が圧倒的不利な状況になって初めて撤退という意味の逃げを打つことはあるが、それもハイエンドモデルだけだ。量産型にそこまでの知性は無い。戦術として下がることを教えるだけであいつら一気に戦い方に幅が出せる気がする。元々火力も機動力も十二分に持ち合わせている連中だ、その有効な使い方を理解させることが出来れば、より一層強大な戦力になり得る。うん、これありじゃないか?

 ただ、遭遇戦と違って追跡戦はワンターンが長い。その日はほぼそれだけで潰れてしまう。キルハウスと違って屋外の広いフィールドで行うため、多少なり俺が司令室から離れる必要も出てくる。明日すぐにとは中々行かないだろうが、ちょっとスケジュールを調整すれば今の状態なら不可能じゃないな。

 

 あー、そうだ。スケジュールを空けるついでと言っては悪いが、ペルシカリアへのお礼も考えておかなきゃいけない。カリーナともちょこっと相談したんだがちょっとばかし俺の私財を投入して、今では大変貴重な本物の珈琲豆を取り寄せる案が今のところ有力だ。あいつ明らかにコーヒー党っぽいから、まぁお礼の品としては妥当なところだと自分では思っている。というか彼女は彼女で結構な立場のはずだから、俺なんかより余程稼いでいるはずなんだが、果たしてあんな泥水で満足出来ているのだろうか。やべ、味覚音痴だったらどうしよう。もし仮に好き好んであの泥水を飲んでいるのだとしたら、俺の品がただの豆に成り下がってしまう可能性もあるな。ウーン、かといって直接聞いてしまうのも何だかばつが悪い。こういうところにも男の子の意地が鎌首をもたげてくる。

 いや、まぁ気にしすぎてもあまりよくないか。こういうのは気持ちが大事だとどこかの誰かも言っていた。色々余計なことも仕出かしてくれているが、ペルシカリアに感謝の念を持っているのは事実だ。そこはきっちり形として示しておいた方がいいだろう。

 

「よう、指揮官。まだ入ってるか?」

 

 取り留めの無いことを色々と考えていると、バスルームの扉の向こうから聞きなれた声が飛んでくる。M16A1の声だ。何か緊急の用事だろうか。今は当然業務時間外だし、特に残業が必要なタスクも残していないはず。まさか風呂場に乗り込んでくるつもりな訳でもなし、ひとっ風呂浴びてる最中にまで対応が必要な案件に皆目見当がつかない。とりあえず風呂場で居留守なんて馬鹿なことをやっても仕方が無いので返事はしておくか。俺の服やら義足やらが置いてるから居ないわけがないんだけどな。

 

「ああいや、特に仕事でどうこうって話じゃないんだ。まぁ、その、なんだ。せ、背中でも流してやろうかと思ってな」

 

 いやいやいやいやいや。要らんがな。そのアクロバティックな気遣い思考回路はどっから生まれてきたんだよ。お前電脳のメンテナンスでも受けてきた方がいいんじゃないのか。こいつS02地区奪還作戦の後から時たま様子がおかしい。いつもはタフで冷静で非常に頼りになるやつなんだが、こういう完全にオフの時にちょいちょいバグるようになった。酒か? 酒がダメだったんか?

 人形だということを一旦端に置いておくとしても、風呂場という密室空間の中、男の背中を女が洗う。この事象の後が想像出来ないほどこいつは世俗に疎いわけじゃないし、頭が回らないわけでもない。というか、声が明らかに動揺している。自分でも何言ってるか十分分かっているはずだ。せめて恥ずかしがらずに言って欲しい。こっちも恥ずかしい。

 うーん、どうしよう。いや、入れる許可を出すかどうかで悩むレベルじゃないんだが、案外断り方に悩む。あまりに無下にあしらっても悪い気がするし、かといってじゃあよろしく、ってのは問題外だ。何というかこう、俺とM16A1双方の尊厳を守りつつ、いい感じに断る台詞がパッと出てこない。おじさん若い子の相手の仕方なんて知りません。

 

「しきか…………姉さん……?」

「んぉっふッ!? え、M4か! ど、どうした!?」

 

 なんで声が増えるんだよ。馬鹿じゃねえの。M16A1の言葉をどう断ろうかウンウン唸っていると、気弱そうな第二の声が扉を通してバスルームに響く。というかM16はびっくりしすぎだろ。おかしい声出てたぞ。しかし台詞の順番からして、M16に用事があったというよりは、俺に用事があって風呂場に来たらM16を見つけたって感じだな。すっげえ聞きたくないけど何の用件か聞いておこう。一億分の一くらいの確率でガチの急用である可能性も捨てきれない。

 

「ああ、いえ。お仕事のということではないのですが、今日は指揮官がお一人で湯浴みをされると聞いて、その、足のこともありますし、お手伝いをと……」

 

 うん、聞かなきゃよかった。ていうか待って。なんで俺が今日は湯船に浸かってゆっくりするつもりだという情報が出回っているんだ。いやそりゃ確かに訓練の時にポロっと零しはしたよ。それは認める。でも君たちその時居なかったでしょ。支援任務に出てたでしょ。んで帰ってきたのついさっきじゃん。お前らの帰りを待って、報告諸々すべての業務を終わらせて俺は風呂場で一息ついてるんだぞ。

 あー分かった。UMP45のスカポンタンだな。あの時居た面子の中で、こんなことをわざわざ帰投したAR小隊に伝えるような馬鹿をやらかすヤツを俺は他に知らない。チョップの仕返しのつもりかあいつ。明日必殺のアイアンクローでもお見舞いしてやろうかな。

 

「しきかーん! 私も一緒にお風呂入ってもいいー!? ってあれ、M4とM16じゃん」

 

 ダメに決まってんだろ! 帰れ! ああもう訳分からなくなってきた。これ多分AR-15も来そうだな。いや、あいつこういうところは抜群にポンコツだから案外来ないかもしれない。今初めてAR-15のポンコツっぷりに感謝しているぞ俺。

 というかこいつら、最近俺への圧がじわじわと増している気がする。こんなおじさんに熱を上げるんじゃないと幾度と無く忠告してきたんだが、一向に聞く耳を持ってくれない。見た目年下の美人に好意を持たれる、それ自体は男としては嬉しいことだろう。それは間違いない。

 間違いないんだが、生憎俺はその圧を受け切れるほどの甲斐性も度量も持ち合わせていないんだよなあ。これを逃げだというヤツも恐らく居るだろう。俺もそう思うところが無いわけでもない。だが、たとえ逃げと言われようが、意気地なしと罵られようが、この一線を俺から越えることも越えさせることも絶対に無い。むしろ、こういう塩対応を繰り返していくうち、俺に愛想尽かせて離れてくれる方が助かるとさえ思っている。

 

 こいつらは俺の教え子であり、部下であり、兵隊である。そして俺はこいつらを統率するために居る指揮官だ。もし、この世が実に平和で、お互いの立場が今と違っていたら、俺は相手が人形でも受け入れていたかもしれない。それくらいには俺もこいつらを憎からず想っているし、決して嫌いなわけじゃない。

 だが、ダメなんだ。俺はこいつらを受け入れちゃいけない。受け入れる資格が無い。あいつらが俺を選んで、俺がそれに応えてしまえば、その先には閉ざされた未来しか残されていない。先の無い袋小路に、俺自らが彼女たちを誘うわけにはいかないのだ。

 

「ンッンンッ!! し、指揮官。返事が無いということは……肯定と取るぞ?」

 

 待って。ステイ。ナンデ? 何故そうなる。ああくそ、バッサリ断ってやればいいものを、あいつらを傷つけても悪いなという配慮と、あいつらの乱入自体を実は嫌がっていない俺の余計な部分が変にストップをかけている。やばい、湯船にずっと浸かっている状態でいきなりパニクったもんだから頭も上手く回ってないぞ。誰か助けて。

 

「……あん? お前らどーしたんだ、こんなトコで屯してよ」

 

 き、きた。救世主来た! この声と口調は処刑人だな。こいつはAR小隊みたいなぶっ飛んだ思考は持っていないから、本当にたまたま通りがかっただけだろう。よし、処刑人を味方に付けてあいつらを引き剥がしてもらおう。とりあえず俺が今風呂場に居ることを大きめの声で伝え、あわせて俺の介助は必要ないことを伝えておく。本当にお節介焼きどもだぜ、まったく。直接来るな、と言うのは少し聞こえが悪いが、処刑人を通して「介助は必要ない」という部分を押し出せばあいつらを傷つけずに済むし、処刑人としても、俺の邪魔になるなら素直に帰れと言ってくれるはずだ。あいつはそういうやつだ。俺は詳しいんだ。

 

「おお、なんだ指揮官が入ってんのか。そんな慌てた声で遠慮すんなよ、アンタ一番偉いんだろ? こいつらに頼みにくいなら俺が手伝ってやるって言ったじゃねーかよ」

「は?」

「おい処刑人、今なんつった」

 

 ナンデ!? 何故そーなる!? つーかしくじった、自分では冷静なつもりだったが声に出ていたか。ていうか今バスルームの向こうの気温が下がった気がする。あの短い一言、俺の聞き間違いじゃなければM4A1のはずなんだが、何だあの底冷えした声。怖い。

 

「な、なんだよお前ら。指揮官があの足じゃ不便だろうってんで、他の連中に頼みにくいなら俺が手伝ってやるって言っただけだぞ」

 

 よし、いいぞ。負けるな処刑人。俺の平穏は今お前の双肩に懸かっている。すかさず俺もその通りだ、そういう会話を今日の遭遇戦が終わったときにたまたましていてな、という援護射撃を飛ばす。事実、処刑人に男女の云々といった感情は全く無い。ただ単純に言葉通りのことを考えているだけだ。そしてここで改めて、その類の介助は必要ない旨を今度こそ冷静に、端的に、恙無く伝える。早くこの壮大な茶番劇を終わらせてくれ。

 

「……まあ、無理強いしたいわけじゃないしな。すまん指揮官、悪かった」

「そう、ですね……。指揮官、お騒がせしてしまい申し訳ありません」

「ちぇー。ちょっと楽しみだったのになー」

 

 勝った。俺はこの戦いに勝ったぞ。ありがとう処刑人。

 一度話の天秤が傾けば、後は容易である。そういうわけだからすまんな、とこっちからも一応形としては謝罪を投げて、この話は終わりだ。

 

「……あァ、でも」

 

「UMP45が言ってたんだが、コイツそういうの遠慮するらしいから、行動で示してやれば喜ぶ、らしい。指揮官やっぱ遠慮してんのか?」

 

 

 もうやめてよぉ!! お前らまとめて部屋に帰れ!!




お風呂で身体は温まってもおじさんの心にヌクモリティは足りなかったよ…



AR小隊としては、単純にライバルが増えた(と勝手に思っている)ので、最初期と比べたら少しアクティブになってます。
まぁおじさんのガードは固いんですけどね。

軽いタッチで書こうと思うとどうしてもキャラが崩れるというか、ギャグ調に偏ってしまうのが悩みどころ。

予め言っておきますがヤンヤンはしません。彼女たちは純粋かつ純朴なので。
個人的に自分から言っておいて緊張してるM16姉さんが書いてて最高に可愛かった。異論は認める。

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