戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

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前話からほぼ地続きの話です。


34 -それぞれの行く先-

「ウェルロッド遅い!! 一回のカッティングパイにいつまで時間かけてるの!」

「はっはい!」

 

 グリフィンT01地区屋内訓練場。市街地での突入戦を想定したシチュエーションに模様替えをしたキルハウスにて訓練を行っている第三部隊の隊長、UMP45から容赦ない檄が飛ぶ。その様子を俺は厳しい教官っぽさをぷんぷんに醸し出しつつ外から眺めていた。

 ウーン。UMP45のやつ、うちに着任した当初はなんだかんだのらりくらりとかわしているイメージが強かったんだが、最近はこういった訓練にも積極的だし、何より俺のモットーとしている技術、戦術、戦略についての理解が進んでいるようにも思える。いやあ、何か嬉しいな、こういうの。俺はこいつらに戦場で生き抜くための術を教え、生き残ってもらうための訓練を重ね、そしてしっかりと勝利するために指示を出すのが仕事だ。この姿勢は俺の仕事に理解を示してくれたからに他ならないだろう。しみじみと感慨深い気持ちに耽りながら眺めていると、HK416とG11のバディが恐ろしい速度と精度のクイックピークでコーナーをクリアし、とんでもないスピードで前進を仕掛けていた。戦術人形ってこういう時も便利だよな。人間と違って一瞬でも視界に収めれば、あとは電脳内で画像解析が出来るんだもん。ずるい。

 戦術人形とは言え、その名前の通り人型を模しており、扱う武器が人間をベースとした銃器な以上、基本的な動き方は人間の兵士と同じだ。だが、その動きの精度や動きから得られる情報量、その情報を処理する速度なんかはとても人間には真似出来ない。正しく扱うことさえ出来れば、文字通り一騎当千に成り得る。無論、そこに至るまでの道のりは当然長く険しいものだが、その可能性が見えるだけでも人間とは持っているポテンシャルが比較にならない。まあ実際その領域にまで到達しちゃったやつもいるんだけどさ。

 

 俺がナガンを鉄血のハイエンド二人と面合わせを行っていたのと同時、ウェルロッドと404小隊の面々をカリーナとM16A1が引き合わせていたわけだが、その際険悪とまでは言わないまでも、ちょっとした悶着があったようだ。

 一言で言ってしまうと「こいつ本当に使えるの?」みたいな話になったらしい。確かに404小隊はずっとあの面子でやって来たというのも聞いているし、AR小隊を除けば最適化工程が一番進んでいる部隊であることも事実だ。多分だけどそれ言ったの416な気がするなあ。いや本当にただの憶測だけど、そういう台詞一番言いそうだもん。

 ただ、ウェルロッドはウェルロッドで今まで任務をこなしてきた自負もあったのか、それならば実際に見て頂ければ分かります、みたいなことを言っちゃったようだ。で、なんやかんやあって俺のところにキルハウスの使用申請が届き、今に至るという状況である。いやあ、若いっていいよな。ただの喧嘩ならしばき倒して終わりだが、いい感じにプライドとプライドがぶつかり合っている。そういうのは御し方を間違えなければいい発破にもなるし、UMP45がその辺りを見誤るとも思っていないので、俺は内心ホクホク顔でキルハウスの使用許可を出したというわけだ。

 ちなみにナガンの方だが、狩人と処刑人がこの支部に居付くことになった簡単な経緯を説明した上で、予備宿舎にぶち込んできた。鉄血の二人にも、同じ部隊でこれから行動する仲になるから、親睦を深めなさいという大義名分で無理やり押し込んでいる。中々に酷い扱いかもしれないとは俺も思ったが、かと言って狩人と処刑人についてはホント言葉でどうこう言って納得してもらえるものじゃないからな。これでもし本当に無理だったらナガンを部隊から外せばいいんだし、製造されたての新人でもないから特段トラウマを植え付けられることもないだろう。ダメだったらその時に考えればよし。人間の脳のリソースは一定なのだ、あまり一つのことに拘り続けるのもよくない。許せナガン。

 

 さて、キルハウス内での動き方を見ていると、別にウェルロッドが著しく劣っているだとか、そういう感じには思えなかった。だが、どうにも全体的に一つ一つの動作をマニュアル化し過ぎている印象を受ける。お手本になりえる歩兵術と言えば聞こえはいいが、実戦に於いてすべてが教科書通りに進むなんてことはあり得ない。あれじゃちょっとした想定外に遭遇したら直ぐにパニくりそうな気がする。なんだか教練を進めて日が浅い時期のAR-15を思い出す動きだ。優秀ではあるのだが、融通が利かない。そんなイメージだな。

 

 まあ、そこは今までこなしてきた任務の色が違うというのもあるのだろう。ウェルロッドは諜報部隊に居たらしいので、どちらかと言えば隠密行動やマニュアルに沿った作戦行動を求められていたはずだ。一方、404小隊は教科書もクソもない、地獄の蝦蟇口に叩き落されるような作戦に従事していた。残念ながら、うちの支部で求められる動きというのはどちらかと言えば後者である。そこまで酷い任務に就かせるつもりはないが、内地で諜報やってた時とは事情が違うってのを早いところ理解して貰わないとな。

 もしかして、UMP45はここまで想定してキルハウスの使用許可を求めてきたのだろうか。そうであれば大したものだ。後でそれとなく聞いてみるか、素直に教えてはくれなさそうだけど。

 

 

「……トータルで4秒以上遅れてる。やっぱり厳しいんじゃないかしら」

「私は別にどっちでもいいよぉ……早く寝たい……」

 

 突入戦訓練に一区切りをつけた第三部隊、そのうちバディを組んでいた416とG11が腕時計に視線を預けながらその感想を零す。やはりと言うか何と言うか、416の評価は辛口だな。完璧を求める彼女らしいっちゃらしいのだが、逆に言えば最適化工程に劣るウェルロッドが、4秒程度の誤差でついてきていることを褒めるべきだとも思う。確かに実戦において、一人が4秒遅れるってのはぶっちゃけ致命的だから、このままじゃ使えないってのもまた事実ではあるんだが。あとG11はもうちょっと頑張って。訓練は一応終わったけどもうちょっと頑張ってくれ。

 

「私は別にいいと思うけどな~。これから頑張ればいいだけじゃん?」

「今の状態じゃ使えないけどね。指揮官の決定には従うけど」

 

 今度はウェルロッドと訓練中行動を共にしていたUMP姉妹が各々の感想を述べる。ウーン、ナインはともかくとして、UMP45もまた辛らつだな。ただ、ここで俺が口を挟んでもあまりよろしくない。UMP45が言う通り、第三部隊にウェルロッドを加える判断を下したのは俺である。そして、部隊長である彼女がその決定に従うと言った以上、俺がどうこう言う問題ではなく、これは部隊間で解決するべき問題だと判断出来る。もしこれが本当に無理なレベルであれば、ウェルロッドの部隊加入を拒否する意見具申をしてくるはずだ。

 つまり、彼女が今後第三部隊でやっていけるかどうかというのは、今回の訓練結果は直接関係がない。そもそも、最適化工程に20%前後の開きがあるのだから、彼女たちの動きに付いていけないのは自明の理だ。それを理由に断るつもりであれば、キルハウスに来る以前でこの話は終わっている。どちらかと言えば、この結果を受けて当の本人がどう出てくるか。比重はそちらの方が大きいだろう。

 

「……認めます。今の私は、貴方たちと共に戦線を支えられる域に達していません。しかし、決して届かないとも思いません。勝利を求める信念と犠牲の覚悟があれば、あとは行動に移すのみ。必ず追い付いてみせます」

 

 ほんの僅かながら、その表情を歪ませたウェルロッド。しかし、その顔付きとは対照的なほどに、決意に満ちた言葉がその口から溢れ出ていた。今思うと、G11のような例外も多少居るものの、基本的に戦術人形というのはプライドが高い。どういう電脳の仕組みになっているかまでは分からんが、考えてみたら全員が全員、自分に紐付けされた銃器を上手く扱えるようになっているわけだから、そこに自負心を持ってしまうのも致し方ないというところか。ただまあ、その自尊心も基本的には良い方向に働いている様子なので、俺がどうこう考えるところでもなさそうだけどな。

 

「ふぅん。じゃあ頑張ってね」

 

 ウェルロッドの決意を聞いてか聞かずか、UMP45の口から漏れ出たのは実にあっさりとした返答であった。あまりの言葉数の少なさに、ナインは勿論、416もやや理解が追いついてないような表情である。G11はもう眠くてそれどころじゃない感じだな。ただ未だに立ったまま寝ていないのは評価に値する。お前徐々にだけどマシになってきてるな。その調子で真人間よろしく真人形になって頂きたい。

 

「あ、そうだ。手っ取り早く私たちに追い付ける方法があるんだけど」

 

 一足先にこの場を後にしようと足を動かしたUMP45、そんな彼女がキルハウスからの立ち去り際、こちらを振り返って追加の一言を放つ。その表情にはいつもの微笑が戻っており、大体こういう時は碌なことを考えていないパターンのやつである。そもそもそんな手っ取り早く強くなる方法があってたまるかという話だ。面倒臭いことを口走らないことを祈る。

 

「指揮官に教えを乞えばいいわ。その人、優秀よ?」

 

 やめろ。ウェルロッドがすごい勢いで首をこっちに向けたぞ今。いやまあ、俺としても教育に前向きになってくれること自体は喜ばしいのだが、そんなハードルだけ上げられても困る。どちらにせよウェルロッドとナガンの現状を把握した上で、既存の部隊員とのかみ合わせも含めて教育スケジュールは考えていかなければならない。追々の予定としては勘定していたが、まさかUMP45から先にその手の話題に触れられるとは思っても居なかった。ウェルロッドはそのキラキラした目を止めなさい。こんなおじさんから大したものは出てこないぞ。

 

「確かにね。指揮官ならば間違いはないわ。厳しくはあるけれど、実りもあるわよ」

 

 416は上乗せするのをやめなさい。期待値だけ爆上がりするやつじゃんそれ。結果として君らの教導が上手く行っているだけであって、ウェルロッドも同様に育つとは限らないんだぞ。

 それに、今すぐウェルロッドを鍛えるというのも難しい。正直今ある情報としては最適化工程の数字と、市街地を模した突入戦に於いての行動能力が第三部隊の面々にやや劣る、そして動きが教科書通り過ぎるといったくらいだ。射撃能力も分からないし、その他の情報もまだまだ不足している。この状況から最適解を出すのは俺ごときでは不可能である。取り急ぎ、ルートの取り方とクリアリングの実戦的な動きくらいはレクチャー出来ると思うが、そもそもがこの訓練自体が突発である。本来の俺の予定も考えて実行に移していかなければならないところ、ウェルロッドにだけ時間を割くわけにもいかない。とりあえずはナガンの進捗も確認して、それからになるかな。

 

 ということで、キルハウスでの訓練は一旦おしまいっと。しかし久々に第三部隊の訓練光景を見たが、動きがかなり洗練されてきているな。今まででもそれなりに仕上がってはいたが、今まで以上に隙や迷いが無くなっている。こいつらの最適化工程は今50%から60%の間くらいだが、このまま順調に行けば70%を突破するのもそう遠くないように思える。多分、そろそろタイマンでの遭遇戦訓練では俺の勝ち星が危うくなってくる頃合だ。うーん、嬉しいやらちょっぴり悲しいやら。いや、可愛い部下たちが成長している様を見るのは文句なしに嬉しいのだが、こうまで超スピードでぶち抜かれていくとなあ。これが人間と戦術人形との違いというやつか。何度体験しても慣れないもんだ。

 

「指揮官。今後のご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します」

 

 先程までの表情は何処へやら。端正な顔立ちにやる気を秘めて、ウェルロッドがこちらに頭を下げてくる。勿論言われるまでもなく、俺の部下になったからには一端の戦術人形に育ててやるつもりではあるのだが、真面目だなあ。なんだか416と同じ空気を感じる。404小隊とウェルロッド、意外と相性良いかも知れない。

 

 さて、第三部隊の方は何とかまとまったと見ていいだろう。後はナガンの様子を見に行くとするか。彼女は彼女でそれなりの経験は積んでいるだろうから、初見で面食らったとしても何とか上手いことあの二体を捌けていたらいいんだが。

 ナガンを放り込んだのはたまたまやってきたというタイミングもあるが、明確な狙いもある。狩人と処刑人にはIFFがない。電脳を多少弄くれたとはいえ、根本の部分ではやはり対ハッキングプロテクトが邪魔をしてこちらの想定どおりにことが運べていないというのが現状だ。セーフティシステムを埋め込めたので、あいつらからこちらに手を挙げることはないが、逆にI.O.P社製の人形であれば指揮官からの指示がなくともあいつらを撃ててしまう。うちの支部内に居る限りはその誤射も発生しないだろうが、外に出れば話は別だ。今後のことを考えれば、いつまでも支部内に閉じ込めておくわけにもいかず、何らかの策は打っておかなければならない。少なくとも他の支部の人形と出会った際に、こいつらは敵じゃないですよ、くらいの認識を初手で与えておきたい。

 そのためにあいつらにはカリーナが作ったマントを羽織らせ、そして部隊にナガンを組み込んだ。パッと見だけでも鉄血っぽさを消し、そしてそいつらとI.O.P社製の人形が行動を共にしていれば、最低限突然の交戦だけは避けられるだろうという見込みからだ。

 勿論、今すぐにあいつらを他所からの目が多くつく場所に連れ出すつもりはない。だが、機会次第ではあるが、少しずつでも慣らしていかないとダメだ。どっかで上手いことよさげな作戦指示でも降りてこないないもんかね。人類の支配地域を拡大し、平和を求めるはずのPMCとしては些かおかしい思考回路ではあるが、まぁ誰も彼もが聖人君主なわけじゃないってこった。そんなデキた人間なら、俺は軍人にはなっていないはずだしな。きっと神父か教師にでもなっていただろう。うわあ、全く想像が付かないぞ。今のなしだなし。

 

 とりあえずナガンの様子でも見に行こう。流石に撃ち殺したり撃ち殺されたりはしてないはずだが、ナガンの最適化工程、それに銃種を考えたら逆立ちしたってあの二体には勝てない。変な上下関係とか作られてたらどうしよう。ていうかナガンとウェルロッドって俺の指揮下ではあるけどクルーガーからの借り物でもあるんだよな、多分。うーん、もうちょっと慎重に動かすべきだったかな。万が一アイツに余計な借りでも作ろうものなら俺の平穏が更に遠のく。一方的にぶち込んでおいてなんだが、無事でいてくれナガン。色々と。

 

 

 

 

 

 

「おお、なんじゃおぬしか。狩人、処刑人、指揮官殿がきとるぞー」

「んあ? あいよー。あ、おいナガンそこ踏むなよ、汚れてんぞ」

「おおっ? まったく、我がの住まいじゃぞ、少しは掃除せんか、馬鹿たれども」

「主に汚すのは処刑人なんだがな……。それで指揮官、何か用事か?」

 

 

 あのさあ、ちょっと馴染みすぎじゃない?




ナガンおばあちゃん、強い(強い



アンケートの結果を見る限り、支部内でほのぼのやっていくか、時間軸を進めていくかのほぼ二択かなと考えております。その上で当然戦力増強として新規の人形も増えて行くとは思いますが、あまり一気に増えすぎると筆者自身が纏めきれなくなるので、そっちはのんびりペースかもしれません。予定は未定ですけど。

T地域関連のプロットがじわじわとまとまりつつあるので、ある程度見えてきたら進めて行きたいところですね。
ただまぁ、本作品を書き始めた当初から一貫して伝えてきておりますが、本作品はそもそも前作の後日談という位置づけではあるので、明確なストーリーラインありきで書かれている作品ではありません。
いつどこで変化球が飛んでくるか私にも分かりませんし、さくっと結末まで行くかもしれません。

そんなのんべんだらりな作品ではありますが、今後とも読者様にものんびりとした姿勢でお付き合い頂ければと思います。よろしくお願い致します。

今後、どうしていきましょうかね

  • どんどん時間軸(ストーリー)進めましょ
  • AR小隊とか支部の人形とほのぼのしよ
  • 新しい人形どんどん増やそ
  • サイドストーリーやスピンオフかましてこ
  • その他(メッセージや活動報告へどうぞ)

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