びっくりしたでしょう?
T02予定区の掃討が完了してから、うちの支部はそこそこ平穏な毎日を送っていた。俺の読みが珍しくいい方向に当たったようで、流石に鉄血と言えどもあの物量を一撃で片付けられてはそう息が続かなかったようだ。報復の襲撃を受けることもなく、クルーガーが新たに編成した調査部隊も無事周辺地域の確認を終え、帰投したと先日連絡があった。ちなみに前回消息を絶った調査部隊の連中だが、バニシングポイントの2kmほど奥、雑木林の中で破壊された戦術人形とともに物言わぬ屍となって見つかったようだ。
このご時世、人間一人の命は驚くほどに軽い。安い、と言い換えてもいいだろう。正規軍なんかはまだ全然マシな方で、最低限脅威に対抗するための訓練や装備は授けられる。だが、そんな国家でさえも様々な要因が折り重なって自国の領域保持すら侭ならなくなり、PMCへ領土の治安維持を委託している有様だ。人間が安全に住める場所は減り、人間の数も減り、一方で脅威は増している。戦術人形に代表されるような新たな手法も出てはきているが、一昔前のように、世界のどこでもとりあえず生きていける、みたいな話はもはや夢物語と言っていいレベルである。明日の糧食を得るために自身の命を懸ける、そんな仕事がまかり通ってしまう世の中だ。当然、自身の命をベットしたとて生にしがみつくことすら許されない、そんな人間も多数存在している。
俺自身、グリフィンが真っ当な企業だとは思っていない。別にクルーガーがどうこうって話じゃなく、こんな終末に両足どっぷりと踏み込んだような世界では、まともなやり口だけで生存どころか拡大が出来るわけもない。I.O.P社とズブズブの関係を築いている部分もそうだし、まあ多分俺なんかが与り知らないところで色々黒いこともやってるんだろうな程度には思っている。
調査部隊がどんな人員構成なのかまでは流石に知らないが、下手したら死ぬよ、くらいのリスクは当然理解して職に就いていたはずだし、今回はたまたまクジ運が悪かっただけ。人の死をそういう風に割り切れる程度には俺も現実を見てはいるし、クルーガーもそうだろう。それに、俺だっていつその不運が訪れるか分かったもんじゃないしな。実質的に俺は一度死んでいるわけだし。
そんなわけで、不運にも命を落とした調査部隊の連中にはご愁傷様、程度の気持ちしか湧かない。別に顔見知りってわけでもないし。自分のガキみたいに可愛がってきた部下が惨めに死んでいく様を数え切れないくらい見てきたから、他人の生き死に一つや二つで今更どうこうは思わなくなってしまった。むしろ知らない人間よりも、見知った戦術人形への情の方が先に湧いてくるくらいである。今更感も凄いが、俺もすっかりこの世界に馴染んじゃってるよなあ。あーやだやだ。
「指揮官、失礼致します」
すっかり枯れ果てた死生観に思考リソースを奪われつつも書類仕事を黙々とこなしていると、一体の戦術人形が司令室へ足を運んできていた。艶やかな栗色の髪が眩しい、妙齢の女性型。ハルさん、いや、今はスプリングフィールドと呼ぶべきかな。その装いを業務用の自律人形から変えた、小銃を巧みに扱う歴戦の戦術人形がその姿を覗かせた。
結局、ハルさんは戦術人形として再び戦列に加わることとなった。ただ、特定の部隊には所属していない。彼女はその実力と扱う武器の銃種柄、そしてうちの支部の現状から、決まった部隊で運用するよりはピンポイントに楔を打ち込むために都度運用した方が効果的だと判断している。
第一部隊への配属も考えたが、錬度はともかくとして機動力が追いつかない。ハルさんの速度にAR小隊を合わせてしまうと、折角の足が死ぬことになる。実力的には申し分ないのだが、如何せん力を発揮出来るシチュエーションに開きがあり過ぎる。お互いの持ち味が見事に打ち消しあってしまうので、残念ながらこの配属案はお蔵入りとなった。
他の部隊では逆に錬度が噛み合わない。第三部隊が比較的近いが、こちらも第一と同じく機動力のある編成である。同様の理由で組み込むのは少々憚られた。
悩んだ結果、ハルさんには普段は今までと変わらず食堂のお姉さんを頑張ってもらい、有事の際には必要に応じて点で配置するという、遊撃兵的な位置付けとなった。なんとも締まりの悪い話にはなってしまったが、本人も納得しているようだしまあいいだろう。多分元々AIに設定された性格もあるんだろうな、料理が好きなの。
「それでは、こちらの書類はお任せください」
軽く挨拶を済ませたハルさんはそのまま、普段カリーナが腰を下ろしている副官席を陣取っていく。ここ数日カリーナは本業が忙しく、俺の補助に回れていない。クルーガーからの緊急依頼相当の物資報酬に加え、ハイエンドモデル撃破の追加報酬に割と結構な色が付いていて、そちらの管理に追われているのだ。人形も増えて、日々消費される資源量も増えてしまったしな。致し方なしというところである。
そしてその現状を見かねたハルさんが、副官仕事を手伝うと言ってくれたのだ。これにはおじさんもびっくり。ただでさえ食堂のお姉さんとスナイパーという二足の草鞋を履いてもらっている状態だ。流石にこれ以上負荷をかけてしまうのはどうかと思い一度は断ったのだが、人間である指揮官の負荷が増える方が問題です、と圧のある笑顔で言い寄られてしまい、俺が折れる形となった。
実際ちょっと前からこうやって手伝ってもらっているのだが、これがまた恐ろしく手際がいい。元々戦術人形としての歴もあるし、AIも初期化されていないから過去に培った経験データもあるのだろう。重要性、緊急性の高低、また指揮官決裁の有無も考慮され、綺麗に纏められている。正直俺は右手に指揮官印を持って上下に振るだけでいいんじゃないかなと思えるくらいだ。ちょっとハルさん有能過ぎない? 素敵。多分人形じゃなかったら一発で惚れてたと思う。
ハルさんが俺の副官として働くことに対し、一部の戦術人形からはなんやかんや主張があったらしいが、無視した。以前と違い、いずれ目ぼしい戦術人形たちにはそういう経験を積ませてもいいかもな、程度には考えるようになったが、まあそれは本格的に書類仕事がおっつかなくなってからでもいいだろう。今はまだこの支部は最前線だ。支配地域を拡大し、うちの支部が内地として扱われるくらいにまでなれば、その時に教えればいい。それまではあいつらがやるべき最優先の仕事というのは敵対勢力の撃破であって、俺の内務お手伝いじゃないからな。
ついでに、あれ以来、俺からハルさんのことについて質問するようなことはしていない。気になるのは相変わらずだが、話さないというのはつまりそういうことだ。彼女がふと零したくなった時に安心して零せる相手。そういう風になればいいのだ。一生話してくれないかもしれないが、それはそれで別に問題があるわけじゃない。クルーガーやペルシカリアも何か知ってそうだが、そこに聞くのはちょっと反則かなとも思うし。逆にその二人が何かを伝えてこないということは、言わなくとも問題ないということなのだろう。
だから俺がすべきことは、気にしないこと。ハルさんはハルさんで、スプリングフィールドで、優しい食堂のお姉さんで、頼もしい戦術人形。ただその事実だけを受け入れること。それでいい。
「よっす指揮官! 何か任務ねえのか! 任務!」
「最近は目立った動きが少ないじゃないか、指揮官。これでは時間を持て余してしまうぞ」
「だーっ! おぬしら! 我侭は言わぬと先程わしと誓ったばかりではないのか!」
ハルさんが整えてくれた書類にぺったんぺったんと作業を繰り返していたところ、再び司令室のゲートが開き、随分とやかましい連中が乗り込んできた。第五部隊に所属している処刑人、狩人、ナガンの三人である。開口一番大音量を響かせた処刑人、対照的に淡々とした口調でしれっと不満を口に出す狩人、そんな二人を半歩後ろからこれまた騒がしい音量で諌めるナガン。
「三人とも。指揮官はただ今業務中です。お静かに」
突然の乱入者に対し、圧のある笑顔で静かに、しかし有無を言わさぬ姿勢で釘を刺すハルさん。笑顔こそ穏やかだが、声が笑っていない。端的に言って怖い。俺が悪いことしてるわけじゃないのに。単純な恐怖でなく、母親に叱られる子供みたいな気分になる。そんなハルさんの言葉を受け、ヘッポコハイエンドどもはしゅんとうなだれ、ナガンはばつが悪そうにすまんの、と一言を発するにとどまった。
相変わらず第五部隊、というかナガンとこの二体は仲がいい。前回のT02予定区掃討作戦でこいつらの生存が判明した時、一番驚きと喜びを表現したのもこのナガンだった。付き合いなんて本当に浅いのにどうしてここまで仲良くなれたんだろう。逆に気になる。
そんなハイエンドコンビだが、こいつらもあれから少し、いや大分変わった。具体的に言うと、俺をはじめ支部に居る人間や戦術人形とよく馴染むようになった。今までも別に険悪な仲でもなかったんだが、何かのスイッチでも入ったんじゃないかってくらい見て分かる程に友好的になったのだ。
特に俺とナガンに対してはその温度差がすごかった。馴染むというか懐くという表現の方が近いかもしれない。完全に犬みたいになってる。処刑人なんかは元から分かりやすい性格をしていたものだから、その差が一層顕著に現れていた。
処刑人が任務を欲しているのも、この支部所属となった当初こそ暴れたい欲求が先行していたが、今となっては俺やナガンによく見られたいからという気持ちが一部も隠されることなく前面に押し出されている結果だ。うーん、これはこれで扱いやすくなったと言えなくもないんだが、こうまで懐かれるとちょっとビビる。まあ何かが悪化したわけでもないし、俺としては特に何かを変えるつもりもないんだが。
「まあ、平和っての? 別に悪いこっちゃねえんだろうけどよ、俺は敵をブッ倒すために造られてるからなあ。動いてねぇと落ち着かねえ」
司令室に備え付けられているソファにどっかと腰を下ろし、愚痴るように処刑人が口を動かした。確かに、如何にこちら側に馴染んだとは言え、元々こいつらは最初から戦うために製造された人形だしな、AIにもそこら辺の思考ルーチンがあるのだろう。だが処刑人、そういうのは置いといてお前の重量でソファに勢いよく座るんじゃない。壊れるだろうが。そいつは人間の体重が前提の家具なんだぞ。
「うぐっ……。わ、悪ィ……」
なんてちょっと諌めると、途端にしょぼくれてしまった。まあ別に今壊れたわけじゃないからいいんだけどさ。次から気をつけてくれよほんと。ソファの替えを手に入れるために延々とコインをスキャンする身にもなってほしい。
「しきかぁん。居る?」
一気にぐだぐだな空気を醸し出し始めた司令室に、またまた来客がやってきた。なんだ今日はやけに乱入者が多いな。
第三の乱入者へ視線を流せば、そこには第三部隊の部隊長、UMP45の姿。普段から飄々とした姿勢を崩さない、掴みどころがいまいち分かり辛い人形ではあるが、その分仕事に関しては信頼している。内面的にどうかはともかくとして、誰に対しても態度がブレないやつってのは基本的に最低限の信用は置けるタイプが多い。G11なんかも別の意味でブレないやつなんだが、あれはあれで一種の信用を勝ち得ているのだから、得てしてそういうものである。
そんなUMP45だが、どうやら今日はただ冷やかしだとか遊びに来たって訳じゃなさそうだ。掴みどころがないってのは事実だが、それでも全く感情が読めないわけじゃない。
「ちょっとね、しばらくこの支部を空けることになるからよろしくってことを伝えにきたの」
何用かと問えば、その口から飛び出してきたのは想定外の言葉。なんだかんだ今までそういう事態が起きなかったものだから、俺としてもちょっと油断していたのは否めない。
彼女たち、
そして、この支部をしばらく空けることになる理由。それをわざわざ口に出す愚かな人形ではない。クルーガーが俺にもそれを伝えないってことはマジモンの秘密作戦だろうな。ただ単純に戦力として彼女たちを借り受けたいということであれば、俺にその一言くらいはあってもいいはずだ。
UMP45の言葉に、ハルさんも、ナガンも、特別驚いた様子は見えなかった。ハルさんはハルさんで歴は古いだろうことは容易に察することが出来るし、ナガンも元々ウェルロッドとともに本部の諜報部隊に居た身だ。「こういうこと」には慣れっこなのだろう。
俺には彼女たちを引き止める権利も、そのつもりもない。幸い今は第三部隊がまるっと抜けてもどうにか回せる程度には周辺の治安も安定している。とりあえずどれくらいで帰ってくる目処がつきそうか、目安程度には情報が欲しい程度だな。
「んー。ちょっと分かんないや。ごめんね指揮官」
ふむ、分からないときたか。任務の内容が読めないのか、それともこの支部に帰ってくる予定が無いのか。出来れば後者は戦力的な意味でも勘弁して欲しいなとは思うが、こればっかりは仕方ない。言い方は悪いが、そもそもが一時的にクルーガーから押し付けられている戦力である。ただ、周辺地域の情勢が安定したこのタイミングで指令が降りたということは、ヒゲはヒゲなりにこっちの状況も慮っている可能性はある。間違っても文句が言えるものじゃない。処刑人が何か物申したそうな顔をしているが、隣に位置するナガンがすばやく制していた。流石である。
ま、どんな作戦に従事するかは分からんが、こいつらはこいつらでこの支部にきてからかなり最適化工程は進んでいる。以前と同難度の任務であればソツなくこなすだろう。
「あ、そうだ。ウェルロッドが一人になっちゃうから、そこもよろしくねー」
最後に第三部隊へ最近配属となった同僚のことを舌先に乗せ、彼女はひらひらと手を翳して踵を返す。そこに感情のブレは見受けられない。普段通りの優秀な戦術人形、UMP45の頼もしい背中が視界に映るだけだった。
「……ふふっ。ありがと指揮官。いってきます」
メシは食える身体で帰って来いよ。
俺の投げ掛けた言葉に、彼女は背を向けたまま、小声で返答を寄越してそのままゲートを潜って行った。たとえ無事だったとしてもこの支部に戻ってくるかは正直分からんが、まあ本格的に離脱するのであればそれこそヒゲが俺に伝えてくるはずだ。今になってもその通信が飛んでこないってことは、とりあえずまだこの支部に所属させておくつもりなんだろう。
であれば、俺としてはちゃんと帰って来いよと言う外ない。仮宿とは言え、彼女たちには確かに帰る場所がある。それを俺が潰してしまうわけにはいかないからな。
「……? よく分かんねぇが、土産でも期待していいのか?」
UMP45の登場からやや熱の下がった司令室に、処刑人の暢気な声が響く。
いいなお前、それくらい楽な思考回路で俺も生きてたいわ。羨ましいぞ。
「さ、皆さん。先程も申し上げましたが指揮官は現在業務中です。速やかに退室を」
パン、と。ハルさんが両手で一拍鳴らし、場を整える。ふとデスクに目を戻せば、最初よりは山が減ったがまだまだその存在を主張する書類たち。うーむ、これ多分ハルさんが居なかったら今日ヤバかった気がするな。ありがたやありがたや。
ぞろぞろと司令室を後にする人形たちを目で追うのもそこそこに、俺も普段の業務に移らねば。ぺったんぺったんと、半機械的に右手を上げ下げする作業に没頭していく。処刑人じゃないが、俺もあいつらが帰ってきたら土産話の一つでも聞かせてもらうとしよう。
第三部隊、離脱。
一旦閉じてもよかったんですが、このまま時間軸進めていくことにしました(カラカラカラ
ちなみに前回のあとがきで書きはしましたが、最終的な落としどころ自体は今複数案がせめぎあってる状態でして、どう転ぶか私にもまだ分かりません。どうなるにせよ、しっかりと着地させていきたいところですね。
それでは、今後とものんべんだらりとお付き合いください。