『ふ……ッふっはっはははは! 随分と威勢の良い人間じゃないか! この私を虚仮にしてくれるとは! そうら、どうした? やれるものならやってみるがいい! はっははははは!!』
おーおー、随分とテンションが上がっておりますなウロボロスさんとやらは。俺の放った言葉がそれ程強烈だったのか、ひび割れんかのような大音量がジャックされた無線に響き渡る。ふーむ、流石にこれくらいの挑発で激昂してくれるほどポンコツではなかったか。さっきのでブチギレでもしてくれれば非常に御しやすかったんだが、まあそれは流石に高望みというものだろう。あれくらいですぐキレるのはそれこそ処刑人くらいだろうな。
とは言ったものの、現状だけを切り取れば正直こちらが不利である。視界の限られた夜戦、投入できる戦力にも限りがある。相手は俺たちの位置を既に把握しているのに比べ、こちらではウロボロスの正確な位置まではまだ特定出来ていない。更に相手は遠距離での攻撃手段が豊富だ。無線に侵入されている以上、俺からの指示もリアルタイムで筒抜けとなってしまっている。単純な人数差で言えばこちらに利があるため、距離を詰めることさえ出来ればチャンスもあるのだろうが、それを容易く許してくれる手合いでもあるまい。普通に考えれば今の天秤の傾き具合は、ほぼ詰みからかなり不利の間くらいだろう。間違っても有利じゃないし、イーブンどころでもない。
そう、普通であれば、だ。悪いが俺の部下たちは普通じゃないんだよなぁ。今回はそこらへんの違いってやつをウロボロスさんに分かってもらおうと思います。
別に俺が配下の人形たちを過剰に見積もっているだとか、無条件に信頼しているだとか、そういう話じゃない。ウロボロスというハイエンドモデルを見くびっている訳でもない。あの狩人をして油断は出来ないと言わしめる相手だ。敵対戦力を自分の都合のいいように下に見積もるなど指揮官として最悪もいいところである。
現作戦に投入されている戦力、相手の武装、現在の状況。それら全てを加味した上で、勝てると踏んでいる。勿論、最低条件として俺がうっかり死なないこと、という割とハードな前提が引っ付いてくるわけでもあるんだが。
ただ、唯一の懸念点として404小隊の存在がある。もしウロボロスがあいつらを盾にしてこようものなら、少々旗色が悪い。人形の人質程度で足を止めるつもりはないが、まあどうしても後味の悪さってのは残ってしまうだろうな。そのタイミングがもしやってきたら俺も決断が鈍ってしまうかもしれん。なんだかんだで俺は人形じゃなくて人間だから、一度持ってしまった感情というのは中々に切り捨てられないものである。
だが同時に、そんな策は取ってこないだろうなという確度の高い予測もあった。最初の発声から分かるとおり、奴は非常にプライドが高い。そんな自尊心の塊が人質を取る時点で、自分の力が相手より低いと証明してしまっている。自らの鼻をへし折るような間抜けな真似はしまい。よしんば窮地に追いやられてそのような行動に走ろうとしたとしても、その余裕すら与えず撃破してしまえばいいだけだ。
さてと、色々考えるのはこのくらいにしておこう。いつまでも遊んでいる訳にもいかないし、何より時間が惜しい。ということでM16、分かったか?
『
オーケー、流石だぞM16。そんじゃ全隊、開始。
『了解!』
俺の至極短い確認と指示の下、第一部隊が動き出す。ウェルロッドはいまいち分かっていないような感じだが、ぶっちゃけここまで状況が整ってしまえばハンドガンタイプが一人居たところであまり関係がない。最早隠密の必要どころか、索敵の必要もなくなっているのだからな。
『はははは! 一体何を始めるというのだ! 所詮は出来の悪い人間のこと、言葉のハッタリをかけるので精一杯か? どうやら動き出したようだが、私には全て見えてい……んなッ!?』
余裕綽々に煽り文句をべらべらと並べ立てていたウロボロスの声が、驚愕とともに止まる。いやあ、こういう自信たっぷりな奴を一気にどん底に落としこんでやるって気持ちがいいよな。それが怨敵であれば尚更である。ざまあみろ。
ウロボロスが驚いた理由は単純。彼女に弾丸が命中した。ただそれだけだ。
『M16A1の視覚情報を元に位置解析、終わったわよ。もう全員に飛ばしてあるから』
驚愕の声が聞こえるとほぼ同時、別チャンネルからの無線が割り込んできた。流石のペルシカリアである。手が早いどころの話じゃなく、とんでもなく手際が良い。こいつはこいつで食えない性格してるからなあ、間違っても戦闘に向いているタイプの人間じゃないが、もし彼女が平々凡々な研究員であれば、16Labの主任研究員なんか務まっていないだろう。今頃どこかで野垂れ死にしているはずだ。それくらいペルシカリアは生活力やその他の能力をかなぐり捨てている。その代わり、電子戦という一点に於いて、彼女の力は飛び抜けていた。
ウロボロスの犯した二つのミス、そのうちの一つ。奴はペルシカリアの存在に気付けなかった。
小癪にもグリフィンの戦術人形が扱う無線周波数に割り込んできたウロボロスではあったが、奴は俺や部隊員との通信には反応していたものの、ペルシカリアからの入電には反応していなかった。つまり、聞こえていなかったのである。この場に居ないバックアップの存在に気付いていたなら、今頃この事態は起き得ていない。確かにプライドが異様に高い様は見受けられるが、腐ってもAIの蟲毒とかいう意味の分からない地獄を生き抜いたハイエンドモデルだ。イレギュラーの存在を無視するほど馬鹿ではないだろう。
俺とペルシカリアとの通信規格は、戦術人形とは異なるものを扱っている。普通に考えれば当然だが、16Labの主任研究員という超の付く重要人物との通信がホイホイと外に漏れ出していては、I.O.P社はとっくの昔に崩れ落ちている。
そして、ウロボロスはあくまで戦術人形が扱う共通規格の無線に侵入してきているだけであって、現地の音を拾っているわけじゃない。つまり、俺が戦術人形との通信を一時的にカットし、ペルシカリアのみと話をしていたとしても奴には聞かれないわけだ。
一方ペルシカリアはペルシカリアで紛れもない天才である。戦術人形の電脳を遠隔で間借りして、記録装置の画像を解析したり、それらのデータを戦術人形へ展開する程度、それが出来る環境さえ整っていれば朝飯前だろう。前提として、他所からの侵入をプロトコルが許可していることが必要らしいが、そこら辺の技術的な話は俺にはよく分からん。分からんがしかし、ペルシカリアからのアクセスを戦術人形が拒否する理由がない。
M16A1を始めとした前方に居た戦術人形たちは、ミサイルの発射を確認している。その位置、弾道から予測してウロボロスが居る位置を割り出すくらい、データと時間さえあれば俺でも出来る芸当だ。機械的予測に当て嵌めるだけであればそれこそ一瞬で終わる。そして、それが出来ない彼女ではなかった。
『命中を確認。兵器の片方はもう動かせないはずよ』
感情を表に出さないことをモットーとしている桃色髪のクールビューティ、AR-15の声が無線を通じて染み透る。無感情を貫いてはいるがしかし、その声色からは隠し切れない手応えと喜色が滲み出ていた。
ウロボロスが犯した二つのミス、そのうちの一つ。AR小隊のことをナメていた。
確かに現状、ウロボロスと俺たちとの距離はそう近いものではない。まあアサルトライフルであれば単純に届く距離ではあるんだが、向こうもまさか正確な位置を把握されているとまでは思っていなかったのだろう。というか多分、奴の正確な位置を把握出来ていないのはこの場で俺だけである。生憎俺は人間なもんで、戦術人形が持つ便利な記録装置もないし、ペルシカリアからのデータを受信出来る通信装置も備えられていない。
前線に立つ指揮官としてそれでいいのかって疑問はほんの少しだけ沸いて出てしまうが、もうこればっかりは仕方ない。だって俺人間だし。
で、だ。正確な位置さえ分かっていれば、戦術人形の優れた視覚を以ってすればその姿を捉えることくらい簡単である。何キロも離れてるってわけでもないし、暗視ゴーグルがあれば多少の視界は確保出来る。そして、AR小隊で唯一高倍率スコープとサプレッサーを、そして専用のAPHE徹甲弾を持つAR-15であれば、彼我の距離で先制して狙撃を行うくらいは息をするかの如くこなせる。
『チィ……ッ! 舐めるなァ!!』
おおっと、ウロボロスさんがご立腹だ。相変わらず無線に侵入しっぱなしで発破を掛けてきたと同時、ドンドンドン、と、低い音が闇夜を裂いて響いてくる。恐らくミサイルの発射音だろう。向こうはこっちの位置を分かっているんだから、わざわざ着弾まで時間のかかるミサイルだけでなく、同時に機銃でもバラ撒けばいいものを。窮地に陥って冷静な判断力が失われると、本人が一番自信を持つ行動しか取らなくなるってのは人形も同じなのかな。それとも同時使用は出来ない仕様なんだろうか。
ま、そんなことはどうでもいいか。それじゃ狩人、すまんが頼んだ。
「ふん、人遣いの荒い指揮官だな」
そう言い終わるのと同時、最初にミサイルが飛んできた時と同様に狩人は俺を抱え上げて一気に加速する。正直俺一人であのミサイルを躱すのはかなり厳しい。凡その着弾予測は出来なくはないが、見てから予測して動いたのでは、人間の処理能力と運動能力ではどうしても限界がある。俺は完璧超人じゃないからな、あんなモン目の前にして自分の足だけで逃げるなどタダの馬鹿がやることだ。人間様は使えるものは何でも使うんですよ。そうやって今まで生き延びてきたんだ。
自身の回避行動を機動力に優れる狩人へ一任し、狩人の脇で揺られながら無線で指示を飛ばす。ウロボロスさんの攻撃はほぼ種が割れたから、後は各自突っ込んでよし。処刑人も行っていいぞ、煽られた分は存分に殴ってこい。しっかし、ちょっとこれ続くと脳みそシェイクされ過ぎて吐きそう。もうちょっとゆっくり、と言いたいところだが、狩人にちんたら走られてはミサイルで粉微塵だ。あと当たるところ当たるところ無駄に柔らかい。この回避装置、多用は出来んな。色々とヤバい。早く決めきらなければ。
若干の気持ち悪さと気持ちよさが同居するという奇妙な精神状態のもと、十分に距離を離したところでミサイルが先程まで俺たちが居た地点に着弾する。派手な音と砂埃が舞うが、誰も目立ったダメージは負っていないようで、しっかり回避は出来ているようだ。うむうむ、それでこそ俺の自慢の部下である。
最初の攻撃で予測は立っていたが、今回でその予測が確信に変わり、より一層勝利が近付いた手応えを感じる。ウロボロスのミサイル、あれホーミングじゃなくてターゲッティングだな。至近距離でいきなりブチ当てられたらヤバいが、この距離であれば極まった戦術人形なら十分に避けられる距離だ。これは第二部隊を前に出さなくて正解だったなあ、スコーピオンならともかく、錬度と速度に劣るライフル組ではこれは避け切れなかった可能性がある。いくら戦術人形とはいえども、ミサイルが直撃すれば即お陀仏コースだろう。
『っしゃおらァ!! 死ね!!』
ミサイルの雨を掻い潜り、いの一番に現着したらしい処刑人の怒声が響く。多分あのブレードで思いっきり殴りかかったんだろう。ウロボロスの耐久性がどの程度かは分からんが、少なくとも斬撃波だけでI.O.P社製の人形を真っ二つにする程度のパワーを持つブレードで直接斬りかかられては、無傷とはいかないはずだ。
恐らく機銃とミサイルの同時使用が出来ないという前提で、更に片方の浮遊兵器がAR-15に沈められたとあっては、流石に処刑人の接近を防ぎ切ることは出来なかったと見た。あいつはあいつで頑丈だから、いくらハイエンドモデルの武装とは言え少々の機銃程度で止まるとは思えない。
『くぅ……ッ! こ、この私が……こうも一瞬で……ッ!!』
おっと、どうやら処刑人の一撃で大勢が決してしまった模様だぞ。サーマルスコープ越しでは未だウロボロスの姿は確認出来んが、プライドの高い奴が劣勢を口にするとなれば、まあそれなり以上の痛手なのだろうな。
『標的の無力化を確認。指揮官、如何されますか』
処刑人にやや遅れて到着したらしいAR小隊、その隊長を務めるM4A1が冷静な口調とともに報告をあげる。うーん、完璧な仕上がりだな。やはり戦いというのはこうでなくては。別に圧倒的な武力で蹂躙するのが好きだって訳じゃないが、それでも一見不利とも思える戦況から一瞬でひっくり返すってのはいつ体感しても気持ちがいい。今回は俺が直接力を振るったのではないにしろ、予測と作戦がドンピシャで嵌ったな。いつもこうだとありがたいんだが、まあそう簡単に行くことの方が珍しい。今回はデキが良過ぎた、くらいに思っておこう。
それに、ウロボロスの撃破が目的じゃないからな。言い方は悪いが、奴は任務を遂行する上で邪魔だから排除した、いわばついでだ。こんなところで足を止めている場合じゃない。
『くそ……! ふざけるなよ……! この、この私が……ッ!』
相変わらずグリフィン規格の無線に侵入したまま、某然とした口調の言葉が漏れる。まあ、然もありなんというところだろう。なまじ自身の性能に絶対的な自信とプライドを持っている分、それが一瞬で崩壊してしまえば今のウロボロスのような心理状態に陥るのも無理からぬことだ。
だが、そこに余計な情や欲を挟み込むほど俺はお人好しじゃあない。つい最近、それをやってしまって手痛いしっぺ返しを食らったばかりである。別に罪悪感もない。狩人と処刑人がイレギュラー中のイレギュラーだというだけで、本来あいつら鉄血人形は人類の敵だ。いくら自我と感情を持とうが、意味不明なエラーを吐き出し続ける鉄屑相手に、情けをかける理由がない。
じゃあな、
俺が最後の指示を出した数瞬後。5.56mm弾の吐き出される音が、一度だけ聞こえた。
ウロボロス、撃破。
今後彼女の登場はあるのか、それは誰にも分かりません。おじさんとしては本文通り、二度と会いたくはないでしょうけどね。
さて、次回以降、作戦の肝に入ってまいります。
今後も不定期な更新になるとは思いますが、どうぞのんべんだらりとお付き合いください。
ところで前回の話をアップして以降、全て承認出来ないくらいのとんでもない数の申請が飛んできており、筆者ガチビビリしました。焦るやん。
なるべく承認はしていきたいんですが、あまりに数が多いので全員は無理っぽいです、ほんとすみません。