戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

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後半戦、開始です。


48 -breaching!-

『……おっと、発見だ。方角40、距離1200。地形的に多分……川沿いかな?』

 

 ナインを発信源としたレーダーを用いて、G11の証言を元に大まかな捜索方向を定めて歩を進めることしばらく。都合4度目のナインアンテナを駆使したUMP45捜索網に、ついに獲物が引っ掛かったことを無線越しにペルシカリアが告げる。現地点から大体1kmチョイ、ペルシカリアの言う通りあちらにはかつて小さな村があり、そして小さくない川が流れているポイントだ。

 

 うーん、川かあ。流石は404小隊のリーダーと言ったところか、実に憎らしい位置に居るもんだ。川というポイントは幾つかの理由から、人間、戦術人形双方が中々近寄り難い場所となってしまっている。

 人間の俺としては、正直あまり近付きたくないエリアだ。第三次世界大戦以降、この世界の大部分が核汚染にまみれてしまったのは周知の事実だが、余程の事が起きない限り不動の土地ではなく、流動的な水が相手となっては一体どこからどこまでが安全で、どこからどこまでが汚染地域なのかの判別が非常に難しい。戦争の爪痕によって細かい地形なんかそこかしこで変化しているものだから、川の源泉が辿る場所、あるいは流れの途中で汚染されていない保証など何処にもないのだ。正規軍に居た頃は基本装備の一つとしてガイガーカウンターを小隊に一つは持たせていたものだが、グリフィンに入ってから俺自身が外出することも少なくなり、またその活動範囲も限定されてしまっていたからその重要性は自然と下降していった。

 一応、今回の作戦領域は俺が出張っている以上、汚染の心配はない地域なのだが、相手が川となると勝手が違ってくる。ただの池とかならまだ良かったんだがなあ。水を採取して調べるにも時間も機器もない。今ここで時間を優先するのであれば、多分大丈夫、という前提のもとで突っ込むしかない。やだなあ、老い先短いとは言え流石に被爆したくはないぞ。

 

 一方、戦術人形にとっては多少の放射能程度であれば何ら問題はないが、それはそれとして今度は別の問題が発生する。単純に水がよろしくないのだ。

 無論、戦術人形に限らず、自律人形というものは基本的に防水性能を備えている。雨の日には活動出来ません、などと言おうものなら何のための人形なんだとなる。あの忌まわしい日も延々と雨が降り注いでいた訳だしな。ただし、それはあくまで水に濡れた状態でも問題なく活動出来ますよ、という話であって、イコール水に浸かっても大丈夫だとか水中戦が出来るだとか、そういうわけでもなかったりする。水中戦に特化した戦術人形も居るには居るらしいが、戦場のニーズとしては極少数だろう。

 今回のパターンで言えば、ターゲットの所在地は川沿いだ。それだけなら特に支障は無いが、問題は水中に潜られた時に追跡だけならまだしも、無力化の手段がなくなってしまうというところにある。

 銃というものは、空気抵抗に負けない出力で以って弾丸を射出する武器であるが、根本的に液体抵抗に勝てるようには出来ていない。一般的な銃器を水中で撃ったとしても、有効射程距離はせいぜいが1,2メートルといったところだろう。更に相手は経験を積みまくった戦術人形というわけで、たとえ至近距離でヒットさせたとしてもその程度の損傷で止まるわけがなかった。

 

 そして、それら双方の問題を全く意に介さずぶっちぎれる存在。それがE.L.I.Dである。

 勿論、この周囲にE.L.I.Dが居ないことは事前に確認済みであるが、そういう事情も相俟って水際というのは、普通では近寄ることすらあまりない環境となってしまっていた。俺も流石に水中戦の心得はない。というかそもそも戦ったことがないし行軍経験すらほとんどない。それくらいには縁の遠い場所であった。

 

『大丈夫よ。…………多分』

 

 そんな俺の危惧を察してか、ペルシカリアが続けて言葉を発するが安心出来る要素が無い。なんだ多分って。

 

「……ッつぅ……で、でも、居たんでしょ? やったじゃん!」

 

 度重なる酷使を受けたからか、初回よりも幾分酷い表情を見せるナインがそれでも尚、気丈に振る舞っている。強がってはいるが、覚束ない足取りだ。これでは戦闘機動はまず無理だろうし、UMP45が逃げたとなれば追跡どころでもない。今まではナインが疲労の色を見せたとしても、彼女のコンディションに合わせて適宜移動と停止を繰り返せばよかったんだが、見つけてしまった以上そうはいかなくなる。そう何度も繰り返せるような安易な手段でもないし、ここで決めてしまう必要性がどうしても出てきてしまう。うーん、この手札を使い切った感じ、何度体験してもいい気分じゃない。

 

 さて。問題は接近した後どうやってUMP45を捕獲、あるいは無力化するか、だ。大事なポイントではあるが、ここで足を止める理由にはならない。距離を縮めながら考えていくとしよう。

 

 ざっくり分けて、三パターンほど考えられる。奇襲、包囲、交渉のいずれかだ。

 まあ、交渉って手段は一応選択肢には入るものの、ほぼ間違いなく無駄だろう。話しかけている間に逃げられる未来しか見えない。あいつに交渉を受け入れる余地があるのなら、今こういう事態に陥っていない。UMP45は勿論優秀な戦術人形ではあるのだが、数多居る人形の中でも一段階上のレベルで割り切りや思考の切り替えが早い。自分自身を含め、切り捨てる判断が恐ろしく早いのだ。その詳細までは未だ不明だが、何かしらが起き、そしてその事態を飲み込み、自分を切り捨てる判断を瞬時に下した。その決断、決意がたかが言葉で容易に覆るとはどうしても考えられない。あいつと話をするのは、少なくとも無力化してからだな。

 続いて包囲。幸いというか、相手はUMP45一人である。この人数差を活かすのであれば悪くない手段だが、如何せんその立地が邪魔をする。この包囲という手段、当然ながらある程度の配置が完了するまでUMP45に悟られないことが大前提だ。まさかざぶざぶと音を立てて川に進軍するわけにもいかず、そうとなればすぐさま俺たちの挙動がバレる。未完成な包囲状態のまま相手にそれが悟られれば、悠々と逃亡を許す外ない。川方面を無視して片面だけの配置であればそれも可能だろうが、無意味が過ぎる。川に逃げられたらおしまいだ。

 

 うーむ。分かっていたことではあるが、やはり先手を打って突撃、速攻でひっ捕らえるしかないか。だがしかし、もしUMP45が接触感染型のウイルスプログラムを患っていた場合、ともすればこれは悪手になり得る。彼女がグリフィンを裏切ってまで守ろうとしたものをむざむざと危険に晒すことになってしまう。戦術人形に取っ組み合いをさせるのは出来るなら避けたいところだ。かといって俺が一人で組み付いたとしても、戦術人形と人間では馬力に差があり過ぎる。余程でない限りは振り解かれて終わりだ。

 俺には当然軍人としての経験があり、知識があり、技術がある。完璧な先手を取れる前提があれば、彼女を組み伏せること自体は多分可能だ。だが、こと戦術人形相手にそれは通じない。人間が人間を組み伏せる技術というのは、そこに痛みと恐怖が伴うことが条件にある。仮に腕ひしぎ十字固めを完全に決めたとしても、UMP45なら片腕を捨てて離脱する。あるいは、片腕を犠牲に俺を仕留めに来る可能性もある。セーフティプログラムがあれば俺へ手を挙げることは出来ないはずだが、もしウイルスプログラムに感染していてそれらもダメになっていた場合はその限りではない。そもそも取っ組み合いになる前に俺が撃たれたら終了である。人間様は非常に優秀なので、痛みを無視出来る構造にはなっていないのだ。

 

 えっ何これもしかしてめっちゃ難易度高くない? 今更ながらその難しさを再認識し、思わず頭を抱えそうになった俺は悪くないと思う。人形たちを接触させず、しかし対象を逃がさず、殺さず、無力化する。そしてその対象はUMP45である。一見すれば無理ゲーもいいところだ、どうしろってんだと全てを投げ捨てたくなる。

 

「どうした指揮官、考え事か?」

 

 ターゲットへと慎重に歩を進めながら、目聡く俺の顔を覗きこんできたM16A1が不安そうに声を発する。おっと、ついつい顔に出てしまっていたか。うーん、最近ちょいちょい得意なはずのポーカーフェイスが崩れている気がする。これはちょっと気を引き締めなおさなければ。

 しかしいくら悩んでも明確な答えが出ないままってのはどうにも良くない。ここは素直に皆へ助言を請うてみるとするか。どんな優秀な人間でも、考えが煮詰まってしまっては良い閃きは生まれない。息抜きがてら聞いてみることにしよう。別に俺が優秀ってわけじゃないけど。

 

「ふむ……。私のXM84で動きを止めて一気に制圧、じゃダメなのか?」

 

 天才かよ。ていうか俺が馬鹿だったわ。そうだよ、こいつにはフラッシュ・バン(XM84)という大いなる副兵装があったじゃないか。何故それが飛んでたんだ俺は。M16A1が少しだけ考える仕草を見せた後、ふと漏らした呟きは今の俺にとっては正に天啓と言っても過言ではなかった。

 うーむ、自分で言うのも何だが、普段であれば有り得ない視野の狭さだ。ウロボロスと対峙していた時はそうでもなかったはずだが、何時の間にこうまで思考が凝り固まってしまったんだろう。いったいどの口で搦め手全般が得意技だと言うのか。もしかしたら、つい先程まで自分の部下であった戦術人形と戦う、という今の現状が少なからず俺に動揺を齎していたのかもしれない。別に俺はUMP45を破壊するつもりじゃあない。いや、最後の手段としてそれを行使する可能性には最初から考えが及んでいたが、知らず知らずその最悪の結果を意識し過ぎていたのかもしれないな。

 

 うむ、切り替えていこう。そして、割り切っていこう。そうしなければ、俺は更に多くの部下を失うことになる。その後悔と後味の悪さは、今まで何度も噛み締めてきたはずだ。M16A1の意見具申をほぼそのまま取り入れる形で、俺は作戦を構築していく。細かいパターンは幾つか枝分かれするが、それを定めるのはUMP45の位置と周囲の状況が完全に固定されてからだ。

 

『進路そのまま……。その先だ、動いてはいないね』

 

 ペルシカリアの無機質な声が、無線機を通して静かに響き渡る。俺のサーマルスコープでは細やかな地形までは把握し切れないが、凡その風景くらいは容易に察することが出来る。

 UMP45の反応があった先。そこは、ほぼ平坦で障害物もほとんど見受けられない、川沿いに疎らに残された廃屋の一つであった。

 道中、罠の類は見当たらなかった。一つ二つあってもおかしくないとは思っていたが、恐らくあいつのことだ、逆に罠を張ることで自身の痕跡が残ることを嫌ったのだろう。徹底した逃げっぷりである。いっそ感心すらするほどだ。

 

 屋内、か。幾つか想定していたパターンの一つではあるが、メリットもデメリットもある状況だな。逃げられにくいとも言えるし、閉鎖空間故のイレギュラーが発生し易いとも言える。

 無線の向こうに居る天才技術者の言う通りであれば、彼女はあの地点から動いていない。動かないのか、動けないのかは分からないが、折角一箇所に留まって俺たちを歓迎してくれているんだ、せいぜい派手に行くとしよう。

 作戦は単純。ブリーチングと同時にフラッシュ・バンをありったけ投擲。動きの止まったターゲットを無力化する。理想は狩人か処刑人が物理的にUMP45を止めること。次点で銃撃による無力化。今連れている連中の錬度なら、上半身を避けて的を撃ち通すくらいは出来る。外からナインを通して短距離通信に乗って侵入出来れば早いんだが、そんなことをすれば確実に相手にバレる。動きを止めるまで電脳への侵入は避けた方がいいだろう。ナインもこれ以上は酷使出来ない。

 UMP45の反応がある廃屋は、そう大きくはない。表現としては小屋と言った方が近いだろう。何部屋も区切りがあるとは考えにくい。バリケードを張っている可能性もあるが、この周辺情報から予測される資材で構築された防衛線など、戦術人形のパワーを考えれば問題ない。

 

 この距離まで近付けば、僅かな会話音も許されない。ハンドサインを駆使しながら人形たちを配置させていく。先頭に処刑人。直ぐ後ろにM16A1。突入支援にSOPMODⅡをつける。狩人は万が一に備えて俺の護衛とし、その他の連中はUMP45が外壁をぶち破って逃亡する可能性を考え、やや間隔を開けて配置。

 

 最終確認。完了。問題なし。状況開始。

 

 突入開始の合図を右手を用いて出した直後、一層派手な音とともに処刑人がチャージ。崩れ落ちた入口のドアから間髪入れず、M16A1が続きXM84を投擲。後援のSOPMODⅡを含んだ3体が、防護動作とともに廃屋の中へと消えていく。いやあ、ハイエンドモデルってすげえな。爆薬も何も使わずに己の義体だけでブリーチングチャージを完成させている。とんでもないパワーと耐久性だ。

 

「!? 寄るなァッ!!!」

 

 バンッ! と、XM84がその威力を発揮した証左である轟音が響くが、その大音量に負けず劣らず誰かの叫び声が聞こえる。同時に、.45ACP弾を吐き出す連続した射撃音も。

 

 

 

 UMP45らしくない、必死な声だった。悲痛な叫びだった。それだけは理解出来た。

 そして、それだけ分かれば十分だった。

 

 

「指揮官!!」

 

 駆け出した俺を、狩人が声を張り上げて止めようとする。おい馬鹿やめろ、折角こっちの正体がまだバレてないのに俺のことを呼ぶんじゃない。いや、XM84を投げ入れた時点で鉄血人形やE.L.I.Dじゃないってのはバレてると思うけど。

 だが、そんなことは最早どうでもいい。ここまで来てしまえば遅かれ早かれ正体は割れる。狩人の声を背に受け、処刑人が派手に破壊した突破口へ、迷うことなく突っ込んだ。

 

 

 

 

 寄るなだと? それが呑めるならオレはここまで来ちゃいねえんだよ!

 

 サーマルスコープ越しに、自身に迫る.45ACP弾を視線が捉えた。




おじさん、何故かキレる。






何時の間にやらユニークアクセス100,000突破、ありがとうございます。
そして、前話でトータル50話を超えました。正直、前作で書きたいことはほぼ書いたと思っていたので、自分でもここまで続くとは考えてもいませんでした。
これも偏に、ここまでお付き合い頂きました読者様方のお陰だと感じています。重ねて御礼申し上げます、本当にありがとうございます。


残された時間がどれくらいかはまだ掴みかねていますが、よろしければどうぞ、これからものんべんだらりとお付き合いください。

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