戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

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サブタイが英語から解放されたぞ!! つまりいつものやつだ!!

今回冒頭の時系列がちょっと飛びます。そのつもりでご覧ください。


50 -美味しいステーキが食べたい-

「しきかぁん、起きてる?」

 

 独特の間延びした声。決して声量は大きくなく、けれども何処か響くような声色の持ち主、UMP45が俺の私室へと足を運んできていた。ノックくらいしろと、とっくに起きていることを言外に伝えながらどうにかこうにか上体を起こす。

 俺の反応を確認したUMP45は何一つ悪びれることなく俺の私室への侵入を果たし、ベッドの脇に備えてある車椅子を引きながらこちらに近付いてくる。その動きに淀みは無い。まるで最初からそうすべきだと分かっているかのような一連の流れであった。

 

 UMP45に穿たれた肩とわき腹の風穴は、まだ完治していない。そりゃ.45ACP弾をまともに食らって出来上がった怪我が一週間やそこらで治るわけがないしな。それこそ完全に人間辞めてなきゃ無理だ。で、俺としても右肩と左わき腹、綺麗に対角線上を負傷しては、歩くことは勿論、自力で車椅子を動かすことすら厳しいのである。なんせ腕に力が入らない。いや、正確に言えば入れることは出来るんだがムチャクチャ痛い。正直動きたくないというのが本音だが、そうも言ってられないのがブラック企業勤めの辛いところだ。自業自得とはいえ割と重傷なのだから代打くらいは寄越して欲しい。ほんとあのクソヒゲ俺を使い潰す気満々だな。いつかマジでぶん殴るぞ。

 脳内で弊社代表取締役に文句を垂れながら、UMP45がハンガーから持ってきた制服にゆっくりと袖を通す。右肩が上がらないために、こうやって誰かに補助してもらわなければ服すら満足に着ることが出来ないってのはかなり歯がゆいし何より恥ずかしい。いや、致し方ないということは理解してはいるんだが。うーん、まだまだおじいさんって歳じゃないし介護がどうこう言われる歳でもないんだが、不可抗力とは言えこれが続くとキツいな。俺の精神がゴリゴリと持っていかれる。肩とわき腹には頑張って早く快復して頂きたい。

 

「はい、出来た。行くわよ、今日も書類仕事が沢山あるんだから」

 

 普段通りの、飄々とした口調で面倒くさいことを口にするUMP45。勘弁してくれと思わず小言を漏らさずには居られない俺に対して、やはり変わらない笑みを向け、車椅子の後ろに陣取ろうとする彼女の姿が視線の端に映った。

 

 

 支部から随分と離れた場所、川辺の廃屋にて、普段の様子からは考えられないくらい取り乱したUMP45を確保したのが、凡そ一週間ほど時計の針を巻き戻した時分である。

 ペルシカリアから問題の詳細を聞かされ、当時の俺が選択したのは全件保留。つまり、とりあえず棚に上げてのお持ち帰りであった。その場では決断が下せなかったというのも勿論あるが、最大の理由に俺のコンディションがあった。何せ身体の二箇所に風穴を空けられる重傷である。まともに頭が働く状態じゃなかったし、そもそもあらゆる問題を棚上げしてでも、早期に専門的な治療を受けなければ割とヤバい状況だった。肩はともかくとしてわき腹からの出血は結構酷かったしな。

 有事の際に控えさせていた第二部隊をまさか俺の救護に当てる破目になるとは露ほどにも思っていなかったが、やはり不測の事態に備えて余剰戦力を抱えておくというのは大事だ。身を以って実感することになるとは考えもしなかったけど。

 UMP45はずっとあの調子だったから、ひとまずといった体でナインを傍に置いて車に乗せた。多分、あの状態では俺の言葉でもまともに響かなかったことだろう。彼女については良くも悪くも現状維持しか手段が取れなかったために、俺の容態を優先することが出来たとも言える。

 

 で、俺は帰りの車の中でそれぞれの部隊に大まかな指示を出した後、そのままペルシカリアが手を回してくれた医療施設に直行、手術を受けることになった。肩は弾丸が貫通しておらず摘出が必要、わき腹は貫通こそしていたが裂傷と出血が酷いという、まあ割と笑えない状況だったので緊急手術は然もありなんという感じだ。ただ、それでも術後二日で基地に戻されることになったからマジで笑えなかったんだが。久々にゆっくり出来そうだとか考えていた俺が甘かった。そうは問屋が卸さなかったよ。

 当然だが俺が病院で唸っていた二日間、支部は一時的に休業に追いやられていた。最低限の資材管理や書類整理はカリーナやハルさんが、基地周辺の警戒はAR小隊の連中が担当してくれていたが、まあ改めてグリフィンのブラックっぷりが露呈した二日間だったな。俺一人が止まったらほぼ全部止まるんだぜ。組織として脆過ぎでしょ。何故未だに指揮官が増えないのか逆に不思議で仕方が無い。支部を新設する前に人を増やせファッキンクルーガー。

 そのクルーガーだが、俺が負傷して手術を受けたって話はペルシカリアから伝わっていたらしく、少々の心配と多大な小言を術後にぶつけてきやがった。病室で寝ている俺をヒゲが直接訪ねてくるというシチュエーションはこれで2回目だが、心配もそこそこに早々支部に復帰しろと言い放ったあの時の顔は当分忘れないだろう。あいつもポーカーフェイスが上手いが、あの時だけはあえて表情を晒していたフシまである。あのヒゲ多分ろくな死に方しねえぞ。まあ、それは俺も同様だと思うが。

 ただ、UMP45については俺からも一通り報告させてもらったが、特に処罰などは考えていないようで、表向きは戦術人形の電脳が起こした一時的なバグとして処理し、当人には軽率な行動を控えるよう厳重注意、そして経過観察ということでしばらく俺の支部で再度預からせることにするようだ。あのヒゲにしては意外にも寛大な処置だが、逆を言えばそれなりに考える余地もあったのだろう。彼女の身に過去何が起こったかなんて知る由もないが、まあ藪を突いて蛇どころか大蛟が出てきてくれても困る。触らぬが吉というものだ。

 一方で、実際に彼女を今後どう扱うかについての決定権も俺に委ねて来たというのは少々腑に落ちなかった。クルーガーは俺に対してこそムチャクチャであるが、本来理知的な人間のはずだ。少なくとも、ことの大小を見誤るほど馬鹿じゃない。そして彼女の現状と今後については、一指揮官に過ぎない俺が決めていい範囲を大幅に逸脱していた。

 俺の下で再度運用出来るようであれば指揮下の人形として扱ってもいいし、諸般の事情を鑑みて難しいのであれば404小隊ごと差し戻しも受理する、と告げたヒゲの顔からは一転、表情と思考が読み取れなかった。クルーガーには俺がペルシカリアから聞いているのと同等の情報が渡っているはずだから、彼女が置かれている状況も理解しているはず。だというのに、こうまで悠長な構えを見せることに疑念を抱くなという方が難しい。

 多分だが、このクソヒゲUMP45に所有権がないことを知ってやがったな。つーかその前提じゃないとこの選択肢は取れない。お前俺が後ろから撃たれてたらどう責任とるつもりだったんだ。しばくぞ。

 お互い遠慮の無い言葉の応酬が幾度か繰り広げられたが、結局は俺が折れる形となった。個人的な関係はともあれ、こいつは社長で俺は一労働者である。会社辞令に逆らえる道理が無い。まあ彼女の現状を再度確認してからの判断でも遅くはないだろう。少なくとも再会して早々撃ち殺されるなんて事態は起こりにくいはずだ。そこら辺はペルシカリア女史に期待するしかないんだが。

 こうして彼女の進退は俺の一声に委ねられることとなってしまった。おかしくない? 俺は絶対おかしいと思う。

 

 その間、件のUMP45はメンテナンス装置に直行させ、ただ只管にペルシカリアの処置を受け続けさせていた。鉄血側のプロトコルを虱潰しに殺していく必要があったから、ペルシカリアだけでなく16Labの技術者を数人動員して人海戦術で埋めていったらしい。後日彼女からとりあえずの処置は完了した旨の報告を受けたが、目の隈が普段より5割増くらいだった。お疲れ様である。今度また珈琲持って行くから許して。

 

 そして、様々なことが起こっていたUMP45の電脳内ではあるがその中でも最大級の爆弾、彼女の所有権についてだが。

 結論から言えば、ここに関してはまだ解決していない。ペルシカリアから齎された唯一かつ確実な手段、いわゆる誓約の証とやらを、結局俺はデスクの引き出しから持ち出すことは無かった。

 

 医療施設から車椅子に乗せられて舞い戻ってきた支部にて、皆、特にAR小隊の連中には相変わらず心配されまくってはいたのだが、それらが一通り落ち着きを見せた頃、UMP45から話があると、司令室でカリーナも退出させて二人きりになったのがことの始まりだった。

 どうやらUMP45自身、メンテナンス装置にて長時間スリープモードに入っていたこと、電脳に侵入していた鉄血のプロトコルをペルシカリアが全て塞いだこともあり、生来の落ち着きを取り戻していたようだ。一先ずは迷惑をかけてしまったことに対しての謝罪を受け取り、幾ばくかの沈黙の帳が降りた後。彼女にしては珍しくばつが悪そうに、ぽつぽつと言の葉を落とし始めた。

 

 曰く、恐らく鉄血のウイルスに感染した影響で自分自身でも覚えていない記憶が断片的に蘇った。曰く、元々はグリフィン所属の人形ではなく別の組織に所属していた。曰く、自身の指揮権は紆余曲折あって別の人形に譲渡したままであり、所有権に関しては元々消えるように最初からプログラムが仕組まれていた。曰く、404小隊に属する前からその状態であり、理屈的にはいつでも歯向かえるようになっている。曰く、そのこと自体を今までは何故か認識出来ておらず、これもウイルスの影響か分からないがその記憶が突如浮かび上がってきた、等々。

 細々と、そしてゆっくりと語る彼女の様はやはり今まで見てきたUMP45とはどこか違う様相で、その表情こそ大きく崩れてはいなかったが、俺にはどこか悔やんでいるような、懺悔しているような、そんな後ろ向きな感情が見え隠れしているようにも思えた。

 そんな彼女の独白を受け取り、俺が下した判断は現状維持。つまり、今までと何も変わらず、彼女を罰することもなく、本部に差し戻すわけでもなく、かといって誓約の証を使うわけでもなく、第三部隊の部隊長として運用することだった。無論、現実的な案として彼女の初期化や処分といった手段も無いわけではなかった。事実、どうしても許容できないのであれば、という前置きとともにUMP45自らが打診してきたくらいである。それくらい内容としては無視出来ないものだったし、彼女もそれを十二分に理解していた。

 

 俺は彼女のことを全て理解しているわけじゃないし、彼女の言い分を全て理解出来たわけでもない。それでも、俺の柔らかいところがどうしてもそれらの手段を行使させる決断を下さなかった。下せなかった。

 

「……ありがとう、指揮官」

 

 俺の決断を受け取った彼女はしばらくぽかんとした表情を浮かべるも、数瞬後には見慣れた笑顔を見せ、小さく呟いた。

 所有権が空白の人形を、それも殺傷能力を持った戦術人形を運用し続けるなど正気の沙汰ではない。それは俺にだって分かる。ただ、そもそもこの状態で今まで運用されてきていた、ということであれば話は少し変わる。当然、今後最悪の事態が起きない保証はない。だがそれでも大丈夫だろうと、そして大丈夫じゃなかった時は仕方がないと、信頼と諦観を思わせる程度には、UMP45の積み上げてきた実績というのは無視出来ないものでもあった。

 

 まあ、後悔はしないと思う。もし彼女に殺されるような事態が起きるのであれば、それは即ち俺が彼女の運用を見誤ったからだ。そう思わせてくれる程度にはUMP45のことは信用しているし、信頼もしている。人形に対して信頼などという無形の片思いを抱くのは本来であれば間違っている判断なのだろうが、そこら辺は俺の甘さだろうなあ。でもまあ、例えAR小隊の連中に何か重大な欠陥があっても、多分俺は彼女たちも信頼しちゃうんだろう。

 全ての関わりが断ち切られてしまった俺の第二の人生は、戦術人形と共に在る。であれば、彼女たちに俺の生の一部を預けてしまうのも強ち間違った思考とも言えないはずだ。一方で、彼女たちを俺に縛るだけの覚悟も責任も持てない。持とうとすらしていない。自分でも矛盾していることは分かっている。

 

 きっと、傍から見れば俺も狂っている人間の一人なのだろう。考えていることとやっていることがチグハグだ。彼女たちを弄ぼうなどという気持ちは微塵も持ち合わせちゃいないが、人間の絆は何も一種類だけじゃない。それを人形と紡ごうとしている俺も大概だが、まあ何とかなるでしょ。狂っていると思うし、人によってはヘタれているとも取られかねない行動ではあるが、俺はそういう人間なんでな。何とでも言うがいいさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おはよう指揮官。今日もUMP45がお世話係か?」

「あら、おはようM16。何かご不満?」

 

 違うんです。俺が言った訳じゃないんです。彼女がやるって言ったんです。せめてもの償いとか言われて断り切れなかった俺も俺だけどさあ。

 

「いや? 甲斐甲斐しいなと思っただけさ。ただ気を付けろよ、指揮官はあまりベタベタされるのは好きじゃないからな」

 

 違うんです。確かに距離感は大切だけど、今は誰かに手伝ってもらわないと私生活が成り立たないんです。処刑人と狩人を跳ね除けただけでも褒めて欲しい。

 

「ふぅん、ご忠告どうも。もしかして経験談かしら」

「そうじゃない。普段の指揮官をよく見ていたら分かることさ」

「流石はAR小隊の長女様ね、慧眼なこと。羨ましいわ」

「……指揮官。止めはしないが、404小隊の連中はそういう距離感ってやつが妙にズレている奴が多い。何かあったら言ってくれよ、私でもM4でもいい」

 

 それをお前が言うのかよ。お前の言う適切な距離感って何だよ。いや確かにナインといいG11といいズレてる奴は多いと思うけどさあ。

 

「指揮官、どうする? M16たちに代わった方がいいかな?」

 

 待って。それを今この場で振らないで。どう答えても地獄じゃん。やめて。UMP45は今俺の後ろに居るから表情は分からないが、絶対によくない顔してるだろこいつ。

 

「それを今ここで聞いてしまうところがズレてるって言っているんだ。分からないか?」

 

 間に俺を挟んで声色を変えるのをやめなさい。傷口以外が痛くなってくるでしょうが。

 

「ふふっ、冗談よ冗談。貴方ももう少しユーモアを身に付けたら?」

 

 笑えねえよ馬鹿野郎。そういう心臓に悪いユーモアはお呼びじゃない。むしろ控えて欲しい。

 

「……まあ、あまり指揮官に不要な負担はかけるなよ」

 

 既に君のせいでいくらかかかってるんですけどそこは不問ですかそうですか。

 

「肝に銘じておくわ。行きましょ、指揮官」

 

 

 

 今日の昼食はどうしようかなあ。ハンバーグとかパスタとかじゃなくて美味しいステーキが食いてぇなあ……。ないかなあ……無いか……。




祝、本編50話。
そしておじさん、肝が冷える。低体温待ったなし。










結局アレは使いませんでした。これ今後使うことあるのか? って疑問を感じざるを得ませんが、まあいつか使うんでしょう、いつか……多分……。
でもまあ渡したら渡したで地獄だとは思うので、一概に間違っているとも言えない気はします。おじさん的には、ですけど。

UMP45の心境については各々の想像にお任せする方向で、今回のお話は一旦一区切り、になるといいなあ。

ではでは、今後ものんべんだらりとお付き合いください。

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