戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

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<unchain>
(……の)鎖を解く。(……を)解放する。連鎖しない。
<girls>
girlの複数形。ガールズ。女の子、少女たち。


51 -アンチェイン・ガールズ-

 身体に風穴が開いたとはいえ、俺の仕事は減るわけでも誰かが肩代わりしてくれるわけでもない。何度目になるかも分からないクソヒゲに対する不満を心に抱え、いつも通り司令室へと足を運ぶ。いつもと違うのは義足をつけた己の足で向かっているのではなく車椅子であるということ、そして俺一人で向かっているのではなくUMP45が車椅子を押していることの二点だ。それだけの違いではあるが、この支部の日常からは大いにかけ離れている光景ではあるだろう。

 現在繰り広げられているこの日常は、先日出会い頭の口撃戦を挟んだM16A1だけでなく、様々な戦術人形に少ないながら影響を与えているように思う。主に悪い意味でそうなってしまっている気がしないでもないのはきっと気のせいだろう。気のせいに決まっている。俺は考えないぞ。誰かの補助が必要なのは事実なんだ。これは必要経費である。何もUMP45に固定する必要まではなかったんじゃないのという誰かの突っ込みが聞こえそうだが無視する。今更言えないじゃないか。彼女も満更でもなさそうだしさあ。

 多分、こういうところが駄目なんだろうな、くらいには俺も思い当たっている。ありがたい事なのかは分からないが、AR小隊だけでなくこんな俺に対して一定の好意を持っている戦術人形は多い。別に自惚れとかじゃなくてな。

 ペルシカリアから擬似感情モジュールと動的感情メーンルーチンの話があったとおり、基本的に戦術人形は指揮官に対して時間が経てば好意を抱くように出来ている。無論、全うな対応をしているという前提はあるにしろ、俺個人としてはそんな無茶を強いているつもりはないし、結果として悪くない印象を抱かれているようなので、彼女たちの運用に失敗している、という訳ではないのだろう。まあその好意が齎す結果は必ずしも心臓にいい物でもないってのが困りどころなんだが。

 一方で、彼女たちが持てる感情には限界がある。ペルシカリアの言葉を信じるならば彼女たちの気持ちは「好意」まででリミッターが掛かっていて、それ以上を持つにはそれこそ誓約の証を使ってそのリミッターを外すしかない。俺としてはそれを外すつもりがないからその点は助かっているのだが、何と言うか、こう、お互いに生殺しを食らっている気分にならないわけでもない。使う使わないは別として、誓約の証を使う指揮官の気持ちが最近ちょっと分かる気がする。勿論、そういう打算なしに特定の戦術人形に惚れてしまった指揮官も居るのだろうが。

 

「おはようございます指揮官。本日もよろしくお願い致します。……繰り返しにはなりますが、気分が優れないなどありましたら直ぐに申し付けてくださいね」

「あら、おはようスプリングフィールド。今日もよろしくね~」

 

 司令室にUMP45とともに到着してしばらく、ハルさんがその顔を覗かせる。普段通りの笑顔ではあるのだが、常に俺への心配を分かりやすく匂わせる気遣いは嬉しいっちゃ嬉しいんだが逆にこっちが気を遣ってしまう程だ。大丈夫、とは口が裂けても言えない状態ではあるが、まあ鎮痛剤も飲んでるし化膿や炎症もない。今のところ順調に回復に向かっていると見ていいだろう。

 

 ちなみにUMP45はこの支部に復帰して以来、ハルさんのことをハルさんと呼ばなくなった。そこにどんな心境の変化があったのかは分からない。ハルさんも最初こそ面食らっていたが、彼女がスプリングフィールドという名の戦術人形として再び戦場に立つようになったのは事実だ。俺もどうこう言うつもりは無かったし、ハルさんはハルさんでそんなに気にしていないようだからそのままにしている。

 

「……ふふ、嬉しいですね。私も同列に見て頂けているようで」

「そう? まあ好きに捉えてもらって構わないわ」

 

 時々こうやって、俺には分からない言葉のやり取りを行うことも最早日常となって久しい。特に険悪な雰囲気という訳でもないので多分大丈夫だとは思うが。UMP45は元からどこか飄々としていたやつだが、あの事件があってからは更にそういう空気を増したようにも感じる。

 とりあえず暢気にお喋りを楽しむという時間帯でも場所でもない。サクッと仕事を終わらせて療養したい気分だ。というかこの怪我は何時頃完治するんだろうな。多分一月もあれば概ね動けそうな気はするんだが、それよりも風呂に入れないってのが地味にキツい。身体を拭くにも肩とわき腹をやられている都合上、自分で拭くには限界があるわけで。背中なんかはUMP45がやってくれるからまだいいんだけど、こう、下半身とか割と困るんですよ。流石にそこまでやらせるわけにもいかないし。足湯を楽しもうにも俺一人では難しいために、そういう用途で彼女たちを使うわけにもいかずお預けとなっている。今この支部には戦術人形と雑務を行う自律人形しか居ないが、俺が負傷した場合に備えて医療用というか、そういう人形も手配した方がいいかもしれないな。幸い戦況は落ち着いているが、俺が動けない中で戦術人形が出払ってしまえばそれはそれで困る。

 

「失礼しました。本日の書類はこちらに。物資状況、支援作戦の注文、部隊の錬度、訓練状況、T02およびT03予定区の進捗、人選の状況などが纏まっております」

 

 空気を締めなおし、ハルさんが今日の書類を用意してくれる。最近カリーナはカリーナで忙しく、副官業務はハルさんに比重が寄り始めている状況だ。支部の備蓄管理もそうだが、送られてくる補充物資の状況に加えて作戦報告書の作成や確認など、支部に所属する人形が増えるにしたがってその業務量も増えてきている。俺の代打も欲しいが、そろそろ本格的にカリーナの部下も考える時が来ているのかもしれない。俺一人が苦しむのは百歩譲ってまだ耐えられるが、カリーナが忙殺されるのは上司として許せん。

 さて、頼れる後方幕僚殿への心配もそこそこに、俺は自身の業務である書類仕事に精を出すとしよう。物資状況と補充予定にざっと目を通すが、やはりカツカツだ。前回侵入者にしこたまやられたこともあって、大きくマイナスに傾いている。訓練だってタダで出来るものじゃないからちょっとこの辺り調整しないと詰むかもしれない。最悪あのヒゲ野郎を強請る手段も考えるくらいには、まぁあまりよろしくない状況であった。

 そういう事情もあるものだから、うちに依頼が来ている後方支援については積極的に受けて行きたい所存なのではあるが、これはこれでまた難しい。誰でも出来るお遣いレベルの支援作戦はその分報酬も安いし、かといって一目見て分かるくらいの騙して悪いが作戦に乗ってやる義理もない。経験値で言えば第二部隊や第四部隊を派遣したいところだが、彼女たちの部隊の方向性に見合った任務というのが中々見つからないのが現状だ。一時的に編成を変えることも検討したが、個人の錬度はともかく、部隊間の連携というのは一朝一夕で身に付くものではない。悪戯に入れ替えまくるってのはあまりよろしくないだろう。

 数多の書類に目を通してうんうんと唸っている間、ハルさんはそれらの書類を仕分け、UMP45は三人分の珈琲を整えた後、俺の傍で無言で控えていた。まるで護衛である。うちの支部の位置は既に鉄血に割れているし、襲撃に備えて自力で動けない指揮官に付く護衛、というのは決して間違ってはいない判断なのだが、頼んでもいないのにここまでしてくれるのはちょっとむず痒い。かといってこれが無駄かと言えば断じて無駄ではないので俺も俺で強くは言えない。つらい。

 

「よう指揮官! 具合はどんな感じだ?」

「人形と違い、自然治癒を待つしかない、というのはもどかしいな。貴様が快復しないことには私たちも落ち着かない」

「毎度毎度すまんの、指揮官。こやつらもおぬしを思ってのこと、許してやってくれ」

 

 来たよ三バカ。いや三バカってのはナガンに失礼か。二バカと一保護者って感じだな。最早恒例となりつつある第五部隊の襲撃だが、ハルさんもUMP45も手馴れたもので適当に彼女たちをあしらい、司令室に備えてあるソファに誘導していく。

 こいつら、特にヘッポコハイエンドの二人は俺が負傷してからは毎日のように司令室や私室に顔を出している。その度に自然とUMP45と顔を合わせることになるのだが、彼女が上手く二人を躱してくれるので結果的に俺への被害が収まっているのは素直に喜ばしい。こいつらスキンシップが重いんだよ物理的に。健常ならまだしも、大怪我をこさえている今の状態では容態が悪化しかねない。あのSOPMODⅡですら今は遠慮してくれているというのにこのヘッポコどもは。

 

「あ、そうだそうだ。今日は一応用事があってだな」

 

 ゆっくりとソファに腰掛け、一息ついたところで再度処刑人が口を開く。ほーん、こいつらから何か用事がある、というのは割と珍しい。最近は目立った作戦行動もなかったから、また褒めろなどという用件ではないだろう。とは言え、そうでなければ一体こいつらが俺に何の用事があるのか、という疑問が逆に湧いてくる。まあ何にせよ、部下からわざわざ用事があると言われてそれを無下にする馬鹿は居まい。話は聞いてやろうじゃないか。

 

 

「まだはっきりしてるワケじゃないんだが、多分俺たち、お前のこと好きだなと思ってな」

「私も処刑人と同様だ。人間の間ではこの感情を愛情と呼ぶらしいな」

 

 なんて?

 ンッンンッ。ごめん。なんて?

 

 突然の告白に司令室の空気が凍る。ハルさんやUMP45ですらその表情を固めたままだ。唯一、ナガンだけがばつが悪そうに曖昧な苦笑いを浮かべて視線を泳がせている。こいつ、知ってやがったな。止めろよ、というのはきっと非常に我侭で無茶な注文なのだろう。だがあえて言わせて欲しい。止めろよ。どうすんだよこの空気をよ。

 ていうか何? 用事ってそれ? 愛の告白をするためにわざわざ来たの? ハルさんもUMP45も居るのに? つーかお前らお互いが大事じゃなかったのかよ。そもそも鉄血を離れてこっちに居座るようになった原点はそこだろうが。その辺どうなんだよ。

 

「狩人は大事だぞ、親友で戦友だと思ってる。ただそれとはまた別っぽいんだよな」

「そうだな、こいつのことは大切だが、貴様に抱いた感情はまた別のものだと感じる」

 

 め、面倒くせえ。二人揃ってそれはそれ、みたいな言い方しやがって。しかもこいつら、それを感じることも告げることも別段恥ずかしいと思っていないところが性質が悪い。いや、悪いというのは失礼かもしれないが。ただAIと擬似感情モジュールが弾き出した答えを述べているだけだ。そこに遠慮だとか羞恥だとかいう感情が無い。良くも悪くも人間社会や人間の感情の機微を知らない結果だなこれ。

 で、それを聞いた俺は一体どうすればいいんだろうか。その告白を受けた俺に何かを期待しているというのなら悪いが、その先に未来はないぞ。

 

「別にどうこうしようだとか思っちゃいねえよ。ただ気付いたから言っておきたかっただけだ」

 

 何事もなかったかのように、しれっと処刑人が言い放つ。こ、この野郎。

 

 処刑人の言葉を最後に、しばらくの間司令室に沈黙が木霊する。どうしろってんだよ。一方的に剛速球デッドボールを当てられただけだぞ俺。

 

「……UMP45さん?」

「ふん……上等よ」

 

 ちょっと。そっちはそっちで不穏な言葉のやり取りしないでくれます? UMP45さんは何が上等なんですかね。ハルさんもわざわざ触れなくてもよろしい。嫌な予感しかしない。

 

 俺個人としては、最初の出会いこそ散々だったがこいつらに対して悪い感情は抱いていない。むしろ最近は手もかかるが可愛らしい奴らだなというくらいの認識だ。だが、それが恋慕や愛情といったものであるかと問われれば断じて否である。折角頂いた嬉しい言葉ではあるのだが、それに応えることは出来ない。まあ、そこら辺はこいつらも割り切っているようだから大丈夫だと思いたいんだが。

 というか何故そんな感情を一気に抱くようになってしまったのか。その疑問がすぐさま湧いてくるが、同時に予測も立ってしまった。多分こいつら、擬似感情モジュール自体が鉄血製だからモジュールに対してリミッターが無いんだ。動的感情メーンルーチンは被せただけだとペルシカリアも言っていたし、その働きを制限する理由がない。そもそも外付けのリミッターなど、こいつらが本気を出せば焼き切ってしまいそうでもある。最悪、何かがバグった可能性も無きにしも非ずだが、好意的な気持ちをバグで片してしまうのは流石に俺もどうかと思うのでこの線は考えない方がよさそうだな。個人的にはバグであってほしいけど。駄目かな。人道的に駄目っぽいな。

 

「……ここに身を置くようになってから、カリンや貴様が少し羨ましく感じることがある。人間はこういう気持ちを抱くのだな」

 

 しみじみ語るのをやめろ。リアクションに困る。何かいつの間にかいい話っぽくまとめられそうな雰囲気なんだが、間違ってもそうですかハイ終わりって片付けるものじゃないからね。そこら辺こいつら理解しているんだろうか。

 今この場にはハルさんにUMP45、ナガンが居るために、こいつらが持つ感情の拡散を完全に防ぐってのは多分無理だろう。特にUMP45辺りはそれとなく情報を撒きそうな気さえする。他の連中は擬似感情モジュールに制限があるから、だからと言って何かが変わるとは思えないが、どうなんだろうな。これペルシカリアに相談した方がいい気がする。メチャクチャ言いにくいけど。あいつ絶対爆笑するでしょ。

 ただ、万が一にもこの一件を切欠に支部運営に支障を来たしても困る。悪い可能性の芽は摘んでおく必要がある以上、やはりここは専門家に相談すべきだろう。バチクソ言いたくないけど。

 

 とりあえず今はこの固まりきった空気を何とかしたい。そもそも今は業務中だし、完全に割り切ってハイ解散とも言い出し辛い。さしものハルさんもこれからの動きには少し迷っているようで、普段であれば淀んだ空気をピシャリと断ち切ってくれるのだが、今回は期待出来そうに無い。まあ当たり前か。いきなり死角からキラーパス貰って平然と日常に戻れるやつがおかしい。

 

 

 

 

 そんな凍えた気配を、けたたましい爆音と衝撃が豪快に切り裂いた。

 

 

 

「……!? 敵襲!?」

 

 前線支部、そして司令室という場所はその性質も相俟って、それなり以上の堅牢性を有している。正に基地という名に相応しい防壁を音のみならず、衝撃が貫通するというのは相当だ。ちょっと車がぶつかりました、程度で済む衝撃ではない。ほぼ間違いなく何らかの敵性勢力のお出ましである。何処の誰かは分からんが少しだけ助かった気分だ。さっさと片付けて日常に戻ろう。

 その点において、今司令室に居るのは全てが精兵である。動き出しは早かった。ハルさんは素早く索敵用のドローンを起動、処刑人と狩人はナガンとともに俺が指示を出すまでも無く、宿舎へ置いてきた武器を引っ張り出すため足早に司令室を後にする。UMP45は最初から俺の護衛を務めるつもりだったのか、銃器はその手に携えたままだ。今は無線を使っているようだが、恐らく待機させているダミーを呼び寄せているのだろう。

 

「指揮官! 無事か!?」

 

 程なくして、M16A1を筆頭に第一部隊が完全武装で司令室へ躍り出る。流石こいつらも動きが早い。呼び出すまでもなく緊急事態と判断して即座に動けている。そして彼女たちに遅れること数瞬、他の部隊員たちも何事かと慌てて司令室に飛び込んできた。先程までの弛緩した空気は何処へやら、一瞬で緊迫した戦場の空気に塗り替えられる。ウーン、優秀。いくら訓練を重ねていても、人間では全員が全員こうは行かないものだ。

 顔ぶれが揃った司令室にて、先程の爆音の正体は未だ不明であること、現在ハルさんが索敵用のドローンを飛ばして様子を確認していること、場合によっては全員にすぐさま出撃してもらう可能性があることを告げる。当然だが先程のハイエンドのくだりはスルーだ。間違っても今伝える情報じゃない。つーか俺も切り替えないとヤバい。

 

「敵影、捉えました!」

 

 ドローンを飛ばして間もなく。ハルさんが普段の様相からは想像もつかない鋭い声で報告を上げる。最近はめっきり大人しくなっていた鉄血の連中だが、まあこのまま引き下がる連中でもないわな。いきなり奇襲を食らったとあればまだ割と距離は開けているはずだが、逆に言えば、今回はその距離から先手を打てる武器を持ってきているということだ。油断は出来ない。どこの誰が相手だろうが油断する気はないけどな。

 そうこう考えているうちに、ドローンが捉えた映像が司令室のスクリーンに回される。まさかこの攻撃手段を持った敵がただの量産型という訳ではあるまい。お姿を拝見と行こうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『はははは!! まさかこの程度でくたばったわけではあるまい? この私が直々に出向いてやったというのだ、今度こそ貴様らを完膚なきまでに叩きのめしてやろう! 光栄に思うがいい!! ははははは!!』

 

 お前かい!




縛られない女子たちの登場だ!!!!







この支部において、擬似感情モジュールに制限がある子と、制限がかかっていない可能性のある子、数えてみたら楽しいことになるかもしれません。

おじさんは楽しくないですけど。


ではではまた次回、のんべんだらりとお待ちくださいませ。

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