戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

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どんどんおじさんを追い込んでいけとガイアが俺に囁いてくる。


52 -認識のブレイクスルー-

『くっ……! この私が……一度ならず二度までも……ッ!』

 

 索敵用に放ったドローンが司令室のスクリーンに映し出す戦場。そこには一対の浮遊兵器を粉々に破壊され、満身創痍といった様相で膝を突くウロボロス、そしてそれらを取り囲むように陣取る第一部隊、第三部隊、第五部隊の姿があった。第一、第三部隊はほぼ損傷無し、第五部隊はやはりというか、役割的にどうしても前に出ざるを得ない処刑人が少々機銃の雨に打たれてはいるがしかし軽傷と言ってよく。十分な余力を残したままの、ほぼ完勝と言っていい結果が見て取れた。

 

 いや、お前何しに来たんだよ。スクリーンに目を預けたまま、思わず全身の力が抜けかける。勢いよく奇襲を仕掛けてきたのはいいものの、ハイエンドモデルが単騎で、それも策も弄さず正面からのがっぷり四つで打ち破れるほどうちの部隊はヌルくない。

 ウロボロスは今回、配下の量産型を引き連れずに何故か単身一人で乗り込んできていた。前回の夜戦と違い、今はまだ日も高い。そして作戦遂行中であったあの時と違ってこちらは兵力も余力も十分な状態にあった。流石に前に出すには錬度が足りない人形も居るが、ライフルやマシンガンといった連中には援護射撃を行わせればいい。更に戦闘場所も俺たちの庭と言っていい支部周辺、ドローンで敵の所在も最初から割れているときたもんだ。初見の敵ならまだしも、一度交戦経験のあるハイエンドモデル、それも単騎が相手であればぶっちゃけ負ける方が難しい。

 

『敵勢力の無力化を確認しました。指揮官、ご指示を』

 

 無線を通してM4A1の声が静かに響く。改めて視線を注げば、そこには慣れた動きで、かつ油断なくウロボロスに銃口を向ける第一部隊の姿。

 戦闘の一部始終は実に呆気ないものだった。ドローンでその姿を確認した時こそ距離はそこそこ離れていたが、たった一人から繰り出される機銃など数の暴力の前では無意味だ。どう頑張っても銃口は二つしかないんだから、当然同時に向けられる先は二箇所までに限定される。振り回すという手段もあるが、そうすると弾幕自体が形成出来なくなる。練習用ターゲットを粉々にするだけならそれでもいいのだが、こっちには耐久力に優れたハイエンドモデルが二体も居るのだ。そいつらを壁にしてもよし、散開して距離を縮めるもよし。包囲網を広げたとしても、お互いが誤射をするような間抜けな部下ではない。視界も広く、回避運動に十分なスペースのある今回の立地ではミサイルもあまり役に立たない。そして、耐久性に難のある人間の俺は今回司令室で引き篭っている。

 正直、負ける要素がない。至極順調に、お手本のような包囲殲滅を完成させた結果だった。

 

「……何しに来たのかしらね、あいつ」

 

 俺の傍らで護衛を続けるUMP45がぽつりと呟く。奇遇だな、俺もまったく同じ気持ちだ。色々と疑問は生じるが、一番のポイントはウロボロスが突然襲ってきたこと自体ではなく、単騎でやってきたことにある。

 通常、ハイエンドモデルというのは結構な数の量産型を配下として引き連れている。スケアクロウ然り、処刑人然り、狩人然り、侵入者然りだ。かく言うこいつも404小隊救出作戦時に出会った際は多数の量産型を操っていた。こっちの無線に侵入してくるだけの電子戦能力を備えたモデルである、となれば自然、操れる量産型の数も多いはずだ。むしろ、数の暴力こそが鉄血側の真骨頂なのだからそれを実践しない理由がない。

 まあ、かといってそれを聞いてどうにかなるってものでもないんだけどな。そもそもこちらの質問に答えてくれるかも分からん。別にこっちとしては楽な戦いになるだけなので、のこのこと単騎で現れてくれるなら願ったりかなったりだ。遠慮なくボコせる。

 さて、あまりM4A1を待たせるのも悪いな。ウロボロスさんには悪いが二回目のレッドカードを出させてもらおう。願わくば二度とスタジアムに出場されないことを願う。今回は楽勝だったが、次回もそうだとは限らない。処刑人や狩人を見ていると分かるが、如何に最初がポンコツだとは言えこいつらに搭載されている鉄血製の上位AIはなんだかんだでやはり優秀ではある。余計な知恵を付けられる前にさっさとご退場頂くとするか。

 

『……っ! 待ッ』

 

 俺の号令にあわせてほぼ同時、幾つかの銃口が火を噴いた。スクリーンには、頭部を中心に容赦なく弾丸が突き刺さり、それっきりぴくりとも動かなくなったかつてウロボロスであったものが静かにその姿を主張している。最後の瞬間、ウロボロスが何かを訴えようとしていたが、残念ながらとどめの許可を出しちゃった後なんだよなあ。指揮官の命令を無視して敵の戯言に耳を貸すようなボンクラはうちには居ない。そして俺自身、奴の言うことを聞くつもりもない。向こうから何かを話しかけてくるというのはやや珍しい事態ではあったが、かといってそれがトドメを刺さない理由にはならないのだ。まあ何か言いたいことがあるならいずれまたやってくるだろう。来て欲しくないけど。あとやっぱりセーラー服なんですね、どうでもいいけど。

 

 そんじゃ撤収するかあ。つってもほとんど消費も消耗もしてないんだけどな。毎回こんな感じで楽勝で済めばいいが、そんな簡単に行くなら誰も苦労しないか。まあ今回は司令室のあの空気を溶かしてくれただけでもよしとしよう。

 ついでだしこのままペルシカリアに通信繋ぐか。という訳でUMP45、悪いがこれから大事な通信がある、少し席を外してくれ。そんな渋った顔しても駄目です。おじさん同伴は許可しません。

 

 

 

 

 

 

『あっはっはっは! なるほどねえ、なるほどねえ! あっはっはっはっは!!』

 

 ほらやっぱこいつ爆笑するじゃねーか。だから言いたくなかったんだよ畜生め。

 渋るUMP45をとにかく退室させ、出撃した部隊員には休息を、第二、第四部隊には可能性は低いものの波状攻撃も有り得ると考え基地周囲の索敵警戒を命じて程なく。誰も居なくなった司令室で静かに通信を立ち上げ、先程二体のハイエンドモデルから食らった不意打ちを通信先のペルシカリアに報告した反応がこれである。いやまあ、めちゃくちゃムカつくけど気持ちは分からんでもない。俺がもし話を聞く立場だとしたらしこたま笑っていると思う。それくらい話のネタとしては完成度が高い。当事者としては一ミリも笑えないという事実を除けば、だが。

 

『いやあ、ごめんごめん。でもそうか、鉄血製のAIにリミッターが付いてる保証は何処にもないもんね。確かに有り得る話だとは思うよ』

 

 ひとしきり笑い散らかした後の彼女は目元に浮かんだ涙を一掬いし、その口調をやや元に戻しながら言葉を続ける。うん、まあそこの予測は付いていたからいいんだけども。鉄血製のAIと擬似感情モジュールが一体どこまでの性能を持っているかは俺には理解出来ないが、総合的な技術力では恐らくI.O.P社を凌ぐ。そもそも彼女の功績で第二世代の戦術人形が生まれるまでは鉄血工造が圧倒的なトップシェアを誇っていたのだ。生憎俺が今まで出会った鉄血のハイエンドモデルはどこかヘッポコな部分が見受けられるが、それは数多在る側面の一部分に過ぎないだろう。単純な戦闘能力から多数の量産型を操る電子戦能力といい、I.O.P社にはない技術を多数盛り込まれているハイエンドモデルの電脳と付随する擬似感情モジュールがそこまで出来損ないなわけがない。

 

『で、肝心の他の人形への影響だけれど……絶対に無い、とは言い切れないね。外部情報を受け取ったマインドマップがどう変異するのか、そこら辺の細かい動きについては私たちもまだ研究段階なのよ。確かにリミッターを設けてはいるけど、どう転ぶかは未知数ってところかしら』

 

 ええー、マジかよ。そこはちゃんと大丈夫っつってくれよ技術屋だろお前。俺の淡い期待は、ペルシカリアの容赦ない言葉によって割と呆気なく打ち砕かれてしまった。

 ことAR小隊の四人についてはバグったから初期化しましょうね、で済まないところが多分にあるってのが困りどころだ。昔本人たちに聞いたことがあるが、彼女たちはいわゆる一品物で替えが利かない存在らしい。詳しくは知らないが、多分特別製のAIか何かを積んでるんだろう。あいつらの異常とも言えるもの覚えの良さがその推測を補強している。更に、あいつらはIDWやm45と違ってそう簡単にリセット出来る錬度じゃない。俺も全盛期からは程遠い状態なわけで、再度一からあいつらを今と同じくらいまで鍛え上げろと言われてもかなり無理がある。

 そして、仮に電脳をリセットすることが可能だとして。今まで彼女たちと築き上げてきた一切が無くなる、と考えると、どうしてもその選択は取れない。

 

『相変わらず偏屈で頑固ねえ……まあ、それが君の美徳でもあるんだろうけど。そういえば、君はどうしてそこまで頑なに拒絶するんだい。別に嫌いってわけではないんでしょ?』

 

 うーん、何故かと問われてもそこは以前話したはずなんだが。いや、はっきりと口に出しては伝えていなかったかな。どうだっただろう。忘れた。改めて言語化するのは少々気が引けるが、彼女には色々と世話になっている、別に絶対に言いたくないって類のものでもないし、訊かれたのであれば答えるべきかもしれん。

 ペルシカリアの言う通り、別に俺は戦術人形を嫌っているわけじゃない。むしろ好いていると言ってもいいだろう。見目は華やかだし、俺の指示にもしっかりと従ってくれる。戦場でも頼りになるやつらだ。教育が必要ってのはあるが、それは人間の新兵でも同じこと。しかも覚えの速さで言えば人間よりも数倍優れている。更に俺はAR小隊の四人によって曲りなりにも命を救われた経験があるが故、他の人形よりも彼女たちには一層の思い入れがある、と言っても過言ではないだろう。そして、彼女たちも俺を好いてくれている。その事実だけ掬い上げれば、さぞペルシカリアには俺が偏屈で頑固者に映るのだろうな。否定はしまい。

 だが、そういう状況や環境が整っているからと言って、彼女たちを縛っていい理由にはならない。成り得ない。

 

 俺には何も無い。そりゃ軍人として生きてきた知恵や経験はあるが、それだけだ。クルーガーの手によって新たな生を享受した俺には過去の一切が無い。社会的に何も持ち得ないのだ。中身は40を過ぎた冴えないオジサンである、老い先も決して長いとは言えない。いや、短いと言っていい。寿命という点でもそうだが、このご時世にこの職業だ、正直いつ死んでもおかしくない。そんな枯れ果てた売れ残り物件を彼女たちに押し付けてしまうというのは、どうしても許容出来ない。

 諦観、と言っても恐らくそう間違いでもないと思う。そもそも俺はあの時点で救われずに死んでいた方が幸せだったんじゃないかとすら思っている程だ。この感情は今も変わっていない。結果として俺が見殺しにしたかつての部下たちにも申し訳が立たんしな。

 俺には幸せになる資格がない、とまでは言わない。言わないがしかし、俺には彼女たちを幸せにする資格も、力もない。俺を選んだ先にあるのはどん詰まりの地獄だけだ。そんな片道切符を彼女たちに握らせるわけにはいかない。俺はあくまで戦術人形を影から支え、前に進む手伝いをするだけでいい。その視線の先に俺が居ては駄目なんだ。

 それはAR小隊の四人は勿論、他の戦術人形も、ハイエンドモデルの二人も同様だ。俺という楔が彼女たちのマインドマップを汚すような真似はしたくない。

 

『うーん……気持ちはまあ、分からなくもないけど。もしかして君、普段は優秀なのに割と肝心なところで馬鹿だったりしない?』

 

 そんな気持ちをつらつらと聞かせてみれば、返ってきたのは予想外の反応だった。

 馬鹿て。お前な。大体お前も独身じゃないかこの野郎。いや、今はそういう話でもないか。しかし馬鹿とはまた結構な言い様である。前半部分で分からなくもないと言っておきながらこの仕打ち、さては貴様楽しんでいるな? なんていう穿った考え方が飛び出してくるくらいには彼女の言は辛らつであった。

 

『いや、その考え方自体を否定はしないよ? ただ、前提が間違ってる気がするんだ。君は、彼女たちを人間と同じ土俵で見ている』

 

 どういうことだろう。いや、確かにただの兵器として見てはいない。そこは認めよう。だが別に人間と同一視しているわけじゃあない。

 

『君の戦術人形への接し方は好ましくはある。理想的だとすら言えると思うよ。だけど、本質的に彼女たちは人間とは違う。そうじゃなければ所有権なんて定義、出てこないでしょうし』

 

 んんー? いまいち話の核が見えてこないぞ。そりゃいくら人間らしく振る舞っていても、その本質は人間じゃない。そんなことくらい浅学な俺だって理解している。どこかに重大な認識の齟齬でも発生しているのかと思ったが、今のところそうじゃないらしい。だとしたらこの問答の着地は何処だ。

 

 

 

『人形なのよ、彼女たちは。どうしようもなく。誰かに所有されるのが当たり前なの。縛る縛らないの話じゃないのよ、誰かが縛っていて当たり前なの。それが企業なのか、個人なのかの違いでしかない。君、普段は正しく戦術人形を捉えられているのに、こと誓約の話に関してだけは彼女たちを人間と同様に考えている。多分、無意識にだとは思うけれど』

 

『負い目、というのもあると思うわよ。別に私はカウンセラーってわけじゃないから、それをどうこう言うつもりはないけどさ』

 

『人間の幸せと、人形の幸せはきっと違う。でも、違うからこそ、その線が交わることもきっとある。確かに君の言う通り、全うな人間が君と一生を共にする、というならそこに思うところもあるでしょう。だから、その考え方自体は間違っていないと思う。だけど、その理屈をぶつける先が間違っていると私は感じるわね』

 

『別に誓約の証を使えって言ってるわけじゃないのよ。結局のところ、何が幸せかなんてそれこそ本人に聞かないと分からないことでしょうし。でも、君も彼女たちのことを真摯に考えてくれるのなら、最後まで彼女たちを正しく人形として捉えてほしいかな』

 

 今日はよく喋るなこいつ。ただ、互いの認識に齟齬があるというのはどうやら事実らしい。

 所有権かあ。言われてみれば確かにその通りなのかもしれない。戦術人形はあくまで人形であって、誰かが使役するものだ。自分で言ってて恥ずかしいが、俺に使われることが彼女たちにとって幸せであるのなら、それをまるっと俺に移してしまうのも悪くない選択肢に思えてしまう。

 かと言って、彼女の話にハイ分かりましたと即座に頷けるほど俺も柔軟じゃない。何せこちとら思考回路が凝り固まったオッサンである。一応ペルシカリアの言葉には一理ある、くらいで捉えておくのが俺の精神衛生上でも丁度いい塩梅だろう。

 まあ、戦術人形というものがもう少し大人びた女性の見目をしていて、ペルシカリアのような顔付きであれば俺ももうちょっと積極的になっていたのかもしれないな。

 

『そうねー。君があと10歳くらい若かったらよかったかもしれないわねー』

 

 ウーン、素晴らしい棒読み。ちょっとした反撃のつもりで呟いてみれば、そこにはいつも通りの空気が再び流れ出す。

 

 こうやって気兼ねなく話が出来るだけでもやはり彼女の存在はそれなり以上に貴重だ。部下の人形たちとは間違っても出来ない流れだし、カリーナが相手では流石に色々と無理がある。セクハラで訴えられてもおかしくない。

 

 結局、ハイエンドモデルの感情が齎す問題について根本的な解決策は出ないままだったが、それはそれとして有意義な時間が過ごせた、と思うべきなんだろう。彼女の言葉一つで俺の考え方がまるっと変わってくれれば俺も大分楽だったが、まあそう簡単にはいかないものだ。自分でも難儀だと思うし、こればっかりは彼女の言葉を片隅に置きつつ経過措置を取るしかない。そういった先のことについて、俺も彼女たちと改めて向き合うべきなのだろう。理屈では分かっちゃいるんだが、どうにもままならないものだ。

 

「しきかぁん、終わった?」

 

 ペルシカリアとの通信を終えたとほぼ同時、退室させていたUMP45が護衛のダミーを伴って再び司令室へと足を運んでくる。そのタイミングの良さにこいつ盗聴してたんじゃないだろうな、という疑問が湧いて出てくるが、変に訊いてしまって藪を突いて蛇を出すような事態も勘弁願いたい。俺は面倒が嫌いなんだ。

 こちらに近付いてくるUMP45の手には薄い書類の束。恐らく先程のウロボロスとの戦闘記録も含めた報告書だろう。今日は敵味方関わらず鉄血製のヘッポコハイエンドに振り回されっぱなしだったが、ようやくいつも通りの日常に戻れそうだ。ついでにさっさと俺の怪我も治って通常状態に戻ってくれると助かるんだが、そこは俺が人間である以上仕方がない。もうしばらくUMP45には付き合ってもらうとしよう。

 

 

 

「ふふ。ちょっとだけ期待しておくね、指揮官?」

 

 ……やっぱこいつ盗聴してない?




ピピーッ! ウロボロス、レッドカード! 退場!!!





筆者個人としては、おじさんにも幸せになって欲しいと思っています。けど、おじさんが幸せを掴むルートってもう消えてる気がしてならないんですよね。詰んでる。誰か助けてほしい。

ちょっと当初の予想よりは長くなりそうですが、幾つかイベントを挟んで最終的にまとまりそうな気配がしてきました。今後もどうかのんべんだらりとお付き合い頂けると幸いです。

それでは、また次回。

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