戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

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本作のお気に入り登録者数が前作、戦術人形と軍人とを超えました。ありがとうございます。




んん? おかしくない??

一応単品でも読めるとは思うんですが、割と前作を読み込んでいないと細かい部分で理解出来ない話も多いと自分では感じているのですが、大丈夫なんでしょうか。いえ、読んで頂けることは素直に嬉しいのですが。


06 -イス取りゲーム-

「クソ……ックソォ……ッ!! いったい、何が足りないというの……!」

 

 キルハウスでの一幕。時間にして経過したのは20分少々というところだろうか。何度も銃火を交えたM16A1とHK416だったが思いの外決着は早く、そこには無表情のまま微動だにしないM16と、膝を突き、その顔に忌々しい感情を存分に曝け出したHK416が居た。

 

 うーん、エグい。立場上俺はこの模擬戦を見届けざるを得なかったんだが、ぶっちゃけアレをやられたら俺でも心が折れると思う。ていうか現役時代の俺ですらあそこまでやったことはないし、多分やろうと思っても出来ない。極まった戦術人形ってのはこれ程までに恐ろしいものなんだな、というのをこんな場面で改めて痛感するとは思ってもいなかった。人形怖い。見てみろお前、お祭り騒ぎが好きなはずのスコーピオンですら顔面蒼白だぞ。いや、行われたことといえばお祭りなんて生易しいモンではなく、ただの一方的な虐殺だったんだけどさあ。

 

 俺の予想通り、模擬戦の結果自体はM16A1の完勝で終わった。これはまぁ、想像に難くない。最適化工程に相当な開きがあるという予測はその通りだったようで、はっきり言って416のレベルではM16に歯が立たなかった。それだけならまだ良かったんだが、問題はその内容にあった。

 

 20分少々という時間の中で、416は20回以上負けていた。

 つまり、平均すればワンゲーム1分未満で決着が付いてしまっている。通常なら有り得ない早さだ。キルハウスはそう広いスペースではないが、それでもお互いのスタート地点からはそれなりの距離がある。単純に走るだけなら1分あれば相手陣地に十分辿り着けるのだが、それは敵が居ない前提での話だ。相手がどこに居るのかも分からず、どういう戦術を取ってくるかも不明なまま、音を出しまくって真っ直ぐ走るなんて芸当は馬鹿か狂人くらいにしか出来ない。そんなクレイジーな立ち回りを全ラウンドで行いながらその全てで競り勝っている。信じられん。あいつ天井に目でもついてんじゃないのか。一方的な敗北をかれこれ20回以上繰り返されて尚壊れない416のメンタルも流石と言ったところだが、実のところ416の服装は全く汚れていない。その代わり、ペイント弾にまみれたシューティンググラスを20回程付け替えている。

 

 

 M16A1は全てのラウンドで、HK416をヘッドショット一発で沈めていた。

 

 

 いや、引くわ。ドン引きだよ。お洗濯物が増えなくてよかったねーってレベルじゃないよ。AR小隊の他の連中は静かなるドヤ顔を披露しているが、お前らそれ誇るところじゃないからな。子供相手にムキになった大人かよ。見てるこっちが恥ずかしいわ。対照的に、同じく観戦していたナインとUMP45は完全に無の表情である。そりゃアレを見て「ドンマイ!」なんて声を掛けられるような鋼のメンタルは誰も持ち合わせちゃいないだろう。心配するな、お前たちの反応が正しい。繰り返すが俺もドン引きしてる。416の動きも見たかったんだが、全然見せ場無かったし。

 

 と、とりあえずお互いの格付けは済んだ、と見ていいのだろうか。416が膝を突いたということはこれ以上継戦の意志はないと見ていいだろう。お通夜みたいな空気が漂いまくっているが、俺はこの場を預かった責任者として、何としてもこの誰も望んでいない殺戮ショーの幕を下ろさなければならない。それに、僅かではあるが収穫もあったしな。

 

「……いや、すまん指揮官。やりすぎた」

 

 ほんとだよ。キルハウスを後にし、こちらに戻ってきたM16A1の第一声がこれだ。流石に反省しているのか、その表情は圧倒的勝利を掴み取った勝者の顔ではなかった。だが、それでも416へは掛ける言葉が無かったのだろうな。416の精神をどん底に投げ落とした張本人であるM16がどんな声をかけたところで、彼女の電脳には1ミリも響かないことだろうし。

 

 まぁ、ここまでの惨状は予想出来なかったが、二人のキルハウスでの勝負を容認したのは他ならぬ俺だ。であるならば、その尻拭いは俺がせねばなるまいよ。うーむ、そうだな。416、返事はしなくていい、とりあえず今だけは俺の言うことを聞いて欲しい。ちょっとその場で目の前の壁に向かって何発か撃ってみてくれ。

 俺の言葉に従い、彼女は一言も発することもないままHK416を構え、撃つ。ダダン、ダダン、と、キルハウスにむなしい射撃音が鳴り響く。ふむ、やっぱりかぁ。えーっと、UMP45でいいや。ちょっと肩貸して。

 突然のご指名を受けたUMP45は一瞬びっくりしたような表情を見せながらも、素直に俺に従ってくれる。いやぁ、きっと彼女も色々思うところはあるんだろうが、諸々の感情は置いといてひとまず言うことを聞いてくれるってのはすげぇあり難い。お前いい隊長だと思うぞ。違ってたらごめんだけど。別に肩を借りるのならAR小隊の誰かでも良かったんだが、多分今の状況でAR小隊が416に接近するのは望ましくない。ここは同僚の方がなんぼかマシってもんだろう。

 

 俺はUMP45の肩を借りて車椅子を降り、ケンケン歩きをしながらキルハウス内の416へと近付いていく。距離が近付くにつれ416の魂の抜けたような、しかし怪訝そうな表情が見て取れる。何をするんだって顔してんなあ。まぁその疑問を持つ気持ちも分かるっちゃ分かるんだが。俺はそのまま416に先程と同様構えを取らせ、身体を密着させていく。足さえあれば俺が手本を見せてやれるんだが、生憎そうも行かないからな、直接矯正するのが一番手っ取り早い。むさいおじさんが密着してしまっていい気分じゃないだろうが、教育のためだ、少し我慢してもらおう。

 

「!? ちょっ何を……!?」

 

 無視無視。突如騒ぎ出す416を努めてシカトし、そのまま俺は416の射撃体勢の矯正、特に腰から下の下半身の角度と左腕の調整に入る。思ったとおり、こいつら俺が面倒を見ている人形と違ってろくな教練を受けていなかった。AI自体には銃のスペックが全て詰め込まれているが、義体の方はそうじゃないってのはAR小隊で学んだことだ。正解を教えられないまま実戦に放り込まれ、そこで生き抜くために我武者羅に扱った結果、我流が染み付いてしまったんだろう。特に自律人形であるこいつらは人間と違って義体の疲労という概念がない。多少無理な姿勢であっても、真っ直ぐ弾が飛べばそれが正解だと思い込んでしまう。なまじ義体のパワーがある分、反動や取り扱いを腕力でねじ伏せてしまうのだ。それでずっとやってきたんじゃ最適化工程も進まないはずだ。ほんとこいつらよく実戦で死ななかったな、脇が開いたまま銃構えてマトモに扱えるやつなんて人間じゃまず居ないだろう。あーあー、重心の置き方もメチャクチャだ。これじゃ単発ならいいが、少しバラ撒くとすぐにブレちまう。よし、とりあえずこれでもう一回撃ってみろ。

 

「……嘘、軽い……?」

 

 俺の姿勢矯正を受けた416は再度ダダン、ダダン、と壁撃ちを始める。先程とは明らかに2発目、3発目の着弾精度が違っていた。おー、流石AI。一度教えればすぐそのまま出来ちゃうのはやはり大いなる利点だな。あと多分だが、そのフォアグリップ後で取り替えた方がいいかもしれん。体格と腕の長さから言えばバーティカルよりアングル付けた方が合うんじゃないか。ま、そこは好みの範囲だけどな。よし、もう一回。

 

 ダダン、ダダン。

 

 うーん、下半身の重心を矯正した影響か、ちょっと上半身がブレて来たな。サイトを覗く時に首を持っていくんじゃない、肩と胸を寄せるんだ。銃は常に自身の中心に据えることを意識しろ。人間も自律人形も二足歩行のヒト型である以上、背骨と腰が軸になってるんだ。完全に真ん中に置くことは構造上不可能だが、非力な人間でも今のお前より上手く銃を扱えるヤツは沢山居る。力だけで御する考えは今ここで捨てて行け。よし、もう一回。

 

 ダダン、ダダン。

 

 おー、いい感じ。ほとんどブレが無くなったぞ。やっぱこいつら特殊部隊に放り込まれてるだけあって、素のスペックが高い。余計な情報が刷り込まれてしまった状態でこの吸収力ってのは素直にすごい。AR小隊の時は白紙の紙に正解を書いていくだけだったんだが、こいつらの場合は落書きを一度消してから上書きしなきゃならない。それでもあっという間に出来てしまうってんだから、電脳ってずるいよなぁ。

 

 とりあえずこれで俺の言うことを多少は聞いてくれるようになれば助かるんだが、どうだろうな。M16A1とのやり取りを見ていても、こいつプライドめちゃくちゃ高そうだからそう上手くは行かないかもしれない。

 

「……指揮官」

 

 幾度かの射撃を終えた416が、その表情を落ち着かせて俺に声を掛けてくる。お、なんかさっきよりも随分すっきりした顔してるな。

 

「私も……何時か、やつらを超えることが出来ますか」

 

 出来る。確信を持って言える。ほんの少し教えただけだが、416の吸収速度は相当早い部類だ。その速度たるや、AR小隊に勝るとも劣らない。というか、HK416もいい銃だしそれを十全に扱うためのお前なんだから、AR小隊と同等以上の力を身に付けてもらわないとこっちが困る。お前が望むなら今後の教育スケジュールを組んでもいいくらいだ。いや、それとも戦場で片足を失うようなお節介焼きの教練は余計かな?

 

「いえっ! ……先程は、申し訳ありませんでした」

 

 おう、素直な子は嫌いじゃないぞ。まあ今後ともよろしく頼む。

 いやあ、思ったより上手く行ったなあ。教官という立場ではなくなってしまったが、やっぱり素質のある子を育てるってのは何時になっても楽しいものだ。スコーピオンやM14なんかも決してデキが悪いわけじゃないんだが、やはりAI自体に差があるのか、ここまでではなかった。普段ほとんどやらない直接の指導なんかもしちゃったし、まぁこれは余りに不憫な416を放っておけなかったってのもあるんだが。

 

「指揮官ってすごい人だったんだねぇー! 私も! 私も教えてもらってもいい!?」

 

 しばらく俺の教導を眺めていたナインが、何時の間にやら目を輝かせてキルハウスに雪崩れ込んできていた。待て待て待て落ち着け。全員面倒を見てやりたいのは山々だが、指揮官としての通常業務もあるんだ。ちゃんと予定立ててからやらせてくれ。

 

「……ふふ、私もお願いしたいかなぁ。ね、いいでしょ? しきかぁん?」

 

 うわびっくりした。耳元でいきなりねっとりした声を出すんじゃない。焦るだろうが。俺の半身を預けているUMP45が必要以上にその顔を寄せて呟いてくる。こいつ、絶対楽しんでやってるな。いい隊長だとさっきは評価したが前言撤回。そんな悪い子の面倒まで見るほどおじちゃんお人好しじゃありません。

 

「指揮官!? 私の動きも見ていただろう、改めて私にも指導してくれるよな!?」

「指揮官、私もアタッチメントの相談に乗って頂きたく!」

「皆ずーるーいー! 私も私もー!!」

「あ、ちょ、あの、えっと、し、指揮官!?」

「いいなー、アタシももっと教えて欲しいなー」

 

 うるっさいわ! お前らこの前見たばっかりだろうが! あとAR-15は何なんだはっきりと言えはっきりと! ポンコツかお前は! ついでにスコーピオンもちゃっかり復活して一緒に突っ込んでくるんじゃない。

 ナインの突入を皮切りに、俄かにざわめき出すキルハウス内。しかし悲しいかな、ナインとUMP45、スコーピオンはともかくとして、AR小隊に関しては正直俺が教えられることはもう残っていない。俺の持つ技術と知識はほとんど全部叩き込んでしまったからな。俺の足が健在でコンディションが絶好調だったとしても、20回以上の遭遇戦を全てヘッドショットで勝つなど不可能だ。もう俺なんぞでは逆立ちしても勝てなくなっているくらいにあいつらは強い。

 というかそもそも、今から全員の面倒を見れるほど俺も毎日暇を持て余しているわけではない。今日は404小隊の3人が来るということで挨拶を最初に済ませようと予定を組んだがために、書類仕事がまだ一切進んでいないのだ。

 

 つー訳で模擬戦は終了! 半ば強引に宣言し、寄ってきた人形どもを散らしながらUMP45に車椅子まで運んでもらうことにする。何だかんだ2番手に手を挙げていたUMP45だが、しっかり俺の言うことを聞いて車椅子まで戻してくれるあたり、やはり先程のは面白がって乗っただけであってちゃんと状況が分かっている。今もどこかの宿舎で寝ているであろうG11を筆頭に癖が強い連中を纏めている分、こいつ自身の癖も強そうだが、基本はかなり頭が回るやつなんだろうな。所々でオイタをやらかしそうな雰囲気はあるが、恐らく許せる範囲だろう。

 

 さて、とりあえずはこのまま司令室に戻って通常業務に戻らないとな。404小隊の宿舎の都合も正式に付けなきゃならんし、装備品なんかのチェック、あとこいつらの最適化工程も正確に把握しておかなければならない。しばらくはバタバタした日々が続きそうだが、まぁこれは一時的なものだろう。というかそう願いたい。

 

 

 

「指揮官。さっきは無礼な物言いをしてしまって本当にごめんなさい。お詫び、というわけではありませんが、今日一日貴方の傍で働かせて頂きます」

 

 そう言いながら俺の傍に自然な動きで近付き、車椅子の手押しハンドルを握ったのは416だった。いやぁ、別に気にしなくてもいいぞ、多分俺だって同じ反応するだろうし。これから頑張ってくれればいいさ。あと済まないが、車椅子は自分で動かすからその手をどけてもらえるか。数少ない運動の機会なんだ。

 

「おい待て、お前まだこの支部のことを詳しく分かってないだろう。指揮官、誰かを404小隊の案内につけた方がいいんじゃないか?」

 

 早いよインターセプトがさぁ。俺の後ろに416が付いたと思った次の瞬間にはM16がその距離を縮めており、体よく416を剥がしながら俺の後ろをキープしようとしていた。いやだから車椅子は俺が動かすっつってんだろ。話を聞け。

 

「それでしたら、M16姉さんが仲直りも兼ねて案内してあげては?」

 

 ウワァーこいつ味方ごと斬り捨てにきやがったぞ。あとM4も俺の後ろを取るんじゃない。話を聞け。ていうかこの展開見覚えがある気がする。嫌な予感しかしない。

 

「私は折角だし指揮官に案内してもらいたいかなぁ。ね、いいでしょ?」

 

 UMP45貴様ーッ! 面白半分で話をごちゃ混ぜにするんじゃない! どこもよくねえよ! 仕事があるっつってんだろ! こいつマジで愉快犯だな、ある意味で一番油断ならないキャラなのかもしれん。あとSOPMODⅡは無言でにこにこしながら俺の膝に乗るのをやめろ。可愛いのは認めるが重い。

 

「ちょっとー? この支部じゃ一応アタシの方が先輩なんだけどー?」

 

 ワァーお前まで参戦するんじゃないスコーピオン! お前完全に流れに乗っかっただけだろ。もーどうすんだこれ。まぁいいや。いや良くないけど、最初みたいな険悪な空気が無くなっただけマシってもんだろう。とりあえず司令室まで戻ってから今後のスケジュールを組み立てるとするか。こいつらに構ってたら時間がいくらあっても足りない。

 

 

「あ、指揮官さま! こんなところに!」

 

 わちゃわちゃと騒がしい空間に、また一人追加で騒がしい人間が突っ込んできた。あー、そういえばカリーナにはキルハウスに行くこと言ってなかったな、しまった。多分俺を探していたんだろうなあ、悪いことをしてしまった。足早に近付いてくる彼女の手には、一枚の書類が抱えられている。うーむ、今日はそんな緊急性の高い書類は無かったと記憶しているんだが、何か突発の依頼なりが入ったんだろうか。

 

 

 

 

「この前は結局お決めになりませんでしたけど、副官の件、どうするんです? そろそろ本部に申請を通しておかないと」

 

 

 

 

 あっおい馬鹿やめろ。




誰にシヨウカナー?


※編集追記となってしまい恐縮ですが、12月9日から始めた前作より僅か三週間少々の期間、お付き合い頂きまして誠にありがとうございます。
2019年ものんべんだらりとこちらの作品を続けて行けたらと思いますので、どうか末永いお付き合いの程、よろしくお願い申し上げます。

それでは皆様、よいお年を。

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